表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
143/170

Plus Extra : 見上げれば太陽、月。そしてあなた。5

ツェイル視点です。





 警戒の必要はない、知り合いだ。

 サリヴァンがそう言うので、クラウスはとりあえず剣を抜かない方針を取ったようだが、宿の部屋に入るなり扉を隔てた向こうでもうひとりの護衛、ナイレンが剣を構えた状態で待機している。クラウスも、方針とは別に、いつでも剣が抜けるようにはしていた。念のため、シュネイにはナイレンと一緒にいてもらっている。

 部屋にはサリヴァンとツェイル、ラクウィル、クラウス、そしてウィードという不審な騎士が、座ることも忘れて揃った。


「おまえたちの護衛には警戒されたか……いいことだ」

「煽るようなことを自分で言うか」

「煽らせている」

「クラウス、そんなに警戒しなくていい。この人は無害だ。ああ、いや、完全に無害というわけでもないが……」

「黙って警戒させておけ」


 ウィードは、立つ場所を窓際に決めたのか、縁に座ると組んだ足に腕を乗せ、じっとこちら側を見つめてくる。その顔に表情というものはなく、また感情と呼べるものも感じられない。


「ラクウィル、おれの問いに答えろ」

「は? おれですか? なんのことですか」

「ここがどういうところか、おまえにはわからないのか。おれはそう訊いた」


 さも、これが本題だ、とばかりにウィードは口を開く。


「答えは?」

「……ここがどういうところ、と言われても……ラバンの港町ですが?」

「だから、どういうところだ」

「あのですね、はっきり言ってください。おれだって、ここに来るのは初めてなんですから」

「噂もなにも、調べることも、なかったというのか」

「下調べはしましたよ。サリヴァンが滞在するところなんですから」

「ではなぜ、おまえはここにサリエを連れてきた」


 ウィードの言い方は、まるで、サリヴァンをラバンの港町に連れてきてはいけないような、ここだけは避けるべきであったというような、そんな回りくどいことを言わんとしているような気がする。


「ウィード、さま」


 ツェイルは、そろりとウィードに話しかけた。


「さま、など要らない。おれはただのウィードだ」

「ああツェイ、ウィードのことは、ただそう呼べ。それが本名かどうかはわからないが、ウィードは、ウィードとしか呼ばれない」


 ウィードに続いてサリヴァンに補足されたが、意味がわからくてツェイルは首を傾げる。


「なに者であるかも、わからないと?」


 だから、完全に害がないとは言えない、のだろうか。


「おれはウィードと、呼ばれた。だからウィードだ」

「……名前が、そうであると、それだけですが」

「ディバイン」

「え?」

「《天地の騎士》の、天恵授受者」

「……あなたが?」


 そういえば、さきほどウィードは、音もなく気配もなく姿を消し、そして現われた。ツェイルの間合いに容易く入るそれは、兄か、ラクウィルくらいしかできないと思っていたが、ウィードがラクウィルと同じ天恵を持っているなら、それは可能だ。


「おれはヴェナートの騎士、ウィード・ディバイン。ヴェナートがおれをウィードと呼んだ。だからおれは、ウィードと呼ばれている」


 ハッとする。ヴェナート、とは、先帝のことだ。サリヴァンを虐げ、幽閉した父親だ。

 ツェイルはさっとサリヴァンの前に立つと、剣の柄を握る。

 ウィードは敵かもしれない。


「ツェイ?」

「なぜ、なぜ先帝の《天地の騎士》が、ここに……っ」

「だいじょうぶだ、ツェイ。ウィードは特に害にはならない」

「でも!」

「先帝は崩御した。今のウィードは、ただのウィードなんだ」


 振り返ればサリヴァンが、だいじょうぶだと、苦笑している。


「いい反応だ。それくらいは警戒してもらわなければ、おれがわざわざ姿を見せた意味がなくなる」

「ウィード、煽るな」

「言っておくがサリエ、おれはおまえの味方というわけではない」

「それはわかっている。だが、今この場に現われたのは、おれのことでなにか言うためだろう」


 ツェイルは敵愾心を剥き出しにしてウィードとの距離を取るが、どうやらサリヴァンはそれをして欲しくないらしい。煽るのはウィードだが、もしかしたらそれは、ウィードにではないほかのなにかに警戒してもらうためかもしれない。

 ツェイルは自分を落ち着かせるようにゆっくり深呼吸すると、剣の柄から手を放した。


「……ウィード」


 敬称は要らないと言うから、ならその態度を取る必要もないだろうと、ツェイルはウィードを見つめる。

 とにもかくにも、ウィードがここにいるのは、サリヴァンが自身で言ったように、サリヴァンになにかあるからだ。それはツェイルやラクウィルが知らなければならないことで、おそらくは警戒しなければならないものだろう。まずは、心情はどうあれ、ウィードの話を聞くべきである。


「あなたが、ここにいるのは、なぜ?」


 問いかけると、ウィードは漸く聞く気になったかと言わんばかりに、やんわりと顔を傾げさせて朝焼けの双眸にツェイルたちを写した。


「ラバンの港町は、外海にもっとも出ている。いわば外海に面した聖国の果て」

「……果て?」

「ここから出る船は、ディアル・アナクラム国へ向かう」


 意味がわかるか、とウィードは片眉を上げる。


「異国へ、ここからが最も近い場所と言える」


 そう聞いて、初めはまったく意味がわからなかった。いや、言いたいことがわかっても、それでも忠告としての意味は理解できなかった。


「国土の果てがここにある……そう言いたいのか、ウィード?」


 サリヴァンが、首を傾げながらそれを確認する。ウィードは「そうだ」と頷き、「わからないのか?」と訊いてきた。


「なにをわかれと?」

「……そう訊く時点で、必要とされるべきことを理解していないと判断する。まあ、それならそれでいい。経験が必要だということだろう」


 ふっと息をついたウィードが、閉めていた窓をゆっくりと開けた。


「ウィード? 経験とは、なんのことだ?」

「わかっていておまえがここに来たのなら、愚かなことだ。だが、ただ知らぬなら経験がないというだけのこと。ならば一度、経験させる必要があるだろう」


 ウィードは双眸を細めながら、開け放した窓を背にして立つ。逆光でその姿が見えにくくなったが、そう思っているうちにふっと、ウィードの姿が消えた。


「な……ウィード! 中途半端にもほどがありますよ!」


 ラクウィルが慌てて窓に駆け寄ったが、ウィードは天恵を使ったのだろう、その姿はもはやどこにもない。開け放たれた窓の向こうを見渡しても、気配を掴めるものではない。


 きょとん、と呆気に取られている間に、ウィードはどこかに行ってしまった。


「……な? ウィードは害がない」

「は……ですが、サリヴァンさま、よくわからないことをあの方は」

「それがウィードだ」


 苦笑したサリヴァンが、どっかりと長椅子に腰かける。手を取られて引っ張られると、ツェイルもその隣に腰かけた。


「サリヴァンさま、お話が」

「ウィードは、あれで中途半端だとは思っていない。知らなければならないことがあるなら、まずは自身で経験しろということだ」


 なにを経験させたいのかはわからないが、とサリヴァンが言うと、ラクウィルが不満そうな顔をしながら窓から離れてくる。


「なんでそう平然とウィードを受け入れるんでしょうね、サリヴァンは」

「べつに警戒する必要はないだろう」

「ウィードはおれと同じ天恵を持っているんですよ?」

「おれを殺そうとしているなら、あんなことは言わない」

「不吉なこと言わないでください」

「ほら、だからウィードは害がない」

「……、サリヴァン」


 恐怖もなにも、ウィードから感じられるものはないと、サリヴァンは笑う。害がない、というのは、サリヴァンにとって「危険がない」という意味ではないのかもしれない。多少は危惧すべきなのだろうが、だからといってそういった行動を取られたことがないから、害がないのかもしれない。警戒するだけ無駄だと言いたいのだろう。


「落ち着いて、おられますね」


 ツェイルはサリヴァンの横顔を見つめながら言った。


「落ち着いているというか……おれはウィードに剣を向けられたこともなければ、殺意を向けられたこともないからな」

「え……?」


 思わず、瞠目してしまう。

 そういえばウィードは、警戒はさせたけれども、だからといって殺意のようなものを向けてくることはなかった。サリヴァンに、なにかしようとはしていなかった。煽るだけ煽った警戒心に、むしろ満足そうにしていた。


「あ……害がない?」

「姫、サリヴァンに乗せられないでください」

「けれど……」

「警戒に足る人物であることは確かですよ」


 ラクウィルに窘められた。その通りなのだが、なにかが違う。


「ラク、ツェイを混乱させるな。というか、おれの言葉を信じろ」

「こればかりは信じられません。ちょっと護衛の数を増やしましょうか」

「ラク」

「ちょっとそこにいてください。副隊長と相談してきます。クラウスさん、行きますよ」

「こら、ラク!」


 こればかりはサリヴァンを信じない、とラクウィルはさっさとクラウスを連れ、部屋を出て行く。引き留めることもできなかったサリヴァンは、やはり苦笑していた。


「……サリヴァンさま」

「ん?」

「あのお方……ウィードは、ディバインだと」

「ああ。先帝の《天地の騎士》だ。そうだな……もしかしたらラクは知らないのかもしれない」

「なにをご存知ないと?」

「どうこう思ったことはないが、母上のことを教えてくれたのは、ウィードだ」


 ハッとする。サリヴァンの口から、初めて「母」という言葉を聞いた。


「といっても、産まれたときの様子だとか、死ぬ間際のこととか、それくらいだがな」

「……皇妃さま、の」

「ん? ああ、もしかしておれは、ツェイにも話していなかったか?」

「はい……」


 もっと言えば、ツェイルはサリヴァンの口から、先帝のこともその皇妃のことも、ほとんど聞いていない。


「ウィードが言うには、おまえがおまえの道を歩むように、あれもあれの道を歩んでいる。なにも思わぬなら、そのままでいろ。それがあれにとって、救いになる」

「……ウィードが?」

「ああ。母上、と呼んでやることはできなかったが、それを望んだのは母らしい。母は、先帝と歩むことを選んだ。悔やむことはなかったと聞く」


 幸せだったのだろうか。そう思ったツェイルを裏付けるかのように、サリヴァンが少し遠い目をして、窓の向こうに視線を向けた。


「おれが選んだ道があるように、母にもそういう道があった。悔やむことがなかったのなら、それでいい。幸いにも、先帝は側妃が多くいたが、帰る場所は母のところだけだったというから、まあ……母には幸せなことだったのかもしれない」

「……本当に?」

「仮定の話をするが、もしおれに側妃がいたとしても、おれにはツェイがいればいい。だから、今は幸福だ。こうしてツェイが、おれの隣にいる」


 視線をツェイルに戻したサリヴァンが、見惚れるほど美しく、にこりと微笑む。滲み出ている嬉しいという感情が、駄々洩れだ。サリヴァンのその顔を見られる自分が、なんだか誇らしく思う。

 もしかしたら先帝の皇妃も、今のツェイルと同じだったのかもしれない。いとしい人の、いとしい笑顔を、見ていられることができたのだから。

 ウィードがそれをサリヴァンに伝えたのなら、ウィードはきっと、サリヴァンを大切に思ってくれている人だろう。そう、思えた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ