22,自らやってきた証拠
侯爵令嬢は日に日に荒れ狂っていった。
部屋の家具や小物、侍女として大神殿が用意してくれた巫女に当たり散らしてばかり。
聖女だと浮かれている最中に力を失えば、こうなることは目に見えていた。
可哀想だと思う気持ちが少しもないわけではない。
けれどこの一年、私は彼女達に散々罵倒され続け、平民など生きている価値もないような目で見下ろされ続けたのだ。
散々人を踏み躙っていたのだから、それが自分に返ってきたとしても文句は言えないだろう。
視点を切り替え司教様の様子を覗いてみると、司教様より更に立場が上の大司教様まで出てきたようだ。
予想通り、私がまだ力を有しているようなら、秘密裏に公爵領から連れ戻すようにと指示を出していた。
まもなく本格的に冬がやって来る。
南部に位置する公爵領では積雪は滅多にないが、王都や他の地域はそういうわけにはいかない。
そうなれば、私を連れ戻すにしても公爵領へ人を派遣することすら物理的に困難になってしまう。
一刻の猶予もないと、強硬手段に出ることを選択したようだ。
やはりと思いながら、私は成り行きをただじっと見続けた。
数日後、司教様に指示された神官達は数日かけて移動していた。
大司教様や司教様は猶予もないと言っていたのに、神官達は詳細を知らないせいか、またいい宿に泊まりながら旅行でもするようにこちらを目指していた。
悠長にも程がある。
そして神官達が大神殿を出て三日目の夕暮れ時。
ついに荷馬車は公爵領付近まで接近していた。
しかし門から少し離れたところで、荷馬車の馬は突然道の真ん中でぴたりと立ち止まった。
(私の祈った設定がちゃんと活かされてる! よかった。馬は何も悪くないもんね)
私は千里眼でその光景を見てホッとしていた。
例えば今回のように馬を利用して領地に入ろうとしてきた時、馬が結界に気付けず突っ込んでしまったら、弾かれた馬は勿論、乗っていた人も怪我をしてしまう。
そうなれば私を狙う刺客だけでなく、一般人まで怪我をさせてしまう可能性があった。
だから動物達は結界の前で必ず止まらせるよう祈っておいたのだ。
動かなくなってしまった荷馬車から、ローブを纏った四人の男が降りてくる。
そして文句を言いながら公爵領に入ろうとして――見事に弾かれていた。
何度か見えない壁を叩き「なんだこれは!?」と叫んでいる。
「神官達が来ました。今、私の張った結界を叩いていますね。神官が四人、御者が一人です。ただ、旅人を装っているので見ただけでは神官と分からないと思います」
「すぐ確認させる」
公爵様がそう言い、以前門番の人が使っていた魔法の手紙を送ってくれた。
するとすぐに返事が来て『御者含め五人確認。長いローブを羽織っていて神官か確認不可』と書いてあったそうだ。
「おぉ〜〜、しっかり当たってんな」
「その人達が大神殿を出る時から見てたからね」
私は大神殿で動向を探り、私を連れ戻すために派遣された神官達をずっと見ていた。
大神殿を暴く証拠がのこのこやってきたのだ。
このまま帰すわけにはいかない。
「では、一時的に結界を消します。その後は手筈通りに」
「うむ」
公爵様が頷くのを見て、私は結界を解く。
すると男達は首を傾げながらも、再びサグラードの門を目指し、再び荷馬車を走らせ始めた。
彼らが領内に入ったところを見て、私はもう一度結界を張り直す。
そして身支度をし、門まで向かう準備を始める。
門番達が捕らえてくれる、神官達を問い詰めるために……。
「身分証は出したはずだ! 一体何の権限があって我々にこのような仕打ちを!?」
「観光したいと訪れただけで捕らえるなど! この街はどうなっているんだ!」
「一介の門番に過ぎない我々の口からは何も。主から捕らえよと命じられたため、それに従ったまでですので」
門に辿り着き、案内された部屋では押し問答が繰り広げられていた。
案内人の門番が扉を開き、公爵様が中に入る。
その後ろにフードで顔を隠した私とライが続く。
中では男達のローブは脱がされており、その顔をしっかり確認出来るようになっていた。
「その者達か?」
「はい、公爵様。ご指示の通りに」
「なっ!? 公爵様……!?」
神官達はまさか公爵様が直々に来るなど想定していなかったのだろう。
見るからに顔色が変わり、焦りが見え始めた。
「さて、お前達は何者で、何の理由でここへ来た?」
「み、身分証はきちんと門で提示しました! 我々はただこの街を観光しに来ただけです!」
「そうです! 何故こんな風に捕らえられなければならないのですか!」
四人の神官はぎゃあぎゃあと喚いている。
御者は静かに俯いているが、大神殿内から一緒に来たこの御者がどこまで把握しているのか分からない。
ただ指示された通り馬を走らせただけなら巻き込まれて不憫だが、暫く耐えてもらうしかない。
「身分証には何と?」
「商人と。商品を売った帰りに立ち寄ったと言っておりますが」
「そうです! 我々は王都で商人をしております! いくら公爵様でも、こんな横暴な捕らえ方はあんまりではありませんか!」
一人の神官がそう声を荒げると、公爵様はスッと目を細めてそちらに冷ややかな視線を送った。
「私に向かって嘘を吐くか。聖職者ともあろう者が」
「「「「「!?」」」」」
御者も含めた五人がぎょっと目を見開く。
その顔にはありありと「何故知っている!?」と書かれていた。
ライが公爵様の後ろから覗き込み、鼻で笑う。
「お前ら、ディアを無理やり連れて来いって言われて来た神官達だろ? 神官が偽の身分証を使って領地に入ってこようとするなんてなぁ」
「な、なんのことです? 我々が神官ですって? どこにそんな証拠が……」
「私が貴方達を知っている時点で、言い逃れ出来ないと思うけど?」
今度は私が公爵様の後ろから姿を現し、声を発した。
神官達は「聖女!?」と息を呑む。
「大神殿で見たことのある顔ですね。念の為に神官か否か確認されるのであれば、いくら神官装束から商人らしい服に替えていたとしても、首や腕に間違いなく念珠を着けているかと。一般的に売られているものではない聖職者にのみ与えられる念珠ですから、神殿の特殊なコインが付いているもののはずです」
私がそう言うと、門番達が神官達の首や手首を確認し始める。
神官達は「やめろ!」と身動ぎするが、鍛えられた門番達に敵うはずもなく、そこかしこから「ありました!」「こちらもです」と念珠が確認出来たという声が上がった。
「くっ……! 我々はある方の使いでここまで来たんだぞ! そんな我らにこのようなことをするなど!」
「それって大司教様と司教様でしょ? 全部分かってやってるから大丈夫よ」
「は……?」
私の言葉に神官達は目を見開き、困惑を示す。
私はその反応に満足し、目を細めた。
「それより、大神殿のそんなお偉い方々が、神官に身分を偽って公爵領に侵入しろと指示を出し、私を無理やり連れて来いと言うなんてね」
「元よりディア嬢を王都に連れていく際、丁重に扱ってくれと言っていたというのに……。戻ってきたこの子から話は全て聞かせてもらった。私がこの子のためにと渡した金も、一体何処に消えたのだろうな」
「散々こいつを侮辱しといて、テメェらの都合で連れ戻そうったって返すわけねぇだろうが。ディアは渡さねぇよ」
私達三人、そして門にいた兵士達全員から見下ろされた神官達は、やっと分が悪いと理解しだしたらしい。
口々に「私達は指示に従っただけで!」などと言い訳をし始めた。
心底馬鹿馬鹿しいと呆れてしまう。
「司教様も貴方達神官達も、これまで私を平民の分際でって散々馬鹿にしてたじゃない。巫女も見習い達も全員。なのに、どうして今更私に用事があるの? 行くわけないでしょ」
「お前は仮にも聖女だった者だろう!? 聖女様は現在、体調不良だと聞いている。平民のお前とは違い、高貴なご令嬢の体は繊細なんだ。きっとまだ新たな力に慣れず、回復されるまで時間が必要なのだろう。お前にまだ力が残っているのなら、国のために使うのが道理ではないのか!!」
大神殿に居た時のように、神官達は私のことを高圧的な顔で睨み付けてくる。
ライが怒りで飛び出していきそうな気配を察し、動きを手で制すると
「……まだ分からないの?」
と言いながら私はフードを脱ぎ捨てた。
あの頃と変わらない金色の瞳で神官達を見下ろすと、神官達は口を半開きにさせたままこちらを凝視した。
新たな聖女が誕生したはいいものの、ここ暫く侯爵令嬢は体調不良と言って部屋から出てこなくなってしまった。
毎日聖女様に侍っていた者達も部屋から出され、上層部と世話役の巫女以外、今は誰も近付けないようにされている。
何か隠すべき問題でも起きたように。
それに比べ、一時凌ぎだという元聖女がこんなにも美しい金の瞳のままなことがあるのか。
堂々とこちらを見下ろすその瞳は、あまりにも神々しく煌めいている。
その現実に、神官達は私を見上げたままどんどん顔色を悪くしていく。
「私が本物の聖女よ。あんた達が散々馬鹿にしてきた、私がね」
神官達への尋問中、私達が用意していた手紙はすぐに国内へとばら撒かれていった。
魔法の手紙はすぐ貴族の手元に、普通の手紙は陸路で各所に届けられていく。
その手紙によって大神殿は勿論、国は混乱に陥るのだが、牢屋に入れられる彼らがそれを知ることはないだろう。




