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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
151/170

Plus Extra : 見上げれば太陽、月。そしてあなた。13

ツェイル視点です。





 油断した、とツァインは言っていたが、隙を突いて姿を消したウィードを、再び捕まえるべく動くことはなかった。なにか思うことがあるらしい。むしろあの叫びを聞いて、どう対処したらいいかわからなかったのかもしれない。


「やはり苦労していたか、先帝は」


 サリヴァンはぽつりとそうこぼすと、ツェイルを抱き込みながら椅子に座った。


 サリヴァンが帰って来て翌日、また「花舞い」されては敵わないと、早急に移動が開始されて、今は学業都市ファロンに向かう途中の宿にいる。ラバンの港町を離れるにつれてサリヴァンの体調は戻り、今では顔色もいい。足許の感覚も、きちんと土を踏んでいると感じているようだ。


「ウィードを、どうなさるおつもりで?」


 もぞもぞとサリヴァンの腕の中で体勢を変えると、ツェイルはサリヴァンを見上げて問う。


「どう、と言われてもな……害はないと、おれは言っただろう?」

「はい」

「放置、するわけではないが……だからといって捕まえる気もない。ウィードは残されてしまった騎士だからな」

「残されて、しまった、騎士……」

「あるじを失った騎士は、どこにも居場所がない。前に、ラクに言われたことがある。あなたを失って、おれにどう生きろというのかと」


 ふと、思う。

 ラクウィルがサリヴァンにそう言ったのなら、それはツェイルにもなんとなくわかることだ。あるじ無くして騎士にはなれない、護りたい人を護れずして、騎士でいられるだろうかと。


「おれがラクの人生を歪めてしまったように、ウィードもまた先帝によって人生を歪められた。おれは最期まで責任を果たすつもりでいるが、先帝は責任を果たせなかったことになる。先帝のなんらかの意志が働いているのかもしれないな」

「残したことに?」

「ああ。真意はわからないが、先帝は、ウィードに生きて欲しかったんだろう」


 おれは連れて行くだろうが、とサリヴァンは苦笑する。それがラクウィルを《天地の騎士》に持った責任だと言う。


「先帝も、わかっていながら、残したのなら……これはもう、ウィードの好きにさせるしかない」

「では、このまま……?」

「納得できないか?」

「いえ、そういうわけでは……ただ、悲しいなと」


 残されてしまったウィードに、居場所はない。あるじを失った騎士には、帰る場所さえない。それを思うと、ウィードが哀れだ。あの双眸は、あまりの悲しみに、塗り潰されていた。


「助けることはできない」

「え……?」

「おれはウィードのあるじにはなれない」


 どんなに悲しかろうと虚しかろうと、ウィードのそれを救うことはできない。サリヴァンは先帝ではないし、ウィードはサリヴァンの《天地の騎士》ではないのだ。


「だから、このままでいいんだ」


 救われることを望んでもいないだろうと、サリヴァンは言う。むしろウィードは、救いたいと思っているほうかもしれない。愚帝と謗られ続ける先帝のそれを、どうにかして拭い去りたいと思っているだろう。だが、それもできない。いや、しないのだ。先帝がそれを望まなかったから、だからウィードはただサリヴァンの前に現われるだけで、これまでなにもしなかった。これからも、なにもしないだろう。


「語らないことだ」

「語らない?」

「けっきょくのところ、おれは先帝をよく知らない。母のこともよく知らない。ただ拒絶されただけだ。まあ、拒絶されたからよくわからないわけだが……だからこそ、語れるだけのものがない。それなら、語らないのが一番だ」


 よくも悪くも言わない、とサリヴァンは肩を竦める。わからないのだから、言いようがないのだ。


「おれにとって先帝は、先帝でしかない」


 自分を拒絶した父、自分を幽閉した皇帝、言葉の聞こえは悪いかもしれないが、どんな人物であったかを話でしか聞いたことがないのだから、それだけで判断するのは早計であるような気がするらしい。


「サリヴァンさまは、充分な仕打ちを、受けたように思います」

「だとしても、おれは今幸せだし、なにも不幸に思っていない。幽閉されていた当時の不満も、とくになかったからな」


 当たり前だ、と思っていたことが、当たり前のことではない、と今さら言われたところで、どうにかできるものではない。それと同じように、サリヴァンの中で先帝という存在は、今もこれからも変わらない存在だ。


「……それで、よろしいのですか」

「不服そうだな?」

「わたしは、それでも、先帝のしたことを許すことは、できません」


 サリヴァンは先帝を恨むことなく、憎むことなく、ただ在るがままを受け入れている。それはいいと思う。

 けれどもツェイルは、ウィードのあの叫びを聞いてもなお、先帝を許すことはできそうにない。サリヴァンの存在を拒絶し、否定し、そうして幽閉していた現実を、忘れることなどできないのだ。


「サリヴァンさまと同じように、天恵が、壊れていたのだとしても……それなら、サリヴァンさまがどう道を歩まれるか、わからなかったわけが、ないのです」


 先帝の思惑がどこに向いていたのかがわからない。いや、たとえわかったとしても、先帝は許されないことをした。


「忘れないでください。たとえ、サリヴァンさまが許したとしても、わたしは、ラクは、先帝を許してはいけないのです」


 この嘆きを、あの嘆きを、サリヴァンも忘れてはいけない。サリヴァンの生きる時間を潰し、今もこうして天恵に縛られている現状は、先帝が犯した罪だ。許せと言われて、許せるものではない。


「あまり、そういった負の感情に、囚われて欲しくないのだがな」

「ときには必要なものです」

「うーん……まあ、おまえがそう言うなら、そうなんだろうな」

「サリヴァンさま」

「ん?」


 ツェイルはよりいっそうサリヴァンに寄り添うと、ゆっくりとした鼓動に耳を傾けながら瞼を閉じる。


「おかえりなさい」


 とにもかくにも、今ここにサリヴァンがいる、その現実に歓喜する。ツェイルが言葉を発することなく、察してくれるこの人が、穏やかな声音で語りかけてくれる今を、幸せに思う。


「……ああ、ただいま」


 額に口づけされたあと、強く抱きしめられた。


「……っ、もう、わたしを、置いていかないで」


 震えた心が、恐れた心が、ツェイルを弱くする。そうしたのはサリヴァンだ。ツェイルにそれを教えたサリヴァンが、ツェイルに孤独を恐怖させる。


「だいじょうぶだ。おれは、必ず、おまえも連れて行く」


 もうひとりではいられない。それはサリヴァンがそうであるように、ツェイルも同じなのだとわかって欲しい。


「あなたが、いなかったら、わたしは……っ」

「もう言うな。おれだって……」


 互いに、互いを失って、生きてはいられない。ツェイルもサリヴァンも、互いがそばにいて当たり前になっている。それが日常になっている。この日常が崩れることなど、想像もできない。


「ひとりは、いや…っ…残されるのも、いや」

「ああ」

「待ってなんて、いられない……っ」

「ああ、そうだな」


 ごめん、と耳許で囁かれる。


「ずっと、一緒にいよう、ツェイ」


 見上げれば太陽、月、そしてあなた。

 わたしの世界を彩り、輝かせ、眩しいものとするのはいつもあなた。


「サリヴァンさま……っ」

「ああツェイ、わかっている」


 ツェイルは知った。愛するもので、世界が変わるのだということを。

 だから誰にも奪わせない。この幸福を、この彩り鮮やかな世界を、愛する人を、奪われたくはない。

 わたしはこの幸せを噛みしめて生きていく。








*通算150話めです。わお(- -)/

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