66.さようなら、またいつか
ここへと来ることになったきっかけの、『バクーダという青年の捜索案件』。森の周辺警戒に当たっていた幻生獣たちの話によると、魔の領域があった場所に白骨化した遺体が地面に埋もれるように倒れていたらしい。
身に付けていた衣服から、彼をバクーダと断定し、遺体を納めた四角い棺をリチノア村に送り届けることになったのだ。
その棺も、岩石幻生獣が運んでくれている。
僕たちは黙々と最短距離を通って森の外へと歩き続けた。
リチノア村からは少し距離が離れてしまうけど、このままいけばあと一時後には、村の東側に広がる草原に出られるだろう。
冒険の終わりが確実に近づいている。そのせいか、ルードたちもどこか、気落ちしたようなほっとしたようなよくわからない表情を浮かべていた。
そうして、夜のような鬱蒼と生い茂った森の中に、空から木漏れ日が差し込む幻想的な風景が目の前に広がってきたところで、バーミリオン兄妹や棺を運んでくれていた幻生獣たちが足を止めた。
ここでお別れということだ。
「助かった。ありがとう。あとはこっちで引き受けます」
「ガガ」
「ギギ」
彼らは奇怪な声を上げて、背負っていた二人をルードたちに預けた。棺は僕が託された。
僕たちはもう一度、幻生獣たちに感謝の言葉を口にしてから、手を振りつつ別れの言葉を告げた。そして、アーシュバイツさんと一緒に重い箱を地面から持ち上げようとしたところでそれに気がついた。
「リル~~!」
とても愛らしくて澄んだ声色が、岩石幻生獣たちが帰っていった先から聞こえてきたような気がした。
その声に聞き覚えのあった僕は、まさかと思ってそちらを見つめた。
その瞬間、物凄い勢いで一直線に僕の元へと飛んでくる女の子の姿が目に飛び込んできた。
彼女を初めて見たときと同じように、背中には巨大な光の翼をはためかせていた。風に流れる白金色の美しい髪が後方へと波打っている。
立ち上がってその姿を呆然と眺めていた僕へと、彼女――オルファリアは怒ったような顔をしながら飛びついてきた。
「お、オルファリア……どうして……?」
「どうしてじゃありません! どうして私を置き去りにして旅立たれてしまったのですかっ」
空を飛びながら首に両腕巻き付け、ぎゅっと抱きついてくる彼女。僕は彼女になんて説明していいかわからなかった。
しかし、そんな僕へと追い打ちをかけるように、更に予想外の出来事が舞い込んできた。
「へへ~~んっ。おいらも、兄ちゃんと一緒に冒険の旅とやらについていくよっ」
そう両手を頭の後ろに回して得意げに語ったのは誰あろうカャトだった。
それだけではない。
「何を言ってるのです! あれだけ言われたのに、カャトはまだわからないのですか? ついていってはダメなのです!」
頬をぷく~っと膨らませた猫耳少女ことアーリまでカャトの隣にいて、説教し始めた。
「そんなこと言ったってっ。姉ちゃんと兄ちゃんがいなくなってもいいっていうのかよっ。アーリは二人がいなくなって寂しくないのかよっ」
そう言われたアーリは見る見るうちに顔から生気が消えていってしまい、最後には涙目となってしまった。
「さみしいに決まってるのです! ずっとお姉様やにぃにと一緒にいたいに決まってるのです! でもだめなのです……そんなわがままは許されないのです。アーリはお姉様と約束したのですから。にぃにと一緒に旅に出るお姉様を、笑顔で見送ってあげると約束したのです! お姉様がいつか帰ってくるそのときまで、いい子で待つって約束したのです……!」
「そんなのっ。おいらは絶対イヤだよっ」
そう叫んだカャトまで、目に涙をためて今にも泣き出してしまいそうだった。
僕はそんな二人を眺めながら、光の翼を消し、地面に足を下ろして僕の真正面に顔を移動させてきたオルファリアをじっと見つめた。
「オルファリア……今の話本当なのか? 君も僕たちについてくるって……」
「……はい」
「どうして……? 外はその、君たち幻生獣にとってはとても過酷な環境なんだよ? 死にたくなるような辛い目に遭うことだってきっとあるはずだ。それなのにどうして……?」
「あの地下遺跡で、約束してくれたではありませんか。ともに歩んでもいいと、そうリルは約束してくださいました。だから私も一緒に参りたいのです」
「確かに、あのときはそう言ったけど……だけど……」
一度胸に刻まれた恐怖は、そう簡単には拭い去ることはできなかった。あのとき、あと一歩遅かったら、僕はシュバッソから彼女を守り切ることができなかったのだから。
しかし、そんな僕を見てどう思ったのか。彼女はただ首を横に振るだけだった。
「それに、リルには以前、話したと思います。この世界をもっと知りたい、知らなければいけないと。人族にはいろいろ思うところもありますが、それでも、必ずわかり合える日がやって来ると、そう信じているんです。私のことを見ても差別せず、一人の人間、一人の女の子として扱ってくれたあなたとだったら、もしかしたらそんな世界を作っていけるかもしれない。そう思ったんです。ですから私は決めたのです。かつてアルメリッサ様たちがそうであったように、今度は私がリルと一緒になって平和な世界を目指したいって。ダメ、でしょうか? こんな勝手なわがまま、やっぱり……ご迷惑……でしたか?」
僕の心の奥底を透かし見るように、じっと見つめてくる彼女。唇同士が触れてしまいそうな至近距離で見つめられて、鼓動が一気に高鳴っていった。
彼女を拒絶する理由なんて何もない。ずっと前から彼女のことが好きだったのだから。
だけど、この先のことを考えたら恐怖しか湧かなかった。
彼女を守り抜くことが本当にできるのか。酷い仕打ちを受けて悲しみに暮れる彼女を直視できるのか。
いろんな思いがあとからあとから湧き続けてきた。それでも結局、僕は――
「……迷惑だなんて、一度も思ったことはないよ。むしろ、ずっと一緒にいたいと思っていたぐらいだ」
「でしたら……」
瞳を潤ませ怯えた風だった彼女の美しい顔が、ぱっと花開いた。
僕の心の中には未だに消えない不安が渦巻いている。だけど、目の前でこんな顔されたら、拒絶なんてできるはずなかった。
僕は彼女に応じるように、ぎゅっと、彼女を抱きしめながら笑顔を浮かべた。その瞬間、ちびっ子たちが大騒ぎとなった。
「よっしゃ~~! アーリ! リル兄ちゃんが姉ちゃんと一緒に行くってよ! だったらおいらたちも行かないとだよなっ」
「だからダメって言ってるのです!」
片や緑髪の少年は涙を吹っ飛ばしてにかっと笑い、片や白銀の髪の少女はふさふさの耳をピクピクさせ、地団駄踏んだ。
と、そこへ、
「こぉのっ、小童がっ」
「いってぇぇ~~!」
いつの間にかあとを追いかけてきていたらしいオーバルザーラの族長が突如現れ、カャトの頭に怒りの鉄拳を炸裂させていた。
「まったくっ。本当に懲りん奴だな! しばらくお前は飯抜きだっ」
「いいよっ。どうせおいら、村を出ていくからさっ。ね、兄ちゃんたち!」
ニヤニヤし始めるカャトに僕とオルファリアは困ってしまったけど、そこへ今度は溜息交じりのアルメリッサが現れた。
「どうやら、話はまとまったようですね」
「はい。お陰様で」
アルメリッサとオルファリアは互いに見つめ合い、示し合わせたように何かを確認し合うと、近寄ってきた女王が懐から一冊の古びた本を取り出して、オルファリアに渡した。
「これは……?」
「それは私とあの人が生涯をかけて研究し続けたナフリマルフィスに関するすべてです」
「え……?」
「あなたにそれを差し上げます。既に私には無用の長物ですから」
ニコッと微笑む彼女だったけど、
「そんなっ。頂けません、そんな大事なもの……!」
「いいのです。受け取ってください。それは今を生きるあなた方二人には必ず必要となるはずです。ナフリマルフィスだけが持つ女神の力は未だ謎に満ちています。もともと私たち種族は幻生獣の中でも謎多き一族と言われてきました。それゆえに、あの人と二人でずっと研究してきたのです。ですが、実際に女神の力を習得した今でも、正直この力のことをよくわかっておりません」
アルメリッサは静かに告げ、寂しそうな表情を浮かべた。
「実際にこの力をあの人に使ってみましたが、条件が合わなかったのか効力が及ぶこともなく、更には一度行使してしまったからなのか、二度と、蘇生の力を使うことができなくなってしまいました。ですので、あなた方にそれを託したいのです。二人で手を取り合い、私たち種族にまつわる謎を解明してください。そのときこそおそらく、ナフリマルフィスだけが持つ真の力で、人とわかり合える未来を築き上げることができる。私はそう信じています」
彼女はそれだけを告げ、背を見せた。
「この森には間もなく、新たな結界が張り巡らされます。ですが、オルファリアがいれば、一人ぐらいならそこを通り抜けて中へと入ることもできましょう。ですのでカャト、それからアーリ」
彼女はちびっ子の側に近寄ると、愛おしそうに二人の頭を撫で始めた。
「永遠の別れになることはありません。いつかきっと、再び相見えるときがやってくるでしょう。そのとき、オルファリアやリルの力になれるよう、今から十分に身体と力を鍛えていきなさい。いいですね?」
二人は最初、ぽかんとしていたけど、すぐに眉をキリッとさせた。
「よくわからないけど、わかったよっ。おいら、もっともっと強くなるっ。そしたらきっと、いつか兄ちゃんたちと一緒に旅して、悪い奴ら全員やっつけてやるんだ!」
にかっと笑って親指立てるカャト。
「アーリもがんばるのです! お姉様が帰ってきたときにはもっと立派な大人の女性になって、いっぱい、いっ~ぱい褒めてもらうのです!」
猫耳少女は両手を胸の前で合わせて、尻尾をゆらゆら振った。
「みんな、元気でね」
そう声をかける僕に、知らない間に戻ってきていた岩石幻生獣の背中に乗ったカャトとアーリが、寂しそうな表情を浮かべた。
彼らの前に佇む形となったアルメリッサと族長全員を見渡す。
今度こそ、正真正銘のさよならだった。
「アルメリッサ様、それから族長様、二人をよろしくお願いします。それから、アーリとカャト? あんまり無茶ばかりしないでね?」
「わかってるよっ。おいらもう子供じゃないんだからさっ」
「そうなのです! アーリも子供じゃありません!」
「ピュリリ!」
そう言ってニヤッと笑う二人と、カャトの頭から顔を覗かせ小さく鳴いたピューリ。
「キキキ」
知らない間に小猿のラッツィたちも姿を見せていて、アーシュバイツさんの足下に集まっていた。その姿がなんだか別れを惜しんでいるような気がした。
「じゃぁな、お前たち。本当に世話になった」
アーシュバイツさんはそんな彼らの頭を撫でてから、ザクレフさんと一緒に棺を持ち上げた。
「うほっ。ホンに重いの、これは」
「まぁ、中には亡くなった方がおられますからね。くれぐれも無理はしないでくださいよ」
そう言って二人は一足先に森の外へと向かっていった。
「俺たちも行くか」
「そうね」
ルードとベネッサも肩をすくめながら笑い、歩いていった。眠り続けるバーミリオン兄妹を背負いながら。
「オルファリア……」
「はい……」
「そろそろ出発するけど、平気かい?」
「大丈夫です。私の側にはあなたがいる。何があっても平気です。そして、みんなとも今生の別れではありませんから」
彼女はクスッと笑うと、これまでに見たどの笑顔よりも愛らしい、光り輝く微笑を浮かべた。
そこにはもう、陰りを帯びた暗い光は欠片も残っていなかった。
「それじゃ、行ってきます!」
幸せそうな笑みを浮かべながら、手を振るオルファリア。
「えぇ。お気を付けて」
「油断するんじゃないぞ?」
「姉ちゃん、兄ちゃん! またねっ。絶対にいつか必ず会いに来ておくれよっ」
「約束なのです! お姉様、リルにぃに! ずっと待ってるのです! 帰ってきてくださいなのです!」
「うん! 約束するよっ。絶対に会いに来るからっ。だからそれまで元気でね!」
僕とオルファリアはそこで見つめ合い、せーので、
「「行ってきます! またね!」」
満面に笑みを浮かべながら旅立ちの挨拶をすませると、互いに手を取り合い、森の外へと走っていった。
僕たちを見送るカャトたちの声が聞こえなくなるまで、僕とオルファリアの顔からは笑顔が消えることはなかった。
本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!
とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。




