12,理不尽な世界に放り込まれて
私を乗せた馬車は一定の速度でひたすら走り続けた。
きっと本来であればゆっくりと進み、街道の途中や村、街などで何度も休憩をしながら向かうのだろう。
しかし、神官達は私相手に気遣いを捨てたらしい。
彼らの労る先は私ではなく、馬の疲労。
(馬以下の扱いをされる聖女ってなんなの……?)
貴族の娘を想定していた豪華な馬車は、柔らかなクッションで座り心地がいい。
そうは言っても座りっぱなしで何時間経っただろう。
いくら柔らかいといえど、石で馬車が跳ねればその衝撃は私に伝わってくるし、クッションが緩和してくれたとしても蓄積されればお尻も体も痛むというもの。
(お尻の皮が剥けた聖女? なにそれダッサ……。聖女だって言うなら今すぐ治癒の力を授かりたいんだけど)
そう自嘲気味に笑う。
当然授かりたいと思って授かれるものでもなし。
私が長時間の移動で疲れていようが、お尻を痛めていようが、彼らはお構いなしに進み続けた。
一泊だけ泊まった宿は、神官達が汚い宿に泊まりたくないといった理由から高級な宿に泊めてもらえた。
私に一人部屋を与える時には、露骨に嫌悪感を顕にしていたが。
一緒に食事をとるのも嫌がられ、私の食事は個室に運ばれた。
(私は別にボロい宿でもいいんだけど? 自分達が選んでおいて私に金をかけるのは嫌なんて、なんて身勝手なの!?)
私は腹が立って、枕をぼすぼすと叩き付ける。
こちらも気分悪く食事をするくらいなら一人の方が余程いいとは思う。
さりとてそんな扱いを受ける謂れはないはずだ。
美しく贅沢な食事は確かに美味しかったし、この個室もとても立派で素敵な部屋なのに、私の心は荒んでいった。
「ライも公爵様のお屋敷に行った時、最初はこんな気持ちだったのかな……」
ふと窓辺に目を向けた。
差し込む光を追い、夜空に浮かぶぼんやりとした月を眺める。
(ライもよく孤児院に帰りたいって言ってたっけ……)
私も、国の中心であり華やかな王都に行けるよりも、こんな素敵な食事や宿を与えられるよりも、トゥルガの住み込み部屋で従業員のみんなと共同生活をしながら、お店にはライがご飯を食べに来てくれる……そんな生活が送りたかった。
(ライ……。今、ライはどうしてるのかな……)
ライの顔を思い浮かべて、私は寂しく目元を擦る。
瞼が腫れると言ってハンカチを差し出してくれるような優しい人は、もうどこにも居なかった。
次の日も朝早くに起こされ、再び休むことなく王都を目指した。
大神殿に到着したのは昼を過ぎた頃。
そこには聖女の到着を大勢が待ち構えていた。
窓から見えた神官達は、憂鬱そうな表情で馬車の扉を開く。
そして、それまで歓迎ムードだった空気は、どう見ても貴族ではない街娘のような出で立ちの私が降りてきたのを見て、一瞬にして凍り付いた。
その最前列に並ぶ、一際煌びやかな服を纏っている人達はどうやら王族らしい。
黒髪に、血の色のように真っ赤な瞳。
王冠を被る国王様らしき人は、こちらを見た途端に表情をなくし、ただ黙って私を見下ろしていた。
透けるような金の髪に小紫色の瞳をした王妃様も、同じ色合いの王女様も、冷めた目で静かに私を見ている。
その中で一人、同じく王妃様と同じ色合いをした、色白で美しい、王子らしき青年だけは感情を顕にし、あからさまに顔を歪めこちらを凝視していた。
公爵様は「せめて下位貴族の令嬢か、商家の娘程度には着飾って行くか?」と気遣ってくださったが、私は首を振って「大丈夫です」とせっかくの申し出を断った。
どうせすぐボロが出るし、それに調べられればすぐに平民であり孤児だと分かるのだからと……。
その結果がこれである。
ヒソヒソと囁き声が波のように広がっていく。
結局私は誰からも歓迎の言葉をかけられないまま、大神殿へと案内された。
その現実を粛々と受け入れるしかなかった。
大神殿に到着してすぐ、昼食も与えられないまま偉い方だという司教様の部屋に連れられ、尋問のような質問を投げ付けられた。
親が貴族の血を引いている可能性はないのか、自分が聖女に選ばれた理由は思いつくのか、何らかのズルをしてその力を手に入れたのではないのか。
大神殿は私が聖女だなんて認めたくないのだろう。
しかし、何も思い当たる節のない私は首を横に振るしかなく、問答の末、苛立つ司教様に「出ていけ」と部屋を追い出された。
それから本来は私の部屋の予定だった場所へと案内されたが、そこは何もないがらんとしたところだった。
聖女に選ばれるのは貴族の娘のはずだから、娘が過ごしやすいよう親が家具を揃えてくれるだろうと想定していたらしい。
来客用の貴賓室で暫く過ごしてもらった後、整えられたこの部屋で聖女は過ごすはずだったのだそうだ。
けれど、そもそも私には親が居ない。
その上、私がいくら聖女だろうと、孤児のために家具を準備してくれるような奇特な人も居やしない。
わざと見せつけるためだけに聖女の部屋を案内した神官は、その後、私を物置のような部屋に連れて来て「お前ならこんな所で十分だろう」と鼻で笑った。
確かに孤児院で過ごしていた私にとっては、こうして屋根があり眠れる場所があれば文句はない。
だが、離れたくなかった公爵領から自分達の都合で連れ出しておきながら、何故これほど馬鹿にされなければならないのだろう。
(本当だったら今頃、トゥルガに引越してエルバさんやみんなの元で働いていたはずだったのに。お仕事して、料理を教えてもらって、孤児院のみんなに料理を教えたり、ライにもご飯を作れていたはずだったのに……)
私はぎゅっと唇を噛み締める。
公爵様の言葉通り、王都には私を軽んじ蔑む人達ばかりが待ち受けていた。
それから毎日、私は聖女としての日々を強要されることになった。
一日の祈りの時間は全部で八回。
朝目覚めて祈り、教典の一節を聞いた後に黙想で祈り、朝食で祈り、昼食で祈り、聖女専用の礼拝室で祈り、日の入りで祈り、夕食で祈り、就寝前に祈る。
起床や睡眠、食前の祈りは十分程度と短いが、それ以外は基本的に一時間祈っていなければいけない。
礼拝堂での祈りに至っては毎日二時間。
つまり一日で最低五時間ほど祈っていることになる。
(何をそんなに祈ったらいいの? 授業で天災が起きたとか魔獣が出たとかは聞かされるけど、それを毎日毎日何時間も祈り続けるなんて無理なんだけど? 祈ってる間に寝ちゃいそう……)
聖女として真摯に取り組もうにも、公爵領と違って国に愛着などない私は、修行のような時間を熟すだけだった。
更に、祈りの時間以外には勉強や労働をさせられた。
まず朝食から昼食までの間は、大神殿で暮らしていくための知識や教養の授業をみっちり受けさせられる。
サグラードの孤児院で育ててもらい、ライにも礼儀作法を教わっていたため、何も分からない愚かな子供ではなかったのは救いだった。
私を扱き下ろし甚振るつもりだったのだろう教師は、とてもつまらなそうな顔をしていた。
次に、昼食から礼拝室での祈りまでの間は懺悔室に放り込まれ、人々の告解を聞くのだ。
許しの権能を受け継いでいるとされる者しか懺悔室でのお役目を担うことが出来ず、見習いは勿論のこと、神官や巫女でも人々の告解を聞くことは出来ないという。
けれど聖女であれば、そのお役目を与えられてもおかしくはない。
これまでは司祭様や大司祭様、時にはあの司教様が行っていたらしいが、どうやら体よく仕事を押し付けられたようだった。
そして、礼拝室での祈りから日の入りでの祈りまでの間は、聖女の力を扱うための勉強や実技訓練を行い、日の入りでの祈りから夕食までの間は大神殿内の清掃を、夕食から就寝前までは毎日禊の泉で水に打たれ続ける。
私はそんな忙しない一日を過ごし、疲労困憊の状態で雑然とした物置部屋に戻ってきて、明日の予習や今日の復習をし、眠い目を擦りながら薄い毛布に包まって眠るのだ。
神官や巫女達は食事の時間の他に休憩時間があり、更には休日もあるのに、私にはこまめな休憩もなければ休日もない。
他の神官や巫女達の禊は定期的に行われる程度で、清掃だって当番制のように見えるのに、私だけは毎日強制されていた。
そのくせ風呂には滅多に入れさせてもらえず、昔褒めてもらってから綺麗に整えていた長い髪は酷く絡まり、またくすんでしまっている。
それに人々の懺悔を聞くお役目。
私が来たことで司祭様や司教様は、こんな時だけ都合よく「聖女としての勤めを果たせ」と言い、これ幸いと自分達の仕事を減らしていた。
――おかしい、こんなの絶対におかしい。
聖女として行わなければならない勉強や訓練、礼拝室での祈りは別としても、その他はみな平等に割り振られるべき仕事ではないのか。
そう思うも、誰も彼も私を見下し、嘲笑い、無視をする。
そんな状況で公爵領に居た時のように、誰かに助けてと手を伸ばすことなど出来るはずもない。
溜まっていく怒りや悔しさは、自分の中で消化するしかなかった。




