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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
147/170

Plus Extra : 見上げれば太陽、月。そしてあなた。9

前半ツェイル視点、後半少しラクウィル視点です。





 希望や期待は、脆くも打ち砕かれる。

 サリヴァンは、まる一日が経過しても、帰ってこない。その兆候もない。ただ、近隣に花を咲かせていたルーフは、真っ赤に染まっていた。

 宿泊していた宿では、どこかの貴族であろう者たちがいきなりものものしい雰囲気になったことから、これはかなり権力のある貴族であったらしいと認識を改めたらしく、宿全体を貸し切りにしたいという申し出をすんなりと受け入れた。そして店主夫妻は、サリヴァンと歓談していたくらいなので、そのサリヴァンの姿がないことにいち早く気づき、なにかあったのだと悟ったらしかった。突然の貸し切りに渋面を浮かべることもなく、純粋に心配し、人数が増えた騎士たちの食事には気遣いをもらった。


「サリエが消えたとはどういうことか!」


 突然と現われた煌びやかな人間は、叫ぶなりラクウィルに剣を向けられていた。


「なんであんたがいるんでしょう」

「こっ、このデタラメ従者! 侍従ならそれらしいことをしろ! 剣を向けるなど、わたしを誰だと思っているのだ!」

「間抜けな皇帝」

「わたしはサリエの兄だぞ!」


 皇帝、サライ・ヴァディーダ・ヴァリアスが、彼の《天地の騎士》たるジークフリート・ウェル・カリステルと共に現われた。


「ジークフリートの天恵は使えるから、ツァインは呼んだんですよ。あんたは来る意味がないです」

「サリエの兄だと言っているだろうが!」

「ジークフリート、今すぐこの能無しを帰してください。じゃないと……あんたを殺しますよ」


 ラクウィルの剣が、サライから、部屋の隅に退避しているジークフリートに向けられる。


「お、おれ……」

「ジーク! デタラメ従者の言葉など」

「まだ死にたくねえ」

「おいこらジーク!」


 青褪めた皇帝の《天地の騎士》は、あっさりとあるじを送り帰した。あるじを裏切ってでも、ラクウィルに殺されるのだけは勘弁して欲しいらしい。


「あんたと遊ぶ暇なんてないんですよ、ジークフリート」

「お、おれだって遊ばれたくねぇよ!」

「だったらその力、おれたちにさっさと貸してください」

「こ、殺すなよっ?」

「そんな暇ありません。貸さないなら、殺しますけどね?」

「貸す! 貸すよ! おれ、なにすりゃいいんだっ?」


 半ば涙目で、ジークフリートは「なんでも言ってくれ」と縋ってくる。よほどラクウィルが怖いらしい。その過去、いったいなにをされたのか不思議になるジークフリートだが、ラクウィルと同じ天恵を持つ彼の存在は重要だ。おまけに、ふらふらと歩き回る習性がジークフリートにはあるらしく、国土のどこにでも単身でなら飛ぶことができるという。


「ツァインの指示に従ってください」

「は、ツァイン? お、おまえじゃねぇの?」

「おれは姫のそばを離れられません。いいから、さっさと、ツァインの指示に従ってください」

「わ、わかったよ!」


 ラクウィルに凄まれると、ジークフリートは慌てた様子で部屋を出て行く。そうして漸く人気がなくなると、ラクウィルがそっと息をつき、ぼんやりとしていたツェイルの前に膝をついて見上げてきた。


「姫」


 呼ばれている。

 ラクウィルに、そっと静かに、優しく呼ばれている。それはわかるのに、返事ができない。


「シュネイ嬢を帰してしまったので、申し訳ありませんが、おれが姫のお世話をさせていただきます。いいですよね? もともと姫は、ひとりでほとんどできちゃいますし、おれがそれをちょっと手伝うだけですから」


 リリという専属の侍女がいても、あまり手を煩わせないツェイルだ。シュネイが新しく侍女となっても、その毎日は変わらない。手間をかけさせるほどのことはしていないはずなので、シュネイが帰ってしまった今、ラクウィルに世話されようと日常が変わることなどない。

 ただ、今は、サリヴァンがいない。

 そのことが、すごく悲しい。すごく寂しい。


「ら、く……っ」


 絞り出した声は枯れ果て、音を出すのもつらい。咽喉の痛みに顔をしかめると、すかさずラクウィルが水を飲ませてくれた。噎せながら飲み干せば、ラクウィルは心情を隠して微笑んでくれる。


「海に、行きますか?」


 ラクウィルは、ツェイルの行動を制限することはない。したいようにさせてくれる。本当ならラクウィルだって、ツェイルのようにサリヴァンを探したいであろうに、ツェイルを優先してそばにいる。それがサリヴァンのためだとわかるから、ツェイルはつい甘えて、ラクウィルにはそばにいてもらっている。


「う、み……に」

「わかりました」


 海に連れて行って。サリヴァンが消えたところに、わたしを連れて行って。

 そう声に出せずに頼んでも、ラクウィルは微笑んで、頷いてくれる。ツェイルを子どものように抱き上げると、天恵で、海辺まで飛んでくれた。


 潮風に目を細めると、それだけで涙が溢れてくる。


「サリヴァンさま……っ」


 どうして、いないのだろう。

 どうして、消えてしまったのだろう。

 なぜ、あんなことになってしまったのだろう。

 ぼろぼろと涙を流しながら、ツェイルは天に両腕を伸ばす。


「かえって、きて…っ…サリヴァンさま」


 ラクウィルの話では、今のところサリヴァンの目撃情報は、どこにもないらしい。行くと言っていた学業都市ファロンでも、先行させた騎士隊から、サリヴァンの目撃情報はないと聞いた。もちろん、ヴァンニの街にも、ここまでの道中でも、サリヴァンの姿は目撃されていない。

 サリヴァンは「花舞い」で消えた。そのことの意味を、ツェイルは漸く知る。起こしてはならない事象であると、理解する。

 本当に、消えてしまうのだ、サリヴァンは。

「花舞い」は、美しいものであると同時に、サリヴァンを奪う事象だ。

 花の化身となり、国の礎となり、肉体という器を国に還してしまうのだ。


「ど、して……っ」


 なぜ、今ここで、サリヴァンは「花舞い」という事象を起こしたのか。ウィードが警戒心を煽ったのは、この現象が起きる可能性を知っていたからなのか。


「サリヴァンさま…っ…サリヴァンさま」


 ツェイルにはなにもできない。サリヴァンを呼び続けることしか、できない。どうやったらサリヴァンが帰ってきてくれるのか、ツェイルにはわからない。


「ひとりに、しないで……っ」


 見上げれば太陽、月。そしてあなたが、見えていた。

 今はなにも見えない。


「姫……」


 ツェイルを気遣うラクウィルの声が、今は遠い。

 そのうち、なにも聞こえなくなった。







 反応が消えたツェイルに、ラクウィルはハッとする。壊れなければいいけれども、という心配が、心配では済まなくなりそうだ。


「姫、姫!」


 空を見上げて涙をこぼし続けるツェイルは、ラクウィルの声など聞こえていないのだろう。先ほどまではまだなにかしらの反応があったのに、その瞳は濁り、身体からも力が抜けていく。


「ああもう…っ…サリヴァン、どこに行ったんですか」


 あなたのいとしい人が、こんな状態になってしまったというのに、いったいなにをしているのですか。

 腹立だしさと、虚しさと、無力感に、ラクウィルは項垂れる。自分の力は、こういうときこそ、役に立つべきであるのに。


「姫、だめですよ、姫。サリヴァンを待たなくちゃ、泣いちゃいますよ」


 そっとツェイルの頬を撫で、流れ続ける涙を拭う。僅かに瞳が動き、今少しこの声が届いているらしいことを確認すると、ラクウィルはツェイルを抱え直し、海辺を歩いた。


 いったいどうすれば、あるじを見つけ出せるだろう。


「サリヴァンさま……」

「……だいじょうぶですよ、姫」


 これだけの愛を、漸く手に入れることのできたあるじのために、今ラクウィルがしてやれることは少ない。できることなんて、もっと少ない。

 声を枯らし、咽喉が切れても、なおサリヴァンを呼び続けるツェイルを、ひとりにしないだけで精いっぱいな自分が悔しい。


「だいじょうぶ、だいじょうぶですから……ね、姫」


 泣きたい、と思ったのは、久しぶりだ。ツェイルのサリヴァンへ向ける愛に、うっかり泣きたくなっている。この愛を心から喜んでいるサリヴァンを知っているから、だからこそ、ツェイルの痛みが伝わってきて泣きたくなる。


 ああもうどうして、こんなに愛されているのに、消えたりなどしたのですか。そんな不安要素は、どこにもなかったでしょうに。


 唇を噛みながら、ラクウィルはツェイルの背をぽんぽんと撫ぜ、海辺をゆっくりと歩く。


 早く、早く帰ってきてください。でないと、姫が壊れてしまう。


「サリヴァン……っ」


 見上げた天は、嘘偽りなく、晴れ渡っている。


「ラクウィル・ダンガード」


 ふと呼ばれて、その声にハッとした。


「猊下……っ」

「サリヴァンはどうした」


 振り向いた先には、怪訝そうな顔した聖王猊下が、琥珀色の双眸を細めて辺りを見渡し、ラクウィルのほうへと歩みを進めてきていた。


「気配が……ここか。サリヴァン、なにをしている」


 あらぬ方向へ聖王が声をかける。まるで見えているかのようなその態度に、ラクウィルは瞠目した。


「猊下、サリヴァンが……」


 聖王は、見えているのだろうか。サリヴァンがどこにいるか、わかるのだろうか。


「いるんですね……っ?」

「いる? ああ、あれが見えぬのか」

「姫、姫、サリヴァンがいます! 消えてなんかいませんよ!」


 ラクウィルは慌てながらツェイルを揺すり、サリヴァンがいることを訴える。聖王が「いる」と言うなら、それは本当だ。嘘ではない。

 これを希望と言わずして、なんと言おう。


 そのとき、だった。


「やはりサリエの場合であれば、あなたはおいでになるか」


 ウィードが、やけにボロボロの状態で、聖王の背後に立っていた。







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