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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
146/170

Plus Extra : 見上げれば太陽、月。そしてあなた。8

前半ツェイル視点、後半ツァイン視点です。





 ウィードが言っていたのは、このことだったのだと、ツェイルは知った。


「サリヴァンさま、サリヴァンさま、サリヴァンさま!」


 いくら天に腕を伸ばし、名を叫んでも、サリヴァンは帰ってこない。そのうち、戸惑っていたクラウスが宿に走り、ツェイルはツァインに抱えられた。


「いや! はなして、兄さま! サリヴァンさまが……っ」

「わかっている! 僕だって意味がわからない。なんで、こんなことに」

「サリヴァンさまぁ!」

「ツェイル! とにかく今は宿に戻るよ。ここで消えても……宿に戻っているかもしれない」


 ツァインに引き摺られるようにして、宿に戻った。それでも、そこにサリヴァンの姿はなく、荷造りをしていたシュネイがきょとんとしていた。


「姉さま? ひとりで戻ってくるなんて……どうしたの?」


 シュネイのその言い方から、あれからサリヴァンがここへ戻ってきてはいないのだと、ツェイルは知る。


「ツェイル、待ちなさい!」


 ツァインの腕を振り切って海辺へと戻り、サリヴァンが消えた場所でツェイルは幾度もサリヴァンを呼んだ。咽喉が枯れるくらい、名を叫んだ。海辺で仕事をしている者や、散歩している者には奇妙な目で見られたが、そんなことにかまっていられなかった。


「サリヴァンさまぁ……!」


 いくら呼んでも、サリヴァンは現われない。

 どれだけ想いを込めても、呼び声に答えてくれない。


 泣きながらサリヴァンを呼び、探し、それでも見つけられなくて、絶望の淵にツェイルは立たせられる。


「姫っ!」

「らく…っ…ラク、サリヴァンさま、がぁ」


 その報告を聞いたのだろうラクウィルは、今までになく焦った様子でツェイルのところまで来ると、なにも言わずにまず抱きしめてくれた。


「ああ姫、だいじょうぶ、だいじょうぶですよ。ラクが来ましたから」


 泣く声も枯れ果て、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、だいじょうぶだと励ましてくれるラクウィルの胸に押しつけて、それこそ咽喉が切れるまでツェイルは泣いた。


 サリヴァンがいない。

 サリヴァンの声がない。


 少し前までは当たり前だったのに、今はそれがつらくて寂しくて、悲しい。


「い、いな、く…っ…なった。はな、花舞い、が……っ」

「姫のせいではありません。だいじょうぶ、今のサリヴァンは姫がいてこそです。いなくなったりしません。ここに、姫がいるんですから」

「でも、呼ん、でいる…っ…のに」

「だいじょうぶ、だいじょうぶですよ、姫」


 ラクウィルは優しかった。ラクウィルだって、気が動転するほど焦る事態であるはずなのに、ツェイルを優先して、そんな態度は微塵も見せなかった。







 最愛の妹の姿に、兄は、俄かに信じられない気持ちと葛藤しながら、愕然とする。

 サリヴァンがいなくなったと、最愛の妹が泣いた。それは今まで、一度として見せたことない混乱ぶりだ。しかも最愛の妹は、兄たるツァインの手を振り払い、サリヴァンの侍従長に心を開いて泣きついている。自分よりもサリヴァンの侍従長を選んだ、その現実に、愕然とさせられる。


「ツェイル……」


 最愛の妹が、どれだけサリヴァンを好いているか、見ていればわかることだった。わかっていたから、当然のことだ。

 けれども、どうしてこんなに自分が冷え切っているのか、ツァインには理解し難い。

 そして同時に、なにかがぷっつりと、音を立てて切れた。


「いい度胸だよ……この僕に、挑戦状でも叩きつけているのかな」


 握った拳が震える。胸が、ざわざわと薄気味悪く、揺さぶられる。

 ばきっ、とどこかでなにかが壊れる音がした。だが、そんな音にかまってなどいられない。


「……シュネイ」


 地から這い出るような低い声で、ツァインは末の妹を呼んだ。


「はい、アイン兄さま」

「二日、時間をあげる。ナイレンも貸してあげる。閣下に、ジークフリートを借りてきなさい」


 冷ややかに伝えると、息を呑む気配がした。かまわずに、ツァインは続ける。


「行く前に、メルエイラの網を、起こせ。ウィード・ディバインを、捕まえるよ」

「……あの、ディバインを?」

「なにかを知りながら、あの騎士は口にしなかった。僕の調べからも、巧みに逃げ回ってくれた。まあ僕は自力で答えを見つけたけれど? それでも……僕に殺されたいんだろうね、あの騎士は」


 にっこりと微笑めば、シュネイは顔を引き攣らせた。だが、そこはさすがにメルエイラ家の末妹だ。


「イル姉さまから笑みを奪う者に、生きる資格などないわ」

「……さすが、僕の、妹」


 ツェイルのように、愛することはできなかった末妹だけれども。


「わたしは、イル姉さまには、笑ってもらいたいの」


 ツェイル想う気持ちは、ツァインにも劣らない。


 これだから弟妹たちはいとしい。


「行きなさい、シュネイ」

「一日よ。明日の昼には、カリステルさまをお届けするわ」

「それでこそメルエイラだ」


 頷いたシュネイが、身を翻して走り去る姿を見送ってから、ツァインは再び視線を海辺へと戻す。すぐに背後から、違う声がツァインを呼んだ。


「兄上」

「……来ていたのか」

「殿下の容態を聞きましたので。ツェイルになにかあるやも、と」

「おまえはおとなしくしておいで。身重なんだから」

「まだ産まれませんわ」

「テューリ、足手まといだ」

「兄上!」

「おまえになにかあったら、ツェイルは泣く。おまえだけじゃない。僕やトゥーラ、シュネイになにかあっても、ツェイルは悲しむ。今はその身を大事にして、ツェイルの健康管理に気を配りなさい。ツェイルを狂わせたら……殺すよ?」


 ちらりと目線で促せば、上の妹は唇を噛み、睨んできた。ツァインの言葉に怯まないその姿勢には、いつもながら感服する。


 ふふ、とツァインは笑った。


「さあ、テューリ。おまえにはおまえの役割があるんだよ」

「……お任せくださいまし」


 ふん、と不機嫌にツァインから顔を背けたテューリは、そのまま宿に向かって歩いて行く。

 ツァインは笑みを深めると、ちらりと海辺の様子を窺ってから、自分も宿に向かった。


「クラウス、シュベルツ、ユグド隊長は来ているかな?」

「ここにいる」

「ああ、ごめんね、ユグド隊長。ナイレンがいないから、僕の補佐を頼みたいんだ」

「……隊長はおまえだ」

「うん。ということで、シュネイがメルエイラの網を起こしに行ったから、ユグド隊長には扱い方を教えておくよ」

「網、の……使い方?」

「きっと楽しいよ」


 くすくすと笑いながら、けれどもさざめく胸中を複雑に思いながら、ツァインは増援で集まった騎士たちに指示を出した。







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