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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 侍従長衷情録。3

ラクウィル視点です。





 午後も中頃、せっかくの休日を押しかけた使者によって潰されたサリヴァンが、広げた紙の束に飽きたらしく「お茶にしよう」と言い出した。


「ツェイは?」

「出かけられたみたいですよ」

「出かけた? どこに」

「街へ。ネイが武具屋を見て回っていましたから、連れて行ったんでしょう。ナイレンとユグドが一緒です」

「……ナインめ、ユートめ……」


 街に行くなら自分も行きたかった、と言わんばかりに、サリヴァンは駄々子のように机に突っ伏す。


「今から追い駆けます? 武具屋の見当はついてますから、飛べますよ」

「うぅー……行きたいが、おれは武具に疎いんだ。邪魔にしかならない」


 よくわかっている。ツェイルが武具屋に行く理由を知っているのだ。


「それなら、オリヴァンと遊びます?」

「む。どこにいる?」


 わが子の名に、サリヴァンがパッと顔を上げる。なんてわかり易い親ばかだろう。


「さっき庭にいましたから、まだいると思いますよ。一緒におやつしますか」

「そうしよう」


 ぴしっと姿勢よく机を離れたサリヴァンが、小走りに部屋を出て行く。ラクウィルも、わかり易いあるじの背を追って、部屋を出た。

 サリヴァンの息子オリヴァンは、先ほどラクウィルが通りかかったときに見えた庭から少し移動していて、居間の露台から見える花壇の前にいた。隣にはわが子イオルシィズがいて、オリヴァンを挟んでユグドの息子クレイドもいる。


「ノアウルがいないな?」

「リリが邸に帰ってますからね。それに、ノアウルは《天地の騎士》ですから、登城する都合もありますし」

「ふむ……まあいいか」


 足りない、と思ったのだろう。子どもが好きなサリヴァンであるから、子どもはいるだけたくさんかまい倒したいのだ。


「オリヴァン、シズ、クート」


 呼びながら、まるでサリヴァンのほうが子どものように、とたとたと子どもたちに走り寄って行く。

 ラクウィルは露台から出ず、その場に立ち止まって見送った。この距離が必要なのだ。こうしておかないと、わが子イオルシィズは逃げる。

 サリヴァンは振り向いた子どもたちを丸ごと抱きしめた。


「サリエ、仕事は?」

「飽きた。おれと遊ぼう。というか父と呼べ、オリヴァン」

「やだ。遊ぶならライラと遊びたい」

「……たまには父をかまってくれないか、オリヴァンよ」


 息子の冷たい反応に、サリヴァンは落ち込む。

 親というのはああいうものなのだろうかと、ラクウィルは首を傾げたくなる。ラクウィルは、イオルシィズにオリヴァンのような反応をされたことがないのだ。いつも逃げられる。それを捕まえるのは面白いのだが。

 ふと、サリヴァンの肩越しから、イオルシィズがラクウィルを見つけた。とたんに瞠目して固まったわが子は、サリヴァンに丸ごと抱きつかれているのをいいことに、またしてもひたりとサリヴァンにくっつく。

 なんとなく、なんとなくだが、いい気がしない。

 ので、思いっきり微笑みかけた。

 ら、蒼褪められた。

 面白い。


「なんでそんな反応しかしないんでしょうねえ?」


 子どもは小さくて扱いがよくわからない。しかし、だからといって子どもが嫌いなわけではなく、わが子に至ってはふつうに可愛いと思っている。あちらが勝手に逃げていくのだ。

 子どもとは、面白い生きものである。

 いや、不思議な生きもの、だろうか。


「まあどちらにせよ、嫌われることには慣れていますよ」


 子どもに限らず、誰にでも、嫌われる。それはもう慣れ親しんだ感覚だ。今さらどうこうしようとは思わないし、しようもない。


「クラウスさん、この場はお願いします。おれはお茶の用意をしてきますから」


 子どもたちを見守る騎士にサリヴァンのことも頼むと、ラクウィルは露台を離れた。お茶の用意をして、その給仕を家宰の娘に頼み、自身はほかの仕事をするために居間へは戻らなかった。

 僅かな異変を感じたのは、書類でごった返している書斎の掃除を終えたときだ。


「……これは」


 ぴりぴりとした空気、そこに混じる異質なもの、昔は身近に感じた気配、慣れた感覚。


「おれを相手に、なんでそう殺気を混ぜたがりますかね?」

「妹たちを誑かした奴だから」


 問いに返ってきた声は、後ろから聞こえた。振り向けば、わが妻の上の兄がにっこりと、美貌に任せた適当な笑みを浮かべて立っていた。


「誑かされたのはおれのほうなんですけどね。サリヴァンならここにいませんよ。姫もね。見たとおり、おれしかいません。来る場所を間違えていますよ、ツァイン」

「今日はツェイルに求愛しにきたわけじゃないからいいんだよ」

「人妻に求愛しないでくださいよ……」

「近衛騎士隊長としてここにいるから」

「はあ……珍しいこともありますね」


 人の話を聞いているのか聞いていないのか、近衛騎士隊長でもあるツァイン・ウェル・メルエイラは、胡散臭い笑みを深めて部屋に入ってくると、どっかりと中央の長椅子に腰かけた。


「侍従長、シズに嫌われているね」

「いきなりなんですか」

「力をそうやって完全に断つから、駄目なんだよ」

「はい?」

「シズは聡い子だよ。きみが思っている以上にね」


 なんの話かと思えば、イオルシィズのことを言いたくてツァインはラクウィルのところに来たらしい。


「……おれにどうして欲しいんですか」

「べつになにも期待してないけど。ただ、シズは僕の甥でもあるわけだから、せっかくだしメルエイラの型式でも教えようかなって」

「シィズにできますかねえ」

「できるさ。メルエイラの血が混じっているんだから。それに僕は、きみの剣才を疑ってない。オリヴァンも強くなるだろうけど、シズも教え方では強くなると思うんだよね」


 高評価されているようだが、あののんびりとしたイオルシィズがメルエイラの型式を覚えられるだろうか。

 それにラクウィルは、天恵術師であって剣士ではない。《天地の騎士》ではあっても、それは天恵の名称であって実際は剣の腕など関係なかったりする。初めて《天地の騎士》を発動させた者が騎士であったから、そういう名称がつけられたとされていた。


「シィズに教えるのはかまいませんが、おれには剣才なんてありませんから、その辺りはあまり期待しないほうがいいですよ」

「謙遜もひどいね、侍従長」

「事実ですよ。おれのは付け焼刃です。マチカちゃんとルーフェさんがいなかったら、おれにはなんの力もありません」

「それなら侍従長、僕と一戦交えようか。僕のヴィーダヒーデと、侍従長の精霊、僕らの全力で」

「サリヴァンに怒られるからいやです」


 ツァインとは、剣一本で戦って邸の一部を壊したという前科がある。それなのに天恵まで交えて戦ったら、今度は邸を半壊させかねない。そうなったらサリヴァンが怒るのは必須である。

 だいたいにして、ラクウィルは持った天恵の特徴からか、天恵の攻撃が身体を通さない。つまり天恵で攻撃されても怪我をしない体質だ。

 ツァインとの一戦は、無意味でしかない。


「これはとくに誰というわけでもなく、言っていないんだけど……僕のヴィーダヒーデはね、風の属性にあるようなんだよ」

「……だから、なんですか」

「邸を壊さないように、力を働かせることができる。だからさ、ちょっと戦ってみようよ。ねえ……ラクウィル・ディバイン・ダンガード?」


 にんまりと、ツァインが笑う。

 その笑い方に不快感が込み上げたそのとき、左頬を鋭い風が通り抜けた。背後にあった窓が、勢いよく開け放たれる。


「……なにをそんなに苛々してんですかね」


 はあ、とラクウィルはため息をつく。ツァインは笑ったままだ。


「いやね、僕としたことが、うっかりフィジスを妊娠させちゃって」

「それはおめでとうございます」

「おめでたくないよ」


 右頬を、びゅうっと強い風がすり抜ける。

 喜ばしいことを聞いたはずであるのに、人間として規格外なツァインを相手にしていると、喜ばしいことが悲しいことのように思えてくる。ツァインの妻は憐れだ。


「あんた本当に人間ですか」

「獣かもね」


 眼前から、ツァインの姿が消える。目を細めた次の瞬間には、目の前に片刃の剣が突きつけられていた。咄嗟にそれをかわし、ラクウィルも腰に提げていた剣の柄を握ると鞘から抜き、追ってきた剣を受け止める。


「でも、それは侍従長にも言えることだよね」

「……そうかもしれませんね」


 剣に圧される。踏ん張ろうにも体勢が悪く、立て直すには一歩でも後退したいところだ。しかしそうすれば、確実にツァインは剣を突きつけてくる。

 どうしたものかと考えているうちに、均衡の崩れた身体は、ツァインの剣に圧された。


「さあヴィーダヒーデ、出ておいで」

「……本当に、戦うのね」

「もちろんだよ。ねえ、侍従長?」


 この状態で逃げられるものなら、逃げたいところだ。だがツァインはそうさせてくれないだろう。

 ラクウィルは諦めたため息をつくと、ふっと足の力を抜き、ツァインの剣に圧されるまま窓から外へと、転がるように吹き飛ばされた。







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