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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : きみの背中に花束を。7

オリヴァン視点です。





 考え込みながら歩いていた。いや、考えているわけではないのかもしれない。ライラのことを想うと、もうそれだけで、胸が切なくなるから。


 父はライラとの婚約をよく思っていない。昔からそうだ。口にしないだけで、ずっと反対していた。けれどもライラのことはよく可愛がっていた。だから、父のそれがライラ自身のなにかではなく、国の事情を抱えているがゆえのものなのだと、オリヴァンは早くから知ることができていた。

 今日、父がわざわざ婚約の反対を口にした理由は、なにか。

 オリヴァンが自分をわかっておらず、愚かであるからだと、父は言っていた。ライラの心を護れず、苦しめていると、言われた。

 なにがいけなかったのだろう。

 オリヴァンはぼんやりと考える。

 父だって知っているはずなのだ。オリヴァンはライラなくしては生きられないと、本能的に理解している。背負った刻印が、オリヴァンにそれを訴えてくるから。

 だが、だからといってオリヴァンはライラをどうも思っていないわけではなかった。

 むしろ、どうしようもなく、いとしいと思う。ただそれは、周りからするとどうも、信じられないようではあるけれども。


「こんなに、好きなのになぁ……」


 そう、ぼやいたときだった。


「公子の場合、とにかく可愛くてならない、という空気しか伝わってこないのです」


 突然降って湧いた声に、吃驚した。思わず剣を握ったほど、吃驚した。


「か……かるあ?」


 いつのまに、と思った。

 いつのまにか、目の前に文官がひとり、立っていた。その文官の名をカルア・ウェル・ラッセ、ノアウルの妹にして宰相ルカイアの娘である。


「兄上、お久しゅうございます。なぜ姫さまの御許におられないのか、それは不思議ですけれど、咎めはいたしません。オリエ公子が絡んでおいでのようでございますし、先ほどラクウィルを見かけましたからね。イオルシィズまで来ていますし、まあなにかあったのでしょう」

「カルア、おれに挨拶するよりも、先にオリヴァンに」

「兄上、言葉にはお気をつけください。オリエ公子です」

「カルア……だから、おれの前にオリヴァン……公子に」

「兄上の態度を先に注意すべきでした」

「いや、カルア……」


 捲くし立てる妹に、ノアウルは漸く緊張がほぐれたのか、肩を竦めてため息をついていた。


「……お久しゅうございます、オリエ公子」


 矛先が自分に向けられたとき、オリヴァンは「さてどういう顔をしたらいいものか」と瞬間的に考え、笑みを浮かべる選択肢を取った。


「久しぶり、カルア」

「薄ら寒い微笑みは要りません」

「……、相変わらずでなによりだ」


 ライラが柔らかい丸なら、カルアは強固な四角。これで本当にノアウルの妹なのだろうかと、オリヴァンは常から思うが、顔は兄妹を物語っているから、疑いようがない。

 昔はライラみたいに可愛く笑う子だったのに、いつからこんなふうになってしまったのだろう。

 煌びやかな女性の衣装を着ることもなく、文官の質素な官服に身を包むことを選んだカルアは、それでも元来の美しさから縁談の話が多く舞い込んでいる。そうでなくても宰相閣下の娘だ。その手の話は他国からも寄せられている。それを断り続けて今もひとりでいるのは、文官の道を選らんだからだろうか。


「北領の砦に行かれたと聞いておりましたが、なぜ城へ? 姫さまでしたら、登城なさっているヴァルハラ公が離宮にお招きしておりますが」

「あ……うん、父には逢った。ライラには、逢えなかったけれど」


 そういえば、いつのまにか森の離宮、父が城に滞在するときに使っている離宮から宮廷内に戻って来ている。歩きながら考えていたので、どこをどう歩いてここまで来たのか、オリヴァンは憶えていなかった。


「そうですか。こんなに早く北領の砦の補修を終えたとも思えませんし、賊の襲撃を受けたとも聞きましたが、そのご様子ならだいじょうぶなのでしょう」

「砦は修復したところを壊されたから、少し予定が遅れる。石材の半分はキサネ……シェリアン公が手配してくださることにもなった。そのことは伝書で陛下にお伝えしたが……」

「聞き及んでおります。陛下はオリエ公子を心配されておいででした。お時間が許されるなら、どうぞ陛下の御許へ。今はそれほど忙しくもありませんし、すぐに謁見が叶いましょう」


 事務的に話すカルアに、苦笑がこぼれる。

 真四角な性格をしているから扱いづらいところもあるだろうが、生真面目なところは昔から変わっていないので、きっと優秀な文官だ。こうして話していると、煌びやかで華やかな衣装よりも、官服のほうがカルアには似合っているように思えてくる。


「ねえ、カルア」

「……なんでしょう」

「最近、ライラには逢った?」

「ええ。公子が北領へ立たれる前に、一度お逢いしております。それがなにか?」


 カルアはライラの友人だ。この皇城内で、唯一親しくしている文官の友、かもしれない。そんな彼女なら、ライラがなぜ父に保護されることになったのか、わかるかもしれない。


「ライラは、なにか悩んでいたりとか……苦しんでいたりとか、していなかったかな」

「……それをわたしにお訊きになって、どうなさるおつもりですか」

「どうって……悩んでいるなら相談に乗りたいし、苦しんでいるなら助けたいし……おれは、婚約者だから」


 やっぱり話してくれるわけがないか、と思いつつも、カルアがなにか教えてくれないかと期待している自分がいる。

 情けないと思っても、なぜライラにオリヴァンの天恵が負担になっているのか、わからない。父に、片翼という言葉に驕っていると、そう言われたことの意味もわからない。しまいには、器であることを自覚しろ、とまで言われている。

 わからないことだらけで、つい誰かに応えを求めてしまう。


「姫さまのことよりも、まずご自分のことを考えてはいかがでしょう」

「え……?」

「北領の砦は修繕が終わっていません。賊の襲撃で、予定も遅れています。これからの季節、北領の砦がいかに重要であるかをお考えください。冬には陛下の生誕祭が行われ、各国の王が参られるのです。北領の砦だけでなく、四方の砦は重要な役目を果たすことになるでしょう。それだけでなく、各所領地の状況も把握し、必要ならば経費以上のことを施すことにもなるでしょう。その過程で問題が見つかる可能性もあります。姫さまの婚約者であるとご自覚があるならば、率先してそれらを解決に導かねばならないと思いますが?」


 くどくどと説明され、半ばうんざりしつつも、その通りなので否定もできない。


「まあ……それは少し、難しいとも言えることではありますが」


 ちらりと、カルアは周りを見る。ちらちらとこちらを見ては、声を潜めて会話をする文官や武官、登城している貴族、従僕や侍女、多くの視線がオリヴァンに集中し、そして避けている。まるで、自分に火の粉が振りかからないようにしているかのようだ。いや、腫れものを扱うかのような視線だ。


「……どうしてサリエは、こんなに嫌われるのかな」

「嫌っているわけではありませんよ。どう接すればよいのか、皆わからないだけです」

「もう、おれっていう息子がいるおじさんだよ?」

「ヴァルハラ公……サリヴァンさまの存在が明らかになって、まだ十数年。そうお考えください」


 もう、と考えてはならないらしい。国にとっては、まだ、なことのようだ。


「サリエが仮初めの皇帝だった、って……どれくらいの人が知っているのかな」

「凡そ知る人などおりませんでしょう。そもそも、そのことを公子がご存知であることも、わたしは知りませんでしたが?」

「成人を迎える少し前に、聞いたよ。本人からじゃなくて、キサネからだったけど。カルアはどうして?」

「官職を拝命したおり、父から聞かされました。陛下がサリヴァンさまを手放されない理由も」

「陛下が……?」


 その話は知らないな、と喰いつくと、カルアは少しだけ目を細めた。


「ご存知ないのですか?」


 さも、知っているとばかり思っていた、という顔をされて、オリヴァンは首を傾げる。

 伯父でもある皇帝サライのことは、過度な愛情を弟サリヴァンに注ぐ人、というくらいの認識しか、オリヴァンにはない。この顔がサリヴァンに似ているせいで、しょっちゅう間違われて抱きつかれるからだ。可愛がってもらっているのはわかるのだが、愛情表現が過度で少々疲れるときもあった。

 そんな伯父ではあるが、賢帝であろうことは疑いようのない治世の中にいる。

 サライが父を手放せない理由があるとしたら、その過度な愛情だろうか。だとしたら、カルアがこんな怪訝そうな顔をするわけがないと、オリヴァンは思う。そもそも父は、国主の天恵者なのだ。その天恵はオリヴァンに引き継がれている。


「……サリエが天恵を持っているから?」

「……、ご存知ないようですね」


 そうかと思ったのだが、カルアの反応から違うらしいとわかる。


「違うのか」

「確かにサリヴァンさまは皇族の天恵をお持ちです。ですがそれは、国がサリヴァンさまを引き留めておくためのものにしか過ぎません」

「え……」


 話が飛躍した。しかし、そう感じるのは、どうやらオリヴァンだけのようだ。


「カルア、その話はこんな道端でするものじゃない」


 ノアウルがそう言って、妹の発言を諌める。ノアウルだけでなく、おとなしくしているイオルシィズも、顔をしかめて無言でカルアを牽制していた。


「……申し訳ありません、口が過ぎたようでございます」


 責められるような言葉と視線から、さすがのカルアも気まずげにし、頭を伏せてオリヴァンに謝罪してくる。

 いや待て、とオリヴァンは口を開こうとした。


「オリヴァン、ここを離れたほうがいいです」


 そっと、イオルシィズに耳打ちされて、開きかけた口が閉じる。さっと周りを見渡すと、先ほどより視線が増えていることに気づいた。いやな感じではないが、だからといって心地よいものでもない。


「カルアさま、今日はこの辺で」

「承知しております。では公子、またお逢いしましょう」


 イオルシィズの言葉に、カルアは素直に応じて文官の礼を取ると、すぐさま踵を返してオリヴァンの前から立ち去った。


「ノア、シズ」

「御意」


 中途半端にされて納得できない感じが残るも、オリヴァンもノアウルとイオルシィズを促して、毅然と歩を再開させた。







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