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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
132/170

Plus Extra : 皇弟殿下純愛録。5





 荒れた土地を綺麗に覆い隠した雪原の中央に、ぽつんと、一つの影がある。

 黒い影だ。

 空を見上げているその姿は、黒い外套を羽織った人であると証明している。


 ツェイルはラクウィルの支えと、リリの手から離れ、ゆっくりと黒い影に近づいた。


「地上猊下」


 黒い影を、そう呼ぶ。

 ゆっくりとこちらを振り向いたその人は、漆黒に覆われた髪の中に、琥珀色の瞳を宿していた。


「……誰だ?」

「ツェイル・レイル・ヴァルハラと申します」

「ヴァルハラ……ああ、レイが気にかけているところか」


 その人はふっと和らいだ笑みを浮かべると、「どうした?」と首を傾げる。


「どうか、お力を……わたしに、その智を、お与えください」

「? レイに頼めばいいだろ。ヴァルハラはレイが気にかけている」

「聖王猊下でもお救いすることができないのです」

「……レイでも、できない?」


 なんだそれは、と眉間に皺を寄せたその人は、その身体の向きをツェイルに合わせた。


「どうか、国主の楔を…っ…サリヴァンさまの天恵を、治してください」


 そのために、ここへ来た。

 この人に逢いにきた。

 それを頼むために、その方法を見つけるために、どうしても逢わなければならなかった。


 けれども。


「無理なことを……レイにできなければ、おれにできるわけもない」

「! ……そんな」


 無慈悲にも、その人はツェイルの希望を打ち砕く。


「おれは冥王とも呼ばれる魔王だ。聖にある者を救うとしたら、それは安楽な死に導く」

「で、ですが、記録者は……っ」

「可能性でも示唆されたか?」


 だが無理なものは無理だ、とその人は言う。


「おれに願うなら、死だけが、救いになる」


 それは、サリヴァンが背負ったものが、死ぬまで続くということだった。

 得られたその答えに、ツェイルは愕然とする。


「サリヴァン……ヴァルハラの、レイのいとし子……その者の死を、おまえは望むか?」

「いやです!」

「ならば、おれにできることはない。おまえに与えられるものも、なに一つない」


 残酷な言葉に、涙が溢れた。

 ここまで来て、サリヴァンを怒らせてまでやって来たのに、得られた答えはひどく悲しいものだった。


 どうして世界はこんなにも、サリヴァンに優しくないのだろう。


 悲しくて、悲しくて、寂しくて、ツェイルは蹲って嗚咽をこらえた。


「サリヴァンさま…っ…サリヴァンさま」


 あなたを国主の楔から、解放させたかった。

 壊れたその天恵を治して、世界という自由をあげたかった。


 それだけだった。


 ツェイルが、黙ってひとりで勝手に、シェリアン公国を目指したのは。

 それだけが、理由だった。


 記録者が、ともすれば奴なら知っているかもしれぬと、そう教えてくれたから。今なら公国にいるようだから、逢えるだろうと教えてくれた。


 けれどもツェイルが得た答えは、残酷な言葉だった。


 誰もサリヴァンを癒してくれない。

 誰もサリヴァンを救わない。

 ツェイルのいとしい人を、国に縛りつけて離さない。

 サリヴァンの顔色が悪いとき、それは国のどこかが荒れているということで。

 サリヴァンは国の器として、その身を削る。

 ツェイルのいとしい人を、この国は奪う。


 たまらなくいやだった。


 サリヴァンを国に奪われたくなかった。


「ツェイル、といったか……酷なことを言ってすまない。だがおれの力は、生きる者にとって、残酷なものなのだ」


 ツェイルの前に膝をついたその人は、ぽん、とツェイルの頭を撫でた。サリヴァンのように、聖王猊下のように、大らかで優しい手のひらだった。







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