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03-01 街外縁部・中央部

 3-1


 街は荒野の中に会って、それなりに緑豊かだった。

 外壁の周囲数百mにわたって草の原が広がり、砂埃の立つ荒野とは違って町全体からうっすらと水の香りが漂っていた。人の住んでいる場所特有の、力強い生活感が大地にしっかりと根付いているのが感じられた。


 私がやって来た道は街の東側へと続いているが、其方に人の姿はない。門はあったが閉じられていて、付近の道も整備された様子がなかった。

 遠景で見ると北側にも道があって、そちらの道には人の行き来が多かった。

 人が多いといっても、見える範囲で10組に届くかどうかといった程度だ。その割に道は広く、通った跡も見られるので、今は少ない時期か、少ない時間帯なのだろう。早朝か夕方前、もしくは夏ごろには、一日何百人も通過すると見た。

 荒野の中にあって廃墟ではなく、水の香りがあり、人の往来がある。私は文明の痕跡を追ってやってきたが、ここが廃墟や、数十人程度の小さな集落である可能性が十分にあった。辿った水路のサイズから、それなりの規模があるかと予想してはいたが、実際に街を見て私は安堵した。これでサバイバルや廃墟生活は避けることが出来る。


 街の北側には高さ20m以上もある石の城壁が連なっていて、いかにも物々しい。しかし東側の壁は低く、此方は民家の石壁に毛の生えた程度のものだった。この位置からでは全部は見えないが、街を越えた奥に見える壁は大きく、高い城壁は北から北西方向へ、街を4半円程度囲っている様だった。北に脅威がある地理なのだろうか。

 南の土地は街より低い位置にあって、壁の代わりに積み石の段があり、更にその向こうの段下には、黒々とした、かなり汚く見える沼地が広がっていた。遠くには地平のぎりぎりに水面が見えるような気がする。海か、大湖があるのだろう。そこへ汚染を垂れ流しているような構図だった。


 直接目視は出来ないが、人の流れからすれば北にも門があるだろうと思われた。作り的には西側にも門はありそうだ。

 私は馬の荷を下ろすと、その尻を「ぱしり」と、力強く叩いた。

 馬は戸惑ったように私を見たが、動こうとしない。

 私は少し考えたが、この街の他に、軍馬を飼えるような組織がこの近辺にあるとは思えない。私は何度も馬の尻を叩いて「行け、自分の飼われていたところに戻れ」と、街を指さした。

 嫌そうに嘶く馬を無視して、私はどんどん力を込めて尻を叩き続けた。

 ついに馬は私から離れた。

 三頭の馬は街の北の方へ駆けていき、城壁の向こう側へ回って、見えなくなった。

 私も馬を追って、北の道を目指して進んだ。


 街に近づくにつれ、見えなかった北門の姿が見えてきた。

 北門の傍にはプレハブじみた小さな木製の小屋が併設されていて、そこには揃いの服を着た者が二人、立っていた。成りからして兵士か、民間警備と思われる二人は背丈を越える長い棍を持っていたが、特に何をするでもなく、通過する者たちを眺めていた。

 私は最初、その者たちに街の事を聞こうと思ったが、彼らは制服の着こなしが汚く、見るからに馬鹿そうだったので、話しかけるのをやめた。

 私は門に近づくと、そのまま中に入ろうとしたが、件の警備兵に止められた。


「おい、そこの。ちょっと止まれ」


 話し言葉は訛りの無い標準語だったが、かなり違和感があった。発音も言い方も、警備兵のそれはかなり下品だったのだが、違和感はそこではない。

 語感が違うとでも言おうか、言い回しが酷く単純化された、奇妙な感覚だった。ネット用語を話し言葉で使われているとでも言おうか、理解できなくはないが、どうも不自然だった。

 兵の持っている長棍は、端に雄ねじの跡があった。穂先を外した槍の柄ようだった。先端を向けはしないが、威嚇するように持って、私に強く声をかけた。


「そこのお前、フードを外して顔を見せろ」


 高圧的な態度に、私は少しならず不満を感じた。されど揉めるのも嫌だったので、私はフードをずらして顔を見せた。

 奇異の目が突き刺さる。次の言葉が発せられたのは、随分と長い注視の後だった。


「……見ない顔だな、この街のものか」

「旅のものです。この街でしばらく休めたらと思っています」


 私は入街料でも取られるかと心配したが、醜悪な顔の警備兵は腰に下げた雑な帳面を手に取って書き込みをして、


「通っていいぞ」


 と、門への道を指した。

 屯舎の傍で、先ほど逃がした3頭の馬がつながれて、馬具などを調べられていた。

 この規模の街ならば、名や紋章などが無くとも馬丁や革細工の組合に訊けば、馬の飼い主は判明するだろう。


「……焼き印が消されているな」


 馬の尻にあった爛れ跡を指して、警備が同僚と話していた。

 関わり合いになりたくなかったので、私は門を抜けて街に入った。



 街は、並ぶ建物こそいかにもな開拓村だった。しかし開拓村にしては規模が大きく、活気があった。

 門の付近は古く堅牢な石作りの建物が並んでいたが、何件もしない内に建物は木製が増え、薄い金属板の端切れが彼方此方に張り付けられて、補修と増改築の手入れを何度もしたような、雑なものに変わっていった。

 通り全体としてはまるでスラム街のような、バラックじみた小屋が並んでいた。

 街の外には建材になりそうな立ち木などないのに、小屋は木造が多かった。森まで採りに行っているのだろうか。トタンのような金属板もあったが、表面の加工が荒く、錆が浸食して穴あき気味だった。見る限り緑青の浮いた銅板が多い。アルミと思われる板もあった。天井に多く用いられていた。屋根に布を張っただけの小屋もあった。


 街の外こそ出入りが少なかったが、街中には日中から馬荷が行き交い、見かける者は皆働いていた。経済は盛んで、人口密度はそれなりに高そうだ。数百人程度の街ではない。千人単位の、それなりに大きな町だ。万を超えていてもおかしくない。


 街の内側から見える外壁には、壁の増築工事として石材を運搬している姿が見えた。動労者たちが蟻のようにせっせと壁を補強している。

 暇そうに歩く者や、道端に座り込んでいる者は殆どいない。みな忙しそうに働いている。

 しかし数人ほど、店先で談笑していたり、路地の入口に立っている者はいる。これも一種の仕事なのだろう。

 彼らが無為に屯っていると思えないのは、立つ位置、視線のやり方に目的意識が感じられるからだ。視界の取れる角に立ち、談笑していても向かい合うのではなく、壁を背にハの字、または横並びなのは多少の不自然があった。此方に視線を向ける者もいて、彼らは仲間内と数語、言葉を交わした後、何人かがどこかへ行った。

 地元の商店か、やくざ者の類だろうか。それにしては顔つきがいい。門にいた警備より、ずっと生まれも育ちもよさそうだった。

 恐らく、古い町なのだろう。

 古くて立派な城壁の存在と、立ち並ぶバラック建築の存在。

 下民顔の兵士と、たむろしている顔の良いやくざ者。

 古い街に新興の支配層が組み合わさると、こういった風景はよく見られた。


 屯う者たちの内、何人かには暴力的な雰囲気があった。

 私はこちらに視線を向ける、談笑する数人に近づいていった。


「おい、何かようか」


 彼らの内の一人が、まだ距離を開けた状態で、近づく私に声をかけた。

 視線を合わせたまま近づいたので、彼らは警戒していた。腰に手をやって、位置的に上手く見えないが、其処にナイフでも差しているのだろう。

 彼らは見るからに怯えていた。仲間と数人で、武器を隠し持っているのにだ。

 最初は魔術師を警戒しているのかと思ったが、相手の視線から、私は腰に下げた剣を忘れていた事に気付いた。どうせ剣など大して使えないのだから、街に入る前に外しておくべきだった。

 私としては、剣よりローブの方を気にすべきと思うのだが。


「この街の事を聞きたいのですが、時間はおありですか」

「……ないね。どっか行けよ」


 私は断られると思っていなかったので、少々拍子抜けしたが「失礼した」と謝罪して、通りを進んだ。

 私の事をどう思ったのか、彼らはずっとこちらを見ていた。


 通りは車道と歩道に分けられており、道の両側に段のついた歩道が設置されていた。車道は土で、歩道のみレンガが敷き詰められていた。並ぶレンガの質は荒く、一部は木道もあった。各レンガの間は目地の処理もされていなかったが、土ぼこりが詰まってがたつくことはなかった。路面には少々の凹凸があり、見栄えこそ悪かったが、それなりに整った舗装は歩きやすかった。

 車道は轍が荒々しかったが、部分部分に砕石が敷かれ、定期的に補修がされているようだ。悪路につきもののヘドロ臭さもない。

 この街は綺麗とはとても言えないが、かといって放置されている事もなく、それなりに整備はされている様だ。


 北の門から入った者の多くは、いつの間にやら平行していた数m幅のどぶ川に沿って、南の方に向かっていた。そちらを探るに、気配として繁華街かドヤ街のようなものが南にはあるのだろう。人中に交じり、雑踏から情報を得るのならば、其方の流れを辿るのが得策のように思えた。

 しかし私は街の中心地を目指した。私は魔術師であり、有技能職者である。下手に下級階層に交じっても敵わない。目立たないという選択肢を選ぶには、門からここまでの反応を見て、少々難しいと感じた。


 街の主道:メインストリートは北東から西へ曲がりながら通っており、私はそれに沿って歩いた。

 道の両脇には街が膨らんでおり、形状としては主道から横に枝が伸びるような、地下茎を思わせる構造をしていた。都市計画に乗っ取って造られた雰囲気があり、そうであれば街の区域もおおざっぱに予想を付けることが出来た。


 計画的に起こされた街であれば、普通、街の中心には馬車駅か、市場か、もしくは教会や領主館などがある。この規模の街であれば領主というか街長まちおさなのか微妙なところだが、そういった場所は時に解放されていたりもする。


 私は主道を進み、歩数にして4000歩程歩いて、街の中心と思われる場所へ来た。

 街に来る際に遠目で見たかぎり、街は凡そ円形であるように見えた。その形状が正しければ、この街の大きさは半径3㎞ほどになるかと推定できた。

 この体がもう少し魔術に慣れたら「魔術の目」などの視覚拡大系魔術を使って街を一望できるのだが、現在の位階ではまだ無理だった。


 この街の中心は、大型の商店の様だ。

 テニスコート2面より少し大きいぐらいの敷地に、石材を積んだ立派な建物がそびえている。窓枠の数からすると4階層はありそうだ。ファサードも豪奢な、まるで高級ホテルめいた建物だった。

 街の中心は教会か、役所か、長の館でもあるかと思っていたのだが、商会とは予想外だった。


 改めて辺りの地理を確認する。

 メインストリートはここを中心に西と北東に折れ、僅かに角度があった。北側に上記の建物があり、道を挟んだ南には広場があった。車道は相変わらず無舗装だが、同様に広場も無舗装の、ただ広い土の広場が車道や歩道と続きで広がっていた。


 大型の商店は、私の居る表通りに面した正面より、裏手の方が賑やかだった。歩いて回ってみると、裏手は資材の搬入部になっているようで、広くヤードが取られ、数台の荷馬車が列をなしで、ひっきりなしに積み下ろしと出入りを繰り返していた。

 ぐるりと回り、再び戻って店の表側に出る。その入り口脇に飾られた看板には「セントラルギルド」とあった。

 名前からすれば総合通商組合か、職能集団組織のようにも思えるが、裏の出入りからして、広い商いをする商店であるのは間違いないように思えた。見た目はまるで一流ホテルか銀行のようだった。石柱に囲まれた壁は少々威圧的で、向かうのに少し勇気がいった。

 追い返されるだろうか。その確率は半々かと思った。

 身の埃を叩いて落とし、荷を背負いなおして私は建物の中に侵入した。


 開放されたままになっている外開きの豪華な青銅扉は外の光を通しつつも、外枠に込められた風止めの術式が外風の侵入を防いでいた。肌を撫でる魔力の感触に、久しく感じていなかった文明の手触りを感じた。

 正面の大扉を抜けると、そこから20歩程先の正面には受付カウンタがあり、その手前と右奥には高級そうな青銅枠組も華やかな、木目つややかな木製ベンチが並んでいた。左手にはイスとテーブルが置かれた空間があり、更に奥にはパーテーションで仕切られた個室があった。床は入り口と受付周辺だけが荒い石畳で、他は板張りだった。

 受付には威圧感のない洒落た鉄格子があって、4つほどある対応口に、今は2人の係員が付いていた。残り2つは「休憩中」の札が掛かっていた。

 先ほど見てきた裏の出入りは激しかったが、此方には殆ど人がいなかった。


「何か御用ですか」


 礼服を着た男性が、周囲を観察する私に声をかけてきた。

 落ち着いた雰囲気を身に纏い、しかし男は微笑みも浮かべてもいない、ニュートラルな表情で私を見ていた。


「この街で、どのような商売が出来るか知りたくて調査に来ました」


 旅の荷物を背負ったままの私は、どう見てもこの場で浮いていた。身も服も、旅でこびり付いた垢や砂埃まみれだ。

 カウンタの女性は私を見て微笑んでいたが、その笑みは場違いな奴が来たと、あざけりの籠った差別的で冷たい目つきだった。

 しかし礼服の男性、彼はコンシェルジュだと思われたが、この紳士は汚れた私を見ても馬鹿にした表情をしていなかった。少なくとも表面上はそう見えた。

 彼は私のローブを少しの間見つめ、さらに汚れた足元を見て、


「よくいらっしゃいました。統合ギルドへようこそ」


といい、静かに微笑んだ。


 私は入り口から見て左のテーブルに案内され、席を勧められた。

 私の身はかなり汚れていたから、調度をあまり汚したくないと思っていた。座るのに抵抗はあったが、立ったままも失礼なので、「汚してすいません」と謝罪しつつ、荷を床に置いて席に着いた。置いた拍子に、荷から埃が舞って落ちた。

 コンシェルジュはエントと名乗った。


「それでは、まずはお名前をお聞かせ願いますか」


 そういわれて、私は悩んだ。

 今更だったが、名前が思い出せなかったのだ。

 自身の来歴を思い浮かべ、相応しい名を捜す。

 天から零れ落ちた一粒の雫が、水面に波紋を起こす様子が思い浮かばれた。


「……ドロップ。私の名はドロップです」


 零れ落ちた(ドロップ)、という単語が頭に浮かんだ。とりあえずこれを借りの名とする。


「失礼ですが、ドロップ様は魔法使いでいらっしゃますね」

「そうです」


 環境適応・状態保護等の術式が多重に施されたローブに、ハイクオリティな人工革のブーツ。

 ローブ自体は旅人であればよくある旅装だから、単にローブ姿というだけで魔法使いと判断するには足りない。ブーツに至っては旅人のみならず、街を歩く者の大半が履いている。多少上等であっても、やはりこれも魔法使いと判断するに足りなかった。

 しかし大規模な商店であれば、それなりに目利きはいると思った。ここが駄目なら酒場かどこかで口入れ屋でも探そうかと思っていたが、襤褸姿で入店した勇気は無駄にはならなかったようだ。

 お陰でいくつかの面倒は省くことが出来そうだ。私はフードを少しずらして、エントと名乗る男性に向かい合った。

 エントは僅かに目を張ったが、それも一瞬の事で、直ぐに何事もなかったかのように話を勧めた。


「それで、ドロップ様はどのような商売をお考えですか」

「特に決めてはいないのですが、方向性としては、医薬品や生活必需品などを考えています」

「生活必需品、ですか」


 例えば製紙、洗剤、化学繊維、調味料、ビタミンやミネラル、インクに化粧用品など。

 対面商売のわずらわしさを避けるには、物販、それも問屋商売が好ましかった。


「その需要、品質基準、価格帯などが知れたら、と考えています」

「なるほど、では、要求品質と買い取り価格の資料を纏めておきましょう」


 回答が早い。流石に早すぎる気もする。私のような襤褸を一目で判別した事と言い、有能過ぎではないだろうか。

 もしくは、外をうろついていた間に観察されていたか。ひょっとしたら、街の外門を通った時から目を付けられていた可能性もある。どちらにしろ有能には違いない。

 エントは少し考えた後、続けていった。


「資金の方は準備はおありですか」

「あまりありません。ここでは仕事の紹介などはやっていますか」

「基本的にはやっておりません」

「であれば、斡旋所を教えていただけると助かるのですが」


 エントは懐から小さな用紙とキャップ付きのペンを取り出すと、そこに幾つかの店舗のアドレスを記述してくれた。


「今居られるこちらの本店は、他の街や大口の輸送取引を主に行っております。ドロップ様のお取引には、これらの店舗を通じてやり取りするのがよいかと」


 どうやらそちらでは宿泊の世話もしているらしい。

 私は「ありがとう、お世話になりました」と告げて、商店を後にした。


 席には通されたが、入り口から見える位置での対応、茶も出されない、他の店員のあからさまな非礼の謝罪もしない。

 それでも追い返されないだけ、こんな襤褸姿相手に十分な対応だった。

 エントという男の魔力は低く、武術を嗜んでいる様子もなかったが、その有能さは十分に感じられた。

 私は今回の対応に恩を感じたので、いずれ機会があればエントに恩返しが出来ればよい、と思った。


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