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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
138/170

Extra Attraction : 明日にたくさん笑って。2





「どうして出てきた?」


 それは弟へ向けたものではなく。


「ツェイがいないところでおれの前に出てくるの、初めてじゃない?」


 問うと、そこに姿を見せていた双子の白い精霊が微笑んだ。


「ねえオリヴァ、わたしたちにその子、くれる?」

「やだよ」

「でも、欲しいの」

「どうして?」

「わたしたちの愛するメルエイラの子だから」


 微笑む精霊に、オリヴァンは唇を歪めた。


「おれの弟だよ」

「そうよ。そしてメルエイラの子」

「違う。フレンはヴァルハラの子だ」

「いいえ。その子は……わたしたちの子よ」


 寄越して、と微笑み続ける精霊に、オリヴァンは笑うに笑えなかった。

 弟は、弟だ。母と父の間に産まれた、ヴァルハラ公爵家の次男。将来、ヴァルハラを継ぐ公爵になる子だ。

 けれども。

 天恵者である母と、同じく天恵者である母の兄に宿る双子の精霊が、こうして姿を見せた。それもオリヴァンの腕に、いるときに。


「なにしに、来たのかな」

「わかっているでしょう?」

「……わかりたくない、かな」

「あら、どうして?」

「ツェイが悲しんで、苦しんだことを知っているから」

「……そうね。わたしたちはツェイルを悲しませて、苦しめたわね。それでも……愛しているのよ」

「どうして?」


 オリヴァンは問い返す。なぜ、このときなのだと。


「わかっているでしょう?」

「わかりたくないと言ったよ」

「頑固ね、オリヴァ」


 くすくす、と笑った精霊は、片割れを振り返って頷くと、オリヴァンのほうへと歩み寄ってくる。


「わたしとガルデアに、その子をちょうだい」

「いやだ」

「その子はメルエイラの子、わたしたちの子なの」

「いやだ。フレンはおれの弟だ」

「認めて、オリヴァ。その子はメルエイラの子よ」


 なんとなく、なんとなくだが、わかった気がする。

 ぐずった弟が、庭で母から離れてオリヴァンの腕を選んだ理由。

 母を休ませるため。

 そして。


「フレンは、メルエイラの天恵者よ」


 天恵者として力が発現しようとしている兆しを、オリヴァンに知らせるため。


「ヴォルフレイン・レイル・ヴァルハラ。それがフレンの名だ。どこにもメルエイラの名は入らない」

「けれどその血は、メルエイラよ。考えて、オリヴァ。サリもツェイルも、天恵者なのよ。そしてあなたも天恵者。フレンが天恵者でもおかしくないわ」

「フレンが天恵を授かったのは、喜ばしいことだと思うよ。稀少な能力だからね。けど、だからって、どうしてきみたちにフレンを渡す必要がある? ツェイが悲しんで苦しんだきみたちの存在を、どうしてフレンに託せる? おれはいやだよ。フレンに、ツェイと同じ思いはさせたくない」


 天恵者は、精霊と契約することでその属性の力を増幅させ、使うことができる。けれども、だからといって必ずしも精霊と契約しなければならないわけではない。契約はしなくてもいいものだ。

 今オリヴァンの目の前にいる双精霊、ヴィーダヒーデ=ヴィーダガルデアは、メルエイラ一族と血の契約をしている。

 それは、メルエイラの血を継いでいる者なら誰でも双精霊と契約していることになって、誰にでも双精霊を従えることができる可能性が秘められているということだ。

 つまり、弟がたとえメルエイラ一族の天恵者として目覚めたのだとしても、双精霊を従える必要はないということで、また双精霊も弟を選ばなければならない必要性があるわけではない。

 それなのに。

 双精霊は弟を、ヴォルフレイン・レイル・ヴァルハラを、選んだという。


「……どうして、フレンなんだ」


 メルエイラは滅んでいない。母の弟が、家督を継いでメルエイラ侯爵として立っている。

 双精霊が、わざわざフレンを選ぶなど、あってはならない。


「フレンがメルエイラの天恵者だから、だけれど……そうね、どうしてかしら」


 少し困ったように、精霊は笑った。


「わたしたちを使える子が現われるまで、血の眠りに入ってもいいのだけれど……願ってしまったのね」

「……なにを願ったの?」

「ツェイルが幸せな姿を、ずっと見ていたい……わたしたちが苦しめてしまった子の幸せを。だからフレンに天恵が授けられたのかもしれないわ。フレンは、わたしたちを使える子だもの」


 どこか悲しそうで、けれども嬉しそうに、精霊は言う。


「眠りたくないの。明日に、たくさん笑いたくなったの。昔、わたしたちがメルエイラの子と契約したときのように」


 精霊には、極端な感情しかないと聞いていたけれど。

 たとえば、嫌いだから滅ぼしてしまえ、と考える精霊。

 たとえば、好きだからその中に溶けてしまえ、と考える精霊。

 精霊には、嫌いか好きか、そのどちらかしかないと聞いたけれど。

 ここにいる双精霊は、明日を望み明日を生きたいと考えている。


「どうしても、フレンがいいの?」

「このまま眠らずにいられる方法は、フレンにわたしたちを使ってもらうことなのよ」


 オリヴァンの双眸が父なら、フレンの双眸は母。

 オリヴァンの天恵が父から受け継いだものなら、フレンの天恵は母から受け継いだもの。

 これは、必然なのかもしれない。


「……代償はなに?」


 双精霊を身に宿した母、そして伯父には、代償があった。法則から外れた天恵者であり、また双子という珍しい精霊と契約した一族だからか、重過ぎる力に代償が求められる。

 たとえフレンがメルエイラの天恵者だというのが必然なのだとしても、求められる代償があるのは、いやだと思う。同じ天恵者でも、オリヴァンには精霊がなく、また代償もないのだ。


「それはわからないのよ。けれど……そうね、よくないものではないはずよ」

「どうしてそう言える?」

「フレンもわたしたちを呼んだからよ」

「フレンが?」


 どうやって、どうして、と考えて、オリヴァンはハッとする。


「フレン、おまえ……」


 すやすやと心地よさそうに眠る弟は、なにを考えているかわからない。赤子の思考回路なんて、あちこちに飛んでいて掴みどころがない。

 そんな中で、弟は見つけたのかもしれない。


「わかる、のか……名の意味が」


 ヴォルフレインと、名づけたのは、この国の中央に座す聖王。

 その意味は、古語で《慈雨》。

 オリヴァンの名も聖王からもらったもので、古語の意味がある。

 《慈しみの王》。


「ああ、そうか……わかるんだね、フレン」


 なんて、賢い子だろう。

 なんて、強い子だろう。

 その必然を、運命を、背負っていく覚悟を決めているなんて。

 母が抱えた悲しみや苦しみを、乗り越えようとしているなんて。

 まだこんなに、小さいのに、なんて強さだろう。


「選んだんだね、フレン」


 それは命を得たときに。

 この世に生まれ落ちた瞬間に。

 明日にたくさん、笑えるように。

 弟はその道を歩むことを選んだ。


「ね? フレンはメルエイラの子でしょう?」

「……うん、そうだね」


 そうかもしれない。

 けれど。


「それでも、フレンはおれの弟だよ」


 歩む道は違っても。

 背負うものは違っても。

 決めた覚悟は同じもの。


「フレンは、ずっと、おれの弟だ」


 一緒にいられる時間は少なくても。

 歩む速度が違っていても。

 進む方向は同じ。


「わたしたちにくれないの?」

「あげないよ。おれの弟だからね」

「意地悪」

「そうだよ。けど、フレンは選んだ」


 明日にたくさん笑えるように。


「メルエイラの天恵者に……なるんだね」


 それがどんな道かはわからないけれども、兄として、国主の天恵者として、フレンを見守ろう。

 それが、オリヴァンにできること。


「寂しい……けどね」


 小さな小さな手のひらは、少しずつ成長していくだろう。

 この手のひらは、いったいどれだけのことを、成し遂げるだろう。


「願わくは、明日にたくさんの、微笑みを」


 やんちゃで、逞しい、心優しき人に、なれますように。


 オリヴァンはフレンの頬をそっと撫で、淡く微笑んだ。







これにて【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】は完結でございます。


次話は、完結後から、再びいただくことができましたリクエストストーリーを展開させていただきました。

よろしければおつき合いくださいませ。


津森太壱。


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