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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 見上げれば太陽、月。そしてあなた。12

ツェイル視点です。





 サリヴァンの髪は、もともと金というよりも銀に近い色をしていた。天恵を受け入れたことで白味が増し、日が経つにつれ銀色に近しくなっていったが、それでもまだ美しい金髪だった。

 白い髪となったサリヴァンは、しかし、少しするといつもの銀髪に戻り、ツェイルの目を丸くさせた。


「御髪が……」

「ん?」


 出逢った頃より少し伸びたサリヴァンの髪は、肩より少し長い。緩いクセが毛先にあって、さらさらとしていながらもふんわりとした軟らかさがあった。ツェイルの硬質な髪とは違う。


「ほんとうに……サリヴァンさま?」

「夢か現か、わからないか?」

「だって……だって、サリヴァンさま、いきなり……」

「悪かった。おれも……よくわからないんだが、どこかに飛んだ感じがある。おれは、おまえをおいてどこかに行っていたんだな?」


 すまなかった、と謝罪したサリヴァンは、ツェイルの額や瞼に唇を落とし、ぎゅっと抱きしめてくる。そのぬくもりに、香りに、枯れそうになっていた涙がどっと溢れた。頬を伝い落ちる前に、サリヴァンの胸に顔を埋めてすがりつく。


「サリヴァンさま……っ」


 ああ、サリヴァンだ。わたしが愛する、唯一人のいとしい人だ。


「声が枯れているな……目も赤くなっているし、おれは随分とツェイを心配させてしまったらしい」


 苦笑しながらの声に、ツェイルは安堵する。

 帰ってきてくれたなら、戻ってきてくれたなら、それでいい。今ここにあることが現実だと、それが確かなのだから、それ以外は要らない。


「いったいなにがあったんですか、サリヴァン」


 サリヴァンが帰ってきたことにとりあえず皆が一段落すると、ラクウィルが怪訝そうな顔をしながらサリヴァンに問うた。


「なに、と言われてもな……」

「言いたくはありませんが、あなた、わかってますか?」

「なにを」

「ご自身が、『花舞い』という現象を起こすことを」


 本当に言いたくないのだろう。もちろんツェイルだって口にしたくない。だが敢えてラクウィルはそれを口にし、サリヴァンに問うている。

 目を丸くしたサリヴァンは、やはり首を傾げた。


 だが。


「あの花びらのことか? 先帝がよくやっていただろう」


 サリヴァンから発せられたその事実に、ツェイルやラクウィルはもちろん、「花舞い」の現象を知っていたという事情からツァインに捕まり連れてこられたウィードも、驚いた。


「なぜ知っている、サリエっ」


 機械人形のようだと思っていたウィードの、珍しく焦ったような声に、サリヴァンは怪訝そうにした。


「関係がどうあろうと、先帝は、とりあえずおれの父親だぞ」

「だから、知っていたのかと、おれは訊いている」

「なにを知っていると?」

「ヴェナートに天恵があったことだ」


 皆の視線が、今度はウィードに向けられた瞬間だった。驚きも、サリヴァンが「花舞い」の現象を知っていたことから、先帝に天恵があったということに方向が移動した。


「先帝に、天恵ですって? そんな情報、どこにも……」


 ラクウィルが戸惑ったように声を出したとき、ウィードは「しくった」というような顔をして顔を背けた。言うつもりのなかったことを、サリヴァンが「花舞い」の現象を知っていたという事実に動揺し、口走ってしまったのだろう。


 冷静さをすぐに取り戻したのは、自身が起こす現象を理解していたサリヴァンだった。


「あの花びらが『花舞い』という現象だとして……先帝にそれができて、おれにもできるということは、やはりそういうことか」

「サリヴァンさま……?」


 どこか納得したように言うサリヴァンに、ツェイルは少し心配になりながら声をかける。ツェイルの心配を察したサリヴァンはにこりと柔和な笑みを浮かべ、だいじょうぶだと言うかのように頷いた。


「うすうす、気づいてはいた。皇帝国主の天恵とは、ルーフの花と根強い関係があるからな」


 そう言ったサリヴァンは、ウィードを捕縛しているツァインに視線を送る。不思議なことに、ツァインだけは事態を冷静に見守っていたようで、驚いていた様子が見られない。ということは、ツァインはなにかしら知っていたのだろう。そしてそれを、サリヴァンと話したこともあるのだ。

 ツェイルの兄は、ツェイルがちらりと視線を向けると満面に笑みを浮かべたが、相も変わらずなにを考えて行動しているのかがわからない。最愛の妹にどう思われていようが関係ないツァインは、幼い頃の約束を律儀に護り、サリヴァンへの忠誠を欠片も崩そうと思わないようだ。傍迷惑なこともある兄は、意外にもサリヴァンにとっては気心が知れた友人なのだろう。


「いつからお気づきに?」

「先帝のそれを目にしたとき、なんとなく、な」

「なんとなく?」

「ウィードが怒っていた」


 サリヴァンは苦笑し、ウィードを見やった。視線をこちらに戻したウィードは、少しだけ、驚いたような顔をしている。


「ウィードの怒り方が、ラクとまったく同じだった。だから、『花舞い』がおれの身によくないものだというのは、理解していた。頻繁に起こせるものでもないから、気に留めたことはないがな」


 身によくないこととわかっていながら、気に留めることすらなかったというのは、ラクウィルが「サリヴァンは気づいていない」と言ったことからも窺えることだ。どうでもいいと、気にする必要はないと、本気で思っているから、サリヴァンは知らないふりをしていたのだろう。いや、気づいていないふりをしていた。

 サリヴァンらしいと言えば、らしい姿だ。

 余計な心配をかけたくないとか、そこまで気にかけなくていいとか、とにかく自分自身への執着が薄い。


「知っていて……わからなかったのか」


 ウィードが顔を歪めてサリヴァンに問う。


「身が滅ぶ可能性があると? そんなこと……おまえに言われるまでもない」


 自虐的な笑みをサリヴァンは浮かべた。その意味に、ツェイルが気づかないわけがない。

 ツェイルに出逢うまでのサリヴァンは、幽閉されていたときから、解放されてからも、必ず訪れる死を静かに待っていた。


「ならなぜこの港町に来た」

「生憎と、先帝が『花舞い』を起こしていたことは知っていても、その現象が起きる理由は知らない。身によくないこと、としかおれは認識していないからな」

「存在への拒絶反応だ」

「存在?」

「ヴェナートの天恵も壊れていた」


 ウィードの言葉に、サリヴァンが口を噤んだ。その反応に関係なく、ウィードは続ける。


「イディアードが死んだんだ。同じ天恵を持っていた弟が、目の前で、死んだんだ。壊れてもおかしくはない。シオンはそれを理解し、ヴェナートに現われた天恵を生涯、隠し続けた」

「……皇妃が、隠した?」

「ヴェナートの天恵を知る者は、おれとシオンだけだ」


 誰も知らなくて当然だと、ウィードは言う。


「シオンは、ヴェナートを愛していた。誰がなんと言おうと、シオンはヴェナートに愛されていた。その事実を知る者は少ない。可哀想な皇妃だと、誰もが言う。誰もが、ヴェナートは愚帝だと言う」


 ギッと、ウィードは皆を睨んできた。


「愚かな!」


 その怒声は、ひどく、世界を憎んでいる声音だった。


「ヴェナートを狂わせ、シオンを狂わせ、存在を拒絶したのはこの国だ! 天恵だ! おれのヴェナートとシオンを、貴様らが壊したんだ!」


 返せ、とウィードは叫ぶ。

 その声は、深い悲しみに囚われ、そして泣いていた。


「ヴェナートの苦しみも知らぬ者が、その口で、ヴェナートとシオンを語るな!」


 ひどく、深い愛を、感じさせられた。


 思わず息がつまり、涙が込み上げ、ツェイルは唇を噛むと俯く。ツェイルの心情を察してか、サリヴァンが強く肩を抱いてくれる。


「……おれは先帝を……父上と、呼んでみたかっただけだ」


 ぽつりと、サリヴァンの口からこぼれ落ちる。


「だが、拒絶された……要らぬ者と、切り捨てられた」

「おまえを拒絶することで、ヴェナートは、天恵を否定した」

「……なぜだ」

「イディアードを殺した天恵を、受け入れられると思うのか」


 ハッとした。全員が、ウィードから発せられた言葉に、息を呑んだ。

 先帝ヴェナートの真意を、ウィード以外、ここで知る者はいない。なにかを知っているだろう聖王は、たとえこの場にいたとしても、口を開かないだろう。ウィードは言ったのだ、先帝が天恵授受者であると、知っているのは自分と先の皇妃だけであると。つまりは、聖王の目すら、彼らは欺いていたことになる。だが、そうするしかなかった。国が、世界が、人々が、先帝を愚帝であるとし、非難し続けているのだ。ウィードと先の皇妃は、それらの誹謗中傷から、先帝を護った。それは今も、こうして、護られ続けている。


「先帝が殺したのでは、ないのか」

「ヴェナートのどこに、そんなことをする必要性があったというのだ」

「先帝には天恵がないと、只人だと」

「貴様らがそう勝手な憶測を口にする。だからイディアードは死んだ。ヴェナートの眼前で、自ら咽喉を掻っ切って」


 さっと、サリヴァンが青褪める。惨い死にざまだと、自害だと、思ったのだろう。ツェイルも、ぎゅっと拳を強く握った。


「誰も、知らぬ。わがあるじのことも、わがあるじの心も、なにも知らぬ。そのくせ、人を殺す力はある……なんと、悲しき世界よ」


 ウィードの瞳が、悲しみを滲ませて潤んでいた。







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