Plus Extra : きみの背中に花束を。4
オリヴァン視点です。
北領の砦を襲撃した賊は、賊というには少し思慮の足りない強盗の類いだった。
「彼らのことは、おれが預かろう」
公主、或いは公王と呼ばれることが板について、早十年になろうという友人キサネの言葉に、オリヴァンは頷いて賊の処遇を任せた。
「被害はどれくらい?」
「軽傷者が数人と……せっかく直した砦の壁が全壊、かな」
オリヴァンは背後を振り向き、直したばかりであった石壁の悲惨な状態にため息をつく。僅かな綻びであった場所が、賊のせいで一から作り直さなければならない状態になっているのだ。出張って来てくれた職人たちに申し訳ないと思う。
「石材もこっちで用意するよ……」
「ああ、半分でいいよ。用意していた半分は手つかずで綺麗なままだから」
「すまないね、オリヴァン。うちの国がもう少し安定していれば、こんなことにもならなかったのに」
「キサネの努力は知ってる。だからそんなに落ち込まないで」
「ありがとう」
キサネの国、シェリアン公国は、公族だったキサネが国を飛び出し帝国に救いを求めることで、平和と安寧を掴み取った。だからキサネは公主で、公王なのだ。
北領の砦が賊に襲撃されたということだけで、キサネを煩わせたくないと思うのが、オリヴァンの素直な気持ちである。
「キサネが頑張ったから、今のシェリアンがあるんだ。これくらいのことはおれに任せてくれていい」
「ほんと、ごめんね」
「いいよ」
にこっと微笑み、オリヴァンは忙しいキサネを見送ると、壊された砦の修繕を再開している職人たちの中に混じり、掃除や片づけといったこまごまとした作業を手伝う。壊されてもまだ使えそうな塊は切り崩して再利用することに決まったので、一か所に集めて切り崩しができる職人の到着を待っていた。
「おい坊主、あんまり無茶すんなよ。ただでさえひょろいんだから」
「ひょろい、は余計だ。誰があんたらの手を護ったと思ってる」
「まさかおまえが剣を握るたぁなぁ。ちょっと見直した」
「これでも一流の剣士を師に持ってるんだけどね」
職人たちは、繊細な手を持っている。けれども反面、大雑把な性格をしている。この数日、彼らが手の回らない作業を手伝って、オリヴァンはそれを知った。彼らはオリヴァンをどこかの小間使いだと思っているので、たかだか数日でそれを知ることができたのだが。
「ちびっこ共はだいじょうぶか?」
「あれくらいならね。稽古のときよりマシな怪我だよ」
「は?」
「容赦ないからね、あの子たちの師匠は」
砦の襲撃を護り切ったのは、筆頭はオリヴァンが身につけた剣であったが、一緒に来ていた従弟たちも奮戦した。怪我をしたのは鍛錬が足りないせいというよりも、従弟たちの幼さだろう。むしろあれくらいの怪我で済んでよかったと、安堵するところだ。
「おめぇも休んだらどうだ?」
「おれは怪我なんかしてないよ」
「動きっぱなしだろ。おれたちゃ、おめぇが剣握って奮闘してる間、休んでたからな」
職人たちは、オリヴァンがこの砦の修繕を指揮する責任者であることを、知らない。いや、気づいていない。それでも繊細な手を持つ彼らは、オリヴァンの疲労を感じ取れるらしい。無茶すんな、疲れたら休め、倒れたら意味ねえぞ、という声が至るところからオリヴァンにかけられる。
大雑把な性格をしているくせに、とオリヴァンは苦笑した。
「その元気で、早く砦の修繕を終わらせて欲しいね」
優しい人たちだ。本当なら一月もあれば修繕も補強も終わるのに、今回の襲撃でその予定も遅れ、二月近く砦に逗留することになって家族とも離れて暮らさなければならないのに、彼らは互いを気遣って元気な顔を見せてくれる。
「早く終わらせて帰ろうよ」
「言うねえ、おめぇも。帰りを待つ女でもいるな?」
「いるよ」
臆面もなく言うと、けしかけた職人たちのほうが顔を赤くした。
「は、はずかしい奴だな」
「どこが? おれの可愛い子のことが知りたいんだろ?」
「おい!」
揶揄したかったらしい職人たちを、逆に揶揄して、オリヴァンは笑う。どうせだからと、いとしい婚約者がどれほど可愛いかということを、話して聞かせた。
「お土産に、優しいオリヴァン、なんて言う可愛い子だよ」
「おめぇ……実はとんでもなく腹ぁ黒いな」
「失礼だなぁ」
「純粋な子を誑かすたぁ、たいした男だよ」
「誑かさないと手に入らないだろ」
「うわ……」
聞くんじゃなかった、という職人たちの顔を見てから、オリヴァンは彼らの止まっている手を動かした。一頻り話をした彼らは、それからは真面目な顔で作業に没頭し始めたので、オリヴァンもいとしいライラのことを考えつつ作業に徹する。
太陽が傾きかけた頃、漸く修繕と補強の作業に戻れる状態になった。
「なぁんだ、終わってるじゃないですかぁ」
という、慣れた声が聞こえたとき、オリヴァンは思わず目を丸くした。
「ラクウィル?」
なぜここに、父サリヴァンの侍従長がいるのだ。しかもその腕には、負傷して休んでいたはずの従弟が、抱えられている。
「うわぁ、オリヴァンったら砂だらけ。この子も働かせないと駄目でしょーが」
「いや……怪我、してるから」
「こんなの怪我のうちに入りませんよ」
鬼畜な彼の師匠は、唸っている彼を無造作に腕から離した。
「いた…っ…いきなりひどいですよ、父さんっ」
従弟はこの侍従ラクウィルの息子、イオルシィズだ。鬼畜な師匠になっている父に喰ってかかるも、にっこりと微笑まれるとたじろぎ、そろそろとオリヴァンの足許に後退してくる。
「情けないですねえ」
「あ……シズに怪我をさせたのはおれだ」
「いえいえ、オリヴァンに怪我をさせなかったのは褒めますよ」
「だが」
「オぉリぃヴァン?」
にぃっこりと微笑まれると、責任は自分にあると言いたいのに、言えなくなる。
この笑顔の強さはなんだろう。
首を傾げたくなりながら、相変わらず弟子には容赦ない侍従長に、オリヴァンはため息をついた。
「ご理解どうも、オリヴァン」
「……なんの用だ」
「その口! ますますサリヴァンに似てきますねえ」
「……そんな話をしに来たのか?」
「砦が襲撃されたから手伝ってこい、とサリヴァンに言われて来たんですよ」
「サリエに? ……昨日のことだぞ?」
もう連絡が父のところにまで届いたのか、とオリヴァンは驚いたが、ラクウィルはただただ笑むばかりだ。
なんとなく、なんとなくだが、どこかに監視の目がある気がした。
「まさか……」
「え? なんです?」
「……アインがどこかにいる気がする」
伯父に、監視されている可能性がある。
「よくわかりましたね」
と、ラクウィルは否定しなかった。
思わず脱力する。
「砦を修復するだけなのに……」
なんて過保護な、と思う。
「襲われたじゃないですか」
「撃退したし、キサネに対処も頼んだ。それくらいおれでもできる」
信用されていない、というよりも認められていない。もう成人したというのに、どうしてこの人たちは、とオリヴァンは深々と息をついた。
「べつに、オリヴァンのそれを疑ってここに来たわけじゃないですよ。ただちょっと、今回はサリヴァンが切れましてね」
「? サリエ?」
「そろそろ来るかなぁとは思うんですが……」
「来るって……サリエが?」
国境にほど近い場所へ、父は来られないはずだ。それに、来るとしてもラクウィルと一緒でなければ、車で一週間はかかるこの場所にすぐ来られるわけがない。
首を傾げて、ラクウィルが眺めている方向に視線を向けた。
そこに。
ふわりと。
「……、ノア?」
舞い降りたのは、幼馴染で騎士の、ノアウルだった。しかもその姿は、《天地の騎士》という称号を表わす紋章を背負った白い騎士服だ。
なんて目立つ恰好で来たのだ。
ライラはどうしたのだ。
そう口にしようとしたときには、周りがラクウィルの出現に気づいて、ノアウルにまで気づいてしまったあとだった。そのせいで、一気にオリヴァンの周りは騒がしくなる。
「なんだありゃ……皇帝の騎士じゃねぇか?」
「なんでこんなとこに皇帝の騎士が……つか、若過ぎねぇか?」
「あれだ、皇女の騎士だろ、ありゃ。国花ルーフの紋章は今三人くれぇ背負ってるらしいぜ?」
「おれ、初めて見たわ」
「おれもおれも」
早く宿舎に戻っていればよかったものを、面倒なことになりそうだ。
そう思いながらも、オリヴァンは諦め混じりのため息をついた。
「オリエ公子」
「……違う。おれはオリヴァンだ」
「お迎えに上がりました、オリエ公子」
いったい誰に、なにを言われたのか。
いつもなら騎士の真似ごとなどして見せない幼馴染が、硬い表情をしてオリヴァンの前で膝を折り、頭を下げる。
「やめろ、ノア」
そう言っても、ノアウルは顔を上げない。
「サリエ殿下がお待ちです。どうかお帰りください、オリエ公子」
頑ななノアウルに、出るため息の数も知れない。
これは父の仕業なのだなと、オリヴァンは顔を引き攣らせた。




