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リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
終章 ナフリマルフィスの娘

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60.正真正銘の怪物1




 僕とザーレント=フランデルクの最後の戦いは熾烈を極めた。

 人が三人程度しか横に並べないような狭い通路内にもかかわらず、奴の攻撃はまったく衰え知らずだった。


 つい先刻とはまるで違う熱量を帯びた虹色の障壁は、通路の壁を破壊する勢いで膨張し続けていた。


 全身を覆う半透明の球体。その前後左右から生えている光の剣が、縦横無尽にうねり狂っている。蛇のような動きを見せるそれらが激突するたびに、壁が粉微塵に吹っ飛んだ。


 僕は飛来してきた(つぶて)や切り刻もうとしなる光の剣を炎龍で焼き飛ばし、ぽっかりと空いた空白地点目がけて飛び込むや、力任せに剣を叩き付けた。


 バチンッと派手に火花が飛び散り、その反動で剣を持った腕が弾けた。

 手が痺れるほどの衝撃を食らったけど、オルファリアによって鍛え上げられたエルオールの剣が破損することはなく、フランデルクを一歩後退させた。


 決して突き入れても切り払っても叩き付けても吹き飛ばせなかった障壁だけど、それでもなんとか後方へ退かせることはできる。


 僕は同じ要領で何度も何度もひたすら攻撃を加え続けた。

 しかし、攻撃が単調になり過ぎたせいか、それとも膠着状態になったことへの憤りからか。

 感情があるのかどうかわからない正真正銘の怪物となったフランデルクは、天に向かって雄叫びを上げた。急激に周囲の精霊力の輝きが否応なく増していった。


 そのあまりにもおぞましい光を視界に捉え、本能的に危険を察した僕は後方へと跳躍して距離を取った。その刹那、それは起こった。


「バカなっ。あれまで使えるのかよっ」


 かつて対峙した折、激情に駆られてフランデルクが放ってきたあれ。

 天井付近に稲光りする光球が突如現出したかと思った次の瞬間、そこから床目がけて半円状に雷撃が炸裂していた。

 危うくそれに巻き込まれて即死しそうになり、脂汗まみれとなってしまった。


 僕は慌てて後方に転がって避けるだけで手一杯だった。

 爆音轟かせながら壁も床も木っ端微塵に粉砕してしまった狂王。足場が揺れ、床全体が(かし)いだ気がした。

 崩落した壁の向こう側は真っ暗闇の空洞となっていて、そこへと瓦解した壁が消えていった。

 現れた奈落の底がどうなっているのかはわからない。だけど、あんなところに落ちたら、ただではすまないだろう。


「くそっ」


 フランデルクは虹色の障壁に守られながら、その表面に小規模な太陽フレアのようなものを無数に生じさせていた。

 そこからうねる光の剣ではなく、棘状の光の槍が周囲へと飛び散り始めた。

 更には天から降り注ぐ雷撃の雨が激しさを増し、もはや攻撃はおろか、近寄ることすらままならなかった。


「くそっ……なんて奴だっ……」


 見る見るうちに、奴の周囲には止めとばかりに小規模な光球まで無数に現出し始める。

 このままじゃあいつを塔の外に放り出すことはおろか、時間稼ぎすらできそうになかった。


「だけどっ、それでもっ」


 嘲笑うかのような表情を浮かべて、すべての光球を飛ばしてきたフランデルク。

 僕は唇を噛みしめたあと、かっと奴を睨み付けた。


「ここでやられるわけにはいかないんだよっ」


 叫び様に、もう一本の長剣を引き抜くと、それを交差させて、全身の血を沸騰させた。そして、飛来してきた光球が僕の身体に触れるか触れないかといったギリギリのタイミングで、精霊力すべてを放出するつもりで前方へとそれを一気に叩き付けていた。


 その瞬間、両手の剣から放たれた長大な炎龍と光球が激突して大爆発を起こした。

 凄まじい衝撃が全身を襲い、耳が聞こえなくなった。焼け付く肌の痛みや、骨も細胞もすべてが木っ端微塵に砕け散ってしまったかのような、得体のしれない激痛に意識がどこかに行きかけた。そして、


「がはっ……」


 爆風を相殺しきれず、大量の血を巻き散らしながら派手に吹っ飛ばされ、そのまま激しく床に叩き付けられてしまった。


「ぐっ……ああっぁぁぁっ……!」


 研究室中央付近まで押し戻されてしまったらしい僕は、気を失いそうなほどの痛みに耐え切れず、その場をのたうち回っていた。

 着ていた鎧も盾もすべて弾け飛び、剥き出しだった皮膚のほとんどが焼け爛れて赤黒くなっていた。

 骨が砕けたのか、腕も足もまるで動かず、ただ身体の内側から焼け付くような鈍い痛みが襲ってくるだけ。

 なんとか即死は免れたけど、こんなの、生きているとは言えなかった。


「リル……!?」


 既に鼓膜もやられていて、人の話し声も聞こえにくい状態となっていたけど、それでも、誰かが僕の名を呼んだような気がした。

 徐々に痛みも消え始めていて、視界も霞んできていた。意識も朦朧としている。

 そんな中、血塗れの僕の側に駆け寄ってきた女の子の姿が見えた。


「リルっ……リル! しっかりしてっ……」


 この世のものとは思えないほど、とても美しくて愛らしい白金色の髪の女の子が泣きそうな顔を浮かべながら、しゃがみ込んで僕を見下ろしていた。

 彼女はすぐさま全身を光り輝かせ、それを僕へと注ぎ込もうとする。

 しゃべる気力すらない僕は、ただそんな彼女をぼう~っと眺めていることしかできなかった。しかし、


「オルファリアっ、後ろ!」

「お姉様っ、よけてくださいなのです!」

「おまえぇぇっ、姉ちゃんに何する気だっ」


 ベネッサ、アーリ、カァトのものと思われる切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。

 癒やしの力を使っていたオルファリアと、床に倒れたままだった僕はそちらを見た。


 研究室入口から入って右手側の奥。そこには、既に瘴気の欠片も光の翼もないアルメリッサの本体がいた。

 彼女は目を血走らせながら、勢いよくこちら側へと走ってくる。


 狂気に染まった表情を浮かべ、右手を手刀の形に変えた彼女が、オルファリアの背中目がけてそれを突き入れた。

 愕然と固まるオルファリアはまったく身じろぎできずにいた。

 頭が錯乱していて僕は何が起こったのかわからず、完全に思考停止していた。だけど、身体だけは勝手に動いていた。


「オルファリアっ……」


 バラバラに骨が砕けていたにもかかわらず、咄嗟に彼女を抱きしめ、二人して床に転がっていた。


「いい加減大人しくしなさいよっ」


 ベネッサが叫び様に手にした双曲剣でアルメリッサへと斬りかかった。しかし、それを後方へ飛び退いて軽くかわした彼女。

 そんな古の女王に、今度は竜巻が襲いかかった。


「ギャァァァ……!」


 既に彼女の周囲には障壁が展開されていないのか、遅れて駆け寄ってきたカャトの攻撃と思われる風の精霊神術をもろに食らって、頭を抱えながら天井へと飛翔していった。


「許さぬっ。許さぬ許さぬ許さぬ……!」


 うわごとのように呟く彼女の全身が真っ白に光り輝き、いつか見たときみたいに長大な光の翼が現出していた。

 それを下から見上げる形となっていた僕は、癒やしの力を再開したオルファリアに回復してもらいながら、空飛ぶアルメリッサを朦朧とする意識で眺め――ふと、もう一人の彼女の姿が見当たらないことに気が付いた。

 視界がぼやけているせいかもしれないけど、気配すら感じられなかった。


「まさ……か……」

「え……?」


 既に力尽きて消滅しちゃったんじゃ……。

 そう戦慄に胃が締め上げられたときだった。

 通路の向こう側から言葉にならない野太い雄叫びを上げながら、怪物が姿を現した。


「くそったれめっ……」


 全身から雷撃の雨を降らせながら、こちら側へとゆっくり迫ってくるフランデルクの前に、よろけながらルードとアーシュバイツさんが立ち塞がった。


「む……り……だ。あいつ……には……かてない……!」

「無理でもなんでも! 男にゃやらなきゃなんねぇときってもんがあんのよ!」

「そうだな……。リルが時間を稼いでくれたおかげで、俺たちも大分動けるようになってきたしな。ここは年長者として、いいとこ見せないとな」


 二人は振り向かずにそれだけ言って、大剣と長剣を身構えた。そしてそのまま、光球をぶっ放してきたフランデルクのそれへと突っ込んでいき、それらすべてを左右の壁へと弾き飛ばした。


 爆音が鳴り響き、度重なる衝撃によって(ほころ)んでいた壁が、研究塔周囲の岩山もろとも吹っ飛んだ。

 そこから闇夜の風景が映し出される。


 ルードたちは手を休めず、フランデルクを壁の穴から外へと放り出そうと、高速剣撃を繰り広げ始めた。

 もしかしたら、あの二人だったら本当に塔外へと追い出せるかもしれない。


 オルファリアと、近寄ってきたラッツィたちのおかげで少しずつ身体の調子が戻ってきた僕は、朧気ながらにそんなことを考えていたけど、どうやら考えが甘かったらしい。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

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