04,示してくれた将来
お別れはあっさりしたものだった。
公爵様の計らいで、ライは孤児院で祝える最後の年末年始をみんなと共に過ごし、その数日後に孤児院を卒業。
公爵家から迎えの馬車が来ると、ライは素直に孤児院を出ていった。
ライは出ていくまでの間、文句を言いながらも反抗せずに荷造りをしていた。
「ライのことだから、出ていかないってもっと抵抗したり、立て籠ったりするのかと思ってた」
「あぁ〜〜。休みの日には必ず孤児院に来させろってのを条件にしたからな。仕方ねぇからそれで我慢してやることにしたんだよ」
「………………え?」
――誰に対して?
勿論、公爵様にである。
それを聞かされた私は、今度こそ白目を剥いた。
我慢してやるとは一体どの立場で言っているのか。
公爵様に向かってどんな口を利いたのかを想像し……その先は恐ろしくて聞けなかった。
ライが居なくなっても、生活は何も変わらない。
子供達は変わらず元気だし、勉強は難しいけど楽しい。
みんなと一緒に朝起きて、夜になれば眠る。
何も変わらないはずなのに、なんだか私の心はぽっかりと穴が空いたようだった。
(ライ、元気かな。ちゃんとご飯食べてるかな。公爵様のところで……なんだろう、迷惑かけていないか心配になってきた……)
そんな寂しさと不安を抱いていた私の元に、ライは三日も経たず、すぐ会いに来てくれた。
それから、一週間に二度は孤児院に来るようにすると約束してくれたのだ。
(公爵様のところに行っても、ライは忘れず会いに来てくれた。ここから離れても、ライが私や孤児院を忘れることはないんだ……)
そうして安心出来たからだろうか。
次はいつ来るかな。
その時にはまた勉強で覚えたところを見てもらおうかな。
寂しい気持ちがないとは言えないけれど、ライが来る日を楽しみに、私はこの日常に向き合うようになっていった。
ライによると彼は今、ソログラシア公爵家の本邸で暮らしているらしい。
本当に子供か兄弟なのだろうかと疑ってしまうほどの待遇なのだが、彼は孤児院に帰りたいとよく文句を言っている。
どうやら魔法だけでなく行儀作法も叩き込まれているようで、口も態度も悪いと、講師の先生や公爵様に散々叱られているそうだ。
お屋敷の中ではなんとか頑張っているそうだが、ここに来たら口が悪いのなんの……。
被っている猫を全て脱ぎ捨てたような素の状態で、好き放題に子供達と戯れている。
「少しは紳士らしくなったのかと思ったら、全然やんちゃなままじゃない」
「紳士だぁ? ンなもん、あの屋敷で『坊ちゃん』って呼ばれるだけで勘弁しろっての」
「ぶはっ! ぼ、坊ちゃん……!? に、似合わな……っ」
「いや、笑いごとじゃねぇんだって! 俺もう十五なんだぞ? あの家のガキ二人に言うのは分かるけどよ、初めて言われた時にどんだけ鳥肌が立ったか!!」
公爵様には幼い子供が二人居て、礼儀正しい男の子達らしい。
ライがそんな子達に悪影響を与えなければいいなと、私はヒヤヒヤしながらいつも話を聞いている。
会えた時には屋敷での生活を聞かせてもらったり、孤児院での話をしたりして過ごす。
ライの帰らなければいけない時間までずっと、会えなかった数日分を埋めるように。
そうしてライが出ていって半年が経った、ある日。
ライは十歳以上の子供達を集めて、
「礼儀作法に興味あるやついるか?」
と突然言い出した。
そしてライは孤児院のみんなに礼儀作法を教え始めたのだ。
この孤児院では読み書きを教えてくれるし、簡単な計算も出来るようになる。
それに炊事洗濯も当番制で教え込まれるので、ライ曰く、更に礼儀作法が身に付けば、公爵領の中にある公爵様血縁の男爵家や子爵家といった下級貴族であれば、そこの使用人になれるかもしれないと言うのだ。
身に付けておいて損はないからと、私もライから学ぶことになった。
口が悪くてやんちゃだったライに教えられるのだろうかと思っていたけれど、授業はしっかり行ってくれた。
ライ自身が覚える時に苦労した点も一緒に教えてくれるからか、想像以上に分かりやすい。
(うわぁ、ライがまともに見える……! でも授業が終わった途端、礼儀もへったくれもない様子で子供達と遊び出すんだけどね……)
私はそんなことを考えながら、ライの授業を受けていた。
こうしてライが孤児院に来るたび、礼儀作法の授業が開かれるようになっていった。
それからその結果はすぐに現れた。
ライの授業を受けるようになって半年。
もうすぐ孤児院を出る予定のお姉ちゃんが、本当に男爵家のメイドとして採用されたのだ。
つまり、ライが出ていってからのたった一年で、孤児院出身でもお貴族様の使用人として選ばれることが証明されたのである。
私達は全員驚き、採用された本人も「ゆ、夢じゃないよね……?」と固まっていた。
嘘じゃないのだろうかと疑う部分もあったが、ライがそれを否定した。
どうやらこのサグラード孤児院は公爵様直々に目をかけられていると噂になっていて、そこで育った子供なら問題ないだろうと判断されているらしい。
公爵様お墨付きの孤児院出身という、ブランドネームがあるそうだ。
一時期ライを連れ帰るため、公爵様が頻繁に孤児院まで通っていたこともあるだろうし、最近だとライが孤児院に公爵家の家紋付きの馬車で来ているものだから、領民達はさぞ立派に育ててもらっているのだろうと思っているらしい。
変な期待を背負わされた気がしたが、私は聞かなかったことにした。
「ディアは使用人になりたいとかはないんだよな?」
ふとライは授業を終えてから私に聞いてきた。
そう言われて、私は自分が使用人の仕事をしている姿を想像する。
「うーん……。そりゃあお給金は魅力的だけど、お貴族様の家で働くなんて、ずっと気を張っていなきゃいけないでしょ? それに最初は仕事を選ばせてもらえないだろうし……。 それならやっぱり私は食堂で料理を覚えたいかなぁ」
「……そうか。なら、屋敷の近くに大きくて美味い店があるんだよ。あ、貴族向けの店じゃなくて、屋敷で働く使用人とか兵士が通ってる店な。ディアがそこで働けたら、孤児院を出ることになっても会いやすくなるんだけどな」
ライの言葉に、私は目を輝かせた。
公爵様の屋敷から見て正面の通りは、お貴族様や富豪向けの高級な店が立ち並んでいるため、お使いで買い出しに出たって私なんかが近寄ることはない。
でも、脇道に逸れれば大衆向けの店も出てくる。
公爵様ともなれば使用人の質も高く、貴族出身が多いそうだが、兵士達は平民も多いらしい。
公爵様の元で働く人達が利用する店であれば安全だろうし、何より孤児院を出てもライと会いやすいのは非常に嬉しい。
「ど、どこ!? そこって私のような孤児でも働かせてもらえるのかな?」
「お前ならいけんじゃね? 何でも率先して動くし、人当たりもいいから客ウケも良さそ……う……」
ライが素直に褒めてくれることに驚いていたら、何故かその声色は徐々に低くなっていく。
「ライ?」
私が覗き込むと、何故か射抜くような鋭い目つきで睨まれた。
ぎょっと身を引くも、頭を掻き混ぜるようにぐしゃぐしゃと撫でられる。
ひとつに括っていた髪がボサボサである。
「ちょっと! なにすんのよ!!」
「うるせぇな! くそっ……お前をあそこで働かせんのか……っ」
「何よ! 勧めてくれたのはライじゃない!」
「そうだけど、そうじゃねぇんだよ! あぁ〜〜っ」
今度は自分の頭をぐしゃぐしゃと掻いて、ライは蹲ってしまった。
(な、何なの……?)
「俺が目を光らせときゃいいだけだ……。くそっ」
「ほ、本当に何……? ねぇ、怖いんだけど」
結局どうしたのかと聞いても、ライは何も答えてくれなかった。
何か怒らせたのかと問うも、そうじゃないと否定するだけ。
ライは私に対して喜怒哀楽が素直だから、怒っていないと言うならそうなのだろうと思って、その後はそっとしておいたが……。
結局最後まで不機嫌そうな表情のまま帰っていき、私はずっと首を傾げっぱなしだった。