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リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
終章 ナフリマルフィスの娘

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65.別離




 この森で起こった様々な冒険の幕が下り、数日が経過していた。

 僕たちはその間、幻生獣の村の人たちと協力して事後処理に当たっていた。


 先の研究塔崩落により、どうやら魔の領域が消滅してしまったらしいということで、幻生獣の何人かが周辺の警戒に当たることとなった。


 泉の石碑は塔と違い、瓦解することなく最初に見たときと変わらない姿を保っている。

 僕はその事実を前に、ほっとしたような気持ちと不安めいた気持ちを混在させながら、目の前にあるそれを、ぼ~っと眺めていた。


 ――あのあと。


 研究塔で宿敵シュバッソを討ち果たしたあと、意識を失っていた間に何が起こったのか。

 そのことについては、村に戻ってからすべて聞かされていた。


 本当にギリギリだったみたいだけど、気絶するのと同じか少し前に僕が負うはずだった役割をバーミリオン兄に託し、急いで装置をフル稼働させて目的の精霊基板を作り出したらしい。


 しかしそのせいで、激しく塔が揺れ、装置のあちこちから白煙が上がったとのことだった。それでもなんとかフル稼働による暴走だけは抑えられたため、難を逃れた。


 その後、すぐさまコックを閉じて最少稼働へともっていったあと、基板を付け替え停止コードを入力させて緊急停止させた。しかし、塔の崩壊だけは抑えられず、装置の停止と同時にその場から離脱していった。


 それが真相のすべてだった。


 もしあと一秒でも停止させるのが遅れていたら、どうなっていたかわからないと、僕は呆れたように説明するルードの声を、ただ聞いていることしかできなかった。


 僕があのとき持ち場を離れていなかったら、多分もっと余裕持って脱出できていたかもしれない。もしかしたら、塔が崩壊するようなことはなかったのかもしれない。


 だけれどその場合、確実にオルファリアの命は失われていただろう。もしかしたら、狂気に犯されたあの男は手当たり次第に周りの者たちを皆殺しにしていたかもしれない。


 カャトもアーリもピューリもラッツィたちも。

 更にその上で、おそらく奴は僕の姿も視界に捉え襲いかかってきたに違いない。


 なぜあのとき、あいつが真っ先にオルファリアを狙ったのかはわからない。単純に最初に視界に入ったのが彼女で、普通の人間と違う姿をしていたから、彼らを『化け物』と解釈して襲いかかったという可能性もある。


 化け物すべてを拒絶する人間至上主義という本能の赴くままに。

 今となっては真実がなんだったのかはよくわからない。

 それでも、僕が取った行動に関しては、誰も咎めることはなかった。


 一見、愚かな行いにも思えたけど、結果的にそれが功を奏してオルファリアたちを救えたのだから。そして、偶然にもザーレントの遺産の暴走を食い止め、すべての悲劇から幻生獣たちや周辺一帯を守ることに繋がったのだから。


 結果よければすべて良し。実に冒険者らしい終わり方だった。


「リル……」


 寄り添うように立っていたオルファリアが僕に身体を預けるようにしながら呟いた。

 今、僕たちは主立った面々だけで石碑がある泉の前に集まっていた。


 本来はただの精霊力吸収機構エフィート・アゼクシヨンという名の装置の役割を果たしていただけの石碑だったけど、期せずして、それが本当の意味での墓標となった。


『最愛の()、ここに眠る』


 石碑の中央に新たに刻み込まれた碑文にはそう記されている。

 北の湖の底に沈む湖底遺跡はまだ健在だったけど、調査の結果、ザーレントの居城もやはり、跡形も残らないほどに瓦解してしまったらしい。


 そのため、かつてを(しの)ばせる遺産はこの石碑ただ一つとなってしまっていた。そういった理由から、アルメリッサを始め、僕たちや村の族長様たちの発案により、ここをザーレントの墓碑にしたのだ。


「……七政王の悪意により狂気に犯されていたとは言え、長年にわたってこの森から命を吸い続けてしまった愚かな行い。そして、かつて背負った取り返しのつかない業。それらが許されるとは決して思っておりません。ですが、いつか、幻生獣と人とがわかり合える未来が来ることを信じて、私はあなたの意志を受け継ぎ、贖罪の日々を過ごしとうございます」


 しゃがみ込んで石碑に花束を捧げるアルメリッサ。彼女は幻生獣たちとの話し合いの結果、かつてそうであったように、今後も彼らの女王として君臨し、この森に災いが及ばないように見守っていくとのことだった。


 おそらくこの先、死んでしまった方が楽なんじゃないかと思えるほどに、僕たち人間との間に多くの争い事が起こるだろう。だけど決してめげず、幻生獣たちを守り抜き、人間たちとも共生の道が切り開けるように最善を尽くすと、彼女はそう僕に話してくれた。


 アルメリッサの祈りが終わったあと、次から次へと献花が行われていった。

 石碑の前は大勢の人間が立てるほど広くはない。入れ替わり立ち替わり、泉の上の通路を通って石碑へと向かい、花と祈りが捧げられる。そして、僕とオルファリアの番がきた。


 二人して黙って瞑目した。僕はただ一言、『あなたの取った行いは決して間違っていないと信じています』とだけ、祈りを捧げた。


 かつてザーレントとアルメリッサは幻生獣だけが持つ精霊神術の力に興味を示し、彼らを研究していく過程でアルメリッサという存在に出会った。


 二人はともに研究を進めていく中で、知らない間に惹かれ合っていったという。

 そして同時に、当時はただの実験動物としてしか見られていなかった幻生獣たちを人と同じように扱い、彼らにも人権があるとザーレントは考えた。

 アルメリッサたち幻生獣たちと人間とが互いに手を取り合い、喜びを分かち合えるような社会にするために、彼はその後もひたすら研究を続けていったのだという。


 思い描く明るい未来予想図を、すべての原動力に変えて。


 僕は隣のオルファリアを眺めた。彼女はしゃがみながら両手を組んで、一身に祈りを捧げ続けていた。彼女が何を祈っているのかはわからないけど、その思いがいい方向に向かうことを心の底から願った。




◇◆◇




 ――それから更に数日後。


 塔の瓦礫処理が一段落つき、森全体の状況がすべて確認できたということで、僕たちはいよいよ、この村を去ることとなった。


 旅立ちの朝。


 まだ夜が明けきらぬ時間帯だったからか、それとも別の要因か。森全体には白い霧が立ち込めていた。

 そんな中、僕たちはこの村で最初に閉じ込められていた小屋の真横に立っていた。


 その場には僕、ルード、ベネッサ、アーシュバイツさんの四人と、小屋を引き払ってこの森をあとにすると決めたザクレフさんがいた。

 他には、アルメリッサを始めとした主立った幻生獣の面々が集まっている。その中にはオーバルザーラの族長やナファローの族長もいた。


 しかし、見渡す限りオルファリアもカャトもアーリも、誰一人見知った顔を見かけなかった。

 バーミリオン兄妹すらいない。

 実は、オルファリアたちにはこの時間に旅立つことを、敢えて知らせていなかったからだ。


「おい、リル。本当にいいのか?」


 一列に並んだ僕たち四人のうち、左隣に立っていたルードがそう、難しい顔をして僕の脇腹を肘で小突いてきた。


「そうよ? 何も、別れを告げずに旅立つなんて……本当にそれでいいの? 後悔しても知らないわよ?」


 ルードの向こう側からベネッサまでそんなことを言ってきた。そのときの顔が、なんだか怒っているような気がして、僕は妙に落ち着かなかった。

 僕たちの背後にいるアーシュバイツさんは敢えてなのか、何も言わなかった。


「……いいんです。こうするのが一番いい……」


 僕はただ、それだけしか答えられなかった。

 この森へ来ることになった最大の理由は、オルファリアの命を救うことだった。いろいろ大変な思いをしながらも、なんとか目的を果たせた。


 本当なら、僕は彼女の側にずっといたかった。彼女とも、ともにあろうと誓ったし、これからもずっと一緒にいるつもりだった。だけど、この森で様々なことを経験し、その思いがとても浅はかだったと思い知らされた。


 いつかは幻生獣と人間たちが手を取り合って暮らせる未来がやってくるのかもしれない。だけど、それは絶対に今じゃない。シュバッソやフランデルク、そして七政王のような人間がこの世界には大勢いる。むしろ僕たちやバーミリオン兄妹のような、友好的な人間の方が少ないくらいだ。


 それなのにもし、彼女と一緒にいたいからといって森から連れ出そうものなら、オルファリアに待っているのは地獄しかなかった。


 行く先々で見た目の違いや持てる力のせいで化け物呼ばわりされ、白い目で見られ、石や卵を投げられ、迫害されてしまうかもしれない。

 もしかしたら、凶行に走る人間だっているかもしれない。


 それを考えたら怖くなってしまったのだ。


 今回は未来を知っていたから、なんとかギリギリのところでシュバッソの凶刃から守り抜くことができたけど、今後、ずっと守り通せる保障なんてどこにもない。むしろ、守れない可能性の方が高いぐらいだ。


 なぜなら、今後僕が行かなければならない冒険の旅に、彼女が同席したという未来は存在していなかったからだ。

 だから僕は、今日、彼女に会わないと決めた。


 会えば決意が揺らぐから。今後僕が関わるはずの世界を揺るがす歴史の表舞台に、彼女を連れ出してしまいそうだったから。

 もしくは、それらすべてを無視して、世界が滅亡するその瞬間まで、この森で彼女とともに暮らす未来を選んでしまいそうだったから。

 だから僕は――


「……皆さん、このたびは本当にお騒がせいたしました」


 唇を噛んで心を蝕む苦痛に耐えていたら、アルメリッサがそう切り出した。


完全変異性機構(フォルディナル)が沈黙した関係で、この森を覆っていた魔の領域は現在、すべて消滅しています。ですので、皆様が安全に森の外へと出られる機会は、おそらく今をおいて他にないでしょう。あの結界のようなものは装置がもたらした副作用のようなものでしたが、調査の結果、更なる深刻な影響が他にも出ていたことが判明しましたので」

「影響? まさかそれって、また暴走してあれが広がるとか言わねぇだろうな?」


 ぎょっとしたような顔をするルードに、アルメリッサが首を横に振った。


「そうではありません。長年にわたって精霊力が吸収され続けた結果、森は変質してしまったようです。あの面妖な森の姿が元に戻ることはなく、その影響もあって、そこら中に人を殺める毒素が吐き出されていることがわかったのです」

「おいおい……」


「ですので、あの幻妖と化した森が活性化する前でなければ、永久に外へと出られなくなってしまうでしょう。そして、外の世界に住む人間たちのこともあります。魔の領域消滅によって消えてしまった結界の効力を、あなた方が出ていってから再び施そうと思います。今度はあの、毒の森よりも更に広く設定して。入ったら死んでしまうのではなく、決してここへは立ち入れないような物理的結界を。それさえ施せば、方向感覚を狂わされた人間たちは誰一人、森の中心に到達することができなくなるでしょう。ですからあなた方とお会いするのはこれが最後(・・)となります。本当にありがとうございました」


 そう言って、彼女は深く頭を下げた。

 後方に控えていた他の族長たちも一斉に腰を折る。


「いえ。いいんです。頭を上げてください。僕たちは好きでやっただけですので、感謝されるようなことは何もしてません」


 苦笑する僕だったけど、


「おめぇさんはな。こちとらホント、最初から最後まで振り回されっぱなしだったぜ」

「ホントよね。だけど、そのおかげで命拾いしたことも事実よ。ありがとう、リル」


 ルードとベネッサはそう言って、苦笑して見せた。振り返って後ろを確認してみると、アーシュバイツさんも晴れやかな笑顔を浮かべていた。


「そうだな。リルの機転がなかったら、あの男を倒すことはできなかっただろう。感謝する」


 静かに腰を折る、どこからどう見ても立派な騎士様だった。


「いやはや。この数年間、実にいろんなことがあったが、わしが生きたどの時間よりもホンに充実しておったわい。幻生獣の皆さん、本当にありがとうの。わしがこうして生きてこれたのもすべてお主らのおかげじゃて」


 右隣にいたザクレフさんはそう言って豪快に笑うと、族長たちと握手を交わし始めた。

 そんなところへ、岩のような体躯を持った巨大な者たちが数名現れた。


 彼らも幻生獣らしく、その背には眠ったままのバーミリオン兄妹が担がれていた。

 アルメリッサの話だと、僕たちと違い、彼ら二人にはよくない星が見えるらしい。


 一種の占星術みたいなものらしいけど、このまま彼らを森の外へと帰すと、必ずや災いの元となるらしい。


 そのため、僕たちはなんとか免れたけど、昨夜のうちにバーミリオン兄妹の記憶からは、この森にまつわるすべての記録が抹消されてしまったらしい。


 そして、その関係で、僕たちと出会ったことはおろか、シュバッソのことまで綺麗さっぱり忘れてしまうとのことだった。


 精神に働きかける精霊神術を使える者たちがいて、彼らによって脳内に蓄積されていた精霊力を通じて、記憶領域を書き換えたのだとか。


 僕はそれを聞き、心底胸が痛んだ。せっかく仲良くなれたと思ったのに。幻生獣たちの存在を理解できる数少ない人間たちだったのに、すべての記憶を消されてしまっただなんて。


 そんなの、ただ悲しいだけだった。


 だけど、そうすることがこの森、引いては二人の将来のためになるというのであれば、従わないわけにはいかなかった。


 このあと、彼ら二人は両腕両足生やしたあの岩石みたいな幻生獣に連れられ、僕たちと一緒にこのまま森の外付近まで出ていくことになる。

 そこで、金髪兄妹の身柄を僕たちが引き受け、森で保護したことにしてリチノア村へと届ける。


 そういう手筈となっていた。

 おそらく、目を覚ましたときにはもう、僕たちのことなんか覚えていないだろう。

 一期一会。

 僕はやるせない気持ちを隠したまま、笑顔を浮かべた。


「それじゃアルメリッサ、それから族長様たち。そろそろ行くよ」

「はい。ご武運を」

「達者でな。もう会うこともないだろうが、早々にくたばらんようにな」

「はい!」


 何か物言いたそうなアルメリッサとオーバルザーラの族長に、元気よく返事をすると、僕は背を向け歩き出した。

 向かう先はリチノア村。


 イゼリアの港町へと戻る前に、まずはあそこに立ち寄らなければならない。バーミリオン兄妹のこともあったけど、一番の理由は、冒険者組合からの依頼が失敗に終わったことを村長さんに告げなければならなかったからだ。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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