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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : きみの背中に花束を。11

オリヴァン視点です。





 これが天恵だったのですねぇ、と暢気にそれを分析したイオルシィズは、幾度か繰り返し飛んで、ついでにオリヴァンも一緒に飛ばして寝台送りにすると、思い出したように「夕食にしますね」と言って部屋を出て行った。

 なんというか、随分と深刻な話をしていたと思うのだが、イオルシィズのせいで雰囲気が壊れた。


「ほんとにあいつ、ラクウィルの前でだけ挙動がおかしくなるんだな……」


 つくづく思った。


「今さらなにを言うか。昔からだろうが」

「や、それはそうだけどね。おれのこと寝台送りにするなんて、まず初めてのことだから」

「……負けたとか思ってるのか?」


 負けたというか、あの暢気ぶりには敵わないというか、そんなところである。


「あ、だめだ、眩暈する」

「寝ろ」

「……なんか優しくないな、ノア。なんで機嫌が悪いんだ?」


 言ったことは図星だったのか、むすっとした幼馴染は「べつに」と視線を逸らした。


「……拗ねているのか」

「そんな歳じゃない」

「どうした?」

「べつに」


 不機嫌だし拗ねているなぁ、と思いながら、オリヴァンは寝台に身体を横にすると、ノアウルの横顔をじっと見る。

 ノアウルはオリヴァンの一つ歳上で、産まれたときからずっと一緒の乳兄弟だ。ノアウルの母リリが、オリヴァンの母ツェイルの侍女だったから、兄弟のように育ったのだ。なにをするにも一緒だったが、生来の気性も性格も違っていたから、よく喧嘩はする。ノアウルが一方的にオリヴァンに腹を立てて、ではあるが、仲違いするほどの喧嘩は今までしたことがない。

 だから今も、ノアウルが一方的に怒っているのだろうなぁと、オリヴァンは苦笑した。


「サリエにおれのことでなにか言われたか、ノア」

「違う」

「ふぅん……まあ、サリエの言うことなんて、半分以上は気にすることないと思うけどね」

「……おまえ、サリヴァンさまが幽閉されてたって聞いて、驚いてたじゃないか」


 漸く視線をオリヴァンに戻したノアウルが、怪訝そうな顔をした。


「ひどいとか、思ったんじゃないのか?」

「さっきも言ったけど、複雑なだけだよ。享受しているのだろうな、と思うとね」

「……サリヴァンさまはお優しい」

「優し過ぎるのも、ときには残酷なことだよ。わかっているだろうに」

「そうだが……」


 眉間に皺を寄せたノアウルに、オリヴァンは肩を竦めて唇を歪める。


「サリエの過去なんて、おれには関係ない。そう言ったら、ノアは怒るんだろうな?」

「だろうなって……なんでそう思うのかがわからないのに、怒れるかよ」

「おれとサリエは、同じ天恵者でも、その器が違う。それなら、サリエの過去なんて、関係がないに等しいと思わないか?」

「……おまえ、その器の意味、わかってるのか?」

「さあ? 誰も教えてくれないし、自分じゃあわからないからな」


 渋面を浮かべたノアウルは、じっとオリヴァンを見つめたあと、なにか諦めたように深々と息をつく。それはオリヴァンに、ノアウルはなにか知っているのだと、教えてくれた。


「……ノア、サリエの天恵が壊れているというのは、どういう意味だ?」


 びく、と身体を震わせたノアウルが、表情はそのままで、薄茶色の瞳に困惑を混ぜる。

 ああ、やはり知っているのだ。


「アインが話してくれたよ。おれとサリエの違いは本質で、器だとね。どうやらサリエの天恵が壊れているせいのようだけど……」

「……壊れてるんじゃない。壊されたんだ」


 ぐっと、なにかを耐えるように低い声を出したノアウルを、オリヴァンは静かに見つめた。


「あのお優しい方を痛めつけて、詰って、脅して……ただ国主の天恵者であったというだけで幽閉して、壊して……っ」

「……なんでノアが怒るんだ」

「同じ理不尽が、おまえに振りかかるかもしれないだろ!」


 どうして、と思う。

 どうしてこんなに、忠誠心篤く、必死になれるのだろうなぁと、暢気に思う。いや、立場が逆であったら、オリヴァンも負けじと言葉にするだろうけれども。


「おれはそんな理不尽に負けないよ?」


 だから言った。

 勝つ自信があると。


「なにがあるかわからない。陛下が擁護してくださっても、議会がある」

「……おじいさまが『猊下』なら、それだけでもおれは充分な権力を持っていることになると思うけどな」

「猊下は、万能な神ではないと、ご自分でおっしゃっていた。猊下の目でも届かない場所はあるんだ」


 猊下のことまで知っているとなると、ノアウルはやはり相当深いところまで事情を把握していることになる。さすがは宰相の息子、といったところだろうか。


「過保護だなぁ」

「なにが悪い」

「いや、いいけど。でも、少しは信じてくれてもいいだろ。おれだって、ばかじゃない。考える力はあるんだよ」

「……心配なんだから仕方ないだろ」


 根っからのお兄ちゃんだなぁと、なんだか笑えてきた。機嫌が悪かったのは、もしかしたらイオルシィズに《天地の騎士》の天恵が現われたせいだろうか。


「サリエも怒って、ノアも怒って……ああ、カルアも不機嫌だったな。なんか、今日はみんなに怒られる」

「べつに怒ってない」

「それのどこが? おれだって考える力はあるのに、なんで頭ごなしに怒るかなぁ」


 はあ、とため息をつけば、ノアウルの眉間の皺が深くなる。怒っているわけでも、不機嫌なわけでも、拗ねているわけでもないと言いたいのだろう。

 オリヴァンは小さく笑い、ごろりと横に転がってノアウルに背を向けた。


「おれは護られながら、おれの護りたいものを護る。それが利己的だと言われようと、なんと言われようと、おれはそうする」

「……オリヴァン?」

「護られたくないわけじゃない。おれを護ろうとしてくれている人たちがいる限り、おれは護られ続けなければならないから。それがおれ自身だったり、天恵だったりしても、けっきょくは同じことだ。それくらいはわかっている。けど、な……」


 ふっと息をつき、オリヴァンは身体を丸める。

 わかってくれ、と思う。

 理解してくれなくていいから、わかってくれ、と。


「おれは、ライラを護りたいんだ」


 なにをしていても、ライラのことが頭から離れない。それをわかって欲しい。理解する必要なんてない。ただ、そうなのか、と思ってくれればいい。


「ライラのそばにいるためだったら、なんだってするよ……だから、過保護になって欲しくないんだ。おれにも護りたいものがある」


 逢いたいなぁと、思う。

 逢って、抱きしめて、笑いかけて欲しいと思う。


「ライラ……」


 今この瞬間、このとき、この腕にきみを抱きしめられたら、どんなにか安堵することだろう。


「おまえ、本当にライラのこと……」

「……なに?」

「いや……どうするんだ?」

「ライラのこと? それなら、さっさと砦の補修を終わらせて帰ってからサリエに強襲かけて、助け出すけど」

「サリヴァンさまに迷惑をかけるな」

「ライラを攫ったサリエが悪い」

「攫ったわけではないだろうが……」

「おれの前から隠したんだから、同じことだろ」


 今この瞬間にもきみを抱きしめたいと思うから。


「明日から職人たちに混じって、最初からだ」


 早く、きみのところに帰ろう。

 きみの片翼は、ここにいるこのおれだけなのだと。

 ほかの誰でもない、このおれだけが、きみの片翼なのだと。

 そしてきみは、おれだけの片翼であると。

 そう、きみに囁こう。

 驕っているのではないことを、証明してみせよう。


「……おれが行ったとき砂だらけだったのは手伝っていたからか」


 ノアウルのぼやきを聞き流し、オリヴァンはグッと強く拳を握った。







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