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リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
終章 ナフリマルフィスの娘

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61.正真正銘の怪物2




「ぐあぁぁ~!」

「くそがっ」


 数度の攻防の末、壁の穴から外へと叩き出すことが無理だと判断したらしい二人は、つい先刻僕がやったように、フランデルクを通路の向こう側へと押し出した。

 しかし、その先で何度目かの爆音が鳴り響いてすぐ、二人はこちら側へと吹っ飛ばされ、床に叩き付けられてしまった。

 彼らは全身血塗れとなっていて、一目で瀕死の重傷とわかるほどだった。


「くっ……」


 僕はオルファリアに支えられながら、懸命になって上半身を起こして前方を凝視した。

 通路の向こう側で光り輝いている巨漢がゆっくりとこちら側へと移動してくる。更に、止めとばかりに頭上にいたアルメリッサの本体が奇声を上げた。

 愕然としてそちらを見やると、こっちはこっちで、全身から放出し始めた爆発的な精霊力が再び部屋中へと漂い始めていた。


「まさか……瘴気か……!」


 最初に見たどす黒いものとはまるで違う清廉な輝きに満ちた光の粒子だったけど、それが淡く光りながら夜光幻虫のように辺り一面に舞っていた。あんなものに触れたら、何が起こるかわからない。


「くそっ……ここまでなのか……!?」


 既に戦える者はほとんどおらず、フランデルクとアルメリッサ二人を相手にするのは不可能と思われた。しかも、肝心の思念体の方はどこにも存在しない。

 これ、詰んだんじゃないか……?

 戦々恐々としながら絶望にも似た思いに駆られて全身に震えが走った――と、まさにそんなときだった。


「ギャァァァァァッ! オノレオノレオノレッ。まだ復讐のときはオワッテナイゾッ」


 空中を漂っていたアルメリッサが苦悶の絶叫を上げ、頭を抱えたままのたうち回っていた。


「いったい……何が……」


 突然のことに戸惑っていると、


「きっと……自分自身に打ち勝てたのだと思います」


 どこか疲れたようにオルファリアがそう教えてくれた。

 そして、実際にその通りになった。

 どうやら、僕がフランデルクと戦っている間に、アルメリッサは自身の肉体へと入り込むことに成功していたらしい。


 天井に頭をぶつけそうなぐらいの高さまで飛翔した彼女は、最大級と思えるほどに光り輝き、周辺一帯を昼の様相へと変えていった。


 長大な光の翼も更に大きさを増し、部屋中を覆い尽くすような勢いに広がっていった。

 そうして、宙空で丸めていた身体を一気に海老反りに広げたとき、彼女がまとっていた温かな光すべてが周囲に弾け飛んだ。

 それまでとは比較にならないほどの光の粒子が、部屋中に降り注がれる。


 苦しみも怒りも喜びも悲しみも何も感じられない無の表情を浮かべたアルメリッサが、ゆっくりと降下してきた。


 僕は呆然とそれを眺めながら、自分の身体にぶつかり、雪のように儚く解けてなくなってしまった光の粒に気が付き、自身の身体に視線を落とした。すると、信じられないことが起こった。


 オルファリアたちに治療してもらっていたとは言え、未だに糜爛(びらん)した皮膚がそこかしこにあったというのに、まるで細胞が生え替わるかのようにそれらがあっという間に消えてなくなってしまったのである。


 それだけでなく、砕けていた全身の骨まで治り始めているようで、手足や胸の激痛が嘘のように引いていった。


「信じられない……これも……癒やしの力か何かなのか……?」

「おそらく、平安の力の最上位に当たるものだと思います。謎が多いとされている私たちナフリマルフィス族だけに許された女神の力。それがいったいなんなのかは誰も知らないと言われていますが」

「じゃぁ、その女神の力とやらにアルメリッサも言っていた死者をも蘇らせるほどの何かが眠っているってことなのか……?」

「それは……私にはなんとも言えません。アルメリッサ様もわかっておられないようですので。ですが、そこに希望を見出し、未来を夢見たのだと思います。アルメリッサ様は」


 僕とオルファリアは、すぐ真横へと下りてきた、豪奢なドレスを身にまとった古の女王を眺めた。

 古城で初めて出会った思念体のアルメリッサに感じた、凜とした威厳のようなものがひしひしと伝わってくる。

 決して狂気に犯された女の姿はそこにはなく、あるのはただ、オルファリアと同等かそれ以上の品格の高さと、底抜けに光り輝く美しさだけだった。


「……この姿で蘇り幾数年。愛しいあの人はここにあらず。ただ空しさだけが世界を占めている。願わくは、どうかあの頃へ。二人で夢見たあのときへ回帰できたら、どんなに安らげることか。だけれど、これが私の背負った業。決して拭い去ることのできない罪ということなのでしょうね」


 歌うように紡ぎ、彼女はゆったりと僕たちの前へ進み出てきた。

 負傷してうずくまっていたルードもアーシュバイツさんも、光の粒子に触れたらしく、自分の身体に何が起こったのか理解できないといった表情を浮かべていた。


 二人は背後に現れたアルメリッサに動揺し、右手の壁際へと退避していく。


 入口左側から少し離れた場所にいたバーミリオン兄妹も、一瞬のうちに傷が癒えたらしく、驚きに呆然となっていた。

 そんな中、通路の向こう側から現れた雷撃まといし巨漢。

 それと対峙することになったアルメリッサが、そのときどんな顔をしていたのか、後ろにいた僕にはわからない。だけれど、


「アイオリアス……我が愛しい人……。あなたを救えなかった私を、どうか許してください……」


 悲しみに満ちた声でそう呟いたあと、アルメリッサが右手を前へかざした。

 それに危機感を抱いたのか、フランデルクが一気に詰め寄ってきて、無数に現出させた光球を彼女目がけて集中砲火しようとする。しかし、それよりも早く、


「滅びなさい、亡者よ」


 凜とした響きを伴う声色で短く告げた瞬間、ぐしゃっと、何かが潰れたような不気味な音が鳴り響いていた。


 ――それが、すべての騒乱に終焉を告げる鐘となった。


 アルメリッサの背中越しに前方を見据えていた僕は、言葉を失ってしまった。


 あれだけ大量に練り上げられていた光球が、すべて跡形もなく消し飛んでしまったからだ。しかもそれだけでなく、彼女の掌から放たれた虹色の輝きがフランデルクを包み込み、奴の全身を覆っていた障壁をパ~ッンと、弾き飛ばしてしまった。


 更に、まるで目に見えない荒縄が首に巻き付いているかのように、懸命になってそれを取り除こうともがき苦しむ巨漢。そのままの状態で、奴は宙吊り状態となってしまった。


 瞬く間に起こったそれら一連の出来事をただ見ていることしかできなかった僕。そんな僕の目の前で、苦悶する巨漢の身体には更なる変化が訪れていた。


 まだ骨だけだった頃のザーレントの遺骸に、肉と皮が増殖していったときとはまるで逆の現象。

 あれだけ筋骨隆々で狂気に包まれた表情を浮かべていたフランデルクの身体が、どんどんしぼんでいってしまったのである。


 浅黒かった肌が青白くなり、角も消え、髪は短くなって黒く変色していった。

 そうしてそれらすべての現象が収まったとき、フランデルクはピクリとも動かなくなり、床へと落下した――


 こうして、大暴れしていた化け物はただの遺骸へと成り果て、僕たちの前から完全に姿を消してしまったのである。


「いったい……何が起こったんだ……?」


 その場に立ち上がって呆然と呟く僕に、アルメリッサは振り返らずにこう言った。


「あの人を……あるべき姿に戻しました。汚染された精霊力すべてを消滅させて」


 彼女はそれだけを言いながら、横たわる二十代後半ぐらいに見える青年の方へとゆっくり歩いていった。

 そして、床にしゃがみ込み、青白い強烈な閃光を放出し始めた。しかし、それもすぐに収まった。


「アルメリッサ……?」

「やはり……無駄……だったようですね。女神の力は一度だけ、他者を蘇らせることができると聞いたことがありました。ですが、正常ではないこの人を生き返らせることは不可能だったようです」


 今、彼女が何をしたのか、正直僕にはよくわからない。おそらく、蘇りの力か何かを使ったと思うのだけれど、最初からすべてを諦めていたかのように生気が感じられないか細い声を上げた彼女に、僕は胸の奥が痛くなった。


 そんな僕が黙って見つめる中、アルメリッサは生前のザーレントの姿に戻ったと思しきその遺体を抱きかかえると、寂しげな笑みを浮かべながら中央のセディアへと向かい、遺体を寝かせた。


 その際、彼女は何やら古びた一冊の本を棺から取り出し、胸元にしまうような仕草を見せた。

 そしてその後、ただの骸と成り果てたザーレントの遺骸を見つめるようにしていたけど、突如、それは起こった。


 いきなりザーレントの遺体から白煙が上がり始め、身体がどんどん小さくなっていってしまったのである。


「これは……」


 あっという間に最初に目にしたときのような白骨遺体へと戻ってしまったそれを、ただ見ていることしかできなかった僕に、アルメリッサが告げた。


「……あの人の遺体に影響を及ぼしていたすべての精霊力が消滅しました。もはやどんなことをしても、あの人は生き返ることはありません」


 それはつまり、もう二度と、彼が息を吹き返すこともなければ、フランデルクや七政王のような醜悪な化け物として蘇ることもないということだ。

 僕は改めて、ザーレントの亡骸を眺めながら、ようやくすべてが終わったことを実感するのだった。

 残すは最後の一仕事だけ。それさえ終われば、正真正銘、この森にまつわる大冒険に終止符が打たれる。


「リル。もう時間がありません。装置を止めるのを手伝っていただけますか?」


 既にありとあらゆる感情を面から消していたアルメリッサに、僕は黙って頷いた。

 そしてそのまま、奥に設置されていた無数の操作盤へと歩いていく。

 その際、僕は一度後方を振り返った。


 オルファリアとちびっ子たちが中央の棺辺りに集まっていた。どうやら、すべてが終わったことで安心したのだろう。お互いに安堵の表情を浮かべ、見つめ合っていた。


 ベネッサも苦笑しながら、隅っこの壁でげっそりしているルードやアーシュバイツさんたちの元へと向かっていた。

 バーミリオン兄妹も、うんざりしたような表情で何かを話している。


 みんな、フランデルクが倒され、アルメリッサが元に戻ったことで、ようやく肩の力を抜くことができてほっとしている、といったところか。

 あとはザーレントの遺産さえ停止させればすべてが丸く収まる。


 心の(おり)が自然と解けていくようだった。

 胸の奥底で何かが引っかかっているような気もしたけど、みんなの笑顔を見ていたらそれもすぐに霞と消えた。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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