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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
134/170

Plus Extra : 皇弟殿下純愛録。7

サリヴァン視点です。





 厄災から逃れて。

 その心労からふらつきながらも。

 疲れ切った身体を休め、そして護るかのように、寝台で丸くなって眠るツェイルの隣に腰かける。その頬をゆっくりと撫でながら、サリヴァンは歯噛みした。


「なにを、隠している……ツェイ」


 その心が読めない。

 その心が見えない。

 その想いが、感じられない。

 なにをつらく、悲しく、寂しく思っているのか、サリヴァンに分けてくれてもいいのに、ツェイルは分けようとしてくれない。


「教えろ……教えてくれ、ツェイ」


 おまえの心をおれに明け渡せ。

 呟きながら、サリヴァンはその額に己れの額を添える。それでも、感じられるのは、体調不良からなる熱の高さだけで、ツェイルの想いは伝わってこない。

 こうして手許に戻ってきたのに、帰ってきたのに、その感覚が薄くしか感じられないのはなぜだろう。


「話せ、ラク。なにがあった。いったいなにが、ツェイを閉じ込めている」


 背後の従者に問うも、返ってくるのは沈黙だけだ。


「ラクっ」


 なぜ教えてくれないのだと、振り返って抗議する。それでも、ラクウィルは口を閉ざしたままだ。その能面には、ツェイルと同じものしか感じられない。


「話せ、ラクっ」

「……姫が心を閉ざしているのに、おれが心を開け渡せるわけがないでしょう」

「それはどういう意味だ!」

「あなたを護りたい気持ちは、姫と一緒なんです。ですがおれは、姫も護りたいんです」

「……ツェイを、護るためだと?」

「姫はサリヴァン、あなたの唯一なんです」


 わかってください、と静かに言ったラクウィルは、その感情を見せず、俯いた。


 ラクウィルにここまでさせるほどの、なにがあったというのか。

 どうして話してくれないのだと、サリヴァンは苛立ちを募らせる。自分には話せないなにか、そのなにかがわからない己れにも腹が立った。


 ラクウィルは、ツェイルがサリヴァンの唯一であるから、護りたいという。つまりはサリヴァンをなにかから護るために、ラクウィルはツェイルのためにも口を閉ざしている。

 それはわかるのに、肝心な「なにか」がわからない。

 ラクウィルを黙らせ、ツェイルを悲しませている「なにか」が。


「おれが……なんだというんだ……っ」


 一度は落ち着いて冷えたかと思ったその怒りは、ふつふつと再発する。けれども同時に、「なにか」がわからない己れが心底情けなくて、悔しかった。


 サリヴァンは勢いに任せて上着を脱ぎ去ると、それを乱暴に放り投げた。床に落ちる前に、それはラクウィルが拾う。


「サリヴァン……?」


 眠るツェイルの横にするりと身体を滑り込ませると、ラクウィルがなにをする気かとそれを危惧してきたが、サリヴァンにその気はまるでない。丸くなっているツェイルを抱き込むように、その腕の中に閉じ込めてぎゅっとする。

 息を詰めるようにして呼吸しながら眠るツェイルに、胸が痛んだ。


「ツェイ……」


 いとしさが、ときに苦くつらい想いになるなんて、ツェイルに出逢うまで知らなかった。

 いとしさが、これほどまでに己れを振り回すものだなんて、ツェイルを想うようになるまで知らなかった。

 けれども、だからといって、なにも知らなかった頃にはもう戻れない。戻りたくもない。

 生きたいと思うから。

 ツェイルと一緒にいたいと思うから。

 死を待つだけだったあの頃には戻れない。

 だから。

 ツェイルには悲しみや苦しみを、分けて欲しい。

 自分がその虚無から掬い上げられたように。


「ツェイ……おいで」


 戻っておいで、とサリヴァンは呟く。

 ひとりですべてを抱え込むな。

 その想いはもうおまえひとりのものではない。

 おれたちは、共に生きることを誓った。

 共に幸せになることを、誓った。

 共に幸せになることを、願った。


「おいで……おいで、ツェイ」


 ひとりになるな、と。

 悲しみの中にひとりでいるな、と。

 苦しみの中にひとりでいるな、と。

 寂しさの渦に呑み込まれるな、と。

 サリヴァンはツェイルを抱きしめながら、その想いを込めて「おいで」と繰り返す。


 そうして。


 呼応してぴくりと震えた瞼から、涙がこぼれ落ちた。

 ゆっくりと開いた瞳は、涙で潤んで透明感を増していた。


「サリヴァンさま……っ」


 己れを呼ぶ小さな声に、乱暴にしてすまなかったという謝罪と、想いを分かち合いたいという心を込めて、サリヴァンは微笑む。


「おいで、ツェイ。おれのなかに、入っておいで」


 瞬きするたびにはらはらとこぼれる涙を拭ってやりながら、サリヴァンはツェイルの心を導く。縋りつくように手のひらが伸びてきて、小さな身体はサリヴァンの袂に潜り込んできた。


「サリヴァンさま…っ…サリヴァンさま」


 くぐもった声が胸元から聞こえてくる。


 どんなことがあっても、なにがあっても、こうしてツェイルが自分を求めてくれる限り、サリヴァンは地に足をつけていられる。

 この世界をいとしく思うことができる。

 生きることを、受け入れることができる。


「ごめ、なさ…っ…ごめん、なさい」

「ああ……もう、いい」


 その声を、その姿を、その存在を、失わずに済むのなら。


「おまえがここにいるなら、もういい」


 離しはしない。

 奪わせもしない。

 それだけは、確かなことだから。


「……愛している、ツェイ」


 それは呪縛の言葉かもしれないけれども。


「おれのなかに、おいで」


 それはおまえが教えてくれたこと。







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