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7.約束された出会い




 後の世に大航海時代と呼ばれる船舶の黄金時代が終焉を迎えてから、実に百四十年あまりが経過しようとしていた。


 かの時代には、現代へと繋がる様々な概念や仕組みが数多く生み出されたといっても過言ではない。


 活版印刷術や、火薬の発達による鉄砲、大砲などの技術革新。外洋交易路の確立や、高度な船舶技術、測量技術の発達による製図の精度向上などなど。


 人々が住まう巨大な黎明大陸中央を、西から東へと切り裂くように広がっているディクフェラート内海を舞台に繰り広げられる大海戦も、この時代から頻繁に起こり始めたと言われている。


 そして、大航海時代が起こらなければ決して生まれなかったといっても過言ではない最たる象徴とも言うべき存在がある。それが、旅人や冒険者といった新たな職業概念だった。


「――実に穏やかな船旅だな。天気も快晴。時化(しけ)てもいないし、実に快適だ。いつもこうだといいんだけどな」


 メルフィーノの港町から東へと進路を取るガレオン級帆船の三等客室の窓から、僕は夕日に照らされ銅色に染まった大海原を眺めていた。


 この帆船は軍用でも商用でもないから、ガレオン級とはいっても、見た目は普通の定期便と変わらない。

 一応海賊対策として大砲が何門か積まれている他、通常の帆船と同じように巨大な四本マストが天に向かって延びている。

 けれど、本来積み荷を収容する船倉が人を運搬するための船室へと改造されているため、大砲を積んではいるけど、お飾り程度でしかない。

 そんな船だった。


 船上の人となって既に数時間が経過している。目指す商業国家エルリアの玄関港であるイゼリアにはもう間もなく到着することだろう。

 僕は改めて気を引き締めた。




◇◆◇




 僕がおじいちゃんたちの元を旅立ってから、既に二年の歳月が流れていた。

 この間、僕は王都やバルロアの港町で、本当に死んでしまうのではないかと思えるくらい、辛い日々を過ごしてきた。


 僕が知っているあの物語には、いわゆる本編シリーズ以外にも何本かスピンオフ作品が発表されていて、その中に本シリーズのゼロに当たる『マファルラ大海戦』と呼ばれる物語が存在したのだ。


 原作では、そちらでも僕は相当酷い目に遭いながらもなんとか生き延び、多くの仲間を失いながらも、すべてに決着をつけていく。そういう流れになっていた。

 しかし、その結末にはなんの救いもなく、僕は再び別の場所へと旅立っていく。そう、本シリーズの一作目であるエルリアの地へと。

『マファルラ大海戦』と呼ばれるスピンオフ作品は、そういう物語である。


 そして、そんな未来の歴史を知っていたからこそ、本音を言えば、本当はそんなところには行きたくなかった。だけど、僕にはどうすることもできない。

 多分、僕が介入しなければ、今頃、相当酷いことになっていたはずだから。


 歴史も大幅に変わっていただろうし、それが原因で、イルファーレン王国だけでなく、今から向かおうとしている商業国家エルリアにまで甚大な被害が及んでいただろう。

 もしそんなことになったら、彼女を助ける以前の話になってしまう。

 それに、この先に待ち構えている大冒険であの子を助けるためには、どうしても強大な力が必要だった。


 だから僕は、二年もの間、大変な思いをしながらも、ずっと実戦経験を積んできたのだ。すべては今後迎える悲劇を食い止めるために。

 そして、その結果、僕は今ここにいる。


 歴史は……残念ながら変えられなかったけど……。

 戦争という大きなうねりの中にあっては、僕一個人の力なんてなんの役にも立たなかった。

 王都で出会った親友と呼べる少年や、大切な仲間たちを大勢失ってしまった。

 だけどそれでも、僕は前を向いて歩いていかなければならない。もうこれ以上の悲しみを経験しないためにも。


 ぼうっとしながら外を眺めていたら、寄港を告げる鐘の音が聞こえてきた。もう間もなく、目的地であるイゼリアの港町へと到着するだろう。そこでは何が待ち構えているのか。

 僕は窓から空を飛ぶ海鳥たちを眺めながら、一層気を引き締めた。

 いよいよ始まる。僕の本当の冒険(たたかい)が。




◇◆◇




 予定通りの刻限にイゼリアの港町に寄港した旅客帆船から降りた僕は、目の前に広がっていた光景に思わず感嘆の吐息を漏らしていた。


 これまで旅をしてきたイルファーレン王国王都やバルロアの港町、水の都として知られるメルフィーノもそうだったけど、この町も本当に活気に満ちあふれていた。


 港区画から外に出た先に広がっていた、町中央へと続く石畳の大通り。そこには旅人や地元住民が足の踏み場もないほどごった返していて、そんな彼らを相手に商売しようと、左右に立ち並ぶ露天商たちが威勢のいいかけ声を上げていた。


 エルリアは内海に面していることもあり、温暖な地方としても知られている。

 暦の上では晩夏に当たる現在もかなり暑く、褐色の肌をした男性の売り子は上半身裸も同然で商売をし、女性ですら、胸元だけを隠すような格好で笑顔で声がけしていた。


「さすが、エルリア有数の港町ということか」


 僕は雑踏に揉まれながら、一路、とある場所へとひたすら歩き続けた。


 ――少し行った先に広がる巨大な噴水広場。


 そこに、目的の人物がいるからだ。

 おそらく、いや、間違いなくいるはずだ。

 あの人たちがここ数年間、ずっとこの町を拠点に活動していたと、僕の記憶に刻まれているから、必ずそこにいるはずだ。もしいなかった場合は、いきなり詰んでしまうかもしれない。


 僕はやや緊張気味にそこへと顔を出した。

 広場中央にある巨大な噴水の手前に人だかりができていた。

 その中心では舞を踊りながら、大剣や曲刀二本を回転させている男女が見え隠れしていた。

 おそらく、大道芸の演目である剣舞か何かを披露しているのだろう。


「やっぱりいた……」


 僕はその二人の姿を見て、胸のざわめきを抑えられなくなってしまった。

 嬉しいやら緊張やらわけのわからない感情が渦巻いている。

 今となっては遠い記憶になってしまったけど、その姿には見覚えがあった。


 筋骨隆々の肉体と、刈り上げた茶褐色の短髪に碧眼が特徴の大男。一見すると海賊にしか見えないぐらい厳めしい面構えをしている。

 彼はだぼっとした紺色のズボンと、同色のタンクトップのような服を着ていた。


 対してもう一人の女性の方は、赤みがかった栗色の長い髪を後頭部の上の方で緩やかにひとまとめにした結え髪と、赤褐色の瞳が印象的な美女で、額には碧玉のサークレットを身に付けていた。

 服装は大男とは違い、華やかな装いとなっており、全体的に白や黄色といった色合いの、フリルのようなものがついたロングワンピースを着ていた。


「間違いない。ルードとベネッサだ」


 今回の冒険、そして今後の僕の人生になくてはならない存在となる二人(キーパーソン)

 演目が終了したのか、周囲から拍手喝采が送られ、女性が手にしていた入れ物に、みんなおひねりを入れて去っていった。


「凄かったです。いい演技でした」


 僕も彼らにならって銀貨三枚を渡した。


「うふふ。ありがとう。また見に来てね」


 美人で大人な女性といった感じの栗色髪のその人は、額に汗を浮かべながらも色っぽい艶微笑を送ってきた。

 僕も二人に微笑み返して、町の中心部へと歩いていった。

 これでいい。おそらくこれで、彼らは僕に接触してくるはずだ。

 歩き去る僕の背中に強烈な視線を感じながら、そう確信めいた予感を胸に抱いて、今晩の宿に向かった。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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