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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 見上げれば太陽、月。そしてあなた。1

サリヴァン視点から、物語は始まります。





 海を見たことがない、とツェイルが言った。サリヴァンも、海を見たことがなかった。


「内陸にありますからねえ、首都は」


 ラクウィルは海を見たことがあるらしい。いつ、と訊いたら、天恵術師として術師団にいた頃、任務で沿岸地方へと赴いたことがあるという。


「そうですねぇ……副隊長の瞳の色に雲の白を足すと、ちょうどいい海の色になると思います」

「つまりは空の色か」

「海は本来、色がないんです。無色透明と言うんでしょうかね。それが鏡状になって、空を映して青く見えるわけです。と、おれは聞かされました。実際に海水を手のひらに掬ってみたら、無色透明でしたよ」

「海水……水じゃないのか?」

「しょっぱいんですよ。塩ですね、あれは。海水を煮ると、塩ができるって聞いたことありません?」

「ああ、そういえば」

「海水は塩味なんですよ」


 実際に見たわけではないのでなんとも言えないが、水が塩味なのはなんとなく予想できる。水が青いというのは想像できないが、ラクウィルの言うとおりなら空色なのだろう。


「……ここから近い港は?」

「ん? 姫、見てみたいですか?」


 サリヴァンが興味を示すより早くツェイルが興味を持ち始め、座っていた椅子から少し身を乗り出すと卓に広げていた地図を覗き込む。


「この青い部分が、海?」

「そうです。おれたちがいる街が、ここ、ヴァンニです」

「……少し遠い?」

「うーん……休むことなく馬で三日、でしょうかね。車でも同じくらいかかりますね。徒歩ですと、ざっと一週間というところですか。こちらも休むことなく、ですが」

「遠い……」

「行商の方々なら近道を知っているでしょうが……それでも多く見積もって一週間かけて歩いているでしょうね。いくつか街もありますし」


 その距離に幾分かしょんぼりしたツェイルに、サリヴァンは「そんなに見たいのか」と問う。少し考えたツェイルは「一度でいいから見てみたいかもしれない」と答えた。


「ラク、おまえ一度行ったことのある地なら、天恵で飛べるだろ」

「まあそうですけど……さすがにあの距離を飛んだことは、ないですよ?」

「どの距離だ」

「おれが任務で行ったことのある港町は、ここから近いラバンの港町ではなく、この、国境にほど近いラインセルの港町です。馬でも最低一月はかかりますよ」

「それは……遠いな」

「ですから、行くとしたらラバンの港町ですよ。方法としては、おれが一度ラバンの港町へ行って、サリヴァンと姫を呼ぶのがいいでしょうね。一週間ほど時間をもらえれば、可能ですよ」

「それなら一緒に行っても同じことだ」


 行ってみようか、という気持ちになってくると、それを察したツェイルの雰囲気が、少しだけうきうきとしたものを含ませてサリヴァンを見やってくる。


「……ツェイ、行くか?」

「サリヴァンさまが、よいのなら、ぜひ」


 ふむ、とサリヴァンは地図と睨めっこしながら考える。

 行くことはいい。距離も、歩くには遠いが、それほど苦にはならない。なにか問題があるとしたら、面子だろうか。


「行く方向で考え始めましたね、サリヴァン」

「ああ」


 それ自体は問題がない、とラクウィルの言葉に頷くと、明らかにツェイルが嬉しそうな顔をした。


「ただ、面子がな……ラクは当然だとして、あとはどうしたものか」

「お忍びで行くなら、大所帯での移動は避けなければなりませんよ」

「と、なると……あとはリリだけか?」

「うーん……リリは身重ですし、ユグド隊長あたりを連れていきたいところですが、あそこも奥さんが臨月ですからねえ。行けるとしたらナイレン副隊長でしょうか」

「ツァインは勝手についてくるか」

「でしょうね」

「ラク、ナイレン、ツァイン……そんなところか」

「副隊長には先行してもらって、宿とか、手配してもらいましょうか。そうすればもうふたりくらい連れて行けますし」

「大所帯は避けるんだろ?」

「だから先行してもらうんですよ。ツァインにはあとから来てもらうようにすればいいですから」


 それなら面子にも問題はないか、とサリヴァンは頷き、さっそく近衛騎士隊の副隊長ナイレンを呼ぶ。事情を説明すると、ナイレンは特に驚きもせず、さっさと手配に動いた。手際のよさに呆気に取られていれば、ラクウィルに「こんなものですよ」と言われてしまう。もっと準備期間を長く取るものだと思っていたのだが、そうでもないらしい。


「ほら、サリヴァンと姫ってば、新婚旅行にも行ってないでしょう。だから、ちょっとした旅行でも、いつでも行けるように用意はしていたんですよ」

「……そうだったのか」

「正直、行かないって言われたらどうしようかと思っていたところです」


 それなりに準備はしていたらしい。すぐに行ける状態にあるのも、ラクウィルたち仕えてくれている者たちが、サリヴァンとツェイルを気遣ってくれていたおかげのようだ。


「あとはサリヴァンと姫の都合だけです」

「ふむ……すぐに出立できるのか?」

「そうですね、明後日頃には。明日、先行する副隊長が出立できれば、ですが」

「そうか。なら明後日には出立したいところだな……そうだな、どれくらい滞在しようか、ツェイ?」


 座っていた椅子から立ち上がりながら、サリヴァンはうきうきとしているツェイルを見やる。滞在の日数までは考えていなかったようできょとんとしていたが、すぐに考え込むような仕草をし、「サリヴァンさまがよいと思う日まで」と答えた。


「なら、一月くらい確保しておくか」

「そのほうがいいですね。帰りはおれの天恵を遣うとしても、多めに見積もっていたほうが確実ですから」

「よし、行くか」


 決まってしまえば早いものだ。これなら準備期間がそれほどなくても、近場ならもっと早くに行動を起こせるのかもしれない。

 想定外の旅行となったが、行くと決まればなんだか楽しみになってくる。思えば、視察以外で首都を離れるのは、初めてではないだろうか。私情でどこかに行くというのも、初めてだ。あれほど国中を歩いて回りたいと思っていたのに、実際にはそんな余裕もなくて先延ばしにしていたが、漸く第一歩を踏み出せたような気がする。

 これからもっと、ツェイルと旅行しよう。

 そんな気持ちが、むくむくと育った。







リクエストありがとうございます。

視点がサリヴァン始まりなのはお許しくださいませ。おまけに次話もサリヴァン視点です。


楽しんでいただけたら、幸いです。

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