02-02 森の探索
**2-2:森の探索**
洞窟の外の森は深く、高かった。
半日歩き回った程度では淵も見えない。
森は平地に広がっており、下生えが少なくて歩くのにさほど苦労はしなかったが、洞窟の周囲だけは僅かに開けて、その分草木が密集し、ちょっとした丘になっていた。
他の場所に比べ、レベル(高低)的にはさほど盛り上がってもいないのだが、ぱっと見てこんな藪の中には入りたくない、と思えるような造りになっており、上手く造園されているのか、おそらく意図的にそう造られているのだろう。
外から半円を描く渦状の抜け道を通って藪を抜けると、中には小さな一軒家じみた庭先があり、奥には巨大な岩をくりぬいて造られた穴倉がある、という構造だ。庭先といっても当初は草が酷く、それらの全体を把握するのに半日程かかった。
目覚めた日、私は庭先をざっと確認して結界の抜け道を見つけた後、外の森をとりあえずまっすぐ進んでから、軽く回りを一周して戻った。散策結果は以下の通り。
日の入りを西とすると、洞窟の北側には小さな沢があった。
水量は本当に小さな沢、もしくは水たまり程度なのだが、周囲に堆積が殆ど無く、露出した岩盤の上を水が這っている事から、基本は湧き水、そして雨季や嵐などに定期的な土砂の押し流しがあるのだろう。水質はかなりきれいで、濁りもなくほぼ透明だった。
つまり、私が新生したあの洞窟は、地表に露出した岩盤をくり抜いたものと思われる。
安定した場所、という意味では転生予定地にするはもってこいの場所だったが、実際に何をもってここを転生場所としたのか。
情報不足、物資不足に悩んでいる今の自分にとってすれば、過去の自分への信頼性という意味において、今はとんと自信が無い。本当に、此処は転生に適した場所として選定されたのだろうか。
北の沢には大量の蟹がおり、その日の夕方には保存されていた塩漬け肉と乾燥野菜の他、沢蟹を煮て食べた。寄生虫が怖かったので念入りに煮た。
その日の収獲としては、洞窟内の物資の他には、草刈りで得た草束、拾い切れない程の大量の薪、後は沢蟹、石英の欠片を数個、沢の下流で拾うことができた。
森の日中は、体感で20℃近くまで上がり、しかし森の中にいる分にはかなり涼しかった。逆に夜間は寒く、おそらく10℃以下、ひょっとしたら5℃を切っているかもしれない。夜間に出歩くのは迷子や外敵以上に、寒さが厳しかった。
気候は乾燥して過ごしやすいのだが、季節が良くわからない。
温暖差が激しいこともあり、春か秋かと思われるが、いまいち判断がつけにくかった。
まかりなりにも私は魔術師なのだから、天の運行や植物を見ればそれなりに分かるはずなのだが、どうも記憶が混乱して、過去の記憶が色々と結びつかなかった。
それもこれも、私が取り込んだ魂の所為だ。
どうにも邪魔をする記憶の主は、かなり異なった体系を学んでいたらしい。しかもそれなりに高度な知識を持っていたらしく、これを一概に邪魔だ、誤っていると判断することも、私は出来ないでいる。
この記憶の混乱は、それら異なる知識の統合によって起こっているようだ。
転生初日であり、とりあえずの安全を確保した後、私はあまり無理をする気になれなかった。早々に探索をやめ、わたしは洞窟で身を休めた。
探索は簡単な森歩きでも大量のダニが身に付着し、これらは後掛けした「森歩きの魔術」で死滅させることができたが、ひどいかゆみが残った。エイドキットに入っていた傷用の軟膏を塗る。
洞窟内に水を撒き、湿度と空調を整え、朽ちた不用品は纏め、室内に火を入れて生活環境を整えた。
洞窟にはベッドもなく、暖炉前の床に薄い非常用毛布でくるまって寝た。
翌日は朝から森へ出た。
下生えが少なく、ダニも多かったから居るとは思っていたが、さほど苦労もなく野生生物と遭遇した。
それは兎だった。
いわゆる野兎で、単独で行動しており、体色はくすんだ落葉色、耳は比較的長くて立ち気味、体長は50㎝程もある大型のものだ。
まだ距離はあったが、発見してすぐ「矢の魔術」で仕留めた。
「矢の魔術」は、魔力によって構成された矢を放つ魔術だ。非常に優れた魔術で、基礎の魔術でありながら、全魔術の中で最も効率が良い呪文の一つとされている。
威力は名の通り、熟練の狩人が放つ矢に等しい。距離も同程度で、発動に掛かる準備も似たようなものだったが、魔術師はこれを弓無しの無手で、魔力の叶う限り放つことが出来る。
威力と射程だけを見るなら弓矢の上位互換で、魔術を学び始めの者はこれを持って非魔術師を下に見る事が多い。
だが、一見上位の存在であっても、戦術においては幾らも違いがある。熟練の狩人と同様にこれを使いこなそうとする場合、やはり同程度の修練が必要になることを、魔術師は経験を持って学ぶ。
「矢の魔術」の優れた点は、魔術行使の際の低負荷もさる事ながら、熟練の程度にかかわらず威力が比較的一定な点と、障害物がなければ基本的に必中するという点だ。
「矢の魔術」によって構成された矢は躱すことがとても難しく、その分、魔術による防御は非常に簡単なのだが、非魔術使いにとって「矢の魔術」への防御手段を得るのはかなり難度が高い。
皆が装具に身を固めた戦場などではあまり役に立たない魔術だが、戦闘技術を持たない市民などにとっては、ただ対峙するだけで生殺与奪の権利を握られたに等しく、それは中程度以下の野生動物にとっても同じだった。
兎に刺さった矢は間もなく拡散・消滅したが、肩から胸を貫かれた傷はそのまま残った。魔力の矢に射抜かれた兎は、貫通した傷口の入口、出口の両方から血を噴き出して倒れた。倒れた兎は後ろ足で地面を数回蹴った後、そのまま動かなくなった。
兎に近寄る際、ほんの十数mほどの距離に更に一羽、別の兎が木の陰に隠れているのが見えたが、逃げるに任せた。
倒れた兎に近づく前、至近距離からもう一度「矢の魔術」を放ち、兎の頭を貫いた。
私は近くに落ちていた朽ち木の枝で、兎の胸に貫通した穴をぎゅっと貫くと、少し迷った末、洞窟の庭先ではなく、洞窟北の沢の下流へ、兎の死骸を引きずって運んだ。
沢で兎を解体する。
本当なら吊って血抜きをすべきだろうが、吊り下げる為の手頃な紐状のものがなく、その為に新品のロープを短くしたり、布を引き裂くようなことはしたくなかった。後で蔦でも編もうと思う。
まず肛門周りをナイフで抉り、そこから腹の皮へナイフを入れて引き裂くと、素手で内臓を抉って、肺の上あたりで臓物を切り外した。
その後、喉、足首のあたりに深く切れ込みを入れて血が抜けるようにし、近くの石を積んで沢の中に兎を沈めた。内臓は沢の下に捨てた。
兎を沢に沈めて血を抜いている間に、私は洞窟の庭先に戻ってあたりを整えた。
周囲の草を刈り、踏み石に沿って庭を開いていくと、大きな石の台が現れた。昨日の散策時に見つけていた、作業台と思われる石の台座だ。
台座周りを整え、あとは森から手頃な枝を集めてAフレームの吊り場を作成する。若い枝を潰して繊維状にし、紐の代わりとしたが、あまりよい作りにはならなかった。一応形にはなった。やはり紐がよくなかった。
場を整えたのちに沢に戻ると、兎とその内臓に蟹が群がっていた。数cmほどの小さな魚もいて、私はそれらを払いのけると、再び兎に枝を突き刺して、重さに苦労しつつ庭先へ戻った。
水で洗った作業台へ兎を載せる。まず頭と手足を切り取って枝肉状にし、皮を剝いだ。剥いだ皮は後で鞣すために吊り場へ掛けておく。
貫通した胸の傷周りがうっ血して、内出血なのか血の塊なのか、ぶよぶよと黒くなっていた。
肩のあたりで腕を落とし、後ろ脚も落とす。質の良いナイフのお陰もあるが、人間と違って四つ足の生物は鎖骨がないので解体も比較的容易だった。
細切れになった筋や皮、とどめを刺すときに砕けた頭などをまとめて、少し離れた場所に穴を掘って捨てた。
枝肉は、最終的に前腕、後脚、首、肩、背、腰、あばら等の部位に切り分けた。傷口周りの肉は、迷った末に捨てた。血がどうにも生臭く、他にも状態の良い肉がある中で、そこまで食用とする気が起きなかった。
兎肉は脂身が少なく、真っ赤な身が痛々しい。
解体までに要した時間は、準備も含めて約3時間程度だろうか。
慣れればもう少し早く、たぶん半時間もかからずにばらせそうだと思うが、体力的にはそれなりに重労働になる。
一羽当たりの収獲は、可食部位が約5㎏程度。あとはまだ鞣していない毛皮が一枚に、何かに加工できそうな筋が数本。少量なら膠も取れそうだ。
肉の切り取りだけなら短時間で済むが、毛皮などの加工も考えた場合、兎1羽の解体で一日仕事になるだろう。
それでもまあ、生存はぎりぎり成り立つかもしれない、という目途が付いた。私は肉の確保により、未来への道筋が見えた事に安堵した。
ばらした肉は、集めた落ち枝と一緒に薪置き場へ並べた。
薪だけはとにかく一杯確保できた。積んだ薪の横に、肉を並べて乾燥させる。薪置き場には薪保存の為の乾燥術式が残っているので、ここに肉を置いておけばジャーキーを作ることができた。洗濯物もここに広げれば乾くのが早かった。
手持ちの塩の量が少なく、塩漬けにするには足りなかった。兎は脂分が少なく、乾燥さえさせておけば腐敗もしにくかろう。
その日は肉の加工と毛皮の処理で日が暮れ、夜には暖炉の前で、兎の筋を細く裂いて紐を編んだ。
体がまだ慣れていない為か、体力的にも辛く、眠気が重かった。草や筋を編みながら、作業途中、煮込んだ兎肉と沢蟹を食べると、私は暖炉の前で寝落ちしてしまった。夜半に起きて、薪をくべなおしてから再度横になって寝た。
次の日、私は便所の際、洞窟の周囲に果樹を発見した。かつて植えられたものだろう。
改めて庭を全部確認した。
庭は、小高い丘の上にあって、円状の藪に囲まれており、その半分以上が巨大な岩塊で埋まっている。
岩塊の一部がくり抜かれて居住スペースになっており、そこから藪の外へ延びる飛び石、作業台と果樹園の他、岩塊の向こう側にある便所跡の脇には、木桶のような残骸があった。元はごみ処理箱か何かだろう。
庭の雑草を短く処理してみると、何もないと思っていた場所にも、よく調べれば埋められた石の囲いが数か所あった。
囲いといっても、殆ど埋まって本当に分かりにくかった。囲いの中には何もなく、しかしその造りから、花壇的なものではないかと推察された。
薬用、または食用の草か何かが植えられていたならば、と考えてみたが、あたりは一面の雑草塗れだった。
刈った雑草の山を調べてみれば、中には一応、蒲公英や蓬、菊科のような草も混じってはいたが、長く管理されていなかったので皆細く、汚く、繊維質で、もし食用のものがあったのだとしても、どれも野生に戻ってしまっていた。
洞窟の出入口も2つしかないので、造り的にも庭の設備はこれで全部だろう。
見つけた果樹はりんごと、甘い瓜のような果実。ぶどうもあったが、こちらが幹が倒れて大きく育っていなかった。
実の大きさはどれも小さかった。りんごなどは野球の硬式球よりさらに小さかった。
手のひらサイズの瓜は柔らかく、しかし瑞々しすぎて腐りが早そうだ。匂いも蜜のように芳醇だったが、その所為で殆どの実に小さな虫がみっちりとたかってしまっていた。
肩ほどの高さに、ほんの数房だけなったぶどうを見つけた。粒は不揃いだったが、いくつか摘まんで口に咥えてみる。
皮の渋みこそ強烈だったが、じんわりと口の中に甘みが広がった。果糖独特の、くど過ぎない甘味だった。
りんごとぶどうを収穫する。瓜は中身まで虫にたかられているようなので放置した。虫ごと食えるかもしれないが、気が進まなかった。
果樹に実がなっているということは、今は秋のはじめか、中頃になるのだろう。
太陽の高さから地理を推察するに、北か南か不明だが、結構緯度が高そうだ。森の、あまり豊かではない植生を考えると、カナダが北ヨーロッパぐらいの位置に相当するのかもしれない。
それらを踏まえ、あまり嬉しくない結論が導かれる。
もう数か月もすると、冬が来る。
つまり私の生存戦略的には、数か月以内に近隣の人里へ辿り着くか、さもなければ越冬のための備蓄をしなければならなかった。
ここでの越冬は、おそらく可能ではあるだろう。
燃料となる木はある。
水も食料も確保できる。
ただし収獲が期待できる食料が兎と沢蟹だけである現在、ここにとどまるのは危険が大きかった。
発酵をはじめとする食料加工の術に幾つか心当たりがあるが、結局の所、栄養バランスもそうだが、脂肪、つまりカロリーが圧倒的に足りなかった。
ここにとどまるということはサバイバル生活になるわけで、それは少しの躓きが死に直結する。
たとえ生存が可能だとしても、可能であれば人里を目指すべきだった。
人里に出てしまいさえすれば、魔術師でかつ錬金術師でもある私にとって、生活の糧には困らない。
食料加工に医薬品の調合、道具の作製、魔術の使用に防衛の術。
飢えと病から身を守るには、錬金術というのはある意味最強の学問だ。その需要は、人が生活を続ける限り尽きることはない。
錬金術士とは魔の法を利用した物質加工のエキスパートであり、しかも私は転生という究極の秘儀を(まかりなりにも)成し遂げた、実質的に最高位の魔術師なのだ。歓迎されないわけがなかった。
その日、私は兎を3羽狩り、全部を食肉に加工した。
皮は毛を集め、皮膚は脂肪をこそぎ取った後、革にするために小便や内臓などを練りこんだ。腐敗で繊維をほぐすのは皮の質が悪くなるが、作業員は私一人きり、できるだけ手間をかけたくなかった。
兎の毛は短く、どうにか紡ぐことはできたが、これも手間を考えると毛皮のままにした方がよさそうだった。
翌日から徐々に捜索範囲を広げていった。
このあたりは洞窟を除き、魔術的には未加工の原野なので、あちこちに魔術のピンを打って導べとした。
ピンには沢で拾った石英を触媒とした。石英の品位は低かったが、その辺りは錬金術の応用で精度を整えた。
魔術の残留ピンは、かなり遠方であっても簡単な探査術で確認できるので、旅の道しるべとしてとても重宝する。
ただし他の魔術に干渉するので、多くの国では街道の休憩所や山中の避難所など、人里離れた場所でしか運用が許可されていなかった。
ここが町中であれば明らかな違法行為だし、森中であっても違法には違いないのだが、ばれなければ問題ないだろう。迷子になるのは嫌だったし、わざわざ地形探査の術式に手間をかけるのを避けたかった。
可能な限り手間を省いた、最短手順で脱出手段を確保していく心つもりだった。
散策の方針としては、基本的に沢の流れに対し、横方向に広がるよう探索する。
沢をある程度下り、そこから横にまっすぐ行って、ピンを打って戻ってくる、というパターンを繰り返す。そのうち沢は無くなったが、後は100m間隔で、ピンでグリッドを描くようにして動いた。
伸びた探索線を基準に、16分割して全方位を探索する。
半径10㎞ほどの範囲を捜索したが、今だ人の痕跡は見つけられなかった。山も丘もなく、ただ一面に森が広がっていた。
ここが、とても広い樹海のただ中だということは分かった。
この森は、地形的にはほぼ水平で、洞窟北の沢が地表に出ているのは100mもなかった。下流では深く地下水に潜っている。
伏流水が浅ければ探査のしようもあるが、岩盤下に潜られては、今の状況ではどうしようもなかった。
とにかく兎が多かった。
森の下生えが少ないのは森の冠上部で日光が遮られていることもあるだろうが、それにしたって限度がある。
みんな兎が食べて、食べて、食べつくしているのだ。
歩きやすくて良いといえるが、しかし食用となる野草もあまり収穫できなかった。
兎がこれだけ大量にいて、一部木の幹も齧られてはいたが、それでも森が枯れていないのは捕食者がいるからだろう。そう考えないとおかしい。
熊か、狼か、それとも大型の猫科の何かだろうか。
これだけ兎がいるのだから、捕食者にも確率的に出会ってもよさそうなものだが、なぜか出会わない。
生存域や活動時間が異なるのか、出会う野生生物はひたすらに兎ばかりだった。
兎に比べれば数は少なかったが、鳥やリスのような小動物もいた。
多くは姿を見せる前に逃げていった。
積極的に人を避ける事から、そう遠くない場所に人は住んでいるのだろう。
兎一羽の肉量と比べると、わざわざ鳥を狩る気にはなれなかった。
十数日が経過し、探索範囲が洞窟の壁面いっぱいに描かれるようになった頃には、庭先の木枠フレームには吊られた兎が何十数も並ぶようになった。
その革で、私は何夜か夜なべして、鞄の試作品を作ってみた。
制作した背負い鞄は、一応使用には耐えそうだが、やはり革の質が雑なせいで、積極的に使いたいとは思えない出来だった。
洞窟の寝室、私が目覚めた場所の非常箱に入っていた鞄は、容量が15ℓ程の小型のもので、日を跨ぐ探索には容量としてはかなりぎりぎりだった。遠出をするには出来れば30ℓ以上のものが欲しかった。
大型の鞄を作るか、それとも小分けに持つかは悩みどころだ。
木製の背負子を組んでもいいが、質の良い木材が容易く得られるわけもなく、加工の手間がかかる。それなりに重くもなるだろう。
機動性は犠牲になるが、荷は毛布に包んで担いでいくという選択肢もあった。
良い鞄はあれば便利だが、他にすべきことが多数ある現在、こちらはあまり優先すべきではないのかもしれない。
皮は鞄にするより、パッチワークで大きな一枚布として加工し、敷布兼寝床とするのが良いだろう。
服は丈夫で、予備にもう一着、肌着は数着あったから緊急性は今のところ低かった。
ただし衛生が問題で、初日こそ肌着の洗濯に石鹸を使ったが、もったいなかったので翌日からはイオン水を生成し、それで洗濯した。肌もそれで洗った。
イオン水だけでは本格的な泥汚れを落とすのは難しかったが、散策程度の汗や皮脂汚れを落とす分には間に合った。実際にはあまり間に合っていないので、週に1回程度はきちんと石鹸で洗濯したほうがいい気もする。
それでも、手間を考えると出来るかぎり洗濯の回数は減らしたかった。
今の体は若く、代謝も活発なので、なんだかんだで一日野外を散策すればかなり不衛生になってしまう。
手洗いの洗濯はそれなりに時間のかかる作業だし、毎回石鹸を消費するのも問題だ。イオン水ですすぐ程度であればそこまで我慢しなくていいのでは、等と様々な思惑の結果、とりあえず石鹸は節約しつつ、服は毎日すすぐことにしていた。
薪置き場の乾燥機能を使えば、生乾きの服を着るはめにならないのは助かる。
しかしそんなやりくりでさえ、洞窟の設備があるから出来ることで、野宿では出来ないだろう。
気温は寒いぐらいなので、旅に関しては一週間ぐらい、何なら1か月以上でも、保熱さえすれば衛生的には大きな問題はないかもしれない。
しかし、新生したばかりの私の肌はそんなに丈夫ではない。
赤ん坊並みとまではいかないが、それなりに柔い今の私の肌を考えると、何かしら工夫はした方がいいような気もするが、上手いアイデアが浮かばなかった。
最も重要なのは水と食料だ。
洗浄水は今のところ、洗濯と同じで壺に水をためてイオン化させたものを使っている。
沢水そのままでは肌が荒れるし、水のイオン化には浄水効果もある。飲料水は更にそれを煮沸してから飲んでいた。
どれもそれなりに手間だが、生水を飲むのは気が進まなかった。平地の、しかも水量のさほどない沢水なんて汚染されている可能性が高い。調べた直後は大丈夫でも、いつ上流で汚染されるか知れたものではなかった。
食料は一応、干した兎肉が大量に確保できつつあった。
量は少ないがりんごやぶどう、野草もあるし、沢蟹もあった。
問題はやはり水だった。
私の持っているの水筒は2ℓの革袋か一つ、1ℓの金属筒が二つ、計4ℓ。
イコール、それが私の活動範囲になる。
極地法、つまり物資を前置して距離を稼ぐことも考えたが、容器がなかった。その材料もなかった。
皮を鞣して水筒を作るか、木を伐採し、加工して樽でも作るか。
どちらにしろその間に冬が来てしまいそうだ。
恐らく氷点下になるであろう冬の旅に、装備不足で挑みたくはない。
洞窟で冬を過ごす覚悟を決めるべきなのか。
悩む。
洞窟を中心とした散策範囲は、半径20㎞程に達しようとしていた。
森の景色は殆ど代り映え無く、時々目印になりそうな岩場や気があるだけで、基本的な植生も変わりなかった。
私はもう、兎肉と野草の骨髄スープに嫌気がさしていた。洞窟の沢蟹は私の為に絶滅した。
食事に脂肪分が殆どないので、私はがりがりに痩せた。野草こそ収穫が増えたが大して糧にならない。
余分なカロリーがないので筋肉もつかず、若い肉体は内臓こそ元気だったが、気を抜くと体が筋張って常に痛かった。
地面に掘った穴に泥水をためて焼いた石で熱し、これを風呂に見立てて浸かることだけが日々の唯一の楽しみだった。
これだけ散策範囲を広げても、洞窟傍以外に水場が全く見つからなかった。
確率的にはおかしい気がする。これだけ大量にいる兎たちだって、皆水を飲んでいるに違いないのに。
が、実際に無いこともあり得るし、私が見逃していることも考えられた。どちらかはわからない。恐らく逃しているのだろう。
私の使用する「森歩きの魔術」は、森での知覚や移動が有利になり、木枝などのひっかき傷や泥汚れ、虫や小動物からの防御性能が上がる、などの効果があるが、その使用にはそこが森中であり、かつ拠点からの距離が一定範囲内という条件がある。
探索距離が拠点である洞窟から20㎞近くまで離れると、防護の効果が消えかけているのが感じ取れた。
実質的に、この距離が限界だろう。
これで何も見つからなければ、そろそろ冬籠りの準備を始めなければいけない。
そう考え始めた頃、私は洞窟から南西方向に約20㎞、その更に西方向に、まるで刃物で切り裂かれたように、森の中に唐突に現れた直線的な切れ目を見つけた。
木に登って、樹冠の辺りから遠くを見る。
それなりに幅を持つ川のような切れ目と、その向こうに一帯の森があって、そのまままばらに緑が消えつつあった。
私は拡大魔術の「遠見の魔術」を限界まで強化して使ったが、それでもはっきりとは見えない。
距離としては15~20㎞程になるだろうか。
北から時計回りに、既に他の方向は確認していたから、後は西と北西が残っていた。
やや強行しつつ、3日かけて西と北西を確認した後、推定:川への最短方向は西南西かと思われた。
復活してから、計23日が経過していた。
【リザルト】
手製の槍 落とし穴の刃(短剣:50㎝)を取りつけた木の杖 刃は防錆性だが茶色に変色している。
皮の鞄 兎の皮で作った手製の鞄 20L 筋糸や皮の質が悪く、激しく使用すると低確率で壊れる。
木製の背負子 枝と木の繊維で作った背負い器具 結構重い 椅子としても使える。
兎の燻製肉 兎肉をよく乾燥させ、野草の煙で燻したもの 大量 もうあきた。
ドライフルーツ りんごやぶどうを角切りにして乾燥させたもの じんわりと優しい甘味。
フルーツティー りんごやぶどうの皮を乾燥させて煎じたもの 湯に入れてそのまま飲む 酸味が旨い。
よもぎ茶 よもぎの葉を乾燥させて煎じたもの 湯に入れて飲む、葉ごと食してもいい。
毛皮の敷物 兎の毛皮を継いで一枚にしたもの ふかふか 濡れると少し生臭い。
獣脂ろうそく 兎の皮下脂肪で作ったろうそく 燃やすと焼肉臭く、煙が多い 食用も可だが、衛生管理しない品なので偶に食中毒。
石英の小石 石英のくず石 玉髄も混じっている 魔術の触媒として加工済み。
らくがき版 ただの木の板 日付や地図などのメモ書き 書き直されては古いものは薪として燃やされる。
少し髪が伸び、魔術容量UP!
継続的な森歩きにより体力UP!
十分な栄養摂取が出来ていない 筋力・魅力DOWN!