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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 見上げれば太陽、月。そしてあなた。7

ツェイル視点です。





 帰りましょう、という言葉にサリヴァンが応じてくれたのは、滞在五日めの夜だった。ただし、条件を付けられた。このままの足で、ファロンという学業都市に行くというのだ。休む間もない移動はサリヴァンの負担になると言ったのだが、聞いてもらえなかった。もちろんラクウィルの説得にも耳を貸さず、けっきょくは、増援の護衛騎士が到着し次第、ファロンに向かうことになってしまった。苦肉の策で、ラクウィルが上等な馬車を手配し、サリヴァンにはそれに乗ってもらうことにはした。


「おれの懐を軽くする気か。なんだ、この額、久しぶりに見たぞ」


 と、サリヴァンは馬車の値段に驚いていたが、さらに驚いたのは、ラクウィルが手配するという馬車が、もともと用意されていたものだということだ。


「だいじょうぶ。サリヴァンの懐は軽くなりませんから」

「は?」

「その支払いはサライに行きます」

「……ならいいか」

「そこで納得しちゃう辺り、サリヴァンですよねえ」

「しかし……目立つことはないのか?」

「外装は質素に作らせました。内装には拘りましたけれど」

「作ったのか、おまえ」

「じゃなかったら、そんな額にはなりませんよ」

「……それもそうか」


 専用の馬車を作っていたらしい。貴族とはそういうものだから特には驚かないが、ちらりとサリヴァンの手許にある請求書を見たツェイルは、一瞬だが呼吸を忘れた。それくらいの値段が、記載されていたのだ。いったいどれだけ内装に拘ったというのか、怖くて乗れそうもない。今回の旅行にその馬車が間に合わなかったのは、拘りのあるその内装のせいだそうだ。


「ツェイ、どうした?」

「の……乗りたくない、かも」

「ん?」


 金額には驚いていたくせに、サリヴァンにはそういった感覚がない。さすがは元皇帝、と言いたいところだが、もともとサリヴァンは感覚がどこかずれている。これがサリヴァンだ。


「まあとにかく、この馬車に乗ってくれるなら、学業都市ファロンに行ってもいいです。増援にはエーヴィエルハルトも同行してますからね」

「わざわざハルトを呼んだのか」

「ご自身の顔色を見てから文句を言ってください」

「む」

「ファロンには貴重な蔵書もありますし、研究施設もありますからね。医療術もわりと進んでいますし、いざとなったら救護院に駆け込める利点があります。そうなったらサリヴァンの正体は知られてしまうわけですが、この際かまいませんでしょう。背に腹は代えられません」

「おれは静かに旅をしたいのだが?」

「あなたの体調次第ですよ」


 いやなら真っ直ぐ帰ることだ、と言われると、さすがのサリヴァンも口を噤み、最終的には渋々頷いていた。


「明日の昼には増援が到着しますから、それまでおとなしくしていてくださいね。姫は海で遊んできてもいいですよ」

「ツェイ、海で遊んでこよう」

「あなたは休んでいてください、サリヴァン」

「さ、差別だっ」

「正当な判断です。ほら、さっさと寝ますよ。着替えてください」

「おれだってツェイと遊びたいんだぞ!」

「はいはい。姫、サリヴァンを着替えさせてください」

「な、着替えくらい自分で……こらツェイ! おれで遊ぶな!」


 顔色は悪いが、自分で言っていたように楽しくて体調不良にかまっていられない様子のサリヴァンは、終始笑ってばかりだ。休んで欲しくても、まともに寝台に入ってくれない。ちょっとでも目を放せば、宿の中を歩いていたり、どこからか仕入れてきた書物を読んでいたり、宿の食堂で店主夫妻と歓談していたりする。つまり、落ち着いて休んでいてくれない。夜はツェイルが眠ってしまえば一緒に眠ってくれるのだが、朝はツェイルより早く、ラクウィルが起こしにくる前に着替えまで終わらせている。まるで落ち着きのない子どもだ。だが、それも仕方ない。サリヴァンは、本当に楽しそうなのだ。なんとなく、邪魔できない。


 だから、油断、してしまった。


「ツェイ、今日で最後だ。海を見てこよう」


 遊ぼう、とは言わなかったサリヴァンが、滞在最終日の朝、食事を終えるとツェイルを誘ってきた。もちろん朝食の前にも海辺はふたりで散歩したので、とくに珍しいわけではない。朝は比較的サリヴァンの体調もよくて、休んだ分顔色も回復しているので、午前中はサリヴァンが望むことを受け入れていた。


「昼には増援の騎士隊が到着します。出発には様子を見ますが、それでも遅くならないうちに戻ってきてくださいよ」

「なんだ、おまえは来ないのか」

「おれはこれから彼らを迎えに行くんですよ。馬車っていう物質を運搬しなければなりませんしね」

「天恵で?」

「ええ。ですから、護衛には隊長とクラウスさんがつきます。シュネイ嬢は宿に残って荷物の整理、副隊長はおれと一緒です。いいですか? おれがいないからって、バカはしないでくださいよ?」


 最後だから、とラクウィルは寛容に許してくれたが、だからといってサリヴァンをツェイルとふたりきりにさせるつもりはないらしい。さんざん注意されたのち、ツェイルはサリヴァンと一緒に朝も歩いた海辺へと向かった。


「邪魔をするかと思ったんだが……さすがに気を遣うか」

「はい?」

「いや、なんでもない。行こう、ツェイル。向こう側はまだ行ってないだろう」


 ちらりと、満面笑顔のツァインを見やっていたサリヴァンだったが、それはツェイルも気になることだったが、手を引かれて歩き出すと、楽しそうにしているサリヴァンしか目に入らなくなる。滞在するのは今日で最後だからと思うと、さんざん帰ろうと言ったのに、惜しくなるから不思議だ。

 サリヴァンのこの笑顔が、また見られるだろうか。


「どうした、ツェイ」

「……なんだか、溢れてしまいそうで」

「あふれる?」

「ずっと、サリヴァンさまが笑って、おられるから……その思い出が、溢れてこぼれ落ちてしまいそうで」

「……はは、可愛いことを言う」

「落としたくないのです」

「落としたらその分、もっとたくさん、思い出を贈る。だから気にするな」


 だいじょうぶだ、と笑うサリヴァンに、差し延べられた手のひら。なんだか眩しくて、目を細めた。


「サリヴァンさま……」


 自分に述べられた手のひらを、取ろうと思ってツェイルも腕を伸ばす。


 そのときだ。


 ひらり、と。


「え……?」


 赤い、赤い花びらが、ツェイルの頬を掠める。花びらには見憶えがあって、思わず目で追いかけてしまった。


「ルーフ……が、赤い……?」


 なぜ、と瞬時に、疑問が過る。

 ルーフの花びらに見えたのも不思議だが、それよりもなによりも、本来は白くしか咲かない国花ルーフが、赤く色づいているなんておかしい。ルーフの花が赤く色づくということは、一説では天恵者の身を案じての突発的現象だと言われていて、これまでにもツェイルは幾度か見たことがある。それでも、このところはずっと、白いルーフしか見ていなかった。


 なぜ、どうして、こんなところに赤いルーフが。


 その一瞬だった。


「! 殿下っ?」


 ツァインの声に、ハッとツェイルは目をサリヴァンに戻した。

 そして、瞠目する。


「サリヴァンさま!」


 指先から、それはあっというまに、広がった。


「ツェイ……?」


 首を傾げたサリヴァンが、そのまま、パッと赤い花びらへと、転変した。ぶわりと巻き起った風が、サリヴァンであった赤い花びらを、天へと押し上げていく。


「サリヴァンさま……っ」

「殿下! ちょ、どういうことだよ、殿下!」


 天高く、赤い花びらは昇っていく。


 この現象は、とツェイルは唖然とした。


「花舞い……」


 ラクウィルが言っていた。ルーフは国花、だから国の礎たるサリヴァンは、ルーフに転じることができる。その刻印があるから、ルーフを生み出せるから、姿が転じるのだと。

 そしてさらに、それはよくないことなのだと、起こしてはならない現象なのだと、ラクウィルは言っていた。


 なぜその現象を、サリヴァンは起こしたのか。

 いや、ツェイルが起こさせたのか。


「どう、して……」


 ツェイルは両手を天に伸ばした。


「わたしは、ここ……サリヴァンさま……わたし、ここ」


 どこにも行っていない。ツェイルは、起こしてはならない現象を恐れて、もう二度とサリヴァンのそばから勝手にいなくならないと決めていた。だから、どこにも行っていない。サリヴァンのそばにいた。見えるところに、いたのだ。


 それなのに。


「どうして……サリヴァンさま、どこ……どこに行ったのっ」


 なにを求めて、サリヴァンは、姿を転変させたのか。


「どこに行ったの、サリヴァンさま!」


 なぜ、どうして、わたしはここにいるのに。


「サリヴァンさまぁ!」


 呼んでも、叫んでも、サリヴァンは帰って来なかった。







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