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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅱ】
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Plus Extra : 第九特務騎士隊追想録。4



■ 七席ファレン・タリア、四席リアン・タリア。



 非番のため朝から暇を持て余した騎士隊七席ファレン・タリアは、同じく非番を持て余した四席リアン・タリアと、仕えるあるじの邸の厨房にて格闘中である。暇過ぎて料理に熱中しているわけだ。ファレンとリアンが夫婦であることから非番を共に与えられたわけであるが、おそらくその配慮を無視した勢いである。


「なんだか今日はあちこちに気配があるわね……どうしたのかしら」

「殿下が姫に相手されなくて拗ねてるらしい」

「あら、面白い。喧嘩になるかしら」

「そこまでいかないと思うけど」


 ファレンはせっせと麺麭生地をこねつつ、今日もなんだか残念な旦那さまにため息をつく。


「ねえ、リアン。いい加減、その喋り方やめない?」

「あら、なによ、いきなり」

「なんだかすごく残念だ」

「それを旦那にしたのはあなたよ?」

「……間違えたかな」

「やめてちょうだい。わたし、あなたのこと大好きなのに」

「ああうん、それは知ってる」


 喋らせなければ、残念だとは、思わないのだが。生憎、この生きものはよく喋る。そのうえ、人が恥ずかしいと思う言葉を、なんの躊躇いもなく吐きやがる。

 はあ、とファレンは長くため息を吐き、素材を痛めてしまう前に麺麭生地を休ませた。


「なによ、どうしたのよ、わたしの可愛いファーン?」


 ぐつぐつと煮込ませている鍋をかき混ぜながら、リアンは心配そうだ。そんな顔も男前でファレンはかっこいいと思うのだが、やっぱり口調は残念だと思う。


「殿下の反応が薄いからって、なにもそのままじゃなくても……ねえ」


 なにも初めからリアンはそうだったわけではなく、なにかの折に、今のリアンになった。ただ、皇弟近衛騎士隊の彼らがほぼ全員がドン引きするなか、あるじたるサリヴァンだけがさもなにもなかったかのように接しているのが原因ではあるはずだ。


「いいじゃない。似合うんだから」

「いや、うん、そうだけどね」

「美女な旦那さまで誇らしいでしょ?」

「自分で言っちゃうあたりが……はぁぁ」


 天の悪戯かというほどの隊長と並んでも見劣りしないリアンは、結婚して随分経つ今でも黄色い声で騒がれるくらいの魅力がある。妻として微妙なファレンだが、ファレンが好きだと公言して憚らないリアンのそれのおかげで、これまでとくに嫌な思いをしたことはない。リアンとずっと一緒にいたいと思うくらいにはファレンだってリアンが好きなので、なんだかんだ文句はありつつも、そういった渦中にないことは幸いだ。


「よくわからない子ねえ。わたしが美女でなにが悪いのかしら」

「いや、その喋り方だよ。察しろよ」

「わたしは男前なファーンが大好きなのに」

「悪かったな、女らしくなくて。ツェイルさまはわたしに仲間意識持ってんだぞ、羨ましいだろ、こら」

「ファーン、知っていて? 殿下ったら、あなたが未だ女だって気づいてないのよ? こんっなに可愛いわたしのファーンを、よ?」

「話聞けよ、このやろう。って、なんだそれ?」

「きっとそのまな板がいけないのね。わたし、頑張らないと」

「……。ちょん切るぞ」

「あらいやだ!」


 なぜ自分はこの男が好きなのだろう、と思う。わからない。わからないがリアンの妻になってしまったファレンだ。


「え、ファーン? ちょっと、どこ行くのよ」

「ツェイルさまの胸で嘆いてくる」

「あら! 泣くならわたしの胸になさい!」

「まな板でも柔らかい胸がいい」

「あら! あらあら……」


 とりあえず、麺麭作りも飽きたので、生地を作るだけ作ってファレンはあとをリアンに放り投げることにする。もともと料理が得意でなく、リアンのその趣味につき合って厨房にいただけなのだ。


 しょんぼりするリアンを放置してさっさと手を洗い厨房を出ると、今日はずっと盤上遊戯に夢中なツェイルの許へと歩を進める。

 非番なのだから護衛対象のそばに始終張り付いている必要はないのだが、自分に仲間意識を持ってくれているツェイルのことは、ファレン的に妹か娘みたいで可愛い。必然的に男所帯になっているヴァルハラ公爵邸で、唯一女性騎士であるという点でも、ファレンはツェイルとの距離が近かった。ゆえに、とくに用事もない非番の日は、ツェイルと遊ぶことにしている。


「失礼します」


 ツェイルがいる居間に行くと、同僚のシュベルツとココノエが護衛任務にあって、ツェイルのそばにいた。そば、というより、盤上遊戯の相手をしているようだ。


「ああファレン、ちょうどいい。これから稽古に出るけど、どう?」

「いいよ、つき合う。肩凝ってきたところだったから」

「よし。というわけで姫、おれは頭が疲れたんで、ファレンに相手してもらいましょう。終わる頃にはリリどのも帰ってくるでしょうし」


 盤上遊戯は終わりにするところであったらしい。シュベルツの提案にファレンが頷くと、ツェイルも背伸びしながら「うん」と頷いた。今日もファレン的娘か妹なツェイルは愛らしい。


「といっても、ツェイルさまはそんなに激しい動き、駄目だからね。漸く落ち着いたところなんだから」


 可愛いツェイルにとことこと歩み寄りながら、未だ膨らみはないが存在はしている腹部にいるものを、忘れないようにと注意する。ちょっと前までそれに関係する体調不良で寝込んでもいたので、その点も忘れてはいけない。


「ゆるくていい。ファーン、おねがい」

「はいな、ツェイルさま」


 おねがい、なんて可愛い。にやける顔を隠しもせず、ファレンはツェイルが立ち上がるのを手伝いながら、自分より頭一つ分小さなツェイルの手を握って外へと促す。後ろをシュベルツとココノエがついてきた。


「……ファーン」

「はいな」

「ルツに、二回勝った」

「おや。じゃあ次は、リアンとだね。リアンに勝てたら、ユグド隊長に相手してもらおうか。殿下の次に強いからね」

「ファーンは?」

「わたしは全然だめ。戦略とかそういうの、考えること自体苦手だからね」


 シュベルツに盤上遊戯で勝てたことが嬉しかったのか、ツェイルは上機嫌だ。やや上気した頬が、なんともファレンを刺激してやまない。思わず、抱っこしていいかな、なんて手が伸びかけたが、手を握ってはいるのだからよしとする。


「……あまり動くなって、言われているけど、いいのかな」

「ちょっとした運動は必要だから、ほどほどにね。まあでも、そうだね、今日は体操するくらいにしようか。殿下も背負い投げして遊んでるし、体術系の」

「サリヴァンさま、外?」

「行く?」

「……いい。サリヴァンさまも、気晴らし、必要だから」

「……うん、そうだね」


 優しい子だ。常に一緒にいるようなツェイルとサリヴァンだが、互いにとってのひとりの時間も大切にしている。サリヴァンもそれはわかっているようで、拗ねて騎士隊の彼らを投げ飛ばして遊んでいても、ツェイルの邪魔はしない。それでも寂しくなれば寄ってくるだろうが。


「ファーンは、いつ、サリヴァンさまと?」

「ん、出逢ったの? そうだなぁ……わりと最初の頃だと思う。わたし、ずっとユグド隊長の下にいたからね。それこそ、隊長になる前から。だからツァインが隊長になって、移動するかどうするか訊かれたけど、わたしにとってユグド隊長の下っていうのはすごく心地よかったから、そのまま。今は、それでよかったなって思うよ」

「よかった?」

「可愛いツェイルさまに仕えられるからね」


 触ってみたくてうずうずしていた上気した頬に、ついに耐えられなくなってファレンは指で突く。擽ったそうにツェイルは肩を竦めたが、その反応も可愛い。自分に娘がいたら、こんなふうに接することができただろうかと、そんなことを思った。


「わたし、いい?」

「なにが?」

「サリヴァンさまと、一緒にいて」

「もちろん。なんていうのかな、うん、お似合いなんだよ。ツェイルさまがいてくれたから、今の殿下がいるんだなぁって、つくづく思う。それで、殿下がいるから今ここにツェイルさまがいてくれるんだなぁって。……なに、どうかした?」


 たまに情緒不安定になることがあるツェイルが心配になって、ファレンはそっと覗き込むようにツェイルを窺う。ぷにぷにな頬を突くのも止めれば、上機嫌であることは変わらないらしいツェイルが、珍しくその無表情に笑みを浮かべていた。


「あらやだ、可愛い」

「ん?」

「ツェイルさま見てると、娘が欲しかったなぁってつくづく思うわぁ」


 たまらなくなってツェイルをむぎゅと抱きしめてしまう。

 と、ツェイルが少々吃驚していた。


「むすめ……って、ファーン、子どもが……」

「あれ、言ってなかった? 家出してくれやがった息子がいるよ。といっても、きちんと出仕はしてるから、まあ元気だよ、あの子は」

「しゅ、しゅっし?」

「その辺りはしっかりしてもらわないと困るから、家出くらいは、ね。目を瞑るよ。べつにわたしは困らないし。ツェイルさまいるから寂しくないし」

「……ファーン、いくつ?」

「いくつに見える?」


 きょとん、とするツェイルもまた可愛い。なんだか本当に娘が欲しくなってきて、このままツェイルを娘にできないだろうか、などと考えているうちに中庭に出た。サリヴァンは騎士宿舎のほうにいるのだろう、姿は見えず、穏やかな青空が雲を流している。


「ああ、いい天気……さてツェイルさま、身体にいい体操しましょーね」

「ファーン……おかあさん」


 なんだか吃驚したままのツェイルに笑って、ばか息子もこれくいら可愛かったらなぁと、ファレンは肩の力を抜いた。







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