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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
137/170

Extra Attraction : 明日にたくさん笑って。1

*時間軸が未来へと移動。

 『きみの背中に花束を。』の数ヵ月後の話になります。





 晴れた空に誘われて、露台でライラとのんびりお茶を飲んでいたら、両腕で赤子を抱いた母がひとりで庭に出てきた。声をかけようかと思ったが、母の腕に抱かれた赤子はぐずっているようだったから、邪魔をしないほうがいいかと思ってやめた。


「……残念?」


 と、ライラに訊かれて。


「なにが?」


 と、返したら、ライラは苦笑した。


「女の子が……妹がよかったって、言わないから」

「そんなこと言わないよ」


 母の腕に抱かれた赤子は、オリヴァンにとって妹ではなく弟。早産なうえに難産だった弟は、小さい母の腕に抱かれていても小さい赤子だ。オリヴァンもライラも腕に抱いてみたが、ほかに比べられるものがないほど本当に小さい。


「産まれてきてくれただけで……おれは嬉しいよ」

「大変だったものね」

「うん。ツェイが、あの子と一緒に、いっちゃうかと思った」


 今だから言えることだが、弟が産まれるとき、オリヴァンは心の底から恐怖した。それはライラの存在が喪失したらと考えたときと、同じくらいの恐怖だった。無事に弟の産声を聞き、産まれたばかりの姿を見て、漸く安堵したものだ。


「フレンが産まれてきてくれて、よかった」


 今も、その姿を見ると、ホッとする。一日に必ず三度は様子を見ておかないと、心配でならない。


「お兄さまね、オリヴァン」

「うん」


 微笑むライラに、オリヴァンもにっこり笑みを浮かべる。


 弟がぐずっている声が止む気配がないので、どうしても気になってしまって、席を離れることをライラに断って庭へ出た。


「ツェイ」

「……オリヴァ」

「おれに抱かせて?」


 呼びかけて振り向いた母は、ぐずる二番めの息子に困っている様子ではなかったが、その目許には疲れが溜まっているように見えた。乳母を頼まず、母がすべての面倒を看ているせいだろう。


 弟は、母を休ませたくて、ぐずってオリヴァンを呼んだのかもしれない。


「おいで、フレン」


 小さな弟を母から預かると、しっかりと両腕に抱えてあやす。ぐずぐずしていた弟は、すぐに静かになった。


「……わたしはあやし方が下手なのか」


 母はそう落ち込んだが、弟の反応は違う。今はオリヴァンと一緒にいるからと、まるで母に語りかけているようだ。


「ツェイ、少し休んできなよ。フレンはおれが看てるから」

「ん、でも……」

「だいじょうぶ。ライラもいるし。ね?」


 ライラを振り向けば、気づいたライラが微笑みながら軽く手を振った。


「……わかった。少し休んでくる。フレンを頼む」


 疲れているという自覚はあるらしく、母は困ったように笑むと頷き、二番めの息子の頭をさらりと撫で、オリヴァンに背を向けた。


 遠ざかっていく母の背中を見つめながら、オリヴァンは弟を揺らす。


「だめだろう、フレン。ツェイを困らせたらだめだ」


 小さく叱ってみるが、弟は知ったことかと言わんばかりに静かだ。きょとん、とオリヴァンを見上げてくる薄紫色の双眸が、だってオリヴァンがいるでしょ、と今にも言い出しそうだ。


「まったく……可愛い弟だね」


 はは、と笑って、オリヴァンはライラのところへと戻る。

 席に座り直したときには、弟はもう寝息を立てていた。


「賢い子ね」


 ライラがそう言って、そっと弟の頭を撫でる。

 一度眠ってしまえばなかなか起きない弟は、なぜかそれがオリヴァンの腕からほかの誰かの腕に移動すると目を覚ますから不思議だ。

 だからライラは撫でるだけで、オリヴァンの腕から攫うことはない。


「ツェイを休ませる方法があれって……ちょっと将来が心配になるんだけど」

「だいじょうぶよ。だってオリヴァンの弟だもの」

「それっておれも腹黒いってこと?」

「そうは言ってないわ。素直でいい子ってこと」

「うーん、微妙だなぁ」


 褒められている気はしない。この歳で「いい子」なんて、恥ずかしいだけのような気もする。


「ねえ、オリヴァン」

「ん?」

「国の風習にそってフレンを呼ぶなら、愛称はヴォールかヴォルフあたりよね? どうしてフレンなの?」


 弟の愛称に首を傾げるライラに、そういえば話したことがなかったかな、と思う。


「メルエイラ家がそうなんだ。名前を省略するとき、あとのほうを呼ぶ。だからフレン。ツァインがアインって呼ばれたり、シュネイがネイって呼ばれるのと同じなんだよ」

「なら……オリヴァンは?」

「おれは、オリエ・ヴァラディンだからね。サリエの名前を半分もらったから、略し方も同じになる。おれの愛称は帝国式ってことだね。ラクウィルがラクって呼ばれるのと同じ」

「フレンはメルエイラ式?」

「そういうこと。おれの名前をメルエイラ式にするなら、そうだなぁ……サリエと同じになっちゃうんじゃないかな。たとえばエディンとか」


 父と名前がほとんど同じだからなぁ、と唇を歪めて肩を竦めれば、帝国式のほうがいいわねと、ライラも肩を竦めた。


 そのとき、くしゅん、と小さなくしゃみが下から聞こえ、オリヴァンは少し慌てて弟を深く抱き込んだ。陽光は充分なぬくもりを与えてくれているが、もしかしたらまだ赤子の弟には寒いのかもしれない。


「中に戻ろうか、ライラ」

「そうね。片づけはわたしがするから、部屋に戻っていて」

「ごめん、ありがとう」

「いいのよ」


 この邸には給仕が少ないので、なにをするにも基本的に自分でやらなければならない。

 露台に広げていたものの片づけをライラひとりに任せるのは忍びなかったので、オリヴァンは邸の中に戻ると女官を呼び、ライラを手伝ってくれるよう頼んだ。


 自室で弟をあやしながらライラを待とうと動きかけたとき、ふと風が頬を撫でていく。窓でも開いているのかと周りを見渡せば、風の正体がそこにいた。


「やっと帰って来られたぁ!」

「やりました、やってやりましたよ、おれは!」

「でかした、ラク! ばっちりだ!」

「当たり前ですよ!」


 見なかったことにしよう、とオリヴァンは踵を返した。


「見つけたぞわが息子ぉ!」

「ちっ」

「今舌打ちしたかっ?」

「帰ってきやがった……」

「おいおい帰ってきちゃ悪いのかよっ?」

「うるさい。フレンが起きる。静かにしろ」

「おまっ! おれはお父さんだぞ!」


 弟の眉間に皺が寄って、今にも泣き出しそうな顔になった。


「サリエのばか! フレンが起きちゃったじゃないか!」

「は? フレン? ……って、フレン! なぜオリヴァンの腕にっ? ツェイはっ?」

「煩いうるさい。ああフレン、ごめんねフレン」


 うう、と泣き声をこらえている弟を慌ててあやし、ぎゅっと抱きしめてやる。オリヴァンのその様子に口を噤んだのは、大声を出して弟を驚かせた父サリヴァンだ。


「す、すまない」

「今さら遅い」

「う……悪かった」

「あっちいけ」

「そ、そんな!」

「うるさかったねえ、ごめんねえ、フレン。よしよし」

「オリヴァン!」


 ひどいぞ、と言う父に、オリヴァンは睨みをきかせた。


「うるさい」

「ぐ……っ」

「サリエはツェイのところに行ったらいいよ。フレンはおれが看てるから。じゃあね」

「ま……待て、おれはフレンに」

「逢いたくて帰ってきたなら、まず、ツェイのところに行け」


 あっちにいるから、とわざわざ指差しをして方向を教えてから、オリヴァンは父に背を向けた。

 それで素直に母のところへ行く父だったらよいのだが。


「お、おまえ、おれに仕事押しつけて、自分ばっかりフレンのところに」

「おれはお兄ちゃんだから」

「おれはお父さんだ!」

「うるさい」

「ぐ……」


 後ろをついてくる父と、オリヴァンと父の会話に笑いながらついてくる父の侍従長ラクウィルと、揃ってぞろぞろと廊下を歩く。

 眉間に皺が寄り、今にも泣き出しそうだった弟は、オリヴァンの努力の甲斐あってすやすやと寝息を立て始めた。


「おれにもフレンを抱っこ」

「やだね」

「んぐ……っ」

「さっさとツェイのところに行け」

「抱っこさせてくれてもいいじゃないか! やっと兄上を片づけて……じゃなかった、仕事を片づけてきたんだぞ!」

「だからだよ」


 わかってないなぁ、とオリヴァンはため息をつき、立ち止まって父を振り返る。


「フレンが今必要としているのは、おれなの。ツェイじゃなくてね」

「……、は?」

「フレンがおれを呼んだの。ツェイが疲れてるから。それでサリエが帰ってきたなら、行くところは一つしかないだろ?」

「う……」

「早く行きなよ」


 少しだけ唇を尖らせて俯いた父は、それでもちょっとは弟にかまいたいと、立ち止まったオリヴァンの腕に抱かれた弟に手を伸ばした。


「父さまだぞ、フレン。ただいま。また逢いにくるからな」


 さらりと弟を撫でた父は、踵を返すと廊下を走って行った。


「ラクウィルも行ったら?」

「ん、おれですか? おれは……まあ、そうですね」


 人好きする笑みを浮かべた侍従長は、弟を覗き込んで笑みを深めると、頬を突いて悪戯してから、踵を返して父を追って行った。


「まったく……騒がしい人たちだね、フレン」


 うるさくしてごめんね、と弟の頬を撫でる。ラクウィルに頬を突かれたときもそうだったが、弟は擽ったそうに笑った。


「ふふ、可愛いね、フレン」


 行こうか、とオリヴァンは歩き出す。弟を揺らしなら、ことさらゆっくりと歩いて、自室へ向かった。眠っている弟に、それでも声をかけることを忘れない。


「今日は天気がいい……ねえフレン、そう思うだろう」


 うるさくならない程度に、声を押さえて話しかける。返事はないが、なぜだろう、まだ喋れない弟の声が聞こえる気がする。


「あ、風……」


 用意してもらった自室に入ると、窓が開いていた。閉めようかと思ったが、緩やかな風は頬に優しい。長椅子に放り投げていた肩かけ用の薄手の毛布を手繰り寄せて、それで弟を包んだ。


「これで寒くないよね。いい?」


 ぽんぽん、と弟を撫で、オリヴァンは窓際の椅子に腰かけた。ゆったりした風を、瞼を閉じて弟一緒に楽しむ。油断すると、弟のぬくもりで転寝してしまいそうだ。


「……ライラ、遅いなぁ」


 兄弟水入らずにしてくれているのか、ライラはまだ来ない。

 ふと、弟が喋れるようになったら、ライラのことをなんて呼ばせようかな、と思った。


「姉上、じゃあ肩苦しいし……姉さまがいいかな。おれのことは……そうだなぁ、兄さまか。悪くないけど、兄ちゃんって呼ばれたいかも」


 やんちゃに育ったら面白いなぁ、などと考えつつ、閉じていた瞼を開ける。


 くすり、と笑った。







弟にしてしまいました……スミマセン。


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