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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
122/170

Plus Extra : きみの背中に花束を。追記。

*サリヴァンとツェイルが最後のほうで追いかけっこをしていたときのことです。

ツェイル視点です。



■ 夫婦喧嘩顛末記。




「動くなと言っているだろう!」


 頭ごなしに怒鳴られたのは、たぶんそれが、初めてだったと思う。


「今はオリヴァのことより、自分のことを優先してくれ。そうでなくてもおまえは……」


 言葉を切り、苦しげに息をついたサリヴァンだが、ツェイルはそれよりも怒鳴られたことのほうに放心する。


 怒鳴られた。

 サリヴァンに、怒鳴られた。


 それは理不尽な怒りだ。


「どうして……だって、わたしは……」


 込み上げたのはもちろん悲しみだ。ツェイルはサリヴァンを怒らせたかったわけではないし、自分も怒らせようと思ってやったわけではない。

 涙がこぼれそうになって、それが悔しくて、ツェイルはぐっと拳を握った。


「らくっ!」


 大きな声で、おそらくこの状況では一番に自分を理解してくれる侍従長を呼ぶ。


「はいなー、姫ぇーっ」


 ぽーん、となにもないところから現われたラクウィルは、やはりツェイルの気持ちをわかってくれていた。


「は? へ? ラク?」


 突然と現われたラクウィルに、サリヴァンは驚いていた。

 だがそんなこと、今のツェイルには関係ない。

 ツェイルはラクウィルに駆け寄ると、やたら微笑んで両腕を広げ準備しているラクウィルの腕に飛び込む。


「とべ、らく!」

「はいはーい」


 緊張感のない明るい声が、緊迫感を和らげてくれた。


「ちょ、は? やや、待て? 待てまて待て! どこに行くんだツェイ!」


 追いかけてくるサリヴァンの声を無視して、ツェイルはラクウィルと飛ぶ。

 こんなとき、憶えた場所にならどこにでも空間転移できるラクウィルの天恵は、とても便利だ。


「待てこらラクーっ!」


 蒼褪めたサリヴァンの顔がちらりと見えたが、ツェイルは見なかったことにした。







 ラクウィルが飛んだのは、サリヴァンがいる場所からそれほど離れていない場所で、かつ周囲には人気もなかった。


「で、姫? 今日はまたどうしたんです?」


 どうしたもこうしたもない、とツェイルはラクウィルの胸元をぎりぎりと握りしめながら、唇を噛む。心なしか頬も膨らんでいたようで、ラクウィルに突いて遊ばれた。


「姫、ひぃめ、ツェイさまぁ?」


 ぐっと涙をこらえて、ラクウィルを見上げる。


「外に、出たいと、言った」

「うんうん、それで?」

「今少し、騒がしいから無理だと、言われた」

「まあ、そうですね。皇女殿下とオリヴァンの婚前披露の開催が決まって、なにかと敏感な事態となってしまいましたから」

「でも、出たかった、外に」

「……ツェイさま、外って、どこ?」


 頬を両手に包まれながら、優しく、けれども厳しく、問われた。こうされると、答えないわけにはいかない。もちろん黙っているつもりなど、ツェイルにはなかった。


「知る必要があるものを、知ることができる場所」

「なにを知りたいですか?」

「敵」


 真っ直ぐと見つめたラクウィルは、その碧い双眸を細め、少しだけ眉を下げた。


「どうして、わかっちゃたんですか」


 おれたちはなにも話してないのに、とラクウィルが言う。

 そんなことは知っている。サリヴァンも、ラクウィルも、サリヴァンを護ろうとしている人たちも、誰も、ツェイルに知られないようにするためではなく、ただ口にすることを禁忌とするかのように口を噤んでいた。

 だからこそ、ツェイルは気づいた。気づかなければならなかった。


「護られるばかりでは、いや」

「ええ、知っていますよ。ツェイさまが、騎士であることは」

「わたしも護る」

「ええ、その力があると、おれたちは知っています」

「行く」

「どうしても?」

「なにがあっても」


 失わせやしない。失いもしない。そのために、動く。


「なら、おれと約束をしましょう」

「約束?」

「おれたちと、一緒に行動することを。ひとりでは動かないことを」

「わたしはひとりではない」

「はい、おれたちがいます。それからもう一つ」


 頬を包んでいたラクウィルの手が、ツェイルの両脇に移動し、ぐっと力が入ったと思ったら抱き上げてきた。ふわりと持ち上げられた身体を、ツェイルは安定させるために、ラクウィルの肩に手を添える。


「ラク……」

「身体を大事にしてください」


 無理はさせない、というラクウィルの配慮だった。







 ラクウィルと逃げれば、もちろんサリヴァンは追いかけてきた。今のツェイルを抱えてラクウィルがそう遠くへ飛ぶわけがないという、まさにそのとおりだったので、見つかるのは時間の問題だったのだ。


「ツェイ、ラク!」


 呼び声にハッとし、ツェイルはラクウィルを促した。ツェイルを抱えたまま、ラクウィルは「仕方ありませんね」と笑い、走り出す。


「姫、さっきのこと、サリヴァンには言いましたか?」

「……言う前に、怒られた」

「ああ……ちゃんと話を聞けばいいのに、サリヴァンったら」


 駄目ですねぇ、と困ったように笑いながら、ラクウィルはツェイルの重さなど感じていないかのように颯爽と走る。すぐ近くまで来ていたサリヴァンと、あっというまに距離ができた。


「御子のことで頭がいっぱいいっぱい……まあ、気持ちはわかりますけどね」

「わたし、なんともない」

「それなんですよねぇ……オリヴァンのときがあれだったから、ちょっと、怖いんですよ。このまま猊下のところに行ってもいいですか?」

「サリヴァンさまが……」

「ちゃんと撒いてから行きますよ」


 すぐには追いつけないようにするから、というラクウィルを信じて、身を任せる。運ばれることにはラクウィルで慣れたもので、どう身体の力を抜けばラクウィルにとって楽か、もう身体が憶えていた。

 もうその胎動が感じられても不思議ではないくらいにツェイルの腹部で育っている小さな命について、サリヴァンの養父たる聖王猊下のところへ行くため、ツェイルは今回の登城について来ていた。それが本来の登城目的で、思いがけず森の離宮に滞在することになったのは予定外のことだった。それでも、息子オリヴァンの諸問題を把握するよい機会にはなったわけで、これも思いがけない収穫だ。


「ねえ姫、あんまりサリヴァンとこういうことすると、引っ込みがつかなくなってあとが大変ですよ?」

「……もう遅い」

「ありゃりゃ……仕方ないひとたちですねえ」

「だって……怒った」

「あぁまぁ、それはサリヴァンが悪いんですがぁ……ねえ?」

「ちゃんと、理由、言おうと思ったのに」

「ああ見えて実は御子のことだけで頭がいっぱいですからね……うーん」


 唸りながらも、ラクウィルは速度を緩めず城内を走り抜ける。もちろんその振動はツェイルに影響などなく、むしろ快適だとさえ言えよう。残念ながらサリヴァンではこういかない。ツェイルを抱え上げることはできても、距離を走るくらいの体力がないのだ。


「あ、オリヴァンだ」

「オリヴァ?」

「そういえば帰ってくるの、今日でしたね」


 前方に、小さく人影が見える。息子オリヴァンと、ノアウルやクレイド、カルアだ。


「下ろしますよー、姫。よいしょっと」


 走りながら抱え方を変えられ、同時にラクウィルの天恵が発動し、人影だったそれらがはっきりと目の前に現われると、その腕から下ろされる。走ってきた勢いのまま、ツェイルはオリヴァンに突進した。


「オリヴァン!」

「公子!」


 ノアウルたちには警戒を含んで驚かれたが、突進された当人はただ驚いていた。


「……ツェイ?」


 いつも、なぜか母とは呼んでくれないオリヴァンだ。

 そして。


「ツェイ、どこに逃げたっ! ツェイ!」


 せっかくのオリヴァンの帰還であるのに、どう追いかけてきたのか、サリヴァンに追いつかれてしまったらしい。

 惜しいが仕方ない。


「おかえり、オリヴァ」

「……ただいま?」

「おかえり」


 目をぱちくりとさせたオリヴァンは、そんな顔もサリヴァンにそっくりだ。可愛く成長してくれたものである。

 サリヴァンに追いつかれてしまっているので、離れ難いが仕方なく、ツェイルはその懐から離れた。


「ツェイ?」


 抱きしめ返そうとしてくれていたのだろう、オリヴァンの手も名残惜しそうだった。

 本当に惜しい。が、仕方ない。


「ラク!」

「はーい。あ、オリヴァンおかえりなさーい」


 走る勢いを殺さないため、ラクウィルは動き出したツェイルに合わせて姿を現わし、ツェイルが伸ばした腕を取ると瞬時に天恵を発動させ、追いついてきていたサリヴァンとの距離をまた稼いでくれる。ツェイルの身は再びラクウィルの腕のなかに戻った。


「ふふ……オリヴァ、かわいい」

「このところますますサリヴァンに似てきましたよねえ」

「そっくり」


 いとしいわが子は今日も可愛かった。可愛いという年齢ではなくなってきたが、ツェイルにとってはいつまでも可愛いわが子だ。サリヴァンに似てくれたところがますまずいとしさに拍車をかけている。


「ラク」

「はーい?」

「オリヴァは、だいじょうぶ」

「……そうですねえ」

「護るよ、すべて」

「ええ、わかっていますよ」


 ぽんぽんと、ラクウィルに背を撫でられる。力をわけられているようで、なんだか元気が湧いてきた。そうなってくると、サリヴァンを怒らせたことが寂しくもなってくる。


「……謝らないと」

「サリヴァンに?」

「怒らせた……」

「いえ、あれはどちらかというとサリヴァンが……余裕なくなってますからね」


 サリヴァンが怒った理由は、なんとなく、わかっている。動くなと、怒鳴られれば、サリヴァンが小さな命のことで余裕を失っていることくらい、わかろうものだ。

 ツェイル自身は、オリヴァンのときは本当に大変であったが、今現在小さな命が順調であること以上にわかることはなく、心に余裕がある。無事に生まれてくるという、そんな確信もあった。


「まあまずは、猊下のところに行きましょう。サリヴァンも、猊下のお言葉をいただけば落ち着いてくれますよ」

「……うん」


 養父に確かな言葉をもらえば、サリヴァンもツェイルの気持ちに納得してくれるだろう。そうして、笑ってくれるはずだ。安心してくれるはずだ。


「だいじょうぶ……今度こそ、護るから」







*ツェイルはラクウィルに、お姫さま抱っこではなく、子ども抱っこされています。

 なので、どうしても色っぽくならないため、あんまり誰も気にしない。サリヴァンさえ気にしない。むしろサリヴァンはそうやってツェイルを運んでみたい(体力的に無理ですが)。


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