38,過去の陰謀と新たな王
ライの放った言葉は、時が止まったのではと錯覚させるほどの衝撃で、全員がピタリと動きを止め言葉を失った。
「…………ら、ライ……? それってどういう……?」
さっきのライの言葉を思い返し、私はその方向へと目を向けた。
見た目は決して似てはいない。
どちらかと言えば見た目は間違いなく公爵様に似ているが、しかしその髪色が目に付いた。
「やはりお前がそれを隠していたか、公爵っ! 貴様、許さんぞ!!」
「その言葉、そっくりそのままお返しする。当時お前の婚約者だった我が姉セレイと婚前交渉をしておきながら、隣国から現王妃を迎えるために姉を、そして父と母を亡き者にした王の罪、今こそ暴かせてもらうぞ!!」
貴族達が「どういうことだ?」「セレイ様って、あの……?」と囁く中、公爵様が国王陛下へと近付き睨み付けていた。
両者の魔力が高まっているのか、周囲の空気がピリピリと震えているように感じる。
ライはそんな二人から私を守るように、体をぐっと引き寄せた。
私は抱き締められた体勢のままライを見上げる。
(ライの父親はあの国王陛下で、母親は若くして亡くなったっていう公爵様のお姉様? だから公爵様と似てたんだ。公爵様が昔苦労された話は、これまでの表情の理由は……全てあそこにいる国王と王妃のせいだったってこと?)
突然の情報に驚きながらも、私はふつふつと湧き上がる怒りに強く手を握った。
「お前の姉は病に倒れ、そのまま亡くなったのだ。そうだっただろう?」
「それを確かめたのはお前やそこの大司教だろう。 父や母は姉上の死を確かめようと王都に向かい、その途中で事故に見せかけて殺されたのだからな!」
「何をたわけたことを。証拠でもあるのか?」
国王陛下は公爵様を馬鹿にしたように鼻で笑う。
証拠なんて出るはずもないと自信がありげな態度に、心配で公爵様を見てしまう。
すると「大丈夫だ」とライが小さく呟いた。
私はこくりと頷き、公爵様がどう返すのかを静かに見守る。
「……ここまで長かった。姉上が亡くなり、父も母も逝ってしまって、一人取り残されて約二十年。この時をどれほど待ちわびたか……」
「なに……?」
「事故ではないと叫ぼうと、誰かに暗殺されたのだと訴えようと、成人にも満たない十五歳の私では、お前達の罪を暴くまで辿り着ける未来が見えなかった。公爵となってからは領民達に危険が及ばないよう注意しながら、ずっと機を窺い続けていた。時間と共に警戒心が薄れ、当時を知る者の口が軽くなるまで堪え、少しずつ情報を集めてきたのだからな」
堂々としたままの公爵様の姿に、国王陛下の方が徐々に顔を顰めていく。
「そうして転機が訪れ、見付けたのだ。姉上が残したこの子を。大神殿の地下牢に閉じ込められ、貧民街の子供のようにガリガリに痩せ細った、私の甥をな」
全員の視線がこちらに……ライに集まる。
注目されたライは、鬱陶しそうな顔をしてふんっと鼻を鳴らした。
(大神殿の、地下牢……?)
ドクンと、私の胸が大きく脈打った。
いつかに千里眼で見た、あの残酷な環境を思い出す。
『それに、孤児院の地下には牢屋のようなものもあったんです。中には誰も居なかったけれど、孤児院にあんなものがあるなんて……。言うことを聞かない子供を閉じ込めるために作られたんでしょうか』
かつて公爵様とライの前で言った、私の言葉。
あの時ライは目を閉じ、公爵様は頭を抱えて溜息を吐いていた。
各々悲しみや憤りがあるのだろうと思い、特に深く追及しなかったが……。
まさかライがその環境で生きていた当事者で、公爵様がその家族だったなんて。
「ライがあそこに……あんなところに居たの……?」
「気にすんな。もう昔のことだ」
そう言ってライは私の頭をくしゃりと撫でる。
その手の温かさが、優しさが、余計に胸を締め付けた。
(ライはずっと閉じ込められて過ごしていたの? 十歳くらいまで、あんな場所で……? それにライが前に言ってた、ライを育ててくれた人もあそこで……?)
ライが簀巻きにされて孤児院に連れてこられたあの日。
痛々しい姿なのにボロボロで誰にも心を許さず、私が置いたパンも警戒して中々手を伸ばさなかったライ。
ついにその生い立ちを知ることが出来たが、理解すればするほど私の顔はだんだんと歪んでいった。
「黒き色は王族の血を引く証拠。私が黒い瞳を受け継いでいるのはお前達も知っての通り、私の祖母が元第二王女殿下だからだ。臣籍降嫁し公爵家に嫁いで来られ、この瞳の色を譲り受けた。しかし長年、黒き髪は中々遺伝せず、王族の兄弟姉妹でも黒髪を得たのは唯一お前だけだったな」
「ハッ! だから何だ。そいつは……そう、前王がメイドに生ませた不義の子だ。だから隠すように育てさせていたのだ。それに黒髪など、私のように隔世遺伝の可能性だってあるだろう。それが私の子だという証拠は」
「この子の色を見て分からんか? 今や王族ではお前しか持たない黒い髪、そして姉上と同じ青い瞳、そしてソログラシア公爵家の血筋らしい褐色肌と顔立ち。お前と姉上の子という以外に、ここまで条件の揃う者が他に居るというなら連れてくればいい」
公爵様が強気な態度で言い返すと、国王陛下はぐっと言葉を詰まらせた。
バシリカ嬢の母親がこの件に関してどんな関係があるのかは不明だが、王妃殿下もライを見て反応を示していた。
つまり、少なからず彼女も何か知っているはず。
それに、仮に国王陛下が言う通り前王が手を出したにしろ、その相手が公爵様のお姉様であるセレイ様だったのなら、王家は公爵家の姫を手籠めにした事実を隠して、今の王妃殿下を妃として迎え入れたということだ。
「それに言ったはずだ。少しずつ情報を集めてきたと。その上で決定的な証拠をくれたのは、お前が使っていた騎士達に辱めを受けながらも、その命でこの子を守ってくれたマヤという乳母のおかげだ」
「…………」
その名前を聞いたライは少し寂しそうに目を細めた。
私を抱く手の力が少し強まった気がして、私は体をライに擦り寄せる。
「乳母だと? それに付けていた女はとうに」
「亡くなっているのだろう? マヤはその命が尽きる時に全てを告白するよう、魔法で自身に呪いをかけていたのだ。彼女が亡くなった時、私に知らせを送ってくれたよ」
「何だと!?」
国王陛下が「ただのメイドがそんな魔法がつかえるはずないだろう! デタラメを言うな!」などと喚き散らしている間、私は息を呑んでいた。
ライをずっと育ててくれたマヤという女性は、命を犠牲にしてライを生かし、その上自身を呪って公爵様に知らせてくれたという。
「姉上は公爵領が好きだったからな。お前の婚約者に選ばれ王城に滞在しつつも、頻繁に領地に帰ってきていた。しかし王太子妃教育も終了し、ついに本格的に王城での暮らしを始め出した時、姉上に専属メイドとしてマヤを付け、監視を任せていたのだろう?」
「それがどうしたというんだ!」
「お前は裏切れないようにしていたつもりなんだろうが、そこに死後は含まれていなかっただろう? 体の関係を断り続ける姉上に無理やり手を出しておきながら、隣国から訪問してきた当時王女だった現王妃に目移りし、国としての利益と己の欲から姉上を亡き者にした……と、マヤが教えてくれたよ」
「煩い! あの頃あの女は本当に体調を悪くしていたし、それで亡くなったのだから間違ってはおらんだろう!」
「体調が悪くなって当然だ! お前が姉上を妊娠させたのだからな!!」
公爵様は見たこともないほど声を荒げ、国王陛下に向かって指さした。
その剣幕に、囁き合っていた貴族達もみな口をきつく噤む。
私達は二人のやりとりをじっと見守るしかない。
「マヤは当時を知る者の情報や証拠、そしてライの存在を教えてくれた。こちらには証言や物的証拠も揃っている。お前達を裁くのは捕らえてからでも問題ない」
「捕らえるだと? 国王である私をか!?」
「あぁそうだ。ライ」
「はいはい」
公爵様に呼ばれたライは、私の肩を抱きながら公爵様の横へと並ぶ。
兵士の一人がライに封筒を差し出し、それを受け取ったライは封筒から紙の束を取り出した。
「これはソログラシア公爵家を含む、王家や大神殿の在り方に賛同出来ねぇ貴族達の離反表明だ。持ってきたのは控えだけどな。俺達は今をもって国の方針には一切従わねぇ」
「…………は?」
国王陛下は唖然とし、誰もが目を見開いてそれを見つめていた。
私もライの手にある紙束へと視線を落とす。
一番上にはソログラシア公爵の名前が書かれ、そこには王族への不支持がつらつらと書かれていた。
この紙束全てがそうであるなら、相当な数の貴族が王族や大神殿に背くことになる。
土地を持つ領主貴族なら土地ごと、土地を持たない貴族なら事業や家業ごと。
多くの貴族が、もうこの国には貢献しないと宣言したようなものだ。
だが、わざわざ離反すると書面化して提出するなど聞いたことがない。
「ふ、ふざけるな! 離反など許すはずないだろう!」
「そうだぞ! そもそもそいつらは国に属さずどうするつもりだ? 公爵に釣られて反抗したところで、地方貴族程度など王国騎士団が簡単に捻り潰せるんだぞ!」
国王陛下に続いて王太子殿下も声を上げた。
王太子殿下にとっては、のちに自分の国となるミロキエサル王国から、これほどの貴族が抜けられては堪らないはずだ。
しかしそれを武力で抑え付けようとする姿勢に、私の眉はピクリと跳ねる。
「許すとか許さねぇとかどうでもいいんだよ。俺達はお前らに従えねぇし従わねぇ。これは離反表明の紙であると同時に、新たな王を支持するって書かれてっからな」
「新たな王だと!?」
「あぁ、面倒なことにな。さっきも聞いただろ? 国や民を救いてぇって思うなら、これまでの責任を取って玉座を明け渡せるだろって。お前らが玉座を明け渡すなら俺をこの国の新たな王として、玉座を明け渡さねぇって言うならソログラシアを新国家の公国として仰ぎ、俺を王として支持するんだとさ」
「「「「「なっ!?」」」」」
あっけらかんと言い放ち、ライは肩を竦める。
全員が驚愕の声を上げ、私もぎょっとしてライを見上げた。
「ライが、王様になる……の?」
「らしいぞ。だからディアはお妃様だな」
「へっ!?」
驚いて公爵様に顔を向けるが、あっさりと頷かれてしまった。
再びライへと視線を戻す。
ニンマリと目を細めて「俺を選んだのはディアだからな」と呟くライが私を見下ろしていた。
(そんな話、聞かされてないんだけど!? いや、そりゃあライとはずっと一緒に居たいけど……ライが国の王様で、私がそのお妃様!? 嘘でしょ!?)
理解が追い付かず目を回す私を見て、ライは嬉しそうにはにかんでいた。




