63,準備期間とみんなの努力
大神殿から来た子供達には早く馴染んでもらいたい。
けれどどうせなら街の人達にも喜んでもらえるように、ちょっとしたお祭りみたいにもしたい。
きっとそうして楽しい雰囲気を作れば、その空気に触れて馴染める子供達だって増えるはず。
そうした考えから三週間の準備期間を設け、私はある人達に協力を仰いだ。
「ということで、バザーの日までに、みんなには色々作ってもらおうと思います!」
「色々?」
「何をしたらいいのー?」
ライとテルセロ様に許可を取り、今日は一日孤児院で過ごさせてもらう。
そして今、私の後ろには多くの先生達が並んでいる。
「この街には沢山のお仕事があるよね? みんなは大きくなったら何がしたいか、決まってるのかな?」
「わたしはみこになりたーい!」
「ぼくはしんかんー!」
小さな子供達は外に出ないからか、身近な大人の職を言う。
はーい!と手を挙げる姿は可愛く微笑ましいが、きっと他の選択肢が思い浮かばないのだろう。
十歳前後の子供達はあれこれ囁き合っているようだ。
「神官や巫女も素敵な仕事だよね。でも、街にはいろんな仕事があるんだよ。例えば料理を作る人や服を作る人、武器を作る人に小物を作る人」
「なんでも作れるの!?」
「頑張ってお勉強したり練習して、作れるようになれるんだよ。 今日はね、そんな先生達に来てもらいました!」
私は横にずれ、その人達に子供達の前へと出てもらう。
そこにはバザーの商品作りに活かせそうな手仕事を教えてくれる人達が揃っていた。
「じゃあ、奥から自己紹介をお願いします!」
「おっ、まずは俺からだな! 俺は大衆食堂トゥルガで料理を作ってるカンディだ。宜しくな」
「私は裁縫師のアサレアです。ディア様のドレスの刺繍をさせていただいたこともあるんですよ」
「わたしゃ雑貨店を営んでいるソエといいます。仕入れた商品だけじゃなくて、手作りで鞄や人形なんかも作っているよ」
「儂は武器屋のラモンじゃ。子供に武器はちぃと早いじゃろうから、革で作るようなものがええかのぅ?」
自己紹介が終わると、子供達は目を輝かせて四人を見つめていた。
しかし大神殿から来た子供達はやはり警戒しているのか、遠巻きに見ているだけ。
その様子を見て、私は早速子供達に問いかけた。
「今度のバザーでは、みんなの作ったものを売りに出そうと考えていて、みんなの協力が必要なの。力を貸してくれる?」
そう聞くと、大神殿から来た子供達も私が協力を依頼するものなのかとソワソワし始めた。
元々この神殿に居た子達は「やるー!」「何作ろうかなぁ」とワクワクしているようだ。
「じゃあ確認を取っていこうかな。教わりたいと思った、四人の先生のところに集まってみようか。どんなことを教えてもらえるのか、何が作れるのか聞いてもいいよ」
私がそう言うと、四人は距離を取ってバラけてくれた。
そこへバァン!と孤児院の扉が開かれる。
ギョッと振り返ると、そこに立っていたのは神殿の司教様だった。
「司教様!? ど、どうしてこちらに……?」
「酷いではありませんか! 孤児院の子供達に職業体験をさせるなら、私達神官や巫女の仕事だって教えていただたかないと!」
いや、職業体験のように見えるだろうが、そうではないよ……という言葉を飲み込み、私は司教様にバザーで販売する商品を子供達に作ってもらう話を伝えた。
神殿前の広場を借りるので、バザーの件は知っているはず。
そう思って伝えると、司教様はなるほどと納得した。
確かにこの間、神官や巫女のなり手を増やしたい話を聞いていた中で、職業体験をしているような姿を見たら、こちらにも話を!と言うのは当然だったなと少し反省する。
しかし、今から行うのは職業体験ではなく、バザーに売り出す商品作りなのだ。
神官や巫女の出番はない。
私から話を聞いて暫く思案していた司教様は、ハッとした表情を浮かべてから耳打ちをしてきた。
「いかがでしょう?」
「とってもいいと思います! やりましょう!」
その提案がとても素晴らしかったので私が力強くサムズアップすると、司教様は慌てて神殿へと戻っていった。
「今の神官様、何しに来たの?」
「ちょっとした提案をしてくれたんだ。はい、みんな注目ー! もう一人先生が増えることになりました! その先生は手で何かを作るんじゃなくて、みんなの声で作るものを教えてくれますよ」
子供達はきょとんとした顔で「声?」「声で作るってなぁに?」と聞いてくる。
暫く待っていると、息を切らせた司教様と一人の巫女が孤児院に入ってきた。
「フゥーー。……神殿で巫女をしております、ヒセラと申します。私は皆さんと一緒に聖歌を練習して、バザーで発表させていただきたいのですが、いかがですか?」
「聖歌? お歌を歌うの?」
「そうだよ。 この巫女さんが、みんなに歌を教えてくれるの。みんなで一つのお歌を作るんだよ」
小さな子供達は神官や巫女が選択肢に現れて嬉しいのか、ぷくぷくのほっぺを赤らめながら悩み始めた。
それからは五人の先生達に、子供達を引き込むためのアピールを始めてもらう。
各々何が出来るのか、どんなものが作れるのか、子供達に聞かせる。
みんな目をキラキラさせて、先生達から話を聞いていて可愛らしい。
そんな中、私はどうしようと視線を彷徨わせているトーイ達の元へと向かった。
「みんな」
「ディア様……」
「ディア様、あの……」
積極的に動けないことを恥じてか、それとも心苦しく思ってか、子供達の表情は暗い。
私はそんなみんなに明るく声をかける。
「みんなは話を聞いて、何か作りたいものはあった?」
「え?」
「カンディさんはきっとバザーで売り出すお菓子作りかな。アサレアさんには刺繍を教わってハンカチ作りになる予定だし、ソエおばあちゃんは籠バッグ、ラモン爺は革でお守りを作ってもらうんだ。ヒセラさんはさっき聞いた通り、歌の練習をして披露するんだろうね」
私の説明を聞いて、トーイがぽつりと「お守り……?武器屋に、お守りがあるの?」と呟いた。
「武器を売るなら、命のやり取りがあるってこと。相手は人だけじゃなくて害獣や魔獣だっているからね。だから無事に帰ってこれるようにって、武器屋にはお守りが置かれているんだよ」
「命の……やり取り」
みんな目を伏せて、辛そうな顔をした。
きっとそれぞれの心に、消えない悲しみや憤りが渦巻いているのだろう。
私はみんなの頭を撫でていく。
「私も孤児院で育って、思うところはあったよ。毎日楽しいなんてことはないし、辛い日だってあった。こんなにモヤモヤするのは子供のうちだけで、成人すればしっかりした大人になれるのかなと思ってた。でも違ったの」
「違った……?」
「うん。成人したって、そんなすぐに大人になれるわけじゃないし、大人になっても失敗したり後悔することは沢山ある。それはもう、悲しいくらいにね」
威張るように「私、ライには今でも時々怒られてるからね!」と少しおどけてみせると、子供達は目を丸くしたあとに苦笑した。
「沢山悩んでいい。沢山考えていいの。その気持ちは、貴方達だけのものだから。でも、私の気持ちも私だけのものだから、伝えさせてね。みんなには幸せになって欲しいんだ。辛かった分、笑顔にしてあげたいって思うの。……それだけは、覚えておいて」
「あ……」
「ディア様……っ」
私の言葉で何人かが顔を歪め、涙を堪えていた。
私はそんな子達の手を引く。
「みんなは何がしたい? これからいろんなことをして、いろんなものを見ていこう。先生一人ずつに話を聞いて回ってみようか!」
「……はい」
そうして子供達は五人の先生の元で、一日中何かを教わっていた。
何度も先生達が五人全員揃うのは難しいだろうから、練習用の素材を置いて帰ると言うと、子供達は毎日作る練習に励むと意気込んでくれた。
それから――。
神殿に顔を出す度に、少しだけ孤児院を覗くようにしてみると、子供達から「見て見て!」「こんなのが出来るようになったの!」と嬉しい報告をしてくれる。
大神殿の子供達も各々作りたいものを見付けたようで、トーイはどうやらあの時気になったお守りを作ることにしたようだ。
「上手く出来そう?」
「まだ難しいけど……頑張ってみます」
教えてもらって何かを得たのか、トーイの目には光が灯っているように見える。
私は「楽しみにしてるね」と伝え、その場を後にした。
そうして三週間の準備期間があっという間に過ぎ、バザー当日。
これまで街に出た時にさり気なく宣伝しておいたから、きっと今日は街の人達が沢山来てくれるはず。
私は早く屋敷を出て、準備を手伝いに向かった。
孤児院に到着し扉を開けると、そこには子供達の力作がずらりと並べられていた。
それらを見た私は感嘆の声を上げる。
「沢山作ったねぇ!」
「ディア様、凄いでしょ!」
「ディア様、これ昨日焼いたんだよ! 食べて食べて!」
子供達は自分の作ったものを見て欲しそうに群がってくる。
カンディさんは昨日の昼過ぎに孤児院へとやって来て、今日のためのクッキー作りを手伝ってくれたらしい。
私は差し出されたクッキーを手に取り、頬張る。
日持ちするよう硬めに焼かれたクッキーは、サクサクとした食感で甘くて美味しい。
「うん、すっごく美味しい!」
「ほんとー!?」
「ねぇねぇディア様、僕の作ったのも見てー!」
「わたしもー!!」
わらわらと差し出される手を見て笑ったあと、私は「ほら! もうすぐ時間になっちゃうからね。みんな商品を置いて」と声をかける。
子供達は渋々置いてあった場所へと戻していく。
そうして並べられたものを確認していると、とある商品を見てギョッとした。
「えっ、上手すぎない……?」
それはアサレアさんに教わったのであろう、刺繍がされた沢山のハンカチだった。
針を持たせるのが危ないような幼い子供達はミサンガを、針を持っても大丈夫そうな年頃の子供達は刺繍を教わったと聞いていたが……。
その中にとても上手なハンカチが置かれている。
何年練習しても不器用な私よりも、こちらの方が上手いかもしれない。
私がハンカチを手に取ってまじまじと見ていると、
「それ、ロンナちゃんのだ!」
と声を上げた子が居たので、私は名前の挙がったロンナへと視線を向けた。
突然呼ばれたロンナは、恥ずかしいのか顔を真っ赤にして、手をもじもじさせている。
「凄く上手ね! 私、刺繍苦手だから、凄く羨ましい……。とってもよく出来てるよ」
「ほ、本当……ですか? 嬉しい……。頑張っていっぱい練習してよかった……!」
「みんなも凄く上達してるし、ミサンガも刺繍も知らなかったのに頑張ったね!」
そう言って私は全部の商品を褒めていく。
何人かは指や手に包帯を巻いていて、私は子供達に治癒をかける。
みんな初めての体験だったろうに、本当によく頑張ってくれた。
「よし。みんな頑張ってくれたから、私がこの商品におまじないをかけてあげよう!」
「おまじない?」
私は持ってきた袋から、とある商品を取り出す。
それはホロンビスの孤児院でバシリカとの決着を付けたあと、熱を出して隔離されてしまった時に練習用の布で作った、大量のハンカチ。
練習用の布と言っても、平民にとっては十分な質だ。
ハンカチなら男女問わず使いやすいだろうし、数があっても困らないはず。
もし売れ残ってしまっても、子供達にあげればいいだけだと思い、持ってきたのだ。
私は子供達のハンカチの後ろに自分の作ったものを置き、前で手を組んだ。
「幸運を」
私がそう唱えると、子供達の作った商品が仄かに光を帯びた。
わっと驚く声が広がるも、光はすぐに収まる。
「みんなが作ってくれたものにちょっとだけ加護を付与したから、商品を買ってくれた人に小さな幸運が訪れるようにしておいたよ」
「えぇっ!? 大聖女様の加護なんて……」
「ぼくたちもほしいよぅ!」
「ふふっ! みんなにはまた後でご褒美をあげようね」
ずるいずるいと言う子供達を宥め、私はみんなに気合いを入れる。
「さぁっ! 今から陳列して、来てくれるお客様の対応をしてもらうよ。今日は交代で頑張ろうね!」
「「「「はーーいっ!!」」」」
子供達は元気よく返事する。
その中に少し照れながらもみんなの輪に混ざり、それぞれの教えてもらったチームの中で微笑む大神殿から来た子供達の姿があった。
(うん、みんな前よりもずっといい顔してる。私も頑張るぞっ!!)




