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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : きみの背中に花束を。2

ライラ視点です。





 ヴァリアス帝国には、天恵という神から授かりし力がある。それは属性を持ち、その属性が及ぼす力を操ることができるものだ。さらには、属性に分かれた精霊と契約することで、操れる力の幅も広がる。

 しかし、天恵には法則があった。ひとりの天恵者に対し、操れる属性天恵は一つなのである。ゆえに、天恵術師と呼ばれる天恵者は、火を操れる者ならば火術師、水を操れるものならば水術師と呼ばれた。

 だが、それらの法則から外れた者が、いないわけではない。稀に二つの天恵属性を持った術師がいる。本来なら持ち得ない二つの力であるから、そういう者たちは代償を求められていた。


 ライラはふたりほど、代償を求められて支払い続けている天恵者を知っている。




「え……北領の、砦が?」

「はい」

「そんな……っ」


 マルサムが慌てて持ち込んだその情報は、ライラをひどく動揺させた。手のひらが震えていると、自分でもわかる辺りは冷静ではあるものの、だからとて落ち着いてなどいられない。


「ノア……ノア、どこにいるの。お願い、ここに来て」


 ライラは座っていた椅子を離れ、どこにいるともわからない騎士を呼ぶ。無属性の天恵者である騎士は、皇族であるライラの声ならどこにいても聞こえるので、呼んでまもなく、どこからともなく姿を見せた。


「ライラ」


 なにもない空間から舞い降りたノアウルは、その顔に険しさを刻んでいた。

 ノアウルの天恵が空間を自由に移動できる力だと知っているライラは、いきなり現われたノアウルのその態度から、ライラがマルサムから聞いたばかりのことを既に承知したうえでここに来たのだと知ることができた。


「ノア、どういうことか教えてちょうだい」

「……おれも、詳しくは」

「どうして今まで教えてくれなかったのよ」


 ノアウルはライラの騎士だ。けれども、ふだんからライラのそばにいるわけではない。いつもはオリヴァンのそばに控える侍従であるので、先日のようにオリヴァンから頼まれなければライラのそばに始終いることはない。オリヴァンに頼まれなければ、その騎士服すら着用しない。


 ノアウルはライラの言葉よりも、オリヴァンの言葉を尊重させる騎士である。


「オリヴァンね。オリヴァンが、わたしに言う必要はないと言ったのね」

「それは……その」

「北領の砦はシェリアン公国との境目、オリヴァンが公主と対等に話せる友人であるから、砦の補修にオリヴァンが召喚されたのも頷けるわ。けれど……賊に襲われたとはなに!」


 怒鳴ったライラに、ノアウルはびくりと身を震わせた。けれども、怯えることはない。その透明感の強い碧い瞳を、まっすぐとライラに向けてくる。

 ああ、ここでも彼はオリヴァンの言葉を忠実に護り続けている。こうなることを、予測していた態度だ。

 そう感じられてならなくて、ライラは久しぶりの苛立ちに拳を握った。


「今すぐオリヴァンのところへ行きなさい」

「……行けません」

「お行きなさい!」

「行けません。おれはあなたをお護りするよう、命じられています」


 ああどうして、こんなにこの騎士は強情なのだろう。どうしてこんなに、寂しそうな瞳で自分を見るのだろう。

 湧きあがる苛立ちに、手短なところにあった扇をノアウルに投げつけた。


「行きなさいったら!」


 ライラは城にいる。

 多くの騎士に、護られている。

 それはライラが皇女で、国の象徴となるための刻印を背負っているからだ。

 けれども、オリヴァンにはノアウルしかいない。メルエイラという侯爵位を持つ貴族がそばで護ってくれているが、オリヴァンのその地位は国政に携わる者たちからは危惧されているがゆえに、積極的な護りを見せる貴族などいない。

 オリヴァンはライラの片翼であるのに、護ってくれる人があまりにも少ない。


「癇癪を起すだろうから、と言っていたが、本当に起こしたか」


 ハッと、その声に瞠目する。


「十五になろう淑女が、癇癪はやめておけ。嫌われるぞ」


 いるはずのない人がそこにいて、思わず息が詰まってしまう。しかも、ライラがノアウルに投げつけた扇は、その人が手に持っていた。


 サリエ・ヴァラディン・レイル・ヴァルハラ。

 ヴァルハラ公爵であり、皇弟であり、そしてオリヴァンの父たる人。


 ライラは慌てて姿勢を正し、頭を下げた。


「申し訳ございません、サリエ皇弟殿下。無礼を働いてしまいました」

「こらこら、皇女殿下がそう簡単に頭を下げるな。やめなさい」

「いいえ、無礼は無礼にございます。お許しください、サリエ殿下」

「継承権はとうの昔に放棄したんだがなぁ……どうして殿下と呼びたがるのやら……顔を上げなさい、ライレイ」


 そばに寄って来て、ライラの顎をそっと持ち上げたその人は、苦笑していた。


「どうせだからサリヴァンと呼んでくれ。父でもかまわないぞ」

「しかし……」

「オリヴァンの父としてここに来た。娘の暴走を止めるために、な」


 にこり、と優しく微笑むその顔は、まるでオリヴァンだ。もちろん父親であるから似ていて当然だが、仕草まで似ていられると錯覚を起こしそうになる。


「叔父上さま……」

「んー……おじうえ、ね。まあいいか。誰かおれを父上と呼んでくれないかねえ」


 少し寂しそうにライラから手を離した叔父、愛称でサリヴァンと呼ばれているその人は、息子であるオリヴァンが「父」と呼んでくれないと常から嘆く人だ。


「ライレイ、オリヴァンのことなら案ずるな。ラクやトゥーラの子どもたちが一緒だからな」

「ラクウィルと、メルエイラ候……?」

「最強だろう?」


 ニッと子どものように笑ったサリヴァンは、齢四十をいくつか越えているそうだが、自分の父の弟とは思えないほど、若々しい。未だ二十代でも通るだろう容姿をしているせいで、オリヴァンとの酷似度は半端ない。

 一瞬でも間違えてしまいそうだが、サリヴァンがまとう空気とオリヴァンがまとう雰囲気は天地の差がある。だからライラは見間違えることなどないが、父がオリヴァンに逢うとサリヴァンだと勘違いして抱きつこうとするほどなので、城ではこの親子を見間違える者が多かった。


「それにな、ライレイ。ラクの息子に天恵が発現する兆候が見られた。どんな天恵であるかはまだわからないが……場合によっては、ノアウルはおまえの許にいることになる」

「え……?」


 サリヴァンの唐突な言葉に、頭が一気に真っ白になる。


「ノアウルはおまえの騎士だ。おまえの、《天地の騎士》だ」


 ノアウルには、空間を自由に移動できる天恵がある。国境も問わない空間移動は、無属性の天恵だと教えられた。その天恵を発動できる者は《天地の騎士》と呼ばれ、皇帝のそばに必ず存在する古からの騎士だ。


「ノアは……わたしの騎士ですが……」


 ふだんからそばにいるわけではないけれども、ノアウルはライラの騎士だ。侍従としてオリヴァンのそばにいることが多いノアウルはむしろ、ライラの騎士というよりも、オリヴァンの騎士であると言ったほうがいいかもしれない。


 ノアウルは、ライラだけの騎士であっては、ならない。


「ノアはオリヴァンの騎士です、叔父上さま」


 蒼褪めながら、ライラはそれを訴える。


「わたしだけの騎士ではありません」

「おまえの騎士だ」

「違いますっ」


 ノアウルはオリヴァンの騎士なのだ。オリヴァンの《天地の騎士》なのだ。

 そうでなければ、ならない。


「わたしだけの騎士ではないのです! ノアはオリヴァンのそばにいるべき騎士で、オリヴァンの《天地の騎士》です!」


 声を大きくしたライラに、サリヴァンが一瞬だけ呆気に取られたような顔をして、そのまま背後の、棒立ちして戸惑っているノアウルを振り返った。


「嫌われたものだな、ノアウル」

「いやなこと言わないでくださいよ、サリヴァンさま」

「拒絶されてるぞ?」

「悲しい現実を突きつけないでください……うう、ほんとに悲しいし」

「可哀想に」

「泣きたくなるんで言わないでくださいっ」

「ライレイ、ノアウルが泣くから、あんまり虐めてやるな」

「サリヴァンさまのせいでしょ! ライラに責任転嫁しないでくださいよ!」

「報われないなぁ、ノアウル」

「だから言わないでくださいって!」


 ああもう、とノアウルが叫んだので、ライラはふたりのその会話に思わずきょとんとしてしまう。

 もしかして考え過ぎたのかしら、と思ったところで、ノアウルが蹲って泣きそうになっていた。


「あの……わたし、なにか間違えた、かしら?」

「……ノアウルはおまえの騎士だ」

「いいえ、オリヴァンの騎士です」

「それが間違いだ。いや、勘違いだな」

「……、え?」


 なにも間違えていないし、考え過ぎたわけでもない。なにが勘違いだと、ライラは小首を傾げる。


「ライレイ、《天地の騎士》がいなければその存在が危うい、などとは考えぬことだ」


 ハッと、ライラは息を呑む。

 ライラが考えていたのは、まさにそのことだ。《天地の騎士》たるノアウルが、オリヴァンの騎士であらねばならない理由である。


「だ、だって……誰もが、信じてくれないのだもの……っ」

「……なにを?」

「わたしはオリヴァンの婚約者よ。でもそれは、オリヴァンが片翼だからじゃないわ。それなのに、オリヴァンがわたしの片翼でなければ、誰もオリヴァンを認めてくれないのよ」


 言っているうちに、胸が詰まってくる。


「オリヴァンはわたしの片翼よ。わたしと同じ……その背に、刻印を持つ者よ」


 言ってから、ぎゅっと手のひらを胸の前で握る。


 ライラには、刻印がある。

 国花ルーフを模した紋様の刻印が、背に刻まれている。

 その刻印は、ノアウルのマントにも描かれている紋章だ。

 その刻印を、皇帝の天恵、と誰もが呼ぶ。或いは国主の天恵とも、呼ばれている。

 だからライラは皇位継承第一位であり、将来的には父の跡を継ぐことになっている。

 そして、ライラと同じ刻印を、オリヴァンもその背に刻まれていた。


 ゆえに片翼。


 ライラの右背の刻印、オリヴァンの左背の刻印、まるで翼のように印されているから、そう呼ばれている。

 いや、呼ばれなければならなかった。


「皇帝国主の天恵は、本来は一つであるべきだと、皆が言うわ。分かれるのはおかしいと、どちらかが偽物だと言うわ。そのどちらかを、皆はオリヴァンにしたがるの」

「……そうだな、ライレイ」

「違うわ! わたしの背にあるものは、刻印だけよ。力なんてないわ。あるのはオリヴァンよ。オリヴァンは偽物なんかじゃないわ!」

「ああ、そうだな。あれも、国主だ」

「そう言ってくれるのは父上と叔父上さまだけよ!」


 誰もわかってくれない。オリヴァンに、皇族にあるべき天恵があるのだと、誰も信じようとしない。現皇帝の娘であるライラが正当なる後継者だと、誰もが口をそろえて言う。


 わたしは片翼なのに。

 オリヴァンがいなければ、自由に飛ぶことなどできないのに。


「皆……皆、オリヴァンを殺そうとするの……っ」


 飄々として、そんな身の危険など感じさせないオリヴァンが、どれだけ命を狙われているか、知らないライラではない。一時期はその威力が強くて、属国たるシェリアン公国に避難したくらいなのだ。


「やめて…っ…わたしからオリヴァンを奪わないでっ」


 ライラはオリヴァンが好きだ。昔から、オリヴァンだけが、ライラの心を満たす。それは片翼だから、ということだけには収まらない。オリヴァンだから、ライラは恋い焦がれているのだ。片翼だから、というのは、ライラにとって後づけにもならない。

 けれども、オリヴァンが片翼でなければ、誰もオリヴァンを認めてくれない。信じてくれない。


 皆が、オリヴァンを排除しようとする。

 ライラから、奪おうとする。


「わたしのオリヴァンなの…っ…お願い、やめて」


 悲しくて、泣きたくなって、ライラは両手で顔を覆うと蹲った。部屋の隅ではらはらと見守っていたマルサムの「姫さまっ」という声が聞こえたけれども、反応できなかった。


 ただ、サリヴァンの深い、深いため息は、耳に届いた。


「ノアウル、オリヴァンのところへ飛べ」

「で、ですが」

「おまえが行かぬならラクを飛ばす。ああいや、初めからラクを飛ばしたほうがいいな。ツァインを連れて北領の騒動を鎮静化させたほうが早い」

「おれが行きますっ」

「おれに、おまえが未熟だと判断させた結果だ。従え」

「……っ、サリヴァンさま」

「今のおまえには、オリヴァンもライレイも護れない。あまりおれを失望させてくれるな、ノアウル」


 サリヴァンの冷やかな、そしてきつい言葉が、ノアウルを責める。

 なぜノアウルが責められるのかと混乱しかけたライラだったが、乱れた心ではノアウルを庇うことすらできない。


「ライレイ」


 呼ばれて、びくりと肩が震える。

 ノアウルを責める声はひどく冷たかったのに、ライラにかける声は、とても優しかった。


「森の離宮においで」


 そう言ったサリヴァンは、ぽん、とライラの肩を撫でると、部屋を出て行った。とたんにマルサムが駆け寄って来て、その肩を抱く。


「姫さま……」


 ライラはゆっくりと、両手で覆っていた顔を上げる。マルサムの心配げな顔と、そして悔しそうに項垂れたノアウルの姿が見えた。


「……ノア」


 呼ぶと、ノアウルはハッと顔を上げ、泣きそうになっているのに笑った。


「サリヴァンさまに叱られちゃいました。情けないですね」

「ノア……」


 なぜそんな顔をしているのだ、と言いたかった。言う前に、ノアウルがし背を正す。


「森の離宮へご案内します」


 そこは、サリヴァンと、サリヴァンが許した者しか、踏み入ることができない場所だった。







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