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03-03 夜の散策

 3-3


 翌朝、私は日も昇らない内に目覚めた。

 昨日は早く寝たから、部屋の暗さに気が付かなかった。

「ともしびの魔術」を使おうとして、止めた。昨日買ったばかりのろうそくを試してみたかった。

 闇の中、記憶を頼りに手探りで荷物を漁り、ろうそくを探して着火する。

 私の手の中で、親指程の太さのろうそくが火を灯した。


 光量はさほどでもないが、それなりに明るい。

「ともしびの魔術」の基準光には敵わないが、非魔術師の一般家庭を考えた場合、歩くにも手元を照らすにも最低限必要な明るさは十分あるかと思われた。匂いも油臭くなく、ろうは固かった。きちんと植物性の油脂から精錬・加工されたものだった。

 ろうそくを持った手をあちこちに翳して、部屋の彼方此方を照らしてみる。

 古い油を燃やした場合と、同等程度の明るさはありそうだ。油の方が安いだろうから、換気可能な室内では油、持ち運ぶ場合はろうそく等、臭いや携帯性などで使い分けると賢く節約できるだろう。


 元から持っていたランタンにろうそくを設置する。薄暗いが、移動には足りる明るさだ。ランタンを手に廊下へ出る。


 便所に行き、陶器の便器に用を足す。紙も葉もなく、備え付けられた水桶を使って指を濡らして尻を洗う。手拭いを忘れたので手を振って乾かす。

 この仕組みの便所はどうしても便器周りに水が零れるが、宿の便所は足元に荒砂が引いてあり、清潔だった。荒砂であれば交換も洗浄も易い。敷いた木板が腐ることもない。

 このシステムのトイレでは普通、糞便は陶器に貯めて毎日捨てるが、この宿では排泄物を外に導いているみたいだ。おかげで室内があまり臭くない。しかし糞便が盗まれる危険性があり、その辺りは少し気になった。


 手拭いを取りに戻ると、今度は勝手口から出て水道で顔を洗う。

 指と塩で歯を磨き、ついでに足も洗った。爪先の傷は赤く、薄皮が張りつつあったが、まだ完全にはふさがっていなかった。軟膏のお陰で直りが早く、あと数日もすれば傷口は完全に塞がるだろう。


 鍋に水を汲んで戻り、部屋のたらいに満たす。何度か往復して水を溜め、布を濡らし、服を脱いで全身を絞った布でぬぐう。顔を洗う程度なら水の冷たさも気持ちよかったが、体を拭くのは少々冷た過ぎた。魔術で温めようとも思ったが、まあよかろうと気合いを入れて全身を拭いた。


 身体を拭き終わると、残りの水を使って今度は洗濯を行う。

 昨日変えた下着を洗う。

 予備の服が欲しかった。今日、買いに行こうと予定を立てた。

 洗ったものはよく絞って、部屋に紐を張って干した。


 宿を出て、昨日見たグラウンドに向かう。

 まだ日は出ておらず、あたりは暗い。


 昨日、グラウンドの使用許可は確認していた。宿を利用している間は無料で使っていいそうだ。ただし火気厳禁で、焚火や料理、獣の解体などもやめてほしいと言われた。地形を変えることもダメだと注意を受けた。


 散歩のつもりで、グラウンド内の周囲を一周する。表土は淡く雑草が茂り、表面も凸凹していたが、転ぶほどではない。一周300mぐらい。周囲には小型クレーンや立ち木、矢や手投げナイフの的などが配置されていた。

 グラウンドは三方を壁に囲まれ、一方は道に面している。奥幅は家3軒ほどで、縦横比は競技用グラウンドに似て、横に広い空間だった。

 あたりは暗く、街灯や民家の明かりもない。ろうそくの光だけでは頼りなかった。ランタン片手に少し走ってみるが、かなり怖い。足元がほとんど分からない。魔術で視界を強化するか、でなければより明度のある明かりが欲しかった。


 木剣の練習用と思われる打ち込み杭があり、そのてっぺんには襤褸襤褸になった皮兜がかぶせられていた。襤褸過ぎて何の皮か判別できないが、多分馬か牛のものだろう。頭頂、左右の側面、喉などの打撃部分には打ち込みで穴が開いていた。近づき、兜を指でつまんで外そうとするが、風化と打撃で裂けまくって杭と一体化しており、簡単には取れそうにない。


 兜を少し避けて、兜内側の杭部分に「ともしびの魔術」を掛けると、兜のあちこちから光を放つ、ハロウィンお化けの出来損ないみたいなものが出来た。並ぶ杭すべてに術を掛けると、立ち並ぶ落ち武者みたいで、少しホラーだった。

 しかし周囲が明るくなり、足元もわかるようになった。皮兜を通した間接光なので目にも優しい。

 私は立ち木に対し、拳を当てたり、蹴りを打ちこんでみたりした。

 今のこの体は若く、体幹もしっかりとして、非常に良く動けた。魔術的な補助も考えれば、かなりアクロバティックな動きも出来そうだ。

 ただし拳を打ち込むと痛く、素手のままで強靭という訳ではない。ただ単に良く動けるというだけだ。

 体力もさほどある訳でなく、持久力や柔軟性、回復力には優れるが、筋力はあまりにも普通だ。瞬発力はまあまあといった所か。魔術職としては十分だろう。


 まだ暗い中、グラウンドの外では動いている者がいた。

 体格は小さく、まだ子供だ。6歳~10歳程度の子供が、建物の周りで何かを運んでいた。


 夜闇に紛れた盗みかと思ったが、相手はグラウンドで立ち回る私を見ても隠れる様子がない。ちらちらとこちらを気にした様子だが、それだけだ。もし盗みであれば、誰かがいれば隠れるぐらいはするだろう。

 彼らはどうやら家の外に置かれた壺や桶を回収し、水場まで運んで捨てているようだ。

 汚水を捨てているのだから、そこは水場というよりは下水というべきだろう。彼らは下水に、各家で貯められた排便を捨てていた。

 日も昇る前から、子供たちは働いているのだ。

 暗い中、よく動けるものだと思った。私なんかはろうそくの火があっても怖くて走れないのに。まあ実際、安全ではないのだろう。記憶を頼りに動いている様子があり、暗闇を見通せているわけではなさそうだ。


 排便を下水に流すのは資源的にもったいないと思うが、街の規模としてはこれが正解なのかもしれない。

 私が先ほど用を足した宿の排便も運ばれて捨てられ、容器は洗われて、再び元の位置まで戻されていた。

 私は彼らの邪魔をしないよう、宿の部屋に戻った。


 日が昇る頃には、周囲の家々では炊事の煙が上がり始めた。

 宿の台所は誰もおらず、というか現在、この宿の利用者は私一人きりのようだ。昨日いた夫人たちは住み込みではなく通いらしい。

 台所を探索してみる。

 台所はあまり広くなく、大体2*5m2、約10畳ぐらいの横長の空間だ。もう少し広ければ厨房と称してもいいが、規模としては家庭用キッチンと大差ない。やはり台所と称すべき規模だ。

 壁際にがらんどうの棚があり、一つだけある壺にはやや黄色みかかった荒塩がたっぷり入っていた。

 棚の下は薪置き場で、腰ほどの位置にある棚板まで、みっちりと薪が詰まっていた。

 置かれた水瓶は口まで水が満たされて、底には綺麗な砂が溜まっていた。

 壁際から少し離れて置かれたかまどは鉄製で、火床と調理台が一体型のストーブ・オーブンが置かれていた。天板があり、上下二段の鉄扉がある。天板は鍋置き兼調理台で、上段はオーブン、下の段に薪を、背には外へと続く真鍮製の煙突が付いている。

 この鉄製かまどは使用した跡こそあるが、あまり使い込まれた感じはしなかった。

 調理器具などの備え付けはなかった。部屋から鍋を持ってきて湯を沸かしてみる。焚き付けがなかったので魔術で火をつけたが、非魔法使いの利用者にはちょっと不便だろう。薪を用意しておくなら、火付けと着火具も備えてほしいものだ。


 かまどが熱を持ち始めると、煙突が膨張してきしむ音がして、かまどのあちこちからは焼ける鉄の匂いがした。長く使われていなかったのか、埃の焦げる匂いもする。

 焼ける鉄の匂いに、油がしみていない感じがして少し怖い。割れると嫌なので「集熱の魔術」を利用して窓の外へ放熱し、火を消した。

 購入リストに金属手入れ用の油、調味料を追加する。

 その他、宿の各所を再度確認して回ったのち、私は着崩した格好にフードを羽織ると、部屋にロックをかけて宿を出、隣の食堂へ向かった。


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