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8.新たな冒険への階




 イルファーレン王国やエルリアには、湯船に浸かるという風習はない。

 そのため僕は、借りた宿に併設している共同湯場で軽く汗を洗い流すだけにとどめた。

 そして、金属製の軽装鎧と丸盾、その他荷物を部屋に置いたまま、厚手の半袖シャツとズボンといった格好で、すぐさま宿一階にある酒場で食事を取り始めた。


 既に日も落ち、夜の帳が下りている。

 酒場は観光客の多い港町だけあり、十ある丸テーブルすべてが埋まっていて、酒に酔った客がそこら中で大騒ぎしていた。


 入口から向かって真正面にはカウンターもあって、そこでも酔っ払いたちが、かなり大きな声を上げている。この酒場はとても盛況な賑わいを見せているようだ。


 そんな店内のカウンター横に設けられていた小ぢんまりとした舞台には、一人の男性吟遊詩人が竪琴つま弾きながら、美しい調べを披露していた。

 多分、彼が歌う吟遊歌は世界的に知られている昔の英雄たちや、どこかの国で活躍している大英雄たちの武勇を讃えた歌か何かだろう。

 確か、このイゼリアの地にも、郷土歌があったような気がする。


 曲名は『エルリア第七伝承詩』だったかな。歌詞までは覚えていないけど、この地に住む者たちにとっては極めて重要で、それでいて恐れられている魔の森に関する歌だったはず。

 そういうものも、ときどき吟遊詩人は歌ったりする。だけれど、やっぱり一番人気があるのはなんといっても恋愛歌や英雄歌だろう。


 今後、もしも僕が本来の歴史通りに世界中で活躍していくことになったら、多分、僕も偉大な大英雄たちの仲間入りを果たすことになると思う。

 なんの脚色もしていないし、夢想病を患っているわけでもない。


 僕は最終巻まで読んでいなかったけど、そのことだけは知っていたのだ。

 偉大なる英雄王リヒター・リル・シュテッツガルトという固有名を。


 僕は照れくさくなって薄らと笑ったあと、目の前に並んでいた子羊の骨付き肉にがぶりと喰らいついた。

 甘辛いソースと、じゅわっと溢れ出てきた肉汁が口の中に広がっていく。

 スパイスがかなり利いていたから、鼻に抜けるいい香りが食欲をかき立てる。

 やや固めの丸パンにもかじりつき、何度も咀嚼(そしやく)したあと、嚥下(えんげ)した。


 僕はお酒がまるっきりダメな体質だったから、橙色(だいだいいろ)の甘酸っぱい果実を搾った飲み物を一気に飲み干した。


 非常に満足できる食事だった。これまでいたイルファーレン王国で食べてきたものもおいしかったけど、やっぱり土地土地で味付けや料理の仕方、使われている食材が微妙に違うから、初めてくる町での最初の食事は緊張反面、期待反面といった感じでとてもわくわくする。


 そして、今回もまた、僕の期待通りのおいしさを堪能できて、本当に幸せな気分だった。

 これぞまさしく旅の醍醐味。


 一人、食事の余韻に浸ってぼ~っと周囲に視線を投げていたら、冒険者風の出で立ちをした一組の男女が酒場の中に入ってきた。


 革鎧に身を包んだ大剣を背中にしょった大男と、だぼっとした服とズボンの上に、同じく革鎧を身に付け、左右の腰には二本の曲刀を吊り下げた色っぽいお姉さん。


 服装が若干替わっているけど、言わずもがな、例の噴水広場で出会った大道芸人だった。

 二人は誰かを探している風にきょろきょろしていたけど、そんな彼らを盗み見ていた僕と視線が合うと、彼らは意味深にニヤッと笑った。




◇◆◇




「先程ぶりだな。せっかくだし、まずは自己紹介といこうじゃないか」


 僕と目が合った彼らは、まるで昔からの知り合いと一緒に食事でもするかのように、まっすぐに近寄ってくると、そのままの流れで相席を申し出てきた。

 僕はそうなることを事前にわかっていたし、どの席も空いていなかったから断ることなどせず、快く申し出を受け入れた。

 そのあとで、二人はそれぞれ食べ物と飲み物を注文し、巨漢の方がそう声をかけてきたのである。


「俺の名前はメルビー・ルードディアス。まぁ、適当にルードとでも呼んでくれや」


 見た目年齢が二十代半ばぐらいの厳つい大男は、そう言ってニヤッと笑った。


「私はベネッサ・ラングジュアル。ベネッサでいいわ」


 女性の方も同じぐらいの年齢で、頬杖つきながら色っぽい流し目のような視線を送ってきた。

 多分、他意はなく、癖なんだと思うんだけど、見た目が妙に色気のある美人さんだから、あの艶微笑を見て勘違いする人も多いんだろうな。


「僕はリヒター・リル・シュテッツガルトって言います。十九歳です」


 そう言って、僕はニコッと笑って見せた。

 僕はどちらかというと童顔で、女の子みたいな顔をしているから、他人からどう見られているのかよくわかっている。

 この二年間で嫌というほど思い知らされてきたので、敢えて年齢も教えてあげた。


「その見た目で十九?」


 案の定、ベネッサがぽかんとした。


「えぇ。一応、冒険者もやっています。本格的に始めたのは二年ぐらい前ですが、イルファーレンのあちこちでそれなりの戦果は上げてきたつもりです」


 僕は机に立てかけてあった長剣の鞘を持って、二人に見せた。

 笑顔を絶やさないそんな僕の姿を見て、ルードもベネッサも一瞬、言葉を失ったように口を閉ざし、互いに見つめ合った。


 いわゆる職業組合という世界的組織には、冒険者組合も当然のように存在している。組合は端的にギルドと呼ばれることが多いけど、冒険者組合は他の商業組合や農業組合などとは少し様相が異なっている。


 大航海時代以降、一箇所に定住せず、世界中を渡り歩いて生活する『旅人』という職業が新たな価値観として生み出されることとなった。

 しかし、そういった人たちは定住しないがゆえに商人でも農民でもないから、定住が前提となっている組合に加盟して、仕事をこなすことができない。


 だけど、それでは食っていけず路頭に迷う人たちが相次いだため、それぞれの土地土地の住民から寄せられる雑多な依頼を旅人たちにやらせて、路銀を稼がせるという方法が確立された。

 それが俗にいう冒険者組合の始まりとされている。

 そして、寄せられた仕事のうち、危険で報酬のいい仕事ばかりを請け負う者たちのことを、総じて冒険者と呼ぶようになった。


 僕もそうだけど、今目の前に座っている二人も、昼間大道芸披露していたけど、基本的には冒険者である。僕の記憶が確かなら、だけどね。


「本当に人は見かけによらないってことなんだろうな」


 ルードは運ばれてきた肉料理にフォークをぶっ刺して咀嚼したあと、そう言った。


「だけれど、それはそれで、私たちとしては願ったり叶ったりよね」

「まぁ、だな」


 相当腹が減っていたのか、肉食ったり果実酒飲んだりを交互に繰り返して、ひたすら飲み食いし続ける大男。

 そんな相棒に若干呆れ気味に溜息を吐くベネッサだったけど、彼女自身も食事に手をつけながら、


「ねぇ、リヒターくん……でいいのかしら?」

「あ、リルでいいですよ。僕、見た目がこんなだから、女の子みたいな名前のリルって名で呼ばれることが多いので」

「そう。じゃぁ、リル。あなたさっき冒険者って言ったわよね?」

「えぇ。一応、それなりに剣の腕も磨いていますので、そこそこ戦える方だとは思いますよ」


 僕はさりげなく自分を売り出すような言い方をしておいた。

 世に名だたる大冒険家や剣聖、英雄と呼ばれるような人たちには、未だに追い付ける領域に到達していないけど、それでもこの二年間、相当な実戦経験を積んで本来の僕以上に戦えるようにはなっている。それは確たる自信として、僕の心に刻まれていた。


「どうする?」


 ベネッサは隣の大男を意味深に見つめる。自身の前に並べられていた料理をあっという間に平らげたルードは、筋骨隆々の太い腕を胸の前で組みながら、僕の心を透かし見るようにじっと見つめてきた。

 しかし、それもすぐに止んで、肩をすくめる。


「俺たちに選択の余地があると思うか?」

「まぁ、それもそうだけれど。でも、人喰いの森が絡んでる案件だし、相当腕の立つ人じゃないと、みすみす命を落とすことになりかねないわ」


 そんなことを言って、再び彼女は僕を見た。

 僕は二人がなんの話をしているのか知っていたけど、敢えて知らないふりしながら、こう尋ねてみた。


「もしかして、ギルドの依頼か何かですか?」


 二人はびっくりしたような顔をしたけど、覚悟を決めたかのように溜息吐きながら、色っぽいお姉さんの方が口を開いた。


「実はね……」

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

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