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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
104/170

Plus Extra : メルエイラ末弟事情録。追記。

サリヴァン視点です。





 ばさりと乱暴に、束となっている紙が机に置かれる。乱暴に扱われたそれは整頓されていたのに乱れ、それまで綺麗に整えられていたほかの書類にも影響を与えた。


「丁寧に扱え」

「それほどのものじゃないから」


 ふん、と楽しげに鼻を鳴らしたツァインは、睨むように見上げたサリヴァンに肩を竦めると、机の向かいにある長椅子に腰かけた。


「……なんだ、これは」

「僕とトゥーラが調べたものだよ」

「調べた?」


 なにを、と首を傾げれば、聞いたことのある家名を乱暴に扱われていた紙束に見つけた。


「オル・ブラグフラン……?」

「善行なるブラグフラン伯爵の、裏事情ってところ。まあ、暇なときにでも読んで。きみが読み終わる頃には終わっているだろうから」

「事後報告にするな。説明しろ」

「いやだよ、面倒な」

「ツァイン……」


 面倒だ、邪魔だ、それだけですぐ動いてしまえるその行動力には目を瞠るが、それだけで動かれてしまうのもなにかと厄介だ。

 事後報告しかされないのも問題なので、ツァインが持ってきたそれを先に読もうと、サリヴァンは手を休めて紙束を持った。


「機械業に手を出しているのは珍しくもない、が……ふぅん、反皇弟派、ね。いつのまにそんな言葉が生まれたのか……それで、カルディナ家の力を借りたのか、ツァイン」

「そのためのフィジスだからね」

「……申し訳ないことをさせているな、おまえたちには」


 苦笑すると、なにが、と言わんばかりに首を傾げたツァインが、視界に入る。

 相も変わらず、ツァインは自分を道具のように思っている。自分以外にも、道具と成り得るものすべて、利用しまくっている。なんて男だ。


「これから、どうするつもりだ?」

「あとは勝手に崩れると思うよ。今、機械業でカルディナ家に敵うところは、いないからね。いや、そもそもこの皇都で、カルディナ家に敵う商家なんてないね。吸収されたらお終いだよ。残るは……」

「残るは?」

「トゥーラのお嫁さんを、最終的にいただくだけかな」


 ツァインの弟の名を聞いて、その顔が脳裏に浮かぶ。

 基本的にツェイルと顔が似ているトゥーラは、しかしツェイルにはない気の強さがあって、いつも睨まれてばかりだ。なぜ睨まれてばかりなのか、その理由はわかっているが、嫌われ続けているのは少し居心地が悪い。


「嫁、ねえ……」


 先日、ツェイルを返せと言われたとき、サリヴァンは確信したことがある。だから嫌われているのかと、睨まれてばかりの理由も確認できた。


「ああ、やっと気づいた?」

「気づくもなにも……あれほどわかり難い奴はいない」

「そうかな? けっこう素直な反応だと思うけど」


 目の前のツァインが、わかり易いというよりも隠す気がない行動を取るから、トゥーラのそれは影に隠れてしまうのだ。

 ツェイルと結婚して四年、漸くサリヴァンはトゥーラのそれに気づくことができた。


「トゥーラはねえ、ずーっと、ツェイルが好きなんだよね。ツェイル以外は見えていないから、すっごく視野が狭いんだよ」

「そのようだ」

「わが弟ながら、情けない。まあ、今回のことでだいぶ揉まれたと思うから、少しは視野も広くなっただろうけど」

「……なにかしたのか?」

「ん、殴った」

「なぐ……、は?」


 どこに繋がりがあるのかわからないツァインの発言に、サリヴァンの目は丸くなる。


「傷だらけの血だらけにしてやった。懲りたと思うよ」

「懲りたって……そういう問題か?」


 そこまでやる必要があったのか。そもそも、なぜそこまでやったのか。


「あれは甘ったれなんだよ。視野が狭いから、なおさらね。僕やツェイルみたいな戦いも経験してないし、言わば温床の中で育ったから」

「あ、いや、それはそうかもしれないが」

「稽古以外で自分の血も見たことのない奴が、ツェイルを護る、なんて……バカが言うことだよ」

「……きついことをよく平気で言えるな」

「それくらい考えが甘いんだよ。だから殿下も、遠慮なんか要らないんだからね」


 遠慮というか、それすらできないくらい、嫌われているのだが。その隙すらないのだが。


「あれにツェイルを護る資格なんてない。そう思ってかまわないから」

「思うもなにも……もうこれ以上、メルエイラの者たちを関わらせるわけには」

「侍従長にシュネイを奪われたのだけれど」

「あ……」


 それはいつのまにか、勝手に、そうなっていただけだ。気づいたときにはそういう雰囲気になっていて、いいのだろうかと考えているうちに婚約していて、そうして唐突に「そろそろ結婚する」とさらりと報告されたのだ。それに、ラクウィルの楽しそうで幸せな顔を見たら、やめろなんて言えるわけもない。


「ま、いいけどね。シュネイも甘ったれだけれど、あれはあれで、テューリと同じように、分を弁えている子だから」

「……すまない」

「べつに殿下に関わらせたくないってことじゃないよ。侍従長が気に入らないだけだから」

「ラクならシュネイ嬢を幸せにする」


 そう言ったとたん、ツァインの顔が歪んだ。


「はん……可愛い妹たちを掻っ攫っていく男どもの言葉なんぞ、信じられないね」


 それは兄の顔で、妹たちを可愛がるあまりの、不機嫌な姿だった。


「エーヴィエルハルトはまだいいほうだけど、あの笑顔は胡散臭いし」


 おまえの笑みも充分胡散臭いが、と思いつつも口にはしない。


「殿下は言うまでもなく、ひ弱だし」


 むかっときたが、抑えておく。


「侍従長は博愛的過ぎで、信じられたものじゃないし」


 まあそれはわかる気もするが、とそこは賛同しておく。だがラクウィルがいてこそサリヴァンはこうして生きているので、ツァインにはそれをわかって欲しかった。


「ラクがいなかったら、おれは確実に今ここにはいないぞ」

「そう、そこが困るところ。僕らメルエイラは殿下を護るために在る。それなのに、護り切れなかった。侍従長がいなかったら、僕らは今頃どうなっていたか」


 少しはラクウィルをわかってくれているらしい。

 もしかしたら、だから気に入らないと思っているのかもしれない。


「あれ……そういえば、侍従長は?」

「ん? さっきまでそこにいたが……」


 ラクウィルはあくまで侍従であるから、サリヴァンの補佐をするといっても散らばった書類を整頓したり、部屋を掃除したり、休憩の用意をしたり、身の周りの細かな世話をするだけなので、動き回る文官たちとは違う。なので、先ほどまでお茶の用意をしていたはずだった。


「僕が来たときにはいたけど……茶器はそのままだね」


 ツァインと話し始めてから姿を消した、ということは、天恵でどこかに飛んだのだろう。予告もなく姿を消すなんて、珍しいことだ。


「シュネイ嬢の声でも聞こえたのか……?」

「それそれ。どういうことなの?」

「いや、ラク自身もよくわかってない。ただ、聞こえるらしい。シュネイ嬢の声が」

「天恵?」

「猊下に訊いたが、確かにそんな天恵は存在するらしい。それでも、ラクにその天恵があるわけではないようだぞ」

「愛の力とか言ったらぶっ飛ばすよ?」


 危うく言うところだった。

 う、と言葉に詰まって、どう誤魔化すか考えようとした、その矢先のことである。


「……、ツェイ?」


 ツェイルの声が、聞こえた気がした。


「ちょっと、僕の真似しないでよ」


 すぐに反応を返してきたツァインが、座っていた長椅子を離れる。


「どうやら侍従長は、ツェイルのところに行っていたみたいだね」


 と、ツァインが言った瞬間、視認するよりも早くその声が、耳に届いた。


「サリヴァンさまぁあ」


 という、ツェイルの泣き声だ。そのすぐ、大泣きするツェイルを抱えたラクウィルが、ふわりと目の前に降り立った。

 思わず、目がまん丸になる。

 なにごとだ。


「どうした」

「いやねえ、なんっか聞こえるなぁと思って、行ってみたらこれで……どうしたんでしょうね?」


 困ったように笑ったラクウィルは、机を回ってサリヴァンのところに来ると、盛大に泣くツェイルをサリヴァンの膝に下ろした。

 とたんに、ツェイルがしがみついてくる。


「サリヴァンさまぁ……っ」


 ぎゅうぎゅうとしがみついてくるツェイルの顔は悲惨なほど涙に濡れていたが、必死にしがみついてくるその力と、自分をひたすら呼ぶ声に、サリヴァンの頬は緩む。


「どうした、ツェイ」


 わんわん泣くツェイルは、サリヴァンの問いには答えられないほどであったが、それでもかまわなかった。

 可愛い。

 たまらずきゅっと抱きしめて、ぽんぽんと頭を撫で、背中を撫でた。


「おれが行ったときにはもうそんな状態で……すごく面白いことになってましたよ」

「面白い言うな」

「だって面白いでしょ? 顔、悲惨ですし」

「ラク」


 茶化すラクウィルを諌めて、とにかくツェイルを宥めるため、膝に抱いたまま背中を撫でる。

 漸く落ち着きを見せても嗚咽は止まらず、サリヴァンにしがみつく腕の力も弱まらなかった。


「うーん……犯人はトゥーラかな」


 と、苦笑したツァインが顔を覗かせて言った。


「トゥーラが?」

「ツェイルの精霊がそう言ってるって、僕の精霊が言うんだから、そうだろうね」

「……なにがあったんだ」

「まあ、予想はできるけどね」

「なんだ」

「爆発したんでしょ」

「ばくはつ?」


 うーん、と顔を引き攣らせたツァインは、なぜか少しずつ後退していき、部屋の扉に背中をくっつける。


「ほら、僕が殴ったから」

「懲りさせたから、なんだ?」

「つまりそういうことだよ」


 と、ツェイルに視線を向ける。


「は?」


 意味がわからない。


「ツェイルのこと、押し倒したかも」

「……、んなっ?」

「ごめんね」

「ツァイン!」

「僕からもあとで制裁を加えておくから、じゃ!」


 くる、がちゃ、ばたん、とあっというまにツァインは逃げた。

 つまり、ツァインがトゥーラにしたその結果が、ツェイルに影響した。ということだ。

 ツェイルが泣いていようものなら怒り狂ってもおかしくないツァインであるから、この場を逃げたのは、それくらいトゥーラにしたことはきついものだと自覚があるからだろう。

 なんて男だ。


「どれだけひどい仕打ちをしたんだ、ツァインは」

「トゥーラに、ですか?」

「ああ」

「んー……どうでしょう? それもあったんでしょうけど、あの場の雰囲気はちょっと、違いましたよ?」

「違った?」

「なんというか、こう……姫を責めていたような」


 まだしゃくり上げているツェイルを、ラクウィルはサリヴァンと同じようにぽんぽんと、頭を撫でる。


「切羽詰まらせたのはツァインでしょうが、それでも、爆発したというならそれが本音かもしれないわけで」

「ツェイを、責めた? なにを?」

「そりゃあ……トゥーラは、あれでしょ」

「あれって?」

「姫が好きでしょ」

「気づいていたのか、ラク」

「ええまあ。サリヴァンに好戦的だったので」


 サリヴァンにはわかり難かったトゥーラのそれは、やはりツァインが言うように実はそれほどまでに素直な反応だったのかもしれない。


「しかし難儀なことですねえ、ツァインも、トゥーラも」


 きょうだいに恋するなんて、とラクウィルは苦笑する。


「だが、責める相手が違う」

「いや、間違っているわけではないと思いますよ。トゥーラにしてみたら、姫は絶対なんですもん」

「絶対でもなんでも、言いたいことがあるならおれに言えばいいんだ」

「そんな難しいこと、できるわけないでしょう。サリヴァン、あなたはトゥーラからしたら、絶対である姫を横から掻っ攫った悪人なんですから」

「悪人って……」


 だってそうでしょ、と言われたら、返す言葉もない。


「そういう事情があって姫を責めて、まあ泣かせたと……そんなところですかね」

「……おれに言えばいいのに」


 横から掻っ攫った、なんて、思ってはいない。出逢うべくして、出逢ったのだ。

 サリヴァンには、ツェイルという存在が必要だった。剣になると言った、小さな少女の生きる姿に、その美しさに惹かれた。

 サリヴァンに、生きたいと思わせたのは、ツェイルだ。

 やはりトゥーラは責める相手を間違えたのだ、とサリヴァンは思う。


「ツェイ、ツェイ……もう泣かなくていい。おれがいる」


 深く抱き直して、閉じ込めるように、腕に力を込める。

 サリヴァンにすべてを預けてくるツェイルは、いくらか落ち着いたとはいえ、それでもまだ涙は流していて、このままでは枯れてしまいそうだった。


「ツェイ、だいじょうぶだ。おれがいるんだから」


 囁けば、頷きが返ってくる。声は届いているらしいとわかると、ほっとした。


「サ、サリ、サリヴァ、さま……っ」

「ああ。おれだ。おまえの、サリヴァンだ」

「サリ、ヴァ、さま……っ」


 ここまで泣き続けるツェイルも珍しい。こんなふうになるまで、どれだけ責めたというのか。

 そう思うと、むかむかとしてくる。


「ぶん殴ってやる」


 一発でもいい。殴れるものなら、殴ってやる。

 そう心に決めた。


「どこでそんな言葉憶えてくるんですかねえ」


 というラクウィルのため息は、決意したサリヴァンには聞こえていなかった。







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