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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 皇弟殿下純愛録。3

前半サリヴァン視点、後半ツェイル視点です。





 ぐったりと弛緩し、一糸まとわぬ姿で寝台に横たわるツェイルを、上から眺める。

 ひどいことをしたとは、思わない。

 乱暴にしてしまった気はするが、後悔もしていない。

 掛布をツェイルにかけてやると、サリヴァンは適当な衣装を身につけ、着崩した状態のまま寝台に腰かけた。するとすぐ、扉近くに控えていたらしいラクウィルが、静かになった部屋に入ってくる。


「落ち着きましたか?」


 その問いに、サリヴァンは沈黙し、睨みつける。


「まだ……ですか。姫は」

「来るな」


 不機嫌に言えば、肩を竦めて苦笑したラクウィルは、開け放したままにしていた扉を閉めた。


「敷布くらい交換したいんですけど?」

「来るなと言った」

「食事は? 姫に食べさせてあげてます? 水分は? 沐浴は? このままだと、姫が壊れちゃいます。みんな心配していますよ」

「うるさい。黙れ」

「黙っちゃいられませんよ。いい加減、落ち着いたらどうですか」

「おれは落ち着いている」

「サリヴァン……お怒りはごもっともですけど、これじゃあ姫があんまりです」


 ほとほと困ったようにラクウィルは言うが、サリヴァンは睨みつけたままそばに近寄せなかった。


「サリヴァン……お願いですから、姫を」

「近づくな」

「サリヴァン」

「来るな!」


 近くにあった枕を掴み、勢いに任せてラクウィルに投げつける。ラクウィルは避けなかった。


「近寄るな、出て行け!」

「……サリヴァン」

「出て行け!」


 ラクウィルは悲しそうな顔をしたが、それでもサリヴァンは、ラクウィルを威嚇し続けた。気を抜けば、ラクウィルにしてやられる。


「……わかりました。これ以上は近づきません。だから、落ち着いてください」

「おれは落ち着いている」

「では冷静になってください」

「おれは冷静だ」

「サリヴァン、気持ちはわかります。けど、お願いですから、もう姫を虐めないでください。あんまりです」

「おまえには関係ない。口を挟むな。出て行け。部屋に入って来るな」


 捲くし立てるように言うが、ラクウィルは動じない。

 苛々した。

 それでも、サリヴァンにはこの侍従長を部屋から追い出す手段がない。剣の腕も、体術も、ラクウィルには敵わない。口で負かすしか、方法はないのだ。


「言うこと聞いてくださいよ。じゃないと、いい加減おれも怒りますよ?」

「怒ったおまえなど怖くもなんともない」


 言ってやったら、とたんにラクウィルを包む空気が変わった。


「……そうですか。じゃあ、遠慮なく怒りますよ?」


 瞬間、ラクウィルの姿が目の前から消える。

 天恵を遣わせる隙を与えてしまったのだ。


「ツェイに触るなっ!」


 サリヴァンは慌てて背後に隠していたツェイルを振り向くが、すでに遅かった。そこにツェイルはいない。


「姫を保護させてもらいますよ、サリヴァン」


 声は、閉められた扉のほうから聞こえる。身体を正面に戻せば、ツェイルを布に包んで横抱きしたラクウィルがいた。


「ツェイを返せ、ラク!」

「あなたが冷静になってくれたら、いずれはお返ししますよ」


 そう言って、ラクウィルはまた、姿を消した。

 サリヴァンは寝台を跳ねるように離れると、急いで扉を開けて飛び出した。


「ラクウィル! ツェイを返せ!」


 怒号は、狭い廊下に響き渡る。

 ラクウィルの姿はどこにもなく、代わりに騎士隊の面子が揃っていた。だがサリヴァンはそれを無視してツェイを呼び、捜すために走り出した。


「ツェイ! ツェイを返せ、ラクウィル!」

「殿下! 落ち着いてください、殿下!」

「うるさい、黙れ! ツェイはどこだ、ラクウィルはどこだ、おれのツェイをどこに連れて行った!」

「殿下、殿下、ご理解ください、殿下!」


 ツェイルをどこに連れて行ったのか。

 騎士隊はサリヴァンの足止めをするかのようにまとわりつき、その歩みを邪魔する。なぎ倒そうにも彼らのほうが腕力はあり、また身のこなしもサリヴァンを上回るため、思うように前へ進めずサリヴァンの苛立ちは頂点に達する。


「ツェイを返せと言っているっ! 離れろっ!」

「それはきみが冷静になってからだよ、殿下」


 耳許で、そう囁かれたと思った瞬間、腹部に鈍い痛みを感じた。


「ぐぅ……っ」


 殴られたのだと気づいたのは、意識が遠のき始めてからだった。


「珍しくわれを忘れて怒るから、なにかと思ったら……らしくないね、殿下」

「う……ツァイ、ン」

「久しぶり、殿下。さて……よくも僕の最愛の妹にひどい仕打ちをしてくれたね。このお礼はきっちりと、つけさせてもらうよ」


 にんまりと笑んだツァインは、さらにもう一発、サリヴァンの腹に拳を入れた。




   *   *




 咽喉の渇きで目が覚めた。唇がかさかさになっていて、口を動かすとぴりぴりする。


「ああ、水ですか? ちょっと待ってくださいね」


 聞き憶えのある声に、薄目を開けた。差し込んできた光りはさほど強くなく、むしろ弱いくらいで、刺激は少ない。そこに見えた金色の髪は、ラクウィルのものだった。


「ら、く……?」

「はい。さあ、水ですよ」


 ひんやりとした水が、ゆっくりと口の中に入ってくる。飲み込むのにも力は必要で、とても疲れた。

 どうしてこんなに疲れているのだろうとぼんやり考えて、そういえばずっとサリヴァンに抱かれていたことを思い出した。


「さり、ヴぁ、さま……は」

「サリヴァンのことより、今は姫です。もうちょっと移動しますね。ここだとサリヴァンに見つかっちゃいますから」


 目を閉じていてください、と柔らかなものに身を包まれる。

 どうやらラクウィルの腕に抱き上げられているらしいとわかったものの、四肢に力がまったく入らず、それどころか動かすこともできないほどの疲労に、身体が軋んでいた。

 呼吸も苦しいし、頭痛もする。

 身体のあちこちが痛い。


「らく……くるし、い」

「少し熱が出ていますね。もうちょっとの辛抱です。ごめんなさい、姫」


 ぽんぽん、と背を撫でられる。

 ラクウィルは走っているようで、その振動が伝わってきた。ぼんやりとした頭ではそれ以上のことを考えていられなくて、揺れに任せて瞼を閉じていると、緩やかで心地いい眠気がやってくる。

 やっと解放された、と思った。

 いつまで続くのかわからない快楽は、もうツェイルには苦しくて仕方のないものになっていて、どれだけ「助けて」と叫んだかわからない。とにかく苦しくて、つらくて、悲しくて、いくら泣いても許してもらえなくて、頭がおかしくなりそうだった。

 それらから、漸く解放されたのだ。


「姫、姫、ラクですよ、わかりますか」

「……らく」

「少し苦しいでしょうけど、だいじょうぶ、安心してください。ちょっとの辛抱です。ね、わかるでしょう?」


 まるで小さな子どもにでも言い聞かせるような口ぶりに、ふっと笑いが込み上げる。もう子どもじゃない、と言いたかったが、今は、このひどく疲れた身体と心が、誰かに甘えたがっていた。


「りり、は……」

「いますよ。リリ、姫に声を」


 ラクウィルが動く気配がしたあと、ふわりと香った柔らかなものを、ツェイルは感じた。


「ツェイルさま、リリです……っ」


 ああ、リリだ。よかった、そばにいてくれた。

 そうほっと安堵して、薄目を開ける。泣きそうな顔をしたリリがいた。


「りり……」


 泣かせたいわけではないのに、リリは泣きそうだ。それがいやで手を伸ばそうとしたが、やはり腕は上がらない。


「うで、が……うご、か、ない」

「お疲れなのです、無理をしないでください。大丈夫です、このリリがそばにいます。ご安心ください、ツェイルさま」


 伸ばせない腕の代わりに、リリが手のひらを包んでくれて、ツェイルは安堵の息をつきながらリリに微笑む。泣きそうな顔がさらに泣きそうになって困ったが、笑おうとしてくれているのが手のひらから伝わってきた。


「ごめ、なさ……勝手、して」

「いいえ。いいえ、ツェイルさま」

「ごめん、なさい……」


 謝っているうちに、涙がこぼれた。その涙は、ラクウィルの指先が拭ってくれる。


「姫、訊いていいですか? どうしてひとりで、出て行ったんです?」


 ラクウィルの静かな問いに、ツェイルは瞼を閉じた。


「喧嘩でもしましたか?」


 違う、と緩く首を振る。


「では、サリヴァンがなにか姫に言いましたか?」


 それも違う、とツェイルは否定する。


「……なにがあったんですか、姫」


 ラクウィルの声は優しく、労りがある。たとえツェイルが嘘を言ったとしても、今のラクウィルは怒らないだろう。いや、真実を言ったからといって、ラクウィルが怒ることはない。彼は、そういう侍従だ。


「姫、教えてください。それともサリヴァンの侍従であるおれには、教えられませんか?」

「向こうの、国……」

「国?」

「今は、そこに、いると……」

「……誰のことですか」

「行か、ないと……早く、しないと……逢えなく、なる」


 ツェイル目をこじ開け、朧な視界に移る金色に眩しさを感じると、唇を噛んだ。


「姫、誰のことですか。どこの国のことですか」

「……わたし、は……行かな、ければ」

「どこへ行くというんです、姫」

「癒して、くれるひと……が」

「……癒し?」


 行かなければ、という強い衝動に駆られる。それは力の入らない身体に苛立ちを募らせ、ツェイルを焦らせた。


「行かせて……っ」


 どうすれば、この身体に力が戻るだろう。

 どうすれば、そこへ行けるだろう。


「ラク、行かせて……っ」

「……姫」

「行かないと……早くしないとっ」


 罵倒したくなる身体に苛々しながら、ツェイルはラクウィルを強く睨み、その目に涙を浮かべる。

 ラクウィルは、困っているような苦笑を浮かべていた。


「どうしても、行かなければなりませんか?」

「今、向こうの国に、いるうちに……っ」


 逢いに行かなければならないのだ、とツェイルは訴える。


「ダンガード侍従長、向こうの国とは、まさか……」

「ええ。いったい誰からそれを聞いたのだか……おれだってつい先日聞いたばかりですのに」

「では本当に……?」

「嘘ではないですよ。そうですね……姫、どこでそれをお知りになられたのです?」


 ラクウィルは苦笑していたが、その目は笑っていなかった。


「……記録者、が」

「え、あの灰色のケモノに? うわ……油断ならないですねえ」


 唸ったラクウィルが、その眉間に少しだけ皺を寄せる。


「余計なことをしてくれたのだかいいことをしてくれたのだか……結果的に言うと現時点ではサリヴァンを怒らせただけで余計なこと……うーん、出方に困りますねえ」

「行かせて、ラク……わたしは、逢わないと」


 またサリヴァンを怒らせることになったとしても、ツェイルは、どうしても行きたい場所がある。だから行かせて欲しい。行って、確かめなければならない。


「……では姫、条件があります」


 ふと、ラクウィルの真摯な瞳が、ツェイルを捉える。


 条件がある、と言ったラクウィルは、その条件とやらとツェイルに突きつけると、頷かないならこのままサリヴァンのところへ連れて行くと、ツェイルを脅した。







気づいたら、本編と外伝&番外編の話数が同じに……。


このたびも読んでくださりありがとうございます。

サリヴァンの暴走にちょっとつき合ってくださると嬉しいです。


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