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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 皇弟殿下純愛録。9

ツェイル視点です。





 ぼんやりと露台で空を眺めていたら、ツェイ、と身体に馴染んだ声が後ろからかけられた。

 振り向いて、その姿を見て、ツェイルは目を細める。


「……サリヴァン、さま」

「陽に浴び過ぎだ。戻っておいで」


 ほら、と両腕を広げて待っているサリヴァンに、ツェイルは唇を噛む。

 とても優しくて、そして残酷な人。

 ずっとそばにいたくて、来世でもそばにいたい人。

 助けたくても、自分では救えない人。

 涙が出そうになる。

 あれだけたくさん泣いたのに、涙は枯れない。いや、枯れているのかもしれない。ただもう悲しくて、それだけで呼吸ができなくなるのだから。


「ツェイ?」


 優しい呼び声は、ツェイルの心臓を突く。

 誘惑には勝てない。

 ふらりと露台を離れ、サリヴァンに手を伸ばした。


「サリヴァンさま……」

「ああ、ツェイ」


 しがみつくと、サリヴァンはそれ以上の力で抱きしめてくれる。

 ああどうして、わたしはこの人を、救えないのだろう。


「……ツェイ?」


 頭上から、様子を窺う声で、サリヴァンがツェイルの様子を気にしてくる。

 邸を勝手に抜け出したあとの仕置きはひどいものだったけれども、そうさせたのはツェイルで、サリヴァンを傷つけた。ひとりにして、その寂しさを押しつけた。今さらだが、悪いことをしたと思う。その反省はある。

 けれども。

 もっと悲しいのは。

 もっと苦しいのは。

 サリヴァンの壊れてしまった天恵を、治すことができないという事実。

 どうして世界はサリヴァンに優しくないのだろう。

 サリヴァンは、なにも悪いことなどしていないのに。

 ただ、国主の天恵を持って、産まれたというだけのことなのに。

 ともすれば憎しみにも似た感情が湧きあがる。

 サリヴァンを傷つけ、悲しませ、苦しめた存在が。

 憎い、と。


「……おいで、ツェイ。少し話をしよう」


 ぎゅっと力が入った手のひらになにを感じたのか、サリヴァンが長椅子に座ろうと促してきた。

 先に座ったサリヴァンの膝の上に、横向きでツェイルは座らせられる。頭をサリヴァンの肩に預けると、自然と身体から力が抜けた。ゆっくりとした穏やかなサリヴァンの鼓動が、ツェイルを安心させる。


「シエスタは、変な奴だっただろう」


 そうだったろうか、とツェイルは先ほどまで邸にいたヴェルニカ帝国の皇帝を思い出す。あまりにも皇帝らしくない態度、というより貴族でもなく旅人のような恰好をしていたシエスタは、サリヴァンで遊ぶことに夢中でツェイルをあまり見ていなかった。ただ、ちらりと寄越した視線は、思慮深いなにかを匂わせた。


「おれが奴を苦手に思うのは……まあ、なんというか……おれにもよくわからない生理的なものなんだが……あの先見がいやだと、たまに思うんだ」

「先見……?」

「その天恵があるわけでもないのに、奴が言うことはよく当たる。いや、むしろ当たらないなんてことがない。シエスタの先見には曖昧なものがないんだ。すごく、はっきりしている」


 だからたまにいやだと思う、とサリヴァンは苦笑した。


「そうだ、と決めつけられることだからな。決めつけられることが、すごく、不愉快だった。可能性を見たかった。否定されたくなかった。誰しもそう思うことなんだろうが、なぜだろうな、シエスタには言われたくなかったんだ。奴が皇帝国主だからかな」


 立場が同じだったこともあるせいか、生理的なものとは別に、シエスタに対して苦手な空気を感じるらしい。今はそれほど感じないものだが、最初がそれだと尾を引く。延長線上にいるのだとサリヴァンは言った。


「なにかを、決めつけられたのですか?」


 問えば少しだけ、サリヴァンは黙した。


「おれが……国主であること」


 ハッとする。

 その天恵は、壊れてしまったもの。

 けれども、絶対的なもの。

 国主の天恵は、たとえ壊れてしまっていても、サリヴァンにあるべきものだとヴェルニカの皇帝は言ったのだろう。

 いやだと思っても捨てられない、永遠にその身に宿り続ける天恵に、いったいどれだけサリヴァンは苦しめられるだろう。


「……ツェイ? なぜ泣く?」


 こぼれ落ちた涙が、サリヴァンの肩を濡らす。


「サリヴァン、さま……サリヴァンさま」


 あなたを救いたかった。

 あなたを奪われたくなかった。

 天恵と向き合い、接していく覚悟を決めたあなたを、この手で護りたかった。


 重ねた罪で汚れたこの手のひらでは、ただあなたのそばにいたいと思うことも、許されないのだろうか。


「泣くな……泣くな、ツェイ。おまえが悲しいと、おれも悲しい」


 包まれる優しいぬくもりは、より強く、涙を促す。

 どうして世界はこんなにも優しい人に残酷なのだろう。優しくて残酷な人だから、世界も同じようにそう接するのだろうか。

 それなら。

 それなら、せめて。

 わたしから、この人を奪わないで。

 誰にも奪われたくない。

 国にも、世界にも。

 なににも、奪われたくないのだ。

 たとえこの身が、この手のひらが、罪にまみれていても。


「わた、しの……っ」

「ん?」

「わたしの…っ…サリヴァンさま」


 いとしい世界よ、どうかわたしから、いとしい人を奪わないで。

 ツェイルの願いは、ただ、それだけ。


「……はは。そうだな、おれのツェイ」


 きらきらと眩しいこの人は、わたしの太陽。

 きらきらと美しいこの人は、わたしの月。


「サリヴァンさま……っ」


 いとしき世界よ。

 どうか。

 わたしの願いを。







これにて『皇弟殿下純愛録。』は終幕となります。

長い間おつき合いくださり、ありがとうございました。

お気に入り登録してくださっている方々、本当にありがとうございます。


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