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03-04 仕事受注

 3-4


 昨日は私と受付の女性、それに厨房の男性しか姿がなかった食堂だが、今朝は複数の利用者の姿があった。


 見られるのは主に男性で、それもがたいの良い男性ばかりだ。昨日のグラウンドには若い男性が多かったが、今此処にいるのは比較的年を取ったものが多い。年代的には30代前後、中にはもう少し年配の者もいる。


 肉体労働者の集団、に一見みえたが、にしては皆比較的身なりが良く、髪も整って全体的に清潔感があった。体形的にも均整の取れた痩せマッチョが多かった。脂肪を落としただけの似非マッチョではなく、現実的に活動できるだけの肉量を備えた、引き締まった尻に腹、分厚い胸板と頑丈な肩を持った男どもだ。


 中でも特に、品の良さそうな一人の中年の男性が目立った。


 彼は軽い普段着ではあるが、ちょっとしたスーツのような恰好をしていた。ウール地と思われる灰色のジャケットは綺麗に手入れされており、布地も厚く、寒い朝でもとても暖かそうだ。薄い灰色の髪は老髪ではなく地色のようだ。もみあげや襟首はまるでモデルの様にセットされており、かなりダンディで格好が良かった。口髭も整って、まるでロマンスグレーの俳優みたいだ。洒落た格好だが、しかし胸や胴、首の肉は厚く、貧弱そうな雰囲気は全くない。


 別の席のひときわ体の大きな男性は、身長2m以上はありそうだ。筋肉は隆々、しかし無駄に肥大化はしておらず、健康志向のボディビルダーのような体つきは程よく日焼けして赤く、ざらついた肌も荒々しい。髪を切ったばかりなのか、角刈りの首筋だけが少し白かった。それは周りの何人かもそうで、おかげで彼らは皆清潔そうに見えた。

 凛々しく吊り上がった眉は男らしく、それに対しややたれ下がった目の組み合わせは甘いマスクのイケメンで、女にモテそうで少しだけイラっとした。山盛りの野菜入りスクランブルエッグをスプーンでばくばく食べていた。


 他にも目立つのは何人もいたが、皆一般人というにはどれも一癖も二癖もありそうな見た目をしていて、かなり面食らった。誰一人として堅気の雰囲気ではない。ここはマフィアの集会所か何かだろうか。

 刺さる視線を感じつつも、私はそんなやくざ者の間を縫って入り、カウンタの端の席に座った。


 パンと塩スープ、それに野草の盛り合わせサラダを頼んだ。上等なベーコンがあるそうなので、それもお願いした。


 待つ間、フードの奥から周囲を観察する。何人かの客は、遠慮なくこちらを観察していた。

 見られてやや恥ずかしいが、別に悪事はしていない。出された水を木のジョッキで煽り、私も周囲の男どもと同じく、堂々と席に付いていた。


 食事を待つ最中にも出入りが多く、しかし入ってくるのはやはり男性ばかりだった。

 外から食堂に来るもの、隣の受付から食堂にやってきて仲間と合流するもの等、みな仕事を受けに来て、ついでに食事も取っている、といった感じだ。


 ただし、食事を取っても殆どの者は水とパン、パンは一番安いものに、自前のチーズや野菜、干しぶどうなどを齧っているだけだ。まともに食事をとっているものは数人しかいなかった。昨日は値が安いと思ったが、物価的にはやはり値が高いのだろうか。


 私が入店した時間が最も人が多かったみたいで、徐々に人は減っていった。ざっと数えて、のべ30人程度だろうか。店内のサイズ的にはもう少し余裕はありそうだったが、これが多いのか少ないのか、よくわからない。


 頼んでいた注文が届き、私も朝食をとる。周囲の視線が怖いので、フードは少しずらしただけで完全には外さずにしておいた。

 パンは昨日と同じもの、塩スープは玉ねぎ入りで、コショウが少々、ベーコンは厚切りで歯ごたえが良く、塩みの利いた脂が美味しかった。

 野草盛り合わせは苦く、ほとんど雑草の盛り合わせで、あまりおいしくなかった。タダみたいに安いし、食用野草の勉強にはなるかもしれないが、多分二度と頼まない気がする。


 食事が済み、人の出入りが落ち着いたころを見計らって隣の受付に向かう。

 昨日と変わらず、やはり印象が歯医者の受付のような場所だ。しかし昨日と違って今は受付に人が並び、まさに営業中といった雰囲気だ。昨日は、ひょっとしたらまともに仕事していない場所かも知らんと感じていたので、こうした姿を見てすこし安心する。

 空いた席に座って、列が消えるのをのんびり待つ。

 壁際のボードには、昨日はなかった張り紙があった。


 魔法使い募集!

 仕事内容:森林開拓の補助!

 期間:要相談!

 給与:能力に応じ要相談(高給保証!)

 長距離の攻撃呪文、広範囲の索敵、水の生成等の技能者優遇!

 詳細はギルド出張所、中央支店まで!


 ぽつんと張られたビラは新しく、インクのにじみも鮮やかだ。書かれてから1時間も経っていないのではないかと、私はなんとなく思った。


 一見すると体裁はそれなりに整っているが、読むと内容が結構雑だ。字はそれなりに綺麗だが、用語や文法などに違和感があり、非魔法使いが書いた文面のように思えた。


 受付を見ると、昨日の金髪美人の他にもう一人、小さな女の子が立ち回って列を捌いていた。受付口は一つだけなので、女の子は列に並ぶ者へ直にやり取りしたり、待合席に行って話の確認をしたりしていた。

 栗色の髪を後ろで束ねた、10かそこらの年齢の子供だった。濃い茶色の肌、健康で元気そうな少女だ。魂の記憶で言うならば、インド・アーリア系の人種に近いのではないかと思った。

 零れ聞こえる少女の言葉や立ち振る舞いから、推定:14歳ほど見積もる。その割に背は低く、今の私より更に頭2つは小さそうだ。

 受付の奥には更に何人かいる気配があった。しかし勘で、ビラはこの小さな栗毛の子が書いたような気がした。


 受付で処理された者たちが、ちらちらと私を見ては去っていく。

 一人ぐらい声をかけてくる者がいるかなと思ったが、そんな事もなかった。


 列が消えるまで、大して待たなかった。


 並んだ者たちがいなくなると、私が向かうまでもなく金髪の女性がこちらを見て微笑んだ。彼女は奥に声をかけ、席を外れて私の方へやってきた。


「お待たせしました。ドロップさん」


 声を掛けられ、私はフードを外した。

 女性は昨日と同じく、朝から可愛いかった。しかしその笑みにどことなく不穏なものを感じた。

 彼女の今朝の服装は昨日と同じだが、インクで汚れないようにエプロンを付け、腕にもアームカバーを付けていた。

 手には書類閉じとペン、それとなぜか、彼女は中身の入っていない小さなカンテラを持っていた。


「マーシャさ~ん、準備できましたよぉ」


 食堂の方から、先まで動き回っていた栗毛の子が声を掛けてきた。金髪の女性が「ありがとう」と返事をし、私を促して私達は共に食堂の方へ移動した。


 食堂は先までと少しだけ机の配置が変えられ、カウンタの傍には栗毛の子がお盆をもって待機していた。


 私たちは角のテーブル席に着き、話を始めた。


「改めて、ご紹介させていただきます。本日より正式にドロップさんの対応をさせていただきます、ギルド中央支店、支店長のマーシャと申します」


 金髪の女性はマーシャと名乗り、深々と頭を下げた。


「無位無官の錬金術師、今はドロップと名乗っています」


 私も応え、こちらも深々と返礼した。


「早速ですが、昨日お話を受けてから、いくつかお仕事を見繕わせていただきました」


 そういうと、マーシャさんは書類閉じから計3枚の用紙を外し、それらを机の上に並べた。

 並べられた葉書サイズの用紙には枠や書式が刷られていて、空欄部分には彼女の女性的な筆跡で細かな情報が記入されていた。

「失礼します」と、栗毛の子が湯を持ってきてくれた。湯はほんのり色付いており、葉を炒ったような香ばしい香りがした。何かの茶だった。

 私は礼を言い、茶に軽く口を付けた。ほうじ茶の様だった。


「まずこちらですが、訓練場の整備作業になります」


 用紙の詳細に目を通しつつ、説明を聞く。

 場所はここの直ぐ表にあるグラウンドのようだ。

 路盤工や土砂の搬入・搬出などはなく、表面の凸凹を修正するだけの、本当にただの地ならし工。期間は10日、報酬は800デュカト。


 私は今朝散歩したグラウンドの様子を思い出し、軽く試算する。

 私の見積もりでは、作業員10人が半月もかければ、あのグラウンドは整備出来るだろう。一人日当2万円として、10人×10日で200万円。800デュカトは円換算で推定:約80万程だから、発注としてはかなり安い。

 しかし土木系の中級魔法使いであれば、3日もあれば普通に終わる仕事だ。丁寧に作業しても、多分一週間もかからない。肉体労働系ではあるが、即日で受けられる一日あたり20万円の報酬と考えればかなり割のいい仕事だ。中級術師レベルの仕事としては買い叩きも過ぎるが、一応、利益は出る。

 説明には幾つか注意事項などもあったが、どれも仕事としては普通、というかかなり大雑把だった。ISO規格などもない。荒野の開拓農家が適当に畑を拡張します、という程度の雑な管理基準だった。報酬が安いのはその所為だろうか。よく分からない。


「次は、物販関係になるのですが……」


 次なる提案は、販売業だった。

 ギルドの在庫品を私が安く買い取り、自分で勝手に売る。

 要は小売りだ。訪問販売、ボテ振り、露天商ともいう。

 この街では不動産の固定店舗さえ持たなければ販売許可も必要なく、一定規模以下、規制品を除けば個人で自由に売り買いして良いらしい。

 品は主に洗剤で、他にはインク、照明用の油、雑用紙など。どれも錬金術師の基本にして定番商品である。ギルドから素材を安く卸すので、自分で加工して販売も自分でしろと、そういう紹介らしかった。

 天秤棒を担いで、呼びかけをしながら町中を練り歩く自分の姿を、私は想像した。

 実際の所、昨日売って貰った石鹸やろうそく等、私であればより上質な物が出来ると感じていた。加工の手間もそうかからないだろう。

 衣類用洗剤などは、いちいち揉み込み・撹拌するのではなく、付け置き洗いで済むレベルのものが欲しかった。魔術師用の髪用洗剤などもどうせ自分で調合しなければならなかったから、加工品とはいえ、素材を安く卸してもらえるのは有難かった。

 しかし、それで商売が出来るかといえば、話は別である。


 どんなに良いものを作っても、需要と供給がかみ合わなければ物は売れない。そもそも現在売っている品だって、上等とは言えないが質はそれ程悪くないのだ。リサーチも出来てない今の段階では、販売予想もままならない。

 それに販売許可は不要といっても、実際に売って回れば何かしらの障害はあるだろう。既得利権者の妨害に、やくざのみかじめ、品質・在庫管理に泥棒対策。倉庫の使用料や管理に躓けば、儲かるのはギルド側だけだ。

 正直、これはある程度組織だった団体で行う商売で、最低でも数人規模で回さないと運用出来ないと感じた。

 経験豊富で腕の良い商売人なら取れる仕事かもしれないが、私には不向きだろう。


 最後に紹介されたのは、今居る此処、ギルド支店の受付横、通称ギル横食堂の厨房作業である。

 錬金術師は素材の加工もするし、もちろん調理じみた事もする。本職の調理人には及ぶべくもないが、錬金術師の中には料理を専門に研究する者がいなくもないから、そう的外れでもない仕事だ。

 しかし、給与は低い。

 雇用形態がバイトであることは気にしないが、この金額では生活のために働き続けなければいけなくなる。

 私は金を貯めて、出来るだけ早く自分の研究環境が欲しかった。数年は金策に費やしてもいいが、この報酬では何十年かけても生きるだけで精一杯になる。


 3つの案件をざっと見で、これらは旅の錬金術師向けに絞りつつも、その中でもジャンル、技能程度、規模、価格帯を程よく振っているのだと感じた。

 てっきり私は農地の見張りや整備、荒野の兎・はぐれ小鬼の討伐任務などが回されると思っていただけに、このラインナップは意外だった。

 しかも、これらはもし失敗したとしても、どれも影響がギルドで収まる範囲内だ。ここで仕事の出来を確認し、信用できるようなら他の業務を紹介すると考えれば、納得の並びだった。

 畑の見張りの駄賃として、作物を盗み食いする無法者、下手に獣の巣穴を突いて荒野のテリトリーを引っ掻き回す馬鹿な若者などもいる。私がそうでないとは誰も証明できない。

 これらの仕事を依頼した翌日に準備したとして、マーシャさんはかなり有能ではないだろうか。


 選択としては実質グラウンド整備しかないので、私はそれを受注した。

 賃上げ交渉をしてもよかったが、ここまで彼女は一日、実質一晩で準備してくれたのだから、私は満足していた。


 仕事は6日後から始まり、目標10日、遅くとも二週間=14日以内には作業を完成させなければならない。完成検査後に全額支払い。納期が遅れた場合は報酬が下がる。違約金は無い。

 前金や道具の貸し出しは無く、必要書類もない。終わったらマーシャさんに報告して見てもらい、それで問題なければお金をもらって終わり。

 規模こそ大きいが、形態はほぼお手伝い・お小遣い制である。こんな可愛い仕事のやり取りなど、幼い子供の頃以来だ。


 仕事の話がまとまり、受注書という名の用紙にサインをして話は終わる。

 かと思いきや、なぜか、机の上にカンテラが置かれる。

 互いに見つめ合う、少し無言の間があった後、マーシャさんは銅貨を一枚、カンテラの横に置いた。


「もし宜しければ、このカンテラに明かりの魔法を頂きたいのですけど」


 妙な願いに少々面食らったが、別に断る必要も感じなかった。私は置かれたカンテラに「明かりの魔術」を施して、彼女の差し出す銅貨を受け取った。ずっと握りしめていたのか、硬貨はほんのりと生温かかった。

 マーシャさんは顎を上げた前かがみの姿勢になって、火の灯るカンテラの中を覗いている。

 彼女の青緑色の瞳の先では、簡略詠唱で灯した「明かりの魔術」が、温かみのあるオレンジ色の光で小さく揺れていた。

 白く、揺らぎのない「ともしびの魔術」と違い、こちらの明かりは揺らめく光も色合いも炎っぽくて、実際、この魔術の明かりは手を差し込むと少し暖かい。流石に火傷するほどの熱は無駄なので持たなかったが、見た目だけは実際の炎とかなり似ていた。

 彼女は暫くカンテラを見ていたが、怪訝そうに眉をしかめて「……ひょっとして、明かりの魔術を複数お使いになられますか?」と私に尋ねた。

 複数、というか、照明関係の魔術は基礎の基礎なので、光量も明度も色彩も、自由に使うことが出来る、と私は答えた。

 マーシャさんは、再び例のにこにこ笑いに戻ると、


「では、仕事始めには一言お声がけください。先に失礼させていただきますが、本日はありがとうございました」


 といって、彼女は書類とカンテラを胸の前に持つと、受付の方へ戻っていった。

 私は「一体、何だったのか」と首を傾げつつも、ギルド支店を出て、西にあるという商店街へ向かった。


「蜘蛛の巣商店街」、という看板のある通りに出た。

 看板は古く、デザインも今の街並みにあっていない。かなりレトロな、オールドマジックな雰囲気があった。

 初期の商店街にあった魔法店、その面した通りを元々「蜘蛛の巣通り」といったらしいが、街が発展するにつれて通りに他の店が増え、区画整備で道が変わり、今では元の名称も消えて、今ではここは通称「兎横丁」という商店街の一角となっている。横丁ではないのに横丁呼びするも、そこらへんに由来しているらしかった。マーシャさん情報である。


 食料品なども欲しくはあるが、本日のお求めは衣料関係である。

 私は予備の服を求め、服屋を探したが、店が布地と仕立て屋、後は古着屋しか見当たらない。布地を買うか、古着を直すか悩んだ。肌着は布を買って自作し、予備の服は古着を直すことにした。適当に見繕う。

 安い生地は布地が硬く、良いものは価格が高い。綿と麻、羊毛が多く、毛皮なども比較的安く売られていた。シルクはなかった。スパイダーシルクはあったが、並ぶものの中でこれが最も高価だった。予算的に、綿の生地と古着を数着買う。

 本当は靴も欲しかった。手持ちにはブーツもサンダルもあったが、一足づつだったし、短靴、出来れば運動に向いた斥候靴(≒運動靴)が欲しかった。ブーツ、サンダル共に店売りの品ぞろえは充実していたが、手持ちのものと比べると見劣りした。中古のブーツは水虫が怖く、触らなかった。短靴に関しては店の品ぞろえが少なかった。文化的に短靴を履かない、または靴として足りない、劣ったものとして扱っている様子が伺えた。


 今は誰も呼ばない「蜘蛛の巣商店街」の元となった魔法店、「蜘蛛の巣魔法店」を見つける。

 なかなか風情のある魔法店で、表のインテリアセンスがいい。蜘蛛のスパイダーネットをモチーフにした店構えだが、掃除はきちんと行き届いて、実際に蜘蛛の巣が張ってあったりはしない。艶を消した渋い金属看板が扉に打ち付けてあるのがなかなかにイケている。


 扉を開けると魔法のドアベルが「ちんちん」と鳴った。ダークウッド調の狭い店内には天井まである木製棚、書籍や鉱物資料、ラベルの張られた金属缶などが所狭しと並べられている。

 立ち並ぶ棚のせいで店内の視界は悪く、店員の姿も見えない。が、室内の数か所から魔術の視線を感じた。魔術的に監視されているのだ。視界は死角を潰すように配置されており、これでは万引きなどは出来ないだろうが、魔力感知能を持つ身としては居心地はあまり良くなかった。店のマナーとしても、少し微妙だと感じた。

 価格調査と、あと出来れば簡単な杖でも入手できれば、と思っていたが、並ぶ品はどれも値が高かった。ガラス容器にパッケージングされた小さな木のワンドに、何万デュカトという値札が付けられている。思わず目を疑い、嘘だろうと思った。

 原価の十倍、百倍というレベルではない。たかが木の枝に大金貨何十枚、高級車数台分の価格付けである。隣に並んだロングスタッフなどは億単位の値付けで、これは売る気がないなと早々に理解する。

 質はまあまあ良さげだが、杖はそこまで値が張るものでもない。何より品数が少なすぎる。売れはしないけど、魔法店とは高級店なのだということを示すための、これは一種の箔付けなのだと思う。


 そうかと思えば、棚などに置かれていない、床に箱置きの品は低価格で、かなりのお手頃だった。手に取りやすい小棚に置かれた風邪薬に傷薬、消毒薬に軟膏、非血清の毒消し、下痢止め薬なども、質が良さげな割に常識的な価格帯で並べられている。薬の置き方としてはどうかと思うが、ここはただ高級品を並べてふんぞり返っている店、という訳でもないようだ。

 長く続く店にはそれなりの理由がある、という事か。


 抗生物質や血清類、混合火薬や特殊合金の(ジャンク?)パーツなどもあったが、基本的には高い値付けだった。安いものは品質が微妙だった。だが、手の届かない値段ではない。

 今の私が望む品はないようなので、何も買わずに店を出る。

 ギルドでも簡単な薬なら購入できるし、取り寄せもしてくれると聞いている。そちらでは手数料などを取られるから、ここで直に買えば多少は安くなるかもしれない。

 ただし、此処の魔法店はどう見ても勝手知ったる地元民向けか、もしくはB to Bの商売がメインで、明らかにサービスが足りていない。低価格帯の品を除けば並ぶ品々を見定める目利きも必要だ。入手効率として、ギルドを通した方が良いと思われた。


 マーシャさんの話では、きちんとした魔法店は街でここだけという話だった。後は路地裏などで怪しい売薬などもあるそうだが、基本的に人体に使用する薬品は販売規制品らしく、無許可で売っている物を買うのも違法らしい。買い手の罪は比較的軽いが、それでも結構どやされるそうだ。マーシャさん情報がなければ私も引っかかっていたかもしれない。

 まあ、違法と言われても簡単な薬ぐらい、皆適当に露店で買っていると思う。風邪薬でも農薬と言い張れば、どうとでも通用するものだ。


 購入した品をいったん宿に置きに戻る。

 昨日居た夫人たちが、今日もまた同じ様に編み物作業をしていた。

 夫人たちは昨日と同じくお茶を飲んでいたのだが、今朝見た限り厨房のストーブは使われていなかった。どこで茶を沸かしたかと思っていたが、彼女らは布団で包んだ金属の水筒を持参していた。

 宿の暖房は隣の建物の厨房、つまりギル横の食堂から煙突を引いていて、居間の壁は少し暖かかった。原始的な壁暖房だ。隣の厨房は朝と夕方しが火を入れないが、昼は外気温も上がるし、上着を羽織ってひざ掛けを掛ければ、彼女らは十分暖かそうだった。


 聞けば、彼女らの一人はギル横の厨房で働く男性の御母堂らしく、「息子の料理は美味しいから、いっぱい食べていってね」と言われた。


 三人の夫人は、皆その名をマーサというそうだ。マーサ、大マーサ、小マーサと呼ばれる彼女ら三人は血縁関係になく、名が同じなのは偶然らしい。そう珍しい話ではない。大小は年齢によって付けられており、体格の大小もほぼ似たり寄ったりだった。

 マーサ3夫人は皆、ギルド関係者の家族らしかった。


 部屋に荷を置いて、今度は街の北へ行く。


 北はやや高級住宅街めいていたが、所詮は開拓村なので、さほど立派なものはなかった。それでもバラックハウスとは違う、きちんとした建材を使った普通の家が並んでいた。土壁や漆喰は少なく、木とレンガの建築が多かった。文化的に共和国に近い雰囲気が感じられたが、然程技術のすぐれた感じはしない。しかし荒野のただ中にあって、木材が豊富に使われているのは高級感があった。区画も整っており、整然とした印象の街並みだった。


 私の目的は住宅街ではなく、その東端にある区画だ。街の北東には工場区画であり、そこには何件かの鍛冶屋と加工所、金属製品を扱う店などが集まっていると聞いている。

 西の商店街にも金物屋はあったが、北東のこちらは製造もやっており、その排熱を利用した風呂屋がある。今回の目的は其処だ。

 住宅街の住民も利用する共同風呂が、私の目的だった。


 共同風呂の運用は街、つまり領主管理で、街の公共物は基本的に全部領主の持ち物だ。土地、街道、外壁に上下水道の水路、それにここ鍛冶場一帯も、管理は領主のものになる。

 建物の所有は認められるが、土地自体は領主所有なので、領主には街の建物全てに対し、打ち壊しの権利がある。重要施設である鍛冶場に至っては排熱まで管理されているので、許可なく鍛冶場の灰や排水などを利用すると罪に問われ。最悪処刑される。

 そんなことを昨日マーシャさんに聞かされたが、人の燃料で勝手に暖や資源を取るなという話で、まあ、普通の事だ。


 領主負担で熾されているかまどの熱は、鍛冶や風呂の他、揚水の為のエネルギにも利用されている。

 北の用水から街に入った水は、ここの排熱を利用して動く垂直ポンプで揚げられ、水道橋と配管を通じて街の各所へ配水される。同時に東の貯水池へも送られる。南側は距離があるから、水は東の貯水池で再度汲み上げられて、勾配距離を稼いでいる。

 宿で利用した水道の水質を見るに、どこかで浄水されている筈だが、その場所は秘密だそうだ。


 共同風呂へ行く前に、途中にある金物屋を覗いてみる。

 並ぶ品は様々だが、生活用品が多かった。武具などはまた別の場所で売られているのだろう。素材は銅や鉄が多く、食器や調理器具などには銅、ハンマやバールなどの大工道具には鉄が使われていた。錆が浮いているものが多く、油などで手入れはされているようだが、炭素の配合率は適当なようだ。


 軽銀アルミ製の盆や燭台などもあったが、これらはかなり値が高かった。品の加工や装飾は簡素だったから、素材が高いのだと知れる。私の金属水筒はアルマイト製だから、いざという時は売れるかもしれない、と考えて、あの水筒は熊の所為で失ったのだと思い出した。静かな怒りが蘇り、復讐を再度誓った。


 金物の品としては鍋類や工具類、その他、材木加工用の品が多かったが、土木用品も勿論あった。

 スコップ、鍬、猫車などが欲しかったが、スコップはあまりよい形状のものがなかった。どんぐりのような剣先型ばかりで、柄が妙に長い。柄先にグリップのない円柱状の柄は扱いにくそうだ。柄を変え、持ち手は自作したほうがよさそうだと思った。

 めぼしいものをリストアップし、後日買いに来ることとする。



 昼間の風呂は人が少なく、客層としては比較的年配の婦人客が多かった。男女共同で、入り口も脱衣所も、便所も風呂場も全部共同だった。このシステムは一般的な帝国方式に近く、私にとっても慣れた方式だった。


 男女共同というと、若い女性の利用には野郎が殺到しそうだが、世間体という周囲の視線があるので、変な行動をするやつにはそれなりの対処がされる。

 それに、女は女で男を見定めるものだ。軽い挑発に対して勃起を隠せない男というのも、それはそれで恥ずかしい。

 こういったものは明文化こそされていないが、どこも実際には空気を読むべきマナーが存在する。男女共に裸というのは、どちらかが一方的に損をする関係ではないのだ。


 ここの風呂は木製、または石組みの室内で蒸気を満たしたサウナ形式が主流らしく、料金は銅貨1枚、約100円相当する。安い。ただし子供料金はない。乳飲み子は無料だが、普通は連れて入らない。熱くて危険というよりは、おむつの取れていない子供は別の意味で危険だからだ。そういった規則は無いが、これも暗黙の了解というやつだ。


 木製のサウナは劣化が早いが、石組みは熱くなりすぎて火傷の危険がある。ここにあるものは多くが石製だった。

 私の経験上、帝国式のサウナはやや石製の方が多い印象だ。石組みの方が丈夫で長持ちする。丈夫は何よりの利点である。一般に、木製の風呂は公共施設ではなく、個人所有の風呂などに多い。

 湯舟を利用する形式もあったが、こちらはやや高額で、主に薬湯にして傷病者の医療に利用する、といった使用が多いようだ。


 脱衣所には籠が置かれ、使用には受付で受領した札を掛けて使う。

 札なしの使用、もしくは他人の荷物の窃盗は中犯罪で、最大で鞭打ちの実刑がある。脱衣所内には一応、整理要員も兼ねた監視員がいて、風呂場内の治安はかなり高い。覗きは罪ではないが、悪質な付きまといやお触りは罪になる。

 共同施設のなかでも、特に風呂・浴場内は犯罪の適用がやや特殊な場所で、罰則の適用が上振れする傾向がある。それらは常識的な範囲ではあるものの、注意が必要だった。


 建前上は男女区別なし、皆自由にどこでも利用可能、ということにはなってはいるが、男女の生理や習慣、差別というものは規則で消え去るものではないから、皆自然にそれぞれのグループに分かれ、建物ごとに利用者が固まってしまいがちだ。

 若いご婦人はご婦人同士、野郎は野郎同士だ。しかしこれも問題なので、交流と専有化を防ぐため、街は定期的な位置替え推奨している。

 私は新参者なので、既存のグループなどないし、気にしようもない。区画内に立ち並ぶ脱衣小屋から適当に選んで入る。


 着替えるご婦人がたに交じって、私は服を脱いだ。じろじろと見られる視線を感じる。女の視線には、男のそれとは違う恐怖がある。何人かの年増女が、私を見て舌なめずりをしているように思えた。


 ブーツは籠の横に置いた。籠に蓋をして、札の一枚を自分の手首にかけた。札は二枚あって、一枚は籠の蓋に止め、もう一枚は自分で持つ。


 いくら監視人がいるといっても、私のローブは貴重品だ。身体で隠しながら片手で印を組み、籠を魔術的に封印してトラップも仕掛ける。仕掛けたトラップは派手な光と音が連続して破裂するもので、耳栓程度なら無視して鼓膜を破り、閃光は目を閉じても関係なく視界をフラッシュさせる。犯人は頭蓋を揺さぶる衝撃に立っていられなくなる。帝国法ではぎりぎり違法にないものだが、この街ではどうか分からない。もし違法でも、知らなかったで押し通そう。


 手拭い一枚を持って石室サウナに入る。

 サウナの中には柳のような、オリーブのような、いくつかの薬草が混じった匂いが充満していた。見れば、薄暗い室内の壁際には常緑樹の枝を束ねたものが逆さになって何本もつるされていた。

 老若に関わらず、室内の女性たちは皆布を体に当てて胸や秘部を隠していた。私もそれに倣った。

 サウナ室にはゆるい勾配があって、垂れた汗や滴った結露が低くなった中央に集まり、そこから溝で外へ逃がされるようになっていた。配管などは無く、液体が溝を流れる様子が直に見えた。


 室内の高い位置が熱く、低い位置は比較的温度が低い。私は奥の石窯から離れた、入り口手前の低い位置に座り込んだ。熱い風呂は気持ち良いが、健康にはあまり良くない。低い温度で、じっくりと体を温めたかった。


 石に直接座ると、尻や太ももが熱かった。非常に熱い。しかし皆、高温の石に平気で座っている。じっと我慢するが、私は火傷しそうだった。まだ新生したてで肌が弱く、熱耐性が低いのかもしれない。いや、そんなことはないだろう。皆、肌を火傷させすぎておかしくなっているのだと思った。厚い尻の皮が必要だった。


 身体から汗が離れ始め、肌の奥が痛くなる。季節柄、いまは外は気温が低いから、あまり働いていなかった発汗機能が急に酷使され、皮膚の下が苦しがっていた。

 数分ほど耐えたのち、外に出て、巨大な水桶から直に汲んで冷水を被る。体を拭いて戻り、これを何度か繰り返した。

 サウナ室から出て、汗を拭いて、水分を補給する。汗が再度噴き出して、これも拭う。汗が出なくなってから再度身を拭き、髪を乾かしてから服を着て、ローブを手にして風呂場を出た。


 帰りに気分が良かったので、後日と思っていたが鍛冶屋で鍬とスコップを買い、担いて宿に帰った。

 サウナに入ったせいか、疲労で腹も減らず、夕飯は抜いた。

 夜には裁縫をして下着を作り、古着のジャケットの袖と裾を詰め、作業を終えると寝た。



 翌日、ギルド支店の壁には「中央支店前広場、整備のお知らせ」の告知が掲示されていた。掲示には使用禁止の期日も明示されていた。

 仕事開始期日まで、私は古い銀貨を換金して資金とし、生活と仕事の為の準備を整え、空いた時間で街を散策し、あちこちを見て回った。


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