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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 侍従長衷情録。1

ラクウィル視点です。





「ラク」


 ふと呼ばれたラクウィルは、お茶の用意をしていた手を休めて、唯一無二のあるじサリヴァンを見やった。


「なんですか?」


 サリヴァンはなにやら小難しい顔をしながら、手紙を読んでいる。手紙の送り主は国の中央に座す聖王猊下で、サリヴァンにとっては養父だ。

 しかしながら、聖王猊下からの手紙で難しい顔をするサリヴァンなど、初めてである。


「漸く、おまえの天恵がわかった」

「おれの天恵ですか? そんなの、マチカちゃんとルーフェさんがいるんですから、最初からわかっているじゃないですか」

「そっちの天恵じゃない」

「んん?」


 ラクウィルは天恵者である。それも、対極の属性を二つ、無属性を一つ、合わせて三つの天恵を授かった稀少な天恵術師だ。さらに重ねて、天恵を授かり過ぎているせいで、代償とされているものがなにかもわからない天恵者だった。


「おれの天恵は火と土と、あと天地の騎士ですよ? ほかにはなかったかと」

「あるだろ」

「はて……ありましたかね?」


 一つの属性天恵を授かっているというだけでも稀少であるのに対し、ラクウィルは三つも授かっている。珍しいことこのうえないというのに、これ以上の珍しさは要らないというのがラクウィルの心情である。

 よって、サリヴァンが言うことに憶えがない。


「おまえ、夫人の声が聞こえるだろう」

「どこのご夫人ですか」

「自分の」

「おれの? シュネイのことですか?」

「ああ。聞こえるだろう」


 わが妻シュネイの声なら。


「……まあ、たまに」


 否定はしない。以前、聞こえると言ってしまっている。本当はたまにではなく、よく聞こえるのだが、そこは言わないでおく。いやな予感がしたのだ。


「それ、天恵だ」

「……げぇ」

「なんだそのいやそうな顔」


 三つあるだけでも充分なのに、むしろ有り余っているのに、四つめなど要らないと思うのがラクウィルの心情だ。


「〈真贋の音〉という天恵だ。西の国にある王族の天恵らしいぞ」


 ちょっと吃驚する。


「え、おれ王族ですか?」

「おれに訊くな。自分のことだろ」

「いやだって、サリヴァンも知ってますでしょう? おれは流れ者です。自分の出自なんて知りませんよ。歳だってわかんなくて、ルカイアが勝手に決めたんですから」

「王族だったんじゃないのか。西のその国は、随分と昔に滅んだようだからな」

「おれが王族なんてあり得ないと思いますが」

「その髪と瞳で?」

「これは両親から譲られたものですよ」


 ラクウィルはサリヴァンと同じ、淡い金の髪と薄い碧の瞳を両親から譲られている。だが、このヴァリアス帝国の皇族特有だと言われるその色を、なぜ自分が持っているのか、ラクウィルは知らない。両親も自分も、国と国を渡り歩く流浪の民だったのだ。産まれた月日も、年齢も、数えることなく育ち、そして両親の死後、サリヴァンに拾われたのである。


「まあ、おまえが複数の天恵所持者だというのは変わらないな」

「むぅー……おれ、代償も支払ってる天恵者なんですけどー」

「王族の天恵に代償はない。負担はないと思うぞ」

「持ってて損はない的な言い方しないでくださいよ。その〈真贋の音〉とやら、ものすごく耳が痛いんですから」

「痛い? なんで」


 ああわからないだろうなぁと、ラクウィルは遠くを見やる。

 便利なときもある〈真贋の音〉とかいう天恵は、しかしとんでもなく煩いのだ。聞こえるのが限定されているのかそうでないのか、今のところわが妻シュネイの声を筆頭に、息子イオルシィズの声やサリヴァンの妻ツェイルの声が聞こえる。イオルシィズの声とツェイルの声は滅多に聞こえないが、聞こえたときは静かなものでそう煩くもない。しかし、わが妻シュネイは別だ。ふだんは穏やかなのに、突発的な声をまれに発するから、その隔たりがひどいのである。


 その説明をしようとしたときだった。


「あのです……、ぎゃっ!」


 キーン、と脳天を突く耳鳴りに、ラクウィルは両耳を塞いで蹲った。


「ラク?」

「痛い痛いっ! ネイ、わかりましたから、もうちょっと静かに…っ…ネイ!」


 シュネイの声だ。きゃわきゃわと脳を揺さぶる高音に、眩暈がする。


 ああだめだ。

 この声が聞こえたらそばに行かなくてはならない。


「サ、サリヴァン、ごめんなさい、ネイのところに行きます」

「ああ。そのまま休んでいいぞ」

「ごめんなさい」


 痛む耳を抑えつつ、ラクウィルは無属性の天恵、天地の騎士と呼ばれる空間移動の天恵を発動させると、シュネイの声を辿った。空間移動の天恵は、すぐに思い浮かべられる場所なら、一瞬で飛ぶことができる。


 よろり、とふらつきながら、ラクウィルは辿り着いた部屋の扉に寄りかかり、その姿を見つける。


「ネイ」


 呼ぶと、部屋の中央で蹲っていた幼い妻シュネイが、泣き顔のまま振り向いた。


「ラクさまぁ」


 子どもっぽさを残した泣き顔は、えらいめに遭わされても、可愛いとラクウィルは思ってしまう。だから、微笑んだ。


「どうしたんですか、ネイ」

「茶器が……」

「茶器?」

「ラクさまに買っていただいた、茶器が……」


 よく見ると、シュネイの足許には、白い茶器が割れた状態で広がっていた。ラクウィルに耳鳴りを起こさせた声は、どうやらお気に入りの茶器を壊してしまった衝撃によるものだったらしい。

 力のない笑みをうっかりこぼしてしまう。

 だが、それくらいのことで、ほっと安堵した。


「おいで」


 手を差し伸べれば、すっくと立ち上がったシュネイは即座に駆け寄ってきて、勢いのままラクウィルの胸に飛び込んでくる。震えている肩にいとしさを感じて抱きしめれば、しがみついてくる腕の力がぎゅっと増した。


「新しいのを買ってあげますよ」

「でも、あれ、ラクさまに、初めて買ってもらったのに……っ」

「ものはいつか壊れるものです。観賞用ならともかく、あれはふたりで使いましょうって、買ったものなんですから」

「でも……っ」


 ふと視線を、壊れてしまっている茶器に移す。シュネイがとても気に入って毎日使っている茶器だ。壊さないように慎重に扱いながら、使うたび微笑むシュネイを毎日見てきた。


「怪我はありませんでしたか」


 血の匂いはしなかったが、とりあえず確認しておく。胸の中で、シュネイは首を左右に振った。


「そうですか……よかった」


 茶器が壊れてしまったことは悲しいが、その茶器がシュネイに怪我をさせていたら、ラクウィルは茶器をさらに粉砕していただろう。茶器よりも、シュネイのほうが大事である。


「シィズはどうしたんですか?」


 姿の見えない息子のことを訊ねれば、シュネイは小さな声で「外」と答えた。


「シィズにも怪我はないんですね」


 ああよかった、と深々と息をつく。


「ネイ、思いきり泣いたら、買いものに行きましょうか。サリヴァンが休んでいいと言っていますし、少し身体がだるいので、たぶんしばらくサリヴァンは安全です。今のうちに買いものに行きましょう」

「かい、もの……?」


 提案は、シュネイの悲しみを僅かばかり、癒したようだ。


「あ……でも、身体がだるいなら、休養期で」

「休養期だから、ですよ。ネイと一緒にいたいんです。さあ、少しは落ち着きましたか?」


 ん、と首を傾げてシュネイを覗き込むと、少しだけ恥ずかしそうにした幼い妻は、涙を止めてはんなりと微笑んだ。









 シュネイと手を繋いで買いものから帰ったラクウィルは、居室の前でばったりと、息子イオルシィズと出くわした。そのとたんに固まってくれるわが子に、にんまりと笑いかける。


「久しぶりですねえ、シィズ」


 言葉をかけたがしかし、イオルシィズは硬直したまま動かない。

 これが面白くて、ラクウィルは笑わずにはいられない。


「シズ、ラクさまにご挨拶はどうしたの? 久しぶりのお父さんよ?」


 シュネイの優しい笑みを受けても、イオルシィズの硬直は解けない。

 親子三人、しばらくの沈黙に包まれる。

 イオルシィズの顔が引き攣ったのは、ラクウィルが笑みを深めた瞬間のことだ。とたんに踵を返すわが子を、ラクウィルは襟首を掴んで捕まえた。いつもはのんびり過ぎるほど動きが鈍いくせに、ラクウィルと対峙したこのときだけはすばしっこくなる。潜在的な素質だ。

 なんて面白いわが子だろう。


「どこに逃げようっていうんでしょうねえ、シィズぅ?」

「う、わ、あ……」


 猫のようにぶらんと持ち上げ、両手足をばたばたさせるイオルシィズを眺める。持ち手を自分のほうに向けてわが子の顔を覗きこんだら、この世の終わりでも見てきたかのような顔をしたわが子がいた。


「お父さんに、お久しぶりです、の言葉はないんですかねえ?」


 齢四つのわが子イオルシィズは、咽喉を引き攣らせている。その顔が面白くて、ラクウィルはますます笑った。


「子どもで遊ぶな」

「ぁいた」


 べしん、と後頭部を叩かれた。振り向くとサリヴァンがいる。


「なにするんですか、サリヴァン」

「おまえこそシズでなにをしている」

「なにって……固まるから面白くて」

「遊ぶな」


 べしん、とまた叩かれた。

 後ろにいたサリヴァンは前に回ってくると、ラクウィルに襟首を捕まえられて宙ずりになっているイオルシィズを、その腕に抱いてラクウィルから奪い取っていく。よほどラクウィルから逃れたかったのだろうイオルシィズは、全身でサリヴァンにひたりとしがみついた。


「よしよし。あっちでオリヴァンと遊ぼうな」

「あ、ちょっとサリヴァン」

「なんだ」

「おれのおもちゃ……じゃなかった、おれの子ども取らないでくださいよ」

「……おもちゃって言ったな」

「いぃえぇ。可愛いわが子ですよ」

「子どもをおもちゃにするな」


 ばかもの、と言って、サリヴァンはすたすた行ってしまう。


「シズは殿下がとっても好きなのねえ」


 と、シュネイは見当違いなことを言う。


「どちらかというとサリヴァンのほうなんですけどね、子どもが好きなのは。誰の子でもかまいたがりますし」


 ラクウィルはあまり子どもという小さな存在が好きではない。というよりも、小さいのでどうかまえばいいのかわからない。わが子に硬直されてしまうくらいなので、近づいてくるのはサリヴァンの息子オリヴァンくらいだ。

 サリヴァンのほうは、休みで邸にいると、気づけば子どもたちに囲まれて一緒に遊んでいる。いや、あれは遊ばれているのだろうか。どちらにせよ、子どもたちに囲まれている。それが騎士隊の子であろうが、侍従の子であろうが関係ない。


「ふぅむ……やっぱりわかるんですかねえ」

「はい?」

「子どもたちですよ。おれは嫌われてばっかりです」


 はあ、と肩を竦めて苦笑すると、なぜか、シュネイはとたんに表情をそぎ落とした。


「……どうしたんですか、ネイ?」

「わたしはラクさまが好きよ」

「ええ、知っていますよ。運命だったのでしょ?」

「そう。ラクさまは、わたしの運命の人よ」

「おれは運命なんて信じちゃいませんが、ネイのそれは信じられますよ。出逢うべきして出逢ったという運命なら、なおさらね」

「ラクさま」

「はい」

「わたしは、ラクさまが誰に嫌われようとも、永遠を誓うわ」


 なにを言っているのだろう、とラクウィルは首を傾げる。シュネイの言いたいことがよくわからない。


「ラクさまが好き……好きなの、ラクさま」

「ネイ……?」

「わたしだけではいや? 足りない? 満足できない?」


 ぎゅっとしがみついてきたシュネイの、温かで柔らかなぬくもりに、とろりと切なさにも似た感情が首をもたげた。


「ネイ……」

「わたしはラクさまがいればいいの。ラクさまだけでいいの。それでは駄目? それだけでは足りない? わたし、どうしたらいい?」


 くらりと、眩暈がした。


「ネイ、それ以上は……」

「ラクさまが好きなのっ」

「ネイ……っ」


 だめだ、と。

 これ以上はだめだ、と思う。

 いろいろなものが、感情が、溢れ出てくる。

 本当は、求めていたのはラクウィルのほうだ。その存在を、その声を、求め続けて耳を澄ませていた。

 失いたくないから。

 手放したくないから。

 全力で突っ込んでくるシュネイを、自分のものにし続けたいから。


 だからあれは、天恵ではない。

 ラクウィルの、人を求める寂しさだ。


「あまり、おれを刺激しないでください、ネイ」

「だって、わたしラクさまが」

「駄目です、ネイ……おれは異形なんですから」

「わたしはラクさまが好きっ」


 ああもう、なんて直球だろう。

 なんて強さだろう。


 理性が振り切られる。


「おれを煽るとはいい度胸ですよ、ネイ」

「えっ?」

「ふたりめは女の子がいいですね。ああ、双子でもいいですよ。可愛さが倍増されます」

「えっ? えっ?」


 ラクウィルはシュネイをさっと抱き上げると、立ち止まっていたそこを離れる。行くべき場所は決まっていた。


「ネイに似た可愛い子がいいです。ネイと並べて、双子みたいだなぁって思いたいです」

「な、なんの、話を……?」

「おれと永遠に離れられなくなる話を」


 ちゅ、ちゅ、とこめかみや額、鼻先、目許に口づけして、戸惑うシュネイを無視して、寝室へと直行した。



 シュネイの声が聞こえるのは、天恵ではない。

 求めるがゆえの、切なさだ。







リクエストありがとうございます。


楽しんでいただけたら幸いです。

読んでくださり、ありがとうございます。


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