Plus Extra : 皇弟殿下純愛録。7
サリヴァン視点です。
厄災から逃れて。
その心労からふらつきながらも。
疲れ切った身体を休め、そして護るかのように、寝台で丸くなって眠るツェイルの隣に腰かける。その頬をゆっくりと撫でながら、サリヴァンは歯噛みした。
「なにを、隠している……ツェイ」
その心が読めない。
その心が見えない。
その想いが、感じられない。
なにをつらく、悲しく、寂しく思っているのか、サリヴァンに分けてくれてもいいのに、ツェイルは分けようとしてくれない。
「教えろ……教えてくれ、ツェイ」
おまえの心をおれに明け渡せ。
呟きながら、サリヴァンはその額に己れの額を添える。それでも、感じられるのは、体調不良からなる熱の高さだけで、ツェイルの想いは伝わってこない。
こうして手許に戻ってきたのに、帰ってきたのに、その感覚が薄くしか感じられないのはなぜだろう。
「話せ、ラク。なにがあった。いったいなにが、ツェイを閉じ込めている」
背後の従者に問うも、返ってくるのは沈黙だけだ。
「ラクっ」
なぜ教えてくれないのだと、振り返って抗議する。それでも、ラクウィルは口を閉ざしたままだ。その能面には、ツェイルと同じものしか感じられない。
「話せ、ラクっ」
「……姫が心を閉ざしているのに、おれが心を開け渡せるわけがないでしょう」
「それはどういう意味だ!」
「あなたを護りたい気持ちは、姫と一緒なんです。ですがおれは、姫も護りたいんです」
「……ツェイを、護るためだと?」
「姫はサリヴァン、あなたの唯一なんです」
わかってください、と静かに言ったラクウィルは、その感情を見せず、俯いた。
ラクウィルにここまでさせるほどの、なにがあったというのか。
どうして話してくれないのだと、サリヴァンは苛立ちを募らせる。自分には話せないなにか、そのなにかがわからない己れにも腹が立った。
ラクウィルは、ツェイルがサリヴァンの唯一であるから、護りたいという。つまりはサリヴァンをなにかから護るために、ラクウィルはツェイルのためにも口を閉ざしている。
それはわかるのに、肝心な「なにか」がわからない。
ラクウィルを黙らせ、ツェイルを悲しませている「なにか」が。
「おれが……なんだというんだ……っ」
一度は落ち着いて冷えたかと思ったその怒りは、ふつふつと再発する。けれども同時に、「なにか」がわからない己れが心底情けなくて、悔しかった。
サリヴァンは勢いに任せて上着を脱ぎ去ると、それを乱暴に放り投げた。床に落ちる前に、それはラクウィルが拾う。
「サリヴァン……?」
眠るツェイルの横にするりと身体を滑り込ませると、ラクウィルがなにをする気かとそれを危惧してきたが、サリヴァンにその気はまるでない。丸くなっているツェイルを抱き込むように、その腕の中に閉じ込めてぎゅっとする。
息を詰めるようにして呼吸しながら眠るツェイルに、胸が痛んだ。
「ツェイ……」
いとしさが、ときに苦くつらい想いになるなんて、ツェイルに出逢うまで知らなかった。
いとしさが、これほどまでに己れを振り回すものだなんて、ツェイルを想うようになるまで知らなかった。
けれども、だからといって、なにも知らなかった頃にはもう戻れない。戻りたくもない。
生きたいと思うから。
ツェイルと一緒にいたいと思うから。
死を待つだけだったあの頃には戻れない。
だから。
ツェイルには悲しみや苦しみを、分けて欲しい。
自分がその虚無から掬い上げられたように。
「ツェイ……おいで」
戻っておいで、とサリヴァンは呟く。
ひとりですべてを抱え込むな。
その想いはもうおまえひとりのものではない。
おれたちは、共に生きることを誓った。
共に幸せになることを、誓った。
共に幸せになることを、願った。
「おいで……おいで、ツェイ」
ひとりになるな、と。
悲しみの中にひとりでいるな、と。
苦しみの中にひとりでいるな、と。
寂しさの渦に呑み込まれるな、と。
サリヴァンはツェイルを抱きしめながら、その想いを込めて「おいで」と繰り返す。
そうして。
呼応してぴくりと震えた瞼から、涙がこぼれ落ちた。
ゆっくりと開いた瞳は、涙で潤んで透明感を増していた。
「サリヴァンさま……っ」
己れを呼ぶ小さな声に、乱暴にしてすまなかったという謝罪と、想いを分かち合いたいという心を込めて、サリヴァンは微笑む。
「おいで、ツェイ。おれのなかに、入っておいで」
瞬きするたびにはらはらとこぼれる涙を拭ってやりながら、サリヴァンはツェイルの心を導く。縋りつくように手のひらが伸びてきて、小さな身体はサリヴァンの袂に潜り込んできた。
「サリヴァンさま…っ…サリヴァンさま」
くぐもった声が胸元から聞こえてくる。
どんなことがあっても、なにがあっても、こうしてツェイルが自分を求めてくれる限り、サリヴァンは地に足をつけていられる。
この世界をいとしく思うことができる。
生きることを、受け入れることができる。
「ごめ、なさ…っ…ごめん、なさい」
「ああ……もう、いい」
その声を、その姿を、その存在を、失わずに済むのなら。
「おまえがここにいるなら、もういい」
離しはしない。
奪わせもしない。
それだけは、確かなことだから。
「……愛している、ツェイ」
それは呪縛の言葉かもしれないけれども。
「おれのなかに、おいで」
それはおまえが教えてくれたこと。