Plus Extra : 第九特務騎士隊追想録。2
■ 九席ココノエ・アランド。
マノウがサリヴァンに背負い投げられる以前からその場にいたココノエ・アランドは、今日はマノウと共にサリヴァンの護衛任務に就いているわけだが、マノウが投げ飛ばされるとちらりと自分を見やってきたサリヴァンからは少し逃げた。皇弟近衛騎士隊の全員を投げ飛ばして遊んでいるサリヴァンのその被害に、遭いたくないためである。マノウに関しては仕方ない。マノウは末席で、隊の誰よりも若く逃げる発想すらない未熟者なのだ。
投げ飛ばされたマノウは、その後しばらく、サリヴァンと昔話をしていた。ココノエは空気のごとく忘れ去られていたが、サリヴァンがまた遊び始めたら被害に遭うことは確実であったので、敢えて己れの存在を主張しなかった。おかげで面白い話を聞けたと思う。
「なあ、ココ」
ぎくり、とする。サリヴァンがココノエを忘れていなかった。
「……そこで、おれの名前を切らないでください」
「ココ?」
「やめてください。ついでに忘れていてください」
投げ飛ばされてたまるか、とココノエはサリヴァンとの距離を開ける。そして空気のごとく忘れ去られたままでいいと、ひっそりと息を潜ませた。しかし、忘れてくれないサリヴァンである。
「……可愛くない」
不服そうにされた。
だが、サリヴァンに「可愛くない」といつも言われるココノエである。慣れたものだ。今さら衝撃もなにもない。
「おまえはいつも、そうだな」
「……なんですか」
「ウドの大木?」
「うるせえ」
「お」
しまった、と思ったが遅い。サリヴァンの目がきらりと光った。ついでにマノウも目をぱちくりとさせている。
「そうそう、おまえくらいなんだよ、それ、その口の悪さ」
「……そうでもないですよ」
「べつに敬語じゃなくてもいいんだがな」
「……ユグド隊長に殺されたくないもんで」
「ああ、ユートなぁ……あれは堅い、過ぎるくらい堅い」
口の悪さで九席をいただくことになったココノエである。サリヴァンはかまわないと言ってくれるが、隊長と渾名されるユグドだけはそうはいかない。穏やかで静かなくせに、そのままの雰囲気で剣を抜いて斬りかかってくるような人だ。怖いったらない。
ココノエは、気狂いだと言われる首席隊長ツァインよりも、三席ユグドのほうが恐ろしい。本気で殺されかけたことがあるせいだと思うが、なによりもあの雰囲気が駄目だ。なぜ隊員らがユグドを怖がらないのか不思議なくらいである。サリヴァンなどは、なぜか「ユート」と呼び、恐れることもなく投げ飛ばしに行こうとするくらいなので、ココノエにとってはその度胸が理解できない。
「けどまあ、今はいないわけだし、べつにかまわんだろう」
「……バルサがいます」
「これは喋れんぞ」
「……油断禁物」
猫な精霊バルサはサリヴァンに撫でられまくって気持ちよさそうだが、それの面倒を看ているはユグドだ。そして精霊とは、喋らないようで喋る。バルサの視線が痛いココノエだ。思わず目を逸らす。
「ほんとにユートが苦手だな、ココ」
「……うるせえ」
「お」
なにが新鮮なのか、口の悪さゆえ喋らないようにしているココノエを、サリヴァンは喋らせようとする。存在を空気のごとくしてくれないのも、そのせいだ。
「苦手視されるユートというのも珍しいものだ。なにがそんなにいやなんだ?」
「……すべて」
「全拒否か、ひどいな」
サリヴァンは、ココノエがどうしてそこまでユグドを得手としないのか、納得できないらしいが、同じことの逆をココノエとしては訊きたい。
なぜあれが恐ろしくないのだろう。
「苦手視される率としては、ツァインのほうが高いと思うがなぁ」
あっちはべつに恐ろしくもない。思考さえ理解しなければ、ただの変人で狂人だ。
「マノウはどうだ?」
「僕はとくに……隊長が変わった人だなと思うくらいですかね」
「ユートは?」
「あの人ほど騎士らしい人はいないかと。鑑ですね」
「……憧れられるようだぞ、ココ」
おまえの感覚はおかしい、と言うようにサリヴァンに小首を傾げられた。
どうでもいいから、そろそろ自分から意識を逸らして欲しいココノエだ。どこでユグドに知られるともわからないゆえ、あまりサリヴァンと会話をしたくないのである。
「こら、無視するな、ココ。寂しいだろ」
そりゃあココノエだって、サリヴァンとの会話はふつうに楽しみたいと思う。というか、ココノエ的ふつうで接したい。だが、ユグドが怖い。優しそうなのに、実際優しいのに、ココノエには容赦ないユグドが、どこでこの状況を知るかわからないのだ。
「……失礼します」
やむなく、ココノエは今日の護衛任務をほかの隊員に頼むことにした。
「あ、こら!」
そそくさと逃げるココノエをサリヴァンは引き留めようとするが、なによりもユグドが怖くてたまらないココノエは、まずは己れの命を大事にすることにした。
「……気の毒になってくるな」
と、サリヴァンがぽそりと呟いた言葉は、もちろんココノエには届かなかった。