05,お祝いとこれから
次の月。
私はライに呼び出され、二人で会う約束をしていた。
十三歳になった私は、一人で街に出ることを許されるようになっていた。
けれど別に街に出る用事もないし、お使いに出る時は基本孤児院の誰かと一緒に行く。
だから別に一人で出かけようと思ったこともなかったし、ライとも孤児院でしか会っていなかった。
(外に呼び出すなんて珍しい。どこに行くんだろう……何かあったのかな?)
そう考えながらぼんやりと孤児院の入口に立ち、ライが来るのを待つ。
国の中でも公爵領は南に位置しているから、冬でも比較的暖かいと言われている。
それでも二月は流石に寒い。
手を口元に近付け「はぁ」と息を吐きかけていると、公爵家の家紋付きの馬車がこちらに向かってきた。
目の前で停まり、扉が開く。
「外で待ってたのか。中に居ればよかったのに」
降りてきたライを見て、私は息を飲んだ。
普段孤児院に戻ってくる時の格好とは違う、貴公子らしい服装。
厚手で温かそうな黒のフロックコートやズボンに、グレーのベスト。
ライらしい、緩く巻かれた青いネクタイ。
そのどれもが上等そうに見える。
髪も撫で付けられていて、いつもの雰囲気とはまるで違った。
(ら、ライ……!? びっくりした、一瞬誰か分からなかった……!)
ライはそんな私に気付いていないのか、少し慌てた様子で私の手を掴み、その冷たさに顔を顰めた。
ライの手は大きくて、包み込まれた途端じんわりと温かくなっていく。
私は大丈夫だと笑ってみせる。
「だって孤児院で待ってたら、みんなからからかわれそうだもん」
「あぁ……なるほどな。悪い、遅くなって。行こう」
何故か少し不機嫌そうなライは、私の手を取ったまま馬車へと誘導し、乗り込む間も支えてくれた。
まるで自分がお姫様にでもなったようだ。
(な、なにこれ……! これがエスコートってやつなの? ら、ライがちゃんと紳士してる!! ……ちょっと待って。私、今からこのライと出かけるの? 私、こんな格好なのに!?)
流れるように紳士らしい対応をされ、私は妙にドキドキした。
相手はライなのに不思議なものだ。
これまで服装など気にしたこともなかったくせに、妙にそわそわしてしまう。
そんな自分を誤魔化すように、私は意地悪くはにかむ。
「ふふっ、今日のライは紳士の日なの?」
「……煩ぇよ」
照れ隠しのようなことを言うと、ライからはぶっきらぼうな返答が返ってきた。
なんだか少し安心した。
連れて来られたのはメインの通りからは外れているものの、見るからに高級そうな洋服店だった。
私が仰天しながら店を見上げていると、ライから手を引かれた。
「ち、ちょっとライ! このお店に入るの……?」
「あぁ。公爵が予約してくれてるからな」
「!?」
なんで!?と目で訴えかけるも、ライはスルーして店へと入っていく。
どうやらそこで服を貸してもらえるようで、私は店員達にされるがまま、青色の可愛いワンピースを着せられ、髪も綺麗に結われた。
裕福な家の娘くらいには見えるだろうか。
「…………」
「……ちょっと。せめて何か言ってよ」
私がもじもじと出ていくと、ライは目を見開いたまま固まってしまった。
私自身、少し青みがかったグレーの髪だと思っていたのだが、店員達が丁寧に髪を梳いてくれたところ、絡まっていた髪が解けて一本一本の色味がハッキリと分かるようになったらしい。
店員達から「まぁ! お嬢様の御髪は艶やかな銀だったのですね」と言われて驚いた。
いつも子供達の面倒を見たり、炊事洗濯に追われているせいか、髪なんて邪魔にならなければいいと、高い位置で一つに括るくらいしかしてこなかった。
そう店員に伝えると、サラリとした髪を活かしてツインテールにされ、くるくると巻かれてしまったのだ。
そのせいか少し幼く見えて恥ずかしい。
なのにライが何も言ってくれないせいで、余計に居心地が悪く、むずむずする。
「……思ってたより似合うもんだな」
「ねぇ、一言余計じゃない?」
むすっとした顔を浮かべる私を見て、ライはクツクツと笑うと、機嫌が戻ったのか私の頭をぽんと撫でた。
「それだけじゃ寒いだろ。ケープも貸してもらえ。……じゃあ次の店だな」
「えっ」
ライに手を引かれるまま歩くこと数分。
目の前にはまたもや高級そうなお店が。
中に入り、ライが名前を伝えると、すぐに個室に案内された。
どうやら次は飲食店らしい。
店内はとても明るく、煌々とランプが点いている。
目が眩むほどの白い壁に、見たこともない綺麗な調度品。
チラリと見えた他のお客様達は、全員仕立てのよさそうな服やアクセサリーを身に付けている。
(このために着替えさせられたのか。え、でもこの服って貸してもらってるだけだよね? この服でご飯食べるの? 汚さないか怖いんだけど……っ!?)
私は戦々恐々とした心持ちのまま、一言も発することなく指定された席に座る。
すると、注文もしていないのに食事が運ばれてきた。
順々に出てくる格式ばったコース料理ではなく、テーブルいっぱいに料理が並べられていく。
(お、美味しそうな料理ばっかり……っ!!)
食前の挨拶を済ませると、ライは黙々と食事を始めた。
私もおずおずと食事に手を付ける。
(なにこれ……! こんな美味しい食事初めて!!)
どれもこれも美味しくて、舌が蕩けるとはこういうことを言うのだろうと感動する。
気付けば私も食事に集中していて、ほどほどにお腹が満たされた頃にライが声をかけてきた。
「美味いか?」
「うん、すっごく美味しい! ……でも、どうして? ライ、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」
私がそういうと、ライは「あぁ〜〜」と間延びした声を発した後、ボソリと呟いた。
「……誕生日なんだよ」
「…………誕生日? えっ? 誰の?」
「俺の。対外的には孤児院に連れて来られた十一月が誕生日ってことにされてるけどな。俺、本当の誕生日は今日なんだよ」
「えっ!? そうなの!?」
私は初めて聞かされた事実に驚いた。
フイッと顔を逸らしているが、ライの耳は僅かに赤い。
公爵様はライの誕生日のお祝いとして、こんな席を用意してくれたようだ。
「ライの本当の誕生日は二月だったんだ! え? もしかしてライ、今日成人ってこと?」
「……そうなるな」
「わあぁ! おめでとう!!」
「……おぅ」
私はそのやり取りで、なるほどと納得した。
ライは気恥ずかしかったのだ。
高級な服を着て贅沢な食事を食べる理由が、自分の誕生日のお祝いだなんて言うのが恥ずかしかったのだろう。
「でも、どうして私だけ?」
「別に孤児院の奴ら全員に、俺の誕生日を教える必要はねぇからな。あいつらの中では俺の誕生月なんて十一月のままでいいんだよ。でもディアには……これからのこともあるから、ちゃんと話しときたくてな」
ライが「これからのこと」と口にした時、少し声のトーンが低くなった。
心臓が嫌な音を立てる。
だが、私はなんでもないような顔をして「なに?」と返事をした。
「公爵の元で暮らすようになって一年。色々世話にもなってるし、おかげで魔法も剣術も勉強も、まぁそれなりに身に付いたと思ってるんだ」
「うん」
「前に公爵も言ってただろ? 最近魔獣が増えてるって。公爵領は被害が少ない方らしいんだけどな。でも、ないわけじゃねぇ。誰かが討伐しなきゃいけねぇんだ」
その言葉で私は察した。
一度心を落ち着かせようと水を飲んで、ふぅと息を吐く。
「そこに……ライが行くんだね」
「……あぁ。魔法も剣術も、訓練だけじゃ意味ねぇよな。実践しなきゃ、何かあった時に動けねぇって言われた。訓練だけじゃなくて、実際に戦う経験は必要だと俺自身も思う。だから……これから時々、討伐部隊に参加することになるんだよ」
ライが魔獣と戦う。
なんとなくそんな予感はあった。
魔力があり、魔法が使える素養のあるライを連れ帰りたいと公爵様が言った時に、害獣駆除と魔獣討伐の話も聞かされたから。
私は顔を伏せ頷く。
「……うん」
「だから、孤児院に行けねぇ時期が出来るんだよ。あ、でもこっちに居る間は勿論変わんねぇよ? 週に二回は顔を出せるようにはするし……」
「…………えっ?」
私は顔を上げ、ライを見た。
ライは訝しげに首を傾げている。
「あ? なんだよ」
「えっ? なんかこう、遠い所に行っちゃって、もう会えなくなるとかじゃないの?」
「はぁ? 俺が討伐に参加するっつったって公爵領の中だけの話だし、それにそんな何ヶ月もサグラードを離れたりしねぇよ。精々一~二週間くらいの話だ」
ライは呆れた表情で頬杖をつく。
どうやら私はライが出ていくことになったあの時がトラウマになっていたらしい。
また想定外の話を聞かされて、手の届かない所にライが行ってしまう想像をしていた。
「そっか。ちゃんと帰ってくるんだよね?」
「……当たり前だろ」
「怪我には気を付けてね。帰ってきたら、ちゃんと会いに来てくれる?」
「あぁ」
大人びた表情で返事をするライ。
なんだかこのやり取りを噛み締めるように微笑んでいて、心配なのに嬉しそうなライを見て、何故か私の心も満たされた気がした。