Plus Extra : 見上げれば太陽、月。そしてあなた。追記。
*ツァイン視点、ツァインが考えていること、です。
しっかりと寄り添って眠るサリヴァンとツェイルの姿を確認すると、ツァインは覗くために開けた扉をしっかりと閉める。部屋の安全を確認したあとは、寝ずの番で扉の前に立つクラウスに声をかけ、宿を歩き回って危険がないかを調べた。途中でラクウィルに逢い、状況報告したあとは、互いに適当な時間で休むことを言い合い、宿の入り口で別れた。
「ナイレン」
宿から外に出て、適当な方向に向かって幼馴染を呼べば、どこからともなく幼馴染の近衛騎士副隊長は姿を見せた。
「シュネイなら明日、合流する」
「そう。無理をさせたかなと思ったんだけど、やっぱりあの子もメルエイラの血を継いでいるね。回復が早い」
「と、いうより……侍従長のそばにいたい様子だったが」
末妹の恋慕相手がラクウィルだというのは知っている。運命の相手だとか言っていたのも知っている。
ちょっと不愉快だ。
「斬られたいの、ナイレン」
帯剣した腰のものに手を伸ばすと、薄闇の中でナイレンは目を丸くした。
「おまえの執着はツェイルだけに向いていると思っていた」
「妹弟たちは等しく可愛いと思っているよ。ツェイルはお嫁さんにしたいだけ」
「……おまえも兄貴だったんだな」
「どういう意味だい」
「ツェイル以外、なにも要らないのかと」
「要らないよ、もちろん。けど、僕にだってできないことはある。妹弟たちは、それを補ってくれるんだ。少しくらい大事にするよ」
「……おまえにも人間らしいところがあったか」
感心したように言うナイレンに、ほかに言うことはないのかと眉間に皺を寄せて訊ねると、周囲に危険なものはないというので、手を振ってさっさと追い返した。
ナイレンが去ってひとりになると、少しだけ時間を置いて、背にしていた宿の入り口扉が開いた。
「ここにいたか」
「ユグド隊長」
「……隊長はおまえだ」
「細かいことは気にしないでよ。なにかあった?」
騎士隊の三席、ユグドは、貴族らしい軟らかな所作で扉を閉めると、仁王立ちするツァインの隣にくる。
「おまえの言う網に、引っ掛かったが、どうする?」
ああそういえば、とツァインはユグドに「メルエイラの網」を預けていたことを思い出した。そして、それに引っかかるようにした獲物についても、ついでに思い出す。
少しだけ長く、ため息をついた。
「どうしようかねぇ」
「殺す気だっただろう」
「隊長がそれ言っちゃう?」
「その気配が消えたから言ったのだが」
戦闘に不向き、暇さえあれば読書に没頭している三席の騎士は、これが意外に腕の立つ騎士だ。いや、だから隊の三席で、以前は今ツァインがいる地位にいたわけだが、所作の軟らかさを見ていると、ツァインのような戦闘向きの性格はしていない。
物騒なことを口にもしないのに珍しいこともあると思ったら、ツァインからその気配が消えたから言葉にしたようだ。
「最初はねぇ……僕に挑戦状でも叩きつけているのかと思ったから、もちろん殺してやろうと思ったよ。今でもその気はあるのだけれど」
「なら、どうする」
「うーん……なんか、しっくりしないんだよねぇ」
「? おまえが行動を濁すとは、珍しい」
「隊長の中で僕の行動基準はなんなの」
「面倒、邪魔、そう思えば即動くだろう」
「……遠からず当たっているけれど」
うーん、と軽く唸りながら、腕を組んで夜空を見上げる。月が出ているから今日は随分と明るい。
「イディアードを殺した天恵を、受け入れられると思うか……」
「ん?」
「あの騎士が言っていたじゃない? イディアード殿下を殺めた天恵を、先帝が受け入れられると思うか、って」
「ああ、そうらしいね」
「あれがどうも、気になってね」
「……気になるほどのことか?」
「隊長は相変わらず興味が薄いね」
「わたしが護るべきはサリエ殿下、そしてツェイルさまだからね」
興味対象にないものを眼中に入れる気すらないユグドに、少し笑みがこぼれる。こういう人だから以前はサリヴァンの近衛騎士隊長を任され、今も重宝され、ツァインも「メルエイラの網」を任せたのだが、本人はそれに気づいていないだろう。
「悪かったね、ユグド」
「なにが」
「奥さん、臨月でしょ」
「無事に産まれれば問題ない。わたしがそばにいて、してやられることはないからね」
「けれど、心配なんじゃない? コカは、護番だったけど、ずっと花街にいたんだよ?」
「その花街にいるほうが、今は安心するらしい。そこに置いてきた」
「花街はなにかと物騒なのに」
「メルエイラの者が数人、いるだろう」
「まあね。コカはナイレンの弟子だから」
「邸に置いておくより安心できる」
「僕らメルエイラは、なにかと迫害されるんだけどね?」
「おまえたちの強さを知っている」
問題はない、とユグドは繰り返し、それよりも、とツァインをちらりと見やる。
「今はわたしのことより、ウィード・ディバインだ」
「……本当は、殿下が言うように、害がないんだよね」
「ウィード・ディバインが?」
「あの騎士の裡にも、僕やツェイルみたいに、精霊が住み着いている」
「……それは初めて聞く」
「あの騎士、《天地の騎士》以外の天恵を、僕らの前で見せなかったからね。僕だって、ヴィーダヒーデに言われなかったら気づかなかったよ。あの騎士のことで知っていたのは、侍従長のように複数の天恵を所持している、という曖昧な情報だけだから」
「それで?」
「《天地の騎士》以外の天恵を見せなかったということは、殿下に害を為す気がないということだし、そもそも殺気すら感じなかった。殿下になにかする気なら、もっと早くに、別の形で、行動していたはずだ」
なぜ、とツァインの頭には疑問が浮かぶ。ウィードの目的がわからなくて、正直、困っているのだ。
「殿下の『花舞い』を知っていながら港町で傍観者を気取っていたことには腹が立つけれど……考えてみれば、殿下が『花舞い』を起こす場所を把握しておけという忠告だったとも、捉えることができる。僕らは『花舞い』の実情を知らなかったからね」
「……そうだね」
「ユグドはなにか知っていた?」
「そういう現象がある、というのは、知っていた。先帝が消える姿も、幾度か見ている」
「危険なものだとは思わなかったの?」
「そういう天恵だと思っていた」
「……だよね」
この世界には、数多の天恵がある。基本的には火や水といった自然に関わるものを自らの力に変換できる能力を天恵としているが、ラクウィルがサリヴァンの声を遠くからでも聞くことができたり、瞬間的な空間転移ができたりするような、自然とは関係のない天恵もある。不可解な事象が目の前で起きても、誰かのなんらかの天恵だ、と結論づけられる。
サリヴァンの「花舞い」が存在への拒絶反応だと知ったのは、仕えるようになってからのことで、それまでは危険なものだという認識すらなかった。サリヴァンが自身で言ったように、先帝が「花舞い」していたのは、ユグドだけでなくツァインも目撃していたので、危険なものだと判断していなかったのだ。
「あれが天恵だと、思いもしなかったのだけれど」
「先帝は只人だと言われていた。誰かの天恵で、あの現象を起こしていたと思うのがふつうだろう」
「まさか本人のものだとは」
「思わなかった、な」
今なら頷ける。先帝には天恵があって、サリヴァンのように壊れていたのだと、納得することができる。今回、サリヴァンのそれを見てしまえば、当然のことながら理解できた。
「殿下のそれを見た今だから言えることだけれど……先帝も天恵者だったんだよね」
「考えてみれば不自然だったかもしれない。ルーフは国花だ、それに転じることができるのは皇族だけだろう」
「初代皇帝の御名がつけられた国花、だものね」
深く追求して考えれば、わかることだった。考えなかったのは、先帝が只人であるという先入観と、サリヴァンが目の前で「花舞い」したことがなかったせいだ。もちろん今代皇帝も、「花舞い」したことがない。考える必要がなかったといえる。
「あの騎士には腹が立つのだけれど、その辺りがどうも……ね」
「殺意がないなら、わたしはそれでいいが」
「それは前提だよ。僕が納得できないのは、どうして、今になってそれを忠告するか、だよ。なんで今なの? 殿下が港町に行ったから? もっと前に姿を見せてもおかしくないよね?」
ウィードの行動には不可解な点が多い。そもそも、サリヴァンが港町を訪れることを、なぜウィードは知っていたのだろう。
「なにがしたいんだろうね、あの騎士」
「……しいて言うなら」
「なに?」
「見守りたかった、とか」
「そうかなあ?」
そんなに可愛らしい行動だろうか、とツァインは首を傾げる。
「ツァイン」
「うん?」
「おまえは、殿下と妃殿下を失って、騎士でいられるか」
思ってもみなかったユグドからの問いに、ツァインは目を丸くした。
「なに、いきなり」
「そういうことではないのか、ウィード・ディバインの行動は」
なにが、そういうこと、なのだろう。
「ウィード・ディバインは、言ったそうだね。自分は、ただのウィードだ、と」
「言っていたね」
「騎士ではなくなっている」
「先帝がいないからね。《天地の騎士》はまだ発動できるようだけれど」
「必要だからではないのか」
「なんのために?」
「殿下を、護るために」
そうだろうか、とツァインは首を捻る。
「だからおまえは、殺す気が失せたんだろう」
「え……そういうわけじゃないと思うけれど」
「ウィード・ディバインがなにを護らんとしているのか、本能的に感じたのではないのか」
少し、言葉に詰まる。ウィードを殺す気が失せた理由は、自分でもよくわかっていない。ユグドが言うように、本能的になにか察したとした言いようがなかった。
「……ユグドは、感じたの?」
「わたしも初めは許せなかった部分が大きい。だが、ウィード・ディバインの行動は、どうにも殿下を護ろうとしているようにしか、見えなかったのでね」
「僕はわりと腹を立てているんだよ」
「殿下を護るのは自分、だからか?」
「……まあね」
矜持がある。サリヴァンを護る、その力があること、メルエイラ一族の中でも随一の剣士であることを、ツァインは誇っている。それを横から掻っ攫われるようにされるのは、少々気分が悪い。
「イディアード殿下を殺した天恵……ね」
「ん?」
「そんなものを殿下が持っているなんて、僕だって受け入れたくない」
同じ気持ちを持っていることが、なんだか、苛立たせる。
「先帝は本当に、殿下に国主の天恵があることを、認めたくなかったのかな」
「わたしはそう思うが」
「だから殿下を殺そうとした?」
「そうすることによって、自身の天恵を否定したのだろうね」
「只人でいたかったということ?」
「そういうことになるだろうね」
「……わからないな」
サリヴァンが自身の天恵を否定するならわかる。だが、先帝が天恵を否定する理由がわからない。たとえ自身の弟を殺した天恵でも、皇帝として立った先帝には必要なものだったはずだ。なぜそれを隠す必要があったのだろう。
「今となっては知ることもできない理由……か。残念だ」
「終わったことだろう。先帝はもういない」
「そうだけれど、だって、気にならない? 先帝がなにを考えていたのか」
「わたしにはどうでもいい」
興味のあるもの以外には関心が薄いユグドでは、この話題は盛り上がらない。
ここまでかな、とツァインは一息ついた。
「網のどこに引っかかったか、教えてくれるかな」
「境だ。捕まえるか?」
「様子を見るだけにするよ。今捕まえても、得にもならないからね」
行こうか、とユグドを促し、ツァインは薄闇の路地へと足を進めた。
リクエストありがとうございました。