佐島 祐作
最近。
ネットでよくこんな掲示板を見かける。
おばあちゃんが死んだじいちゃんに会えたらしい
なんか母さんが幻覚見てんだけど
ベンチになんか独り言呟いてるおっちゃんがいんだけどww
このほかにも、たくさん。
幻覚や独り言の話。
そして一番気味が悪いのは、その大体が、その当事者が翌日亡くなったことで締められていること。
この手のスレが、流行っただけなのか。
それともそういう現象が現に起きているのか。
何もかもが不明なため、今ネットではある意味都市伝説の一つとして、きさらぎ駅なんかと同じようなのと区別され始めている。
ーーーーー
「…………ふう」
俺はパソコンの画面から目を離して眉間に手を当て、ゲーミングチェアの背もたれに沿って体を伸ばした。
俺の名前は佐島祐作。26歳。
広告会社で働いている社会人4年目。
最近後輩もできてそれなりに忙しい日々を送っている。
小さいアパートに一人暮らしで、普段は仕事して、ネトゲして、寝て、みたいな生活をし続けている。
彼女がいないどころかいたこともないさえない男だ。
職場の人たちはいい人ばっかだし、後輩も優秀。
収入もそれなりにあって、貯金もだいぶたまってきた。
いつか結婚して、子供ができて、家族と一緒に幸せに暮らすその日のために今を生きて、働いている。
昔は確かに、なんで生きてんだろ、とか思っていた時期もあったが、それももうかなりどうでもよくなった。
結局明日に期待していた方が楽なのだ。
俺は立ち上がって、冷蔵庫に向かい、麦茶を取り出した。
コップに注いで一気に飲んだ。
「明日は…………八時…………いや七時半起きかな」
俺は部屋の電気を消してベッドに転がり、スマホのアラームをセットした。
大体俺は三回くらいかけてないと起きれないので、七時から七時四十分くらいまで、計四回ほどアラームをかけ、やっと目を閉じた。
ーーーーー
翌日。
俺は職場のデスクに座って仕事をしていた。
「さじーま先輩!!
おはようございますっ!」
すると後ろからそう言われて俺は振り向いた。
「おはよう、猫戸」
そこには後輩の猫戸陽音が、八重歯が見せながら満面の笑みで立っていた。
「はいっす!!」
猫田はそう返事をしてそのまま俺の二つ隣のデスクに向かった。
猫田は去年は言ってきた一番の新人。
身長は小さめで、いつも八重歯がチャーミングポイントだ。
最近は仕事にも慣れてきて、職場のムードメーカー的な存在になっている。
「俺にはあいさつしねえのかよ」
「あ、宇杉先輩もおはっす」
「なんか適当になってね?」
猫田と俺に挟まれた席でそんな愚痴を言っているのは俺の小さいころからの腐れ縁な宇杉令樹。
宇杉はむかし、女たらしの粗大ごみ、というあだ名がついたことのあるやつで、昔っから美容とイケメンに定評がある男だ。
ただ、猫戸にあしらわれるようになってから、自重している節がある。
「なあ、やっぱり俺なんかしたかな」
宇杉が俺のほうによって小さくささやいてきた。
「さあな」
「さあなってお前…………お前には普通なのに、、おかしいだろ」
「女たらし脱却にちょうどいいだろ」
「っ…………」
宇杉はそのまま姿勢を戻して仕事に戻った。
「おはようございまーす」
「…………!!」
すると、そんな挨拶とともに二年先輩の雪浦空実先輩がオフィスに入ってきた。
「お、おはようございます!!」
俺は条件反射で立ち上がり、かなり大声で叫んでしまった。
周りからの視線が普通に恥ずかし――
「おはよう、佐島君」
「…………!!」
いなんてことはそんな一言で吹き飛んだ。
その笑顔と明るい声で発せられるあまりに素直すぎるその一言は
俺は崩れ落ちるように腰を下ろし、そのままデスクに突っ伏した。
「今生に一片の悔いなし…………」
「お前も懲りねえよなあ、ほんと」
「うるせ」
雪浦先輩は俺のあこがれであり、今、俺が思いを寄せている人だ。
いつもは笑顔の似合う清楚な方で、仕事の時の真剣な真顔までとってもかわいい。
ただ、いくら告白されても揺れないことでも有名だ。
「宇杉こそ雪浦先輩のこと気になんないのかよ」
俺は頭を上げた。
向こうでは、雪浦さんが上司とあいさつをしている。
「俺のイケメンは高嶺の花になるほど効かなくなるんだよ」
「随分と使えねえ設定だな」
「うるせ」
俺もやっと雪浦先輩から目を離し、姿勢を直して、仕事に戻った。
ーーーーー
「あ、上司」
「佐島君、そろそろ僕の名前覚えられないかい…………?」
昼過ぎ。飯を食い終えた俺は社内の喫煙所に来ていた。
中ではすでに上司(58)が一服中だったのであいさつしたのだが、少し失礼だったかもしれない。
「安原 彦さんですよね
さすがに覚えてますって」
俺はそう言いながらポケットから煙草とライターを取り出した。
「じゃあなんで呼んでくれないのかな?」
「いやあ、最初のインパクトが強くてつい…………
ノリもいいですし」
煙草の箱の下をトンとはじいて煙草を取り出した。
インパクトというのは社員になって初めての日のことだ。
よろしくの挨拶に伺った時、上司もやたらフレンドリーで腰が低いもんだから俺もかなり安心した覚えがある。
その時に互いによろしくお願いします、と頭を下げた時上司のずらが滑り落ちて行ったのだ。
それだけならまだ自分も、気まずくなったな~、だけでよかったのだ。
でもそのあと、慌てた上司がずらを拾おうとするとなぜか落ちていたバナナに転び、ごみ箱を被って床にぺたんと座り込んでしまったのだ。
絵面があまりに面白すぎて自分も半分笑いながら(半分笑いをこらえながら)上司に、上司大丈夫ですか?、と手を差し伸べると、僕は安原だ…………!、と嘆くもんだからもう大笑いしてしまったのだ。
だって僕っ子ってこの年でも存在してたんだ、と思うと面白いし、何を言おうそのある意味のフレンドリーさも相まって面白い。
話を聞くと上司は昔から不器用な体質らしく、よくああなるらしい。
「ああ…………あの時はほら、てんぱってたから」
そう言って上司はまた煙草をくわえた。
俺も煙草に火をつけ、くわえた。
その不器用。大体一日一回は起きるのだが…………
「ふう…………あちっ」
煙草を口から離そうとした上司はそのまま指が火まで滑ってあたってしまい、かなり手を暑そうにしていた。
「やばいやばい…………」
「大丈夫ですか?」
そう言って上司はすぐに煙草を灰皿スタンドに入れた。
「ごめんねえ…………
水水…………」
そういって上司は喫煙所から出て行った。
なんか面白さより心配が勝ってしまう。
俺は目をつむって一口吸うと、誰かが入ってきた。
「お、佐島じゃねえか」
俺は目を開けて、息を吐いた。
「お前、煙草やめたとか言ってなかったか?」
「いつの話だよそれ
三日前だぜ?」
「十分最近だなあ…………」
禁煙というのはやる気が起きない。
理由は当然、俺の人生から一切の煙草が消える想像ができない。
「お」
宇杉はそう言って喫煙所の外を見た。
「雪浦先輩じゃねえか?」
「マジじゃん」
ガラス越しに、廊下を歩いている優愛木浦先輩が見えた。
手には資料と飲み物を持っているようだ。
喫煙所の前を通りかかると、こちらに少し驚いたそぶりをした後で、笑顔をこちらに飛ばしてくれた。
「…………!」
俺は即座に深く礼をした。
体を起こすともうそこには雪浦先輩はいなかった。
「お前はほんと一途な奴だよな」
「女たらしに言われたくねえわ」
「それとこれとはちげぇよ」
女たらしと一途は関係大有りである。対義語に近しい。
「てかお前、マジで雪浦先輩のこと狙ってんのか?」
「狙うとかいうなよ人聞きの悪い」
「やめといたほうがいいぜ~~
この会社、雪浦先輩のこと好きじゃないやつのほうが少ないんだから」
「知ってるよ」
俺はそう言って少し不機嫌に煙草の火を消した。
「じゃ」
「おう」
そのまま喫煙所を出て、俺はデスクに戻った。
ーーーーー
「サジマ先輩、今日も残業っすか…………?」
夜の九時前。
帰り支度をしていた猫戸がそう聞いてきた。
「安心しろ
時給は出ねえから怒られやしねえから」
「そうじゃなくて、最近ずっとじゃないっすか
そろそろ心配なんすよ!」
「いんだよ別に、そういう時期だしな」
俺はそう言ってディスプレイから目を離し、猫戸のほうを向いた。
「俺は明日休みだから、気にせず帰れよ」
「…………お疲れ様っす」
「おう」
そう言って猫戸は帰っていった。
「よし…………」
そう言って俺はまた視線を戻し、資料の作成を始めた。
内容的にも、立場的にも、プライド的にも、猫戸に任さるなんてことはできない。
猫戸もそれを知っているから、自分がやりますから、なんて等の昔から言わなくなった。
われながらなんとも我儘な先輩だ。
ピト
「うわあっ…………!」
いきなり頬に何かがくっつく感触に俺は反射的に体をびくっとさせた。
「やあやあ、わがままな後輩さんだね」
後ろを見ると、そこにいたのは雪浦先輩だった。
「雪浦先輩…………!
なんでこんな時間に」
「それはこっちのセリフだよ」
雪浦先輩は腰に両こぶしを当てて「ふん」と頬を膨らましていた。
カワイイ。
「私のかわいい後輩がこんな時間まで何してんさ」
「かわ…………じゃなくて
その、明日休みなんで、終わらせちゃいたくて」
「またそう言って、ここのところ毎日一番最後に帰ってるの知ってるんだから」
「ははは」
俺は少し作り笑いでそれを受けた。
「まあ、うちの自慢の後輩はどうせ何言われても曲がんないだろうし」
そう言って雪浦先輩はデスクに珈琲缶を置いた。
「これで頑張ってね
体調には気を付けるように」
「すみません、ありがたく受け取ります」
俺はそう言って、雪浦先輩に少し頭を下げた。
すると先輩は少し不満げな顔をしながら自分のデスクに戻っていった。
「…………っふう…………死ぬかと思った~~~」
俺はデスクに突っ伏した。
だって、めっちゃいいにおいするし、動き一つ一つめっちゃ可愛いし、何より優しすぎるでしょ。
「でも」
俺は頭を上げて、先輩のデスクのほうを見た。
パソコンの電源は切れてない。
「そう言うくせに先輩も残業じゃないっすか」
俺はそうつぶやいてからすぐに体制を直し、珈琲をぐっと飲んで仕事に戻った。
ーーーーー
家に着いたのは23時半のことだった。
家に上がるなり、俺は買ってきた惣菜をテーブルに置き、手を洗いに洗面所に向かった。
鏡に映った自分の顔は、少し髭が伸びていた。
「剃るか」
俺はそう言って、服を脱ぎ、シャワーに入ってから髭を剃ろうと思った。
しばらくして、俺は風呂を済ませ髭を剃った後、テーブルの上に置いた惣菜を持ってゲーミングチェアに座った。
「ふう」
俺は背もたれに体重を預けながらパソコンに電源をつけた。
明日は休みだ。夜のネトゲでも始めるとしよう。
そんなわけでゲームを起動させると、いつも一緒にやってるネトゲ友達がオンラインだった。
せっかくだから誘おうと思って、招待を送った。
すると向こうから「お願いします!」とチャットが来た。
そこから数時間、ゲームをし続けた。途中で飯とかを食いつつ、チャットをしていた。
およそ夜中の三時くらいに、俺たちは解散した。
俺はヘッドホンを外して、パソコンの電源を切った。
「ふう」
一つ息を吐いてから、俺はベッドに倒れた。
ネトゲ友達のネームは『北天』ほくてん、と読むらしい。
曰く本名をいじったらしい。
前、性別は男だと言っていた。
いつも礼儀正しく、しかもかなりやりこんでいて、一緒にやっていてストレスや苦痛を感じない。かなり楽しくやらせてもらえてる。
二、三年前から知り合っていて、以降ずっとバディのような関係だ。
「歯磨き…………は面倒だな」
俺はそのまま眠りに引きずり込まれていった。
ーーーーー
「…………ん」
俺は小鳥と、日の光にうなされて起きた。
「…………あ」
時計を見ると11時半だった。
遅い…………と言えばそうだが、睡眠時間的には多少不安だ。
休日なのに八時間以下の睡眠というのは少しやるせない。
でも、昼ご飯は食べたいし、ゲームもしたいし起きなければならない。
「起きるかあ…………」
そうしてベッドから降りて、冷蔵庫の中を見た。
中には一応冷凍食品があった。
「ん~、さすがに買い物行くかあ?」
このままでは夜ご飯が足りない。
さすがに残業の時は惣菜だが、休みの日くらい普通のものが食いたい。
そう思いながら冷凍食品と、さと〇のご飯を取って、電子レンジに向かった。
ピロン
すると、スマホに着信が一つ鳴った。
見ると、猫戸からだった。
「起きてますか~~(=^・^=)
あんまり残業されるとこういううざい連絡が来ますので、きおつけてくださいね~~!!」
確かになかなかうざいものだ。
こういう関係も悪かないが。
俺はその連絡に対して
「気”を”つける、な
気をつけろよ」
と返して画面を切った。
ーーーーー
俺は昼飯を食い終わってからしばらくネトゲのレベル上げに専念していた。
途中俺は少し考え事をしていた。
確かに残業はよくない。
自分の場合余裕でサービス残業だ。
猫戸も入社当初よく止めてくれていたし、手伝おうとしてくれてもいた。
雪浦先輩も随分困った感じだった。
でも、俺は自分でやってしまいたいとか俺の仕事だ、とかいうプライドがある。
しかも最近はだんだん任される仕事の内容がかなりヘビーになってきたし、人に任せるようなものでもなくなってきた。
そういう俺の考えを分かった二人はある時からは、もう俺に過剰な心配を向けることはしなくなった。
ちなみに宇杉は「ざまあ」とのことだ。心底腹が立つ。
そんないろんな考えが巡るけれど、結局どれも後付けの理由なのかもしれない。
俺のわがままを通すための考え方なのかもしれない。
俺が認めるのが恥ずかしい理由はただ一つ。
『雪浦先輩といる時間が増えるから』
我ながらなかなかにキモイ。
でも、一番単純で、うそ偽りのない理由がこれなのだろう。
雪浦先輩にお疲れさまでしたと言うよりも、言われる方がうれしいしどこか達成感がある。
二人ともにおそらくは罪悪感を押し付けておいて、なんとエゴイストな思考である。
そんなことを考えながら、野良の人たちとクエスト等々をこなしていると気づけばもう外は暗くなっていた。
「やばいな、買い物どうすっか」
俺はヘッドホンを外して尾頭をかきながらそうつぶやいた。
ふと、壁の掛け時計を見ると夜の八時だった。
「…………安くなってるかな」
そう言えばスーパーというのは時間帯的にもう、割引値引きがされているのではないだろうか。
俺はそう思って立ち上がり、さっそく外に行く支度をした。
ーーーーー
「ふう…………
時期は夏下がり。
夜の涼しさというのはなかなか独特な気分をもたらすものだ。
なんちって」
俺はそんなことを一人で呟きながら夜の住宅街を歩いていた。
右手にはそれなりに重いビニール袋がある。
なんだかんだこの時間帯のスーパーというのは安いもので、それなりの量を買ってしまった。
「にしても静かだな」
夜の九時過ぎ。
夜中、と言うには少し早いかもしれないがもうすっかり人の気配がない。
ところどころに電気のついた家ぐらいしか人の気配がしない。
「あ」
ずっと歩いていると、一際明るい建物があった。
赤い幕がたれていて、ラーメンと書かれている。
いわゆるラーメン屋である。
かなり古めのたたずまいで、中から人の声が聞こえるわけでもない。
ラーメンのいい匂いがするわけでもない。
それでもどこか、雰囲気だけで人を惹きつけるものを十分に持ち合わせている。
「入ってみるか」
せっかく買い物をしたわけだが、こういう店はなかなか入る機会が多いとも言えない。
この時間帯からなら自炊をするわけでもないし、それなら店で食った方がいいかもしれん。
そうして俺はその幕をくぐって中に入っていった。
ーーーーー
「らっしゃっせ~」
店に入ると、たった一人の貫禄のある店員(大将?)にそう言われた。
中にはカウンター席しかあらず、下を向いていて上着のフードを深くかぶった女性一人が客としてそこに座っていた。
俺は少しそのお客さんから距離を取って座った。
「何にするよ」
「え?あぁ…………豚骨で」
「あいよ」
急に聞かれた俺はいつもは醤油を頼むがこういうところは豚骨とかのほうがベターなのでは、という思考により注文を終えた。
こういう店に来たことはないに等しいので、かなり緊張していたが、思えばただ食って帰るだけなので何も憂う必要はないだろう。
少しすると、俺よりも先にもう一人のお客さんのほうにラーメンが届いた。
女性客さんはそのラーメンを受け取ると、顔を上げて、フードを脱いだ。
「はあぁぁ…………!」
な~~~んか見たことある顔というか、馴染みのある雰囲気というか。
この、好きなものを目にして顔をきっらきら輝かせている感じ。
あぁぁぁ…………ああああ!
「あ!!」
俺はそう叫んで、席を立った。
すると、向こうもこちらを不思議そうに見上げた。
「雪浦…………せんぱい…………」
「…………あ
あはは、佐島君…………」
そこにいたのは確実に仕事上がりの雪浦先輩であった。
ーーーーー
「だからって隣じゃなくてよくないですか」
「込み入った話だから…………さ」
雪浦先輩は俺に気づくと、そそくさと俺の隣の席に鎮座した。
冷静さを保っている、と言いたいところだが、内心てんぱりを超えて動悸がもう壊れそうなくらいけたたましくなっているし、表情も今どうなっているか自覚がない。
だってさ、めっちゃいい匂いするんだもん。これは仕方ない。うん。
「あいよ、豚骨ね」
「あ、ありがとうございます」
俺のラーメンも届き、先輩はようやく箸を割った。
俺も箸を割り、麺をすすった。
先輩は醤油ラーメンで、スープを先に呑んでいる。
「うまいですね」
「でしょ」
先輩は一口呑み終わるとこちらを向いてそう言ってきた。
その笑顔ににやけそうだったのは勘弁してほしい。
「なんて自慢気なんすか」
「まあ、行きつけの店だし…………」
先輩は急に小声になってそう言った。
行きつけということは何回も来ているのだろうか。
「先輩もこういう店来るんですね」
「人には知られたくなかったんだけどね」
「どうしてですか?」
「だって、私そういうキャラでやってないし…………」
先輩はそう言って麺を勢いよくすすった。
「ああもうしゃべってらんない!
大将!!ビール二杯!」
「え、二杯?」
「君も飲むの!」
そんなわけでなぜか俺は片思い中の人とラーメン屋での酒飲みが始まった。
ーーーーー
ビールが届いて五分後のことである。
「あ~~もうほんと美味しい!」
雪浦先輩はそう言いながらラーメンをすすっている。
二口しかビールを飲んでいないのだが、もう酔っているように見える。
「お酒弱いんですか」
俺はそう言いながらラーメンを食った。
「普段は強いよ~~
ただちょっとだけ、酔おうとして飲んでるからアルコール周るのが早いだけぇ」
なんだこの雪浦先輩。ふらふらしててめっちゃ可愛いんだけど。
「仕事上がりですよね」
「ん、そう
せっかくだから寄ろうと思ってここ来たんだ」
「好きなんですか、ラーメン」
「そりゃもう、ラーメン屋さんを周る旅をしたいと思うくらい好きだよ」
意外な一面と言えばそうだが、この際そんな趣味があったことにとても感謝している。
なんてったってこれは絶好の機会!
いつもは二人っきりでなんてしゃべることはできない。しかしながら、今ならば仲を一気に深められる!!
俺はそう思って、ビールをぐっと一口呑んで気合を入れた。
「ラーメン屋、実際に周ったりはしてないんですか」
「しようと思ってもお金と時間は許してくれないんだよ…………
ま、ここら一帯は大体行ったけどね」
「その中でもここが気に入ったんですか」
「うん
どんなラーメンも確かにおいしいけど、結局食べたくなるのはこういう一見普通のラーメンに見えながらも絶妙なバランスで成り立っていて、カウンター席にはニンニクとかのトッピングが充実しているような店なんだよねえ」
すごいいきなり早口になった。
大将さんをちらっと見ると、一見普通の顔して皿を拭いているが、おそらく照れている様子だった。
「お酒入って、なんか開き直りました?」
「ん
だってもうしょうがないじゃん
こんな私の姿…………他の誰にも、言っちゃだめだぞ~~~?」
そう言って雪浦先輩は赤らめた頬を膨らませながら、顔をぐっと近づけてきた。
「わ、分かりました、分かりましたから離れてください
心臓がちょっと…………」
俺はてんぱってそう言った。
すると先輩が「分かったならいいんだよぅ」と言いながら顔を引いて、また酒とラーメンにがっついた。
「でもまあ、そういう趣味っていいですよねえ
自分もゲーム好きなの誰にも言ってないですし」
「ゲーム好きなのぅ?」
「多分、知らないゲームですよ」
俺はそう言いながらラーメンをすすった。
「私も結構ゲーム知ってる方だと思うんだけどなあ」
「先輩ゲームするんですか」
「子供のころからパソコンが家にあったからね、よく弟と一緒にやってたんだ」
「じゃあ、ゲームの先輩でもあるんですね
自分始めたの高校くらいからですし」
「私は一応あなたの人生の先輩ですからね!」
先輩は自信気に胸をたたいてそう言った。
いつの間にかYシャツ姿になっていた先輩の胸…………
「ふん!!」
「え!?」
俺は自分の顔をぶん殴った。
邪な気持ちは今この場面では余計だ。
「すいません、ちょっと自分を正すために」
「だからって顔殴んなくても…………」
男というのは単純なのである。
ならばその正し方も単純である。
「というか、弟さんがいるんですか」
「うん!これが可愛くって
この前成人したばっかなんだけどねえ…………」
そうして、俺たちの『酒飲み会inラーメン店』は花を開いていった。
ーーーーー
大体小一時間は居ただろうか。
ラーメン店でだべっていた俺たちはさすがに見切りをつけ切り上げた。
会計はというと、俺が奢ろうと思って財布を出すと、先輩が千鳥足でもたれかかってきたと思うとそのまま財布が奪われてしまい、なすすべなく奢られてしまった。
「すいません、お酒代も出してもらって」
店から出るなり俺はそう言って謝った。
「いいんだよぉ、私が勧めたんだし
いい酔い方もできたしね」
いい酔い方ができた、というのは俺がいたから?
いや、そういうのはよくないな。
それよりも。
「酔いすぎだと思いますけど」
「そうかな~~…………うぐ」
先輩は見るからに千鳥足で、しまいにはまだ歩き出してもいないのに電柱に頭をぶつけている。
「駅までなら送っていけるんで、行きましょう」
そう言って俺は先輩の肩を少しもって歩き出した。
「んふふ…………なんか手慣れてるねえ佐島くぅん」
先輩は半目開きで少し笑いながらそう言った。
「何にですか?」
「ん~、女の扱い?」
「…………反応しずらいっすね」
特にそんなつもりはないのだが、事実なら多少宇杉の影響を受けているのか。
明日一発殴っとくか。
「まあ、彼女持ったことある人ってみんなそうなのかもしれないけど」
「…………?
俺彼女いたことないっすよ?」
「え?そうなの?」
どこかで俺の変な噂を聞いたのだろうか。
俺は誰にも彼女がいたなんて言ったことはない。
「宇杉君が言ってたのは勘違いだったのかな」
「…………そうっすね」
…………宇杉か、あいつ…………
「先輩こそ元カレとかいるんじゃないですか」
本音としては聞きたかないが、気になって口走ってしまった。
「私こそいないよ~~、学生時代は根暗だったしね」
「え、意外…………は失礼か」
意外、とはいうものの、内心ちょっとうれしい。
「いいんだよ別に、気にしてないし
私ねがこうだから付き合っても相手のこと大切にできるか怪しいし、合コンも行ったけど結局お誘いとか全部断っちゃったんだよぉ
今となったらあの頃が一番青春してたかもねぇ…………」
先輩はだんだん歩き方が普通になっていった。
酒が抜けてちょっと素面になったのだろうか。
「じゃ、ありがとね!」
気づくともう駅についていた。
「なんだかんだ、こんな時間まですいませんでして」
「こっちこそ、大切な休日にどうもおじゃましました!」
先輩はそう言って、駅の中に走り出した。
「あ!」
と思うと、先輩は突然止まってこっちに走り戻ってきた。
「佐島君」
そう言って俺の顔に近づいてきて俺はすこし後ろに下がり、先輩は唇に人差し指を当てた。
「今日のこと、内緒なの忘れないでね?」
「…………は、はい」
すると先輩は少し笑いながら、走り去っていった。
「…………先輩。心臓足りないっすよ」
先輩の意外な姿を知れたこともうれしかったがそれよりも、その小悪魔なところに俺はドキドキしていた。
ーー猫戸ーー
「ふんふんふ~~~ん」
私の名前は猫戸陽音っす!
新人社会人で、今は残業の帰り。駅まで歩いてるっす。
今日は私が愛してやまない先輩がいなかったんでかなり元気がなかったっす。
それに宇杉先輩が単純にうざかったっす。
…………え?なんで佐島先輩のことが好きか?
そんなの優しくて、かっこよくて、顔、匂い、そのほかいっぱい全部っす!!
「ん!」
そんなことを思ってたら、駅前に先輩を発見っす!!!
今日は休みだったのに…………お出かけの帰りっすかね。
あ、あれは…………雪浦先輩?なんで佐島先輩と一緒に?
「…………は?」
なんか雪浦先輩が、先輩に駆け寄っていって耳元で何かを呟いて走り去っていったんすけど、なんすかこれ。
私は気づいたらバックとかを落として膝をついていました。
ちなみに佐島先輩が視界からいなくなるまで動けなかったので、電車は逃したっす。
ーー佐島ーー
「サジマ先輩、おはっす」
「お、おう、おはよう」
翌日の朝、いつも通りのデスクで仕事をしていると、猫戸がどこか元気をなくして挨拶してきた。
「はっ!
お前もようやく猫戸に嫌われたか」
少し声を小さくして宇杉は俺にそう言ってきた。
その言い方だと猫戸はお前のことを嫌っていることとなるが、気づいているのだろうか。
「猫戸、おはような」
「あ、うっす」
「…………」
満を持して猫戸にそう言った宇杉は、猫戸のその挨拶とも言えない返事によって石化してしまった。
「まったく何してるの三人とも」
すると後ろからそんな声がしたので振り返ると、雪浦先輩だった。
「ゆ、雪浦先輩…………!」
俺がそう言うと、先輩は俺の肩に手を置いて、顔を近づけ「黙っててくれてありがと」と耳打ちした。
「はっ…………!!」
それを見た猫戸は驚愕とショックを受けたかのように口を開けて石化してしまった。
ーーーーー
「おい、煙草いかね?」
「いや俺はいい」
昼過ぎ、宇杉は俺をそう誘った。
「なんでよ
いつもなら餌待ちの犬みたいについてくるじゃねえか」
「たとえがどことなく嫌だな…………」
別に尻尾振ってはいないんだが。
「…………禁煙しようと思ってるんだよ」
「…………なんだその、キンエンってのは」
「聞かなかったことにしない方がいいと思うぜぇ?」
俺は思い出す。ラーメン店でのある出来事を。
ー ー ー ー
「この店ってタバコ吸えますか」
「灰皿あるから吸えるんじゃなあい?」
ある程度ラーメンを食い終わり、ビールも二杯目に入った頃。
俺は煙草の箱をポケットから取り出し、テーブルの上にある灰皿を手に取った。
「でもさあ」
俺が煙草を一本取り出すのを横目に雪浦先輩はそう切り出した。
「煙草苦手なんだよねぇ
匂いっていうか、見た目というか、すごく嫌いぃ」
そう言って雪浦先輩はぐっと酒を飲んだ。
俺はというと
「…………!」
いつの間にかポトッと煙草を落としてしまうほどにショックを受け、俺は一生煙草を吸わないと誓ったのだった。
ー ー ー ー
そういうことで、俺は禁煙を行っているのだ。
「お前が禁煙とか…………お前みたいな煙草廃人には無理だろ」
「それ、普通に悪口だろ」
確かに禁煙というのは今までしたことはないし、人より多少煙草がなくなるペースが速かったが、廃人なんてそんなそんな…………違うよね?
「ていうか宇杉
お前、雪浦先輩に俺の昔の話したろ」
「え?ああ、まあな」
「もうお前ぐらいしか知ってる奴いねえんだから、あんま人に言うなよ」
「分かったよ…………」
そうして宇杉は一歩歩き出した。
「でもよ、あんまあの出来事、忘れない方がいいと思うぜ」
「…………」
宇杉はそれだけ言って、また歩き出した。
ーーーーー
その日の帰り道、街灯が照らす人気のない車道を歩きながら、俺は考え事をしていた。
宇杉が言っていた『出来事』というのは、俺が小学生だったころの、あるトラウマだ。
何が起きたか?そんなの単純明快、ただの交通事故。
俺と一緒に歩いていた女子が、振り返ったら死んでいた。
ほんと、ただそれだけ。
宇杉は、この話を知っている数少ない中の一人で、俺とその女子との関係も知っていた。
いつか言った、彼女がいたことがない、発言を撤回しよう。
俺はその女子と、付き合っていた。
ただし、誰にもそれは言わなかった。俺も、女子もシャイというのだろうか、その関係性をずっと隠していた。そういう約束をしていた。
俺は事故の後も、その約束を律儀に守った。
故にはた目から俺は彼女のいたことのないさえない男だ。
ただ、宇杉だけは勘付いていたらしいが。
その時から俺は思った。
命を大切にしようって。
いつか来る幸せまで、体を大切に大切に守って、お金をためて…………それで。
命は使うものじゃない。大切に守るものだ。
俺はその幸せのために、その女子を忘れようとした。
「忘れたらだめって言われてもなあ」
俺にはもう、忘れないと、幸せを掴みに行ける気がしない。
あいつとの約束も、あの告白も、全部、まだ有効なんだ。
死人と話せるわけじゃない。
この縛りを忘れる以外に、俺はもう幸せを得ることができない。
ーーーーー
「ただいま」
俺は誰も待っていない家に着くなりそう言った。
荷物を机の上に置き、シャワーやら夜飯やらを済ました。
時間は、22時30分。
俺は25時ぐらいまでは、ネトゲしようかなと思って、PCの前に座った。
ゲームを起動すると北天さんがオンラインだった。
俺はちょどいい話し相手だと思ってチャットで一緒にと誘った。
すると向こうも話したいことがあるということで、誘いを受けてくれた。
それから、一回クエストをやってから、しばらく二人でゲーム内の釣りといういわゆるやりこみ要素をしながら話をした。
ー昨日、ラーメン屋に行ったんよー
ーいいやんー
ーしたら、そこにいた客がさ会社の先輩だったんよー
ー気まずくね?ー
ーまあ気まずかったけどー
ーその先輩前言ってた俺が好きな先輩でさー
ーこれがもうかわいくてー
ー惚気かよー
ーべつにいいだろ、べつにぃー
ーまあ止めやしないけどー
ーどこが可愛かったん?ー
ーいつもは、清楚で笑顔がきれいな人なんだがー
ーラーメン好きってのがばれるとさ、酒飲み始めてー
ーギャップ萌えかー
ーそうそれー
ーいつもは見せない真顔とか、やばいんよー
ーなんかストーカーじみてきたなー
ーうっせー
ーなんなら禁煙まで始めたしなー
ーお前、本当に白友か?ー
白友は俺のネットネームだ。
ーなんだよその煙草イコール俺みてえなー
ー実際そうだろー
ーちげえよー
そんな会話もそろそろ終わり、次は向こうの話だ。
ー奇遇だがこっちもラーメン屋に行ったんよー
ーがちで奇遇だなー
ーしたらそこに会社の後輩がいてさー
ー普段はそういうキャラでやってねえしめっちゃ焦ったわwwー
ーおうー
なんかいやな予感がしている。
ーそっからは酒一緒に呑み散らかしてー
ーもう今思い出したらははずくてはずくてー
ーどんだけのんだよwー
ー三杯くらい?ー
ー俺もそんぐらいだなー
雪浦先輩が呑んだのはビール三杯。
ー何ラーメン食った?ー
ー醤油ー
雪浦先輩のラーメンは醤油ラーメン。
ーカウンター席?ー
ーよくわかったなー
ー店員一人だけ?ー
ーああ、多分ー
ー後輩が頼んだの豚骨?ー
ー預言者?ー
ここまで来て、俺のタイピングの手は止まった。
この後の質問は決まっている。
でも聞いていいのか。そもそも少し不可解なところがある。
もし、もしも、北天が雪浦先輩だとしたら。
こいつ自信が昔言っていた、男である、というのが嘘ということになる。
ほんとにそんなことがあるのだろうか。
男だとなぜ名乗る必要がある?
確かめる、、、必要がある、のか?
いや、俺のこれからのネトゲ生活がこの疑念を抱えたまま続くなんてことはあっちゃいけない。
聞かなければ。
ーお前ってさ、女?ー
これに返事があったのは五分後だった。
ーまあねー
…………確定。と言えるのではないだろうか。
この肯定は、もう認めているのと一緒なのではないだろうか。
ーちょっと待っててー
北天はそう言って少し音信不通になった。
プルルルル
少しすると、ヘッドホンを貫通してスマホの着信音が聞こえた。
俺はヘッドホンを外して、ベッドの上にあったスマホを拾った。
見ると、雪浦先輩からだった。
もう日をまたいだ時間だというのにかかってくるということは普通の要件ではない。
だが切る理由はこの世に存在しないのでなんの躊躇もなく俺はその電話に出た。
「もしもし」
「あ、もしもし佐島君?」
「はい」
「ごめんねこんな時間に」
「いや全然大丈夫です!」
何なら毎日でも。
「その、あの…………そのね?」
「はい」
雪浦先輩はずっともじもじと言いにくそうにしている。
ここで何も言わない俺は性格が悪いだろうか。
「た、単刀直入に聞きます!」
「は、はい!」
俺はピンっと背筋を伸ばした。
「あなたは、白友さんですか…………?」
気迫を含んだその一言は、俺たちの関係が変わる音も含んでいた。
ーーーーー
それから俺と雪浦先輩は電話口で色々と確認をしあった。
事実としては、北天さんはやはり雪浦先輩だった。
「これからどうしようね…………」
「どうするというのは?」
「…………ゲームとか、一緒にするの気まずいでしょ?」
「いや別に、全然うれしいが勝ってますけど」
「そう…………」
今まで雪浦先輩と一緒にゲームしてたとかかなりうれしい。
声を無理やり落ち着かせている俺はかなり偉い。うん。
「何なら、このままゲームします?
釣りあんまりしてないですよ」
「んー、あと少しだけなら…………」
というわけで、俺たちはいったん電話を切って、ゲームを始めた。
途中、そう言えばボイスチャットができるようになったのではと気が付き、俺たちは電話ではなくパソコンのネット用アカウントで通話をしながらゲームをした。
ーーーーー
ある日、俺は眠たい目を無理やりかっぴらきながら仕事をしていた。
なんだかんだあれから先輩とはゲームをよくやるようになり(つまり変わりなく)、昨日は夜中の二時ほどまでは起きていたはずだ。
普通にやりすぎた。
「猫戸さん、これを願いできる?」
「分かりました…………」
隣で、猫戸が雪浦先輩に仕事を受けていた。
先輩が自分のデスクに戻っていくと猫戸は
「シャ~~~!」
と、控えめながらも確実な威嚇を先輩に取っていた。
「猫戸」
「ひゃい!」
俺がしゃべりかけると、猫戸は驚いたのかそんな泣き声で返事をした。
「お前、先輩となんかあったのか?」
「い、いえ!別に何もないのですが…………」
「が?」
そう聞くと猫戸はまた先輩のほうを向いて言った。
「女の敵は女の時もあるんですよ」
「何言ってんの」
ーー猫戸ーー
一週間ほど前でしょうか。
私はいつも通り情報収集を行っておりました。
「で、いっつもなんで俺に聞くんだよ」
「口が堅そうなので」
私は宇杉先輩を時折、誰も来なさそうなビルの階段まで呼び出しています。
「口止め料はもらうからな」
「分かってます」
しっかりと用意はしてある。
情報を受け取るときの礼儀を忘れるほど馬鹿ではない。
「今日聞きたいのは最近の佐島先輩と、ゆ、雪、雪浦先輩の…………!」
「何故そんな苦しそうにしてんの?」
苦しみながらその名を言った私に、宇杉先輩は愚問の疑念を抱いた。
「こ、こほん
あの二人が最近近しいので、何か知っていることはありませんか」
佐島先輩が雪浦先輩にゾッコンなのは周知の事実だが、知らないうちに、その恋が成就してしまっては、私の告白もできないままになってしまう。
絶対阻止。
「そうだな…………
実際最近あの二人がしゃべってるのをよく見るようになったな」
「ほう」
「あと、あの二人ちょっと前からよく眠そうにしてて」
「ほ、ほう?」
「佐島のやつ、最近雪浦先輩への過剰反応減ったな」
「な、なるほど」
なんだか嫌な感じだ。
話を聞く限り、二人の仲は急に近くなったのは明確。
考えうることは、何かきっかけがあった、もしくはもう…………
つ、付き合って
「にゃーーーーい!!」
「うお!
いきなりどした?」
私はこらえきれず叫び、少し歩き出して、往復を始めた。
「ないないない!そんなことあるはずにゃい」
私はそう言い聞かせて、やっと気持ちを落ち着かせた。
何がどうであれ、今私のやることは決まっている。
あの二人がくっつく前に私が、私が…………
「てかさ、お前もこんなこといつまでやるつもりだあ?
佐島にばれたら多分…………」
「そう言えば口止め料がまだでした
これを」
私はそう言って先輩に香水を一つ渡した。
「うお、これって…………もしかして」
「はい、前頼まれていたブランドものです」
先輩は丁寧にそれを受けっとった。
私はいつも、先輩に美容用品等を口止め料して渡しているのだ。
「作戦はある…………」
そう作戦はある。
今年のクリスマスイブこそ、先輩に告白する。
ーー佐島ーー
先輩とゲームをしていたのが発覚して数か月が経った。
月ももう十二月。
あれから先輩との関係はだんだん定着していった。
そんなある日。
いつも通り、仕事の後に先輩とゲームをしていた時。
「そう言えばこのゲームのブースが駅前に期間限定で開かれるって知ってる?」
「いや、知らないですね…………
そんのあるんですか」
「なんか、アニメとかほかのゲームのブースもあるんだって」
「あそこらへん、アニメイトとかもありますもんね」
そんなイベントがあったのか。
「そのね、あの、ちょっと提案があって…………」
「はい」
一体何だろうか。
「い、一緒に行く?」
「へ?」
…………え?
これはいわゆる、デ、デ、デートォ?
いやいや、自惚れ過ぎか。
そも、先輩には俺以外にそういうとこに行く人がいないってだけで、仕方なく…………
いやもうそんなことよりも
ゴンゴンゴンゴン
俺は夢かどうかと思って、家の柱に頭を打った。
「ちょ、ちょ、佐島君?
何の音?」
「いや、ちょっと、発作です」
「発作?」
どうやら、夢というわけではないらしい。
俺は落ち着け、と念じながら胸をなでおろした。
「でさ、その…………」
「行きますよ」
「へ?」
「日程的に問題がないといいですけど」
「いや、いいの?」
「はい、一緒に行きますけど
どうかしました?」
「ん。んん、何でもない…………」
どこか歯切れが悪い。
まあ、今はただ喜ぼう。
この、天国か何かと間違えるほどの状況を。
「それで、いつ行きます?」
「期間限定って言ったでしょ?
実は一日しかやってなくて」
「へー」
「クリスマスイブ…………」
「へー…………え?」
ーーーーー
「なはーーー…………♪」
「お前、今日キモいぞ」
そんな誘いの翌日、ニタニタが止まらない俺は、宇杉にそう言われてしまった。
「仕方ねえだろ?
浮かれてるって自覚してんだから」
「なんかあったのか?」
俺はその問いに視線と笑顔で答えた。
「…………お前まさか」
「そ」
俺は宇杉の耳に近寄って「先輩と出かける」とひそひそと言った。
「お前、恨まれるぞ」
「別に他の男どもは知らねえだろ」
「いやそうじゃなくて」
「?」
宇杉は真横の猫戸に視線を移した。
「はぁ、ぁ―――――」
猫戸はキーボードに手を置いたまま燃え尽きて魂が抜けたように硬直していた。
ーー12月23日ーー
「…………」
クリスマスイブの前日、夜の八時ごろ、俺は会社からの帰路をたどっていた。
明日に備えて、少し早めに上がったのだ。
明日は、先輩のあらゆる権限が働いて、二人とも休みになった。
心置きなく、デートを遂行できる。
そして最後には俺から、
「告は、く…………」
団地を抜けて、木に囲まれた公園の横を通ると、何か不思議な人影が見えて、俺は足を止めた。
どこか見るのが怖くて少し目線を公園の中に移すのが遅れた。
やはり、木の間からベンチに座った白い服を着た少女のような姿が見える。
俺はこんな時間なのにどうしたのだろうと思って、公園に少し近づいて、その姿を確認した。
やっと見えた姿は、白い服をまとって足をぶらぶらしているベンチに座って街灯に照らされている少女だった。
どこか奇妙な既視感もある。
なんだ?どこかで会ったことがあるのか?
そんな疑問を抱いていると、下を向いた少女はゆっくり顔を上げてこちらを向いた。
既視感が恐怖に変わった。
「ふ、ゆ…………?」
俺は一歩後ろにさがって、
『どうして下がるの?』
「…………!」
俺の足は、その覚えのある声とともに元の位置まで戻った。
『来なよ』
どこから聞こえてくるのかわからない。
ただ響くその声とともに、少女は俺に向かってベンチの開いてるところをトントンと叩き、俺を招いた。
俺は特に何も考えず、歩を進めた。
不思議な感覚だ。
この、チカチカする街灯さえもどこか懐かしさを感じる。
俺はいま、決定をしていない。
こうするべき、ではなく、こうする、といった絶対をもって行動している。
そう考えていると、俺はその少女の前に立っていた。
「座らないの?」
少女はまた、ベンチをトントンと優しくたたいた。
「…………裸足」
俺はそのぶらぶらと揺れている足を見た。
何を履いているわけでもない。
「大丈夫、気にしないで」
「でも、今ふ…………」
俺はその季節を言おうとして口ごもった。
「大丈夫、私には寒さは関係ない」
私には、というのはどういうことだ。
「久しぶりだね、ゆうちゃん」
「…………久しぶり、風友」
少女、もとい、白藤風友と俺は、そんな挨拶を交わした。
俺はやっとベンチに座った。
「…………俺は今、混乱、してる」
「だろうね
見ればわかる」
「なんで…………お前がここにいるんだ?」
「なんでって?」
「え…………」
少女の顔に視線を上げると少女の眼は俺の顔をじっと見ていた。
「お前はもう、死んでるはずだろ…………」
俺の忘れようとしていた人。出来事。
恋人と事故。
言い換えよう。
風友と風友の死。
「そうだね
私はもう、お墓の中なはずだよね」
「…………」
混乱。文字通り俺の頭の中は、疑問恐怖葛藤驚愕郷愁困惑、そして嬉しさが、混ざって、乱れている。
「答えは簡単
幽霊だよ、私は幽霊」
そう言って少女は俺に肩を寄せた。
少し体が当たった。
「触れることと、話せることができる
そんな白藤風友の幽霊ご本人
だからあなたの前に現れた」
俺はぐっと拳を固めた。
少し指先が痛い。
「夢じゃないんだな」
「現実だよ」
夢じゃないかどうか。
ここまで本気で考えることはいまだかつてなかった。
「なんで、現れたんだ」
「質問が変わってないよ」
「…………何しようと思って来た?」
「お話だよ、それだけ」
お話。
ああ、しゃべりたいことなんてたくさんある。
そして、欲しい答えも、たくさんある。
「あの日のこと覚えてる?」
「あの日?」
「私が死んだ日」
「…………思い出させる気か?」
そんなむごいことを…………
「今日だよね」
「っ…………!
…………ああ、そうだな」
12月23日。
風友が雪でスリップしたトラックに轢かれた日。
「寂しいな~
去年の今日までは毎年、私のこと思い出してくれてたのに」
「…………見てたのか」
「いつも見てたよ」
必死に忘れようとして、今年こそ忘れることができたと、そう思っていたところだったのに。
こんなことがあったら、俺はもう忘れられなく…………
「いいよ」
風友は優しい音でそう言った。
「…………何がだ?」
「約束、破っていいよ
他の人と幸せになってよ
私なんて忘れてさ」
突然、俺はそう言われて言葉を出すことができなかった。
「本当にいいのか?」
「いいんだよ
そうじゃなきゃ、多分ゆうちゃん
明日告白なんかできない」
先輩のことも知っているらしい。
ほんとにずっと見ていたのか。
「別にそんなことは…………」
「ううん、できない
今までずっとそうだったでしょ?
中学高校大学、告白されてもどこか心に突っかかって受け入れることができず、告白しようにも私のことを思い出して好きだとも言えなかったのに」
「…………だから、俺の前に出てきてくれたのか」
「それもあるよ、もちろん」
それもというのは引っかかる言い方だ。
「他にもあるのか」
「うん」
風友は、裸足を地面につけて立った。
「ゆうちゃん、そろそろ学びなよ」
「…………何を?」
「命は、本人が使うものだって、学びなよ」
「…………違う
命は守るものだ
大切に、幸せを手に入れるその日まで」
それが俺の学びだ。
風友の死から学んだことだ。
命はどれだけ守ったっていつかふっと消える。
それなら、もがいて、幸せなその時まで、もがいて。
「でも後悔してるんでしょ?
あれから毎日。私を守れなかったこと」
「それは…………!」
「何?」
「…………」
守れなかったんじゃない。あれはただの理不尽が襲って。
「あの時私たちは手をつないでた
冷たい手を互いに握って暖めてた
そんな時、私たちは横断歩道を渡った時にスリップしたトラックに気づいて走り出した
その時私は転んじゃった、手を離しちゃった
ゆうちゃんはそれに気づかず歩道まで走っていった
そのまま私だけ、トラックに衝突した」
「あれは、どうしようもなかった…………」
「それでも私は覚えてる、最後に見たはるちゃんの顔
迷ってた
今からでも私の手を引っ張るかどうか、悩んでた
そのくらいの時間があった」
「違う…………」
「そして私を見殺しにしたってずっと悔やんでる」
「違う!」
俺はそう叫んだ。
震えている拳を口元に当てた。
「もう割り切ったんだ
あの時、俺が飛び出ていたら一緒に死んでいたかもしれない
俺は迷わなかった、自分の命をちゃんと守ったんだ…………」
「その考えは後付けでしょ?」
その問いを、俺は否定できなかった。
「その答えがどれだけひどい結論か自覚してる
見殺しにしたということを割り切れてなんかない
だから、私のお通夜にも葬式にもお墓参りにも行かなかった
親に、友達に、合わせる顔がないって分かってたからでしょ」
「…………そんなん、わからねえよ」
そんなの分からない。
自分のことを最もわかっているのは自分じゃない。
俯瞰者だ。
「だから許すの
それ全部もういいから、幸せになってよ
明日くらいはさ」
そう言って風友くるっと俺に背を向けた。
「今度こそ、使ってあげて、あなたの愛する人のために、時間も命も」
そう言って風友はどこかに歩き出した。
「待って!!
俺は…………俺はまだお前のことが」
「しーーーー」
いきなり風友は俺の正面にやってきて、白い光と一緒に俺の口を人差し指でふさいだ。
「それは明日言う言葉だよ」
風友はそのまま月明かりのほうに上がっていく。
「風友!」
「大丈夫、また明日会えるよ」
風友はそう言って、光と一緒にすっと消えていった。
俺は、ある決心と予想と一緒に、コンビニに立ち寄ってから家に帰った。
ーー12月25日ーー
昼少し前。
俺は暖かい服を着こんで、駅前の大きな木の前に立っていた。
「お待たせ、佐島君」
「こんにちは、雪浦先輩」
やってきた先輩は少し化粧をしていて、可愛いダウンとモフモフのマフラーなどを着こんでいた。
「ふふ
待った?」
「何笑ってるんすか
今きたとこ」
俺たちはそんなネタ的なコミュニケーションに笑いながら、デートを始めた
。
ーーーーー
デートはまず、目的であるブースに向かった。
「わ~~!すご~~い!」
「規模結構でかめですね…………」
俺たちはその思いのほか豪勢なイベントにテンションが上がっていった。
なんだかんだ二時間近くいた気がする。
先輩は意外とアニメ好きで、単行本や特典を結構買ったりしていた。
(エ〇ゲにも興味を示していらっしゃいました)
ある程度買ったり周ったりした後、そういえば忘れていた昼食をとった。
もちろん自分のお奢りである。
「先輩だから」と奢られそうになったが、会計をひそかに済ませておいた。
店を出た後、
「ちょっとお買い物行っていい?」
とのことで、駅の中を周ったりした。
「それ欲しいんですか?」
「え?いや別に?」
リップをじっくり見ていた先輩に話しかけると、遠慮気味に答えられてその場をそそくさと離れていった。
しばらく買い物やゲームセンターにいると。気づいたら日が落ちていた。
先輩が好きな店があるということで、夕食を食べることになった。
入った店は、かなりおしゃれで高そうなところだった。
「予約してるんですけど」
「少々お待ちください」
先輩はカウンターで流れるようにそう言った。
「え、予約って…………」
そういうと、先輩は、えへへ、とカワイイ笑顔で返してきた。
少しすると、窓際の席に案内された。
「ちなみにもうお金払ってるから」
先輩は自慢げに言った。
ラーメン屋で会った時もこんな感じだったな。カワイイ。
「それを言わなかったらかっこよかったんですけどね」
「うっ…………
ん、もう、奢ってあげないよ?」
「すいませんからかいすぎましたね」
少ししゃべっていると、とりあえず感覚で高そうなシャンパンが出てきた。
「先輩。
これ呑む気ですか」
「え?そうだけど」
「…………」
先輩は当初から思っていたがかなり酒に弱い。
酒が好きな反面それが顕著、というか厄介だ。
ゲーム中もよくビールを開けていたが、十分ちょっとで出来上がる。
「…………二杯目は禁止します」
「別にお金には困ってないんだけどな~」
「あと、お水持ってきます」
~一時間後~
「ほら、酔ってないでしょ?」
ある程度料理も出終わって、俺たちは少し話をしていた。
「私お酒に強いんだから」
「水のおかげじゃないですか?」
「ち~が~う~」
酒飲みが酒への弱さを把握していないことほど怖いことはない。
「ねえ、渡したいものがあるんだけどいい?」
「え」
俺は少し背筋を伸ばした。
「な、なんでしょう?」
「えっとね」
そう言って先輩はバッグからそれを取り出した。
「はい、クリスマスプレゼント」
「え…………!
あああ、ありがとうございます!」
先輩はそれを俺に手渡してくれた。
「これは…………俺が使ってるキャラのボイス入りイヤホン?
何年か前の復刻版じゃないですか…………!」
「そ~だよ~!
いいでしょ」
「ありがとうございます!!」
頬杖でこちらに笑いかける先輩に、俺はそのイヤホンの箱を掲げながら拝むように感謝申し上げた。
「実は自分もクリスマスプレゼント、というかなんというか、ありまして」
「え、そうなの…………!?」
俺は箱を一旦机にやさしく置いてから、バッグからプレゼントを取り出した。
「どうぞ…………」
「なに~これ~?」
先輩はすぐにラッピングをはがしていった。
「これ、もしかして…………」
「さっき先輩が見てたリップです」
先輩が欲しそうにしていたのを見て、こっそり買っておいた。
「…………すごい」
先輩はそのリップを量の手のひらに乗せて、なんだかすごく拍子抜けな感じの顔で見つめた。
「や、やっぱr…………」
「ありがと」
俺が少し不安を吐露しかけると、先輩は笑顔になって、そのリップを両手で包み込んだ。
こういうのはなんだか、とっても嬉しいものだ。
ーーーーー
店から出て、俺たちはちょっとしたイルミネーションがある大通りまで来て、一番大きいオブジェの近くに立っていた。
かなり人もいて、写真を撮ろうにも人が写るほどだ。
「結構寒いね」
先輩はそう言って白い息を吐いた。
俺はさっそく身に着けたマフラーに手をかけてから、先輩の手を握った。
「寒いですね」
「…………うん」
先輩はそのまま、下を向いてしまった。
耳の赤さは寒さだろうか。
「先輩」
「…………はい」
俺は先輩が手を握る力を強めたことに、少し困惑しながら、一回深く息を吸いなおしてから、やっとその、十数年ぶりの言葉を人に向けて言った。
「好きです」
「…………」
先輩の腕が少しこちらに寄った。
「付き合ってくれませんか?」
「…………うん」
先輩は、その小さな返事に引き換えるように強く頭を縦に振った。
「ねえ、佐島君」
「…………はい」
すると先輩は真っ赤な顔をこちらに上げた。
「愛してる、ぞ?」
「自分もです」
その、数か月前なら確実に出てこなかっただろうセリフに、少し達成感を覚えながら、先輩の言葉をちゃんと受け止めた。
きゃーーー!!!
幾人かの女性の叫び声が後ろから聞こえてきた。
もう今日はあと数時間。
そろそろだとは思っていたが、今か。
なんと間の悪い。
「何…………!?」
少し緊張感の走る口調で先輩はそう言って、俺たちは同時に後ろを向いた。
そこにいたのは黒い服を身にまとい、右手に一つ、ナイフを持った男だった。
「…………!」
男がこちらを向いて何かに気が付くと、すぐこちらにナイフを向けた。
「…………!!」
強くナイフを両手で握りしめた男は、叫びながら俺の右隣を目指して走ってきた。
―――何を迷う?何を迷ってきた?
自分の命ってのは、守るもんだ。だが…………
使い方は自分次第。そう教えてくれたんだろ?なあ
どれだけ自己中でも、この一瞬の決断のために、人は生きるんだ。
俺は先輩の前に出て、腹部にそのナイフを受けた。
男はすぐに抜こうとしたが、俺はその腕をつかんで抜かせなかった。
「く、くそおおおおお!!」
男は俺の腹部の中でナイフを少し回した。
「っ…………!!!」
ああ、馬鹿みたいに痛い。
ほんと、世の中のお母様方には感服だ。
俺と男の目が合った。
「いや、いやだ…………うおおおおおおお!!」
男はすぐに目を見開き、ナイフを手放し、俺の手を振りほどいた。
そのまま走り去っていくと、俺はすぐに近くの花壇の低い壁に倒れるようにもたれかかった。
「……じま……!
………君………!
佐島君…………!!」
視界はかなりぼやけてるが、意識と聴覚は無事のようだ。
先輩が話しかけてくれている。
ああ、ほんとに優しいな。
「先輩………!!」
…………猫戸の声か?
なんでお前がこんなとこに…………
ああ、そんなのよりやばいなこれ。
暑い。
腹部よりも全身が熱い。
出血量は?
ああこれ、場所的に内蔵いってるか?
まずいな。これじゃマジで…………
『や』
俺が空を仰ぐと、そこには髪の垂れた風友がいた。
『…………昨日ぶりだな』
『言ったでしょ
また明日って』
手に何か感触がある。
ああ、先輩の手だ。
さっき覚えた。
『俺は死ぬのか?』
『うん』
『マジか…………』
『でもやり残しはないでしょ?
そのための昨日の夜だったんだから』
『…………そうだな』
俺はかろうじて手に入れている意識で先輩の手を握り返した。
『連れて行ってくれるか?』
『一緒にどこまで行こう?』
そう言われて差し伸べられた風友の手を
俺は半透明の手で取った。
ーーーーーーーー
12月24日
ある町の大通りで
佐島祐作さんが
ナイフに刺される。
搬送された病院にて死亡が確認。
26歳であった。
後日、本人の所有物より家の鍵を発見。
親の要望により家の物品整理が行われた。
その最中、ある箱が見つかった。
中身は様々な人に当てられた手紙と、遺書のようなものだった。
筆跡より本人のものであると確認。
親が持ち帰った。
以降は遺書の内容である。
ーー ーー ーー ーー
12月23日
これを見ている人は、私がなぜこれをいきなり書いているか不思議に思うかもしれない。
仕方のないことだが、それには、予感がした、としか言いようがない。
前置きは止めて、本題に入ろう。
この箱に入れるのは、私の人生の登場人物に当てた手紙だ。
これを手に入れた人は、内容は見ず、その人々各々に渡してほしい。
職場の人に渡す際は、いったんそのすべてを雪浦先輩に渡してほしい。
雪浦先輩。その手紙をできればあなたの手から、職場の人に渡してほしいです。
なぜかは、自分にもわからないです。
でも、お願いします。
可愛い後輩からのお願いです。
では、皆さん。私はきっとずっと皆さんのことを見守っています。
どうか、悲しんだ後に幸せが待っていますように。
私のことは時に忘れて。
佐島祐作
ーー ーー ーー ーー
「ねえ、ゆうちゃん」
「なんだ?」
「愛してる」
「………愛してたよ」
「…………そっか」




