Plus Extra : きみの背中に花束を。16
ライラ視点です。
剣の稽古を、と庭に出たはずのオリヴァンが、ノアウルに怒鳴られながら、庭師と一緒になって草花の手入れをしている。本当に植物が好きな人だ。
「うるさい、ノア。あっちに行け」
「稽古をすると言ったのはおまえだ!」
「気が変わった。それでいいだろ」
「よくない! いくらおまえがバケモノ並みに強いとはいえ、鈍ることはあるんだぞ!」
「ないない。って、バケモノなんてひどいな」
「オリヴァン!」
きっとヴァルハラ公爵邸でも、こんなやりとりをしているのだろう。
「あれはいつまで続くのですか」
とカルアがため息をつきながら問う。
「そうですねぇ……オリヴァンがその気になるまで終わりませんから、すぐであったり終わらなかったりしますが……今日はそろそろ終わりますよ」
イオルシィズがそう答えたとき、オリヴァンの目の色が変わった。
屈んだ状態で両手を地面につき、低姿勢のまま後ろに足を回すと、そこにいたノアウルに足かけをして転倒させたのである。さすがオリヴァンだ。
オリヴァンとノアウルは、そこから剣術ではなく体術の稽古らしきものを始める。オリヴァンが一方的にノアウルをのしているが、べつにノアウルが手加減してオリヴァンを優位に立たせているわけではない。オリヴァンの実力が規格外なだけだ。
「オリヴァンは強いわねぇ……」
うっとりしながら見ていたライラは、顔を引き攣らせたカルアの呆れ眼を感じながらも、オリヴァンから視線を逸らさない。
「専属の騎士があれでは、なんのために公子のそばにいるのかわかりませんね」
「ノアもかなり強いらしいわよ?」
「公子に一方的に叩きのめされていては、その証明にはなりませんよ」
兄を貶すカルアに、ライラは苦笑する。
確かに、ノアウルがオリヴァンに勝った姿を、今まで一度として見たことがない。オリヴァンもノアウルを勝たせてやろうという気がまったくないようなので、いつもノアウルは叩きのめされていた。
「あれで本当に《天地の騎士》なのでしょうかねえ」
「おいカルア、聞こえているぞ! 言っておくがな、おれは天恵者であって剣士じゃないんだよ。このバケモノと一緒にするな」
負けて悔しいのか、カルアの声が聞こえていたらしいノアウルが、オリヴァンの攻撃から逃れて転がりながら叫んだ。
「バケモノってひどいなぁ。おれはツェイに剣を習って、アインに体術を習って、総合的にラクウィルから指南を受けただけだよ? ノアと同じ稽古しか受けてないのだけど」
転がって逃げるノアウルを追いかけて無残にも踏み潰したオリヴァンが、心外だなぁとばかりにため息をついて、最後のおまけにノアウルの背に全体重をかけて乗り上げた。ノアウルの「ぐぇ」という悲鳴が聞こえる。
「さて……シズ、おれにもお茶くれないか」
「はい。甘くしますか?」
「そうだな。セイ茶に蜂蜜を少し」
「わかりました。こちらでおまちください」
ノアウルを気絶させてしまうと、オリヴァンは手のひらや服の汚れを払い、ライラの隣に戻ってきた。すぐに手拭いを差し出すと、ライラにとって極上の笑みと一緒に「ありがとう」と礼をもらう。
今日もライラのオリヴァンはかっこよくて、綺麗だった。
「なぁに? そんなにおれがかっこいい?」
思っていることをオリヴァンに指摘されて、思わず頬を赤らめ、そうして素直に頷く。するとオリヴァンのほうが気まずそうな顔をして、そっぽを向いた。
「自分で訊いておいて自滅ですか、公子」
「いや、うん、なんというか……思ったよりね、こう、きたというか」
「そこまでばかだとは思いませんでしたよ、公子」
「カルア、ちょっと口閉じようね?」
「はあ……かっこわるい」
「うん、カルア、少し黙ろうね?」
ノアウルだけでなくオリヴァンとまで口喧嘩を始めたカルアに少し笑って、けれども剣呑ではない穏やかな雰囲気にライラはほっと息をつく。
「ねえ、オリヴァン」
「ん。なに、ライラ?」
「叔父上さまが、皇都を離れてしまわれるそうなの。聞いている?」
「ああ、あれか……」
訊いたとたんに変な顔をしたオリヴァンは、がっくりと卓に顔をうつ伏せた。どうやら一騒動が起きた、いや起きているようだ。
「……大変そうね」
「まあ、問題は陛下だけなんだけどね。サリエはツェイにほだされない限り、言い出したらきかないから」
今も実家には使者が詰めていて、いつもは静かな家も騒がしいらしい。オリヴァンはそこから抜け出し、ライラのところへ来ていたのだ。
「そのツェイも、ちょっと前からサリエを無視して、おれですら声も聞いてないんだ。そのことにサリエは落ち込んで八つ当たりしまくるし、もう煩くてかなわないよ」
「叔母上さまが、どうかなさったの?」
「サリエに怒ってる、のかな……それもわからない状態だよ、今はね。ラクウィルが板挟みになってたな」
あのツェイルが不機嫌、というのは、どうも想像できない。むしろなにか考えがあって、それを装っているのではないだろうか。
「ともあれ、しばらくあそこは煩い。森の離宮に避難するよ」
「え……城にいてくれるの?」
「いるよ。陛下に許可はもらってあるからね。サリエとツェイが皇都を離れても、おれは残るつもりだし」
もしかしたら、オリヴァンも皇都を離れていってしまうかもしれない。そう思っていたライラに、それは朗報だった。
「ただ、条件は出されたけど」
「条件?」
「宰相からね。だからあまり時間は取れないけど……ライラ」
真摯な瞳を向けてきたオリヴァンに、ライラはうっかりときめく。
「いつでも逢いにおいで。おれも、行くから」
「オリヴァン……」
「おれはずっと、ライラのそばにいるよ」
伸ばされた手のひらが、ライラの頬を撫でる。その優しい仕草に、ライラはすり寄った。
これにて『きみの背中に花束を。』は終幕とさせていただきます。
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