59.死への船出
「おい、ふざけんなっ。こいつ、フランデルクの障壁まで再現してんじゃねぇかよっ」
対フランデルク組となった僕を始め、ルード、アーシュバイツさん、バーミリオン兄、ディアナのうち、真っ先に大剣を炸裂させたルードが吠えた。
床から頭一つ分ほど宙に浮いた化け物。
狂気のにじんだ笑みを浮かべる浅黒い肌の巨漢は、全身からどす黒い瘴気を迸らせ、虹色に輝く光の粒子で全身を覆い尽くしていた。
おそらく、それらすべてが精霊力の塊なんだと思う。
アルメリッサが開発した装置によって彼女の本体だけでなく、多分、ザーレントの遺骸やこの研究室、更には研究塔全体へと、長年にわたって供給され続けた精霊力のせいで、ザーレントの遺骸はもはや、人とは言えない存在へと変わり果ててしまった。
大量に注ぎ込まれた精霊力や、亡者どもの怨念、更には止めとばかりに精霊力吸収機構の暴走によって森中からかき集められた精霊力が、あの化け物と化したザーレントへと注がれてしまった。
その果てに誕生した人の手にはあまる存在。自らを神と称したフランデルクがおそらく目指した高みの存在。それが目の前にいた。
甚大な精霊力を吸収した狂王ザーレント=フランデルクには、物理攻撃も精霊神術もまったく通じなかった。
あのフランデルクすら討ち果たしたエルオールの剣でさえも、まるっきり役に立たなかった。
僕が操る炎龍を無数に浴びせても、すべてが精霊力の障壁によって弾き飛ばされてしまう。まさに、弱点すべてが取っ払われた化け物の誕生だった。
「くそっ。こんなの、どうやって戦えっつ~んだよっ」
ルードが再三にわたって大剣を振り回すも、そのすべてが虹色の障壁によって防がれ、逆にそこから延びてきた光の剣に翻弄されてしまう。
「これでは連携取ったとしても、まるで無意味ではないかっ」
アーシュバイツさんも吠えながら剣撃を浴びせたけど、フランデルクは避ける素振りすら見せず、ひたすら邪悪な笑みを浮かべながら、精霊力の剣を鞭のようにしならせてくるだけだった。
奴に理性や意志があるのかはわからない。だけど、赤く瞳を輝かせ、狂ったような笑みを浮かべながら、ひたすら身体から延びてくる爆発的な光の剣で、薙ぎ払おうとしてくる。
僕は飛んできたそれをかろうじて剣で受け流したけど、そもそも精霊力なんて物質ではない。奴がまとっているのは魔法ではなく精霊力そのものだ。
完全変異性機構によって物質変性が施されて質量を持ったとしても、そんな空気のような実体のないエネルギーの塊など、剣で力を相殺できるはずがなかった。
「ちぃっ」
うねり狂う光の剣の一撃を紙一重でかわした僕は、後方へと思い切り跳躍した。
依然、異様な光を全身から漂わせながら、次から次へと鞭のような光の束を現出させてくるフランデルク。
セディアを始めとしたザーレントの遺産にあれが直撃したら、一巻の終わりだ。だから装置から奴を引き離すために、研究室入口方向へと引っ張り込んで高速剣撃を繰り広げていたルードとアーシュバイツさんだったけど、彼らですら手も足も出ず、ついに壁へと吹っ飛ばされ叩き付けられてしまった。
彼らより遙かに劣る実力しかないバーミリオン兄妹なんかはもっと酷かった。
軌跡を読むことがまったくできない光の剣に対処し切れず、鉄鞭で攻撃していた妹のディアナが、今まさに、細切れに切り裂かれそうになっていた。
彼女は避けられないと悟ったのか、呆然と硬直してしまう。そんな妹の姿を見て、
「ディアナっ」
すぐ近くで戦っていた兄のバーミリオンが、咄嗟にそれを庇う形で、槍を盾にしながら彼女の前に飛び出していた。
「兄貴!」
ディアナの甲高い悲鳴が上がった次の瞬間、二人はまとめて入口付近の壁まで吹っ飛ばされていた。
「ディアナっ、バーミリオンっ」
見ると、兄に庇われた妹の方はかろうじてかすり傷程度ですんでいたけど、兄の方は見るも無惨に血塗れとなっていた。
「兄貴! 兄貴ぃ~! やだ……! 目を……目を開けてよっ、兄貴っ」
「い、いてぇ……よ……ゆすんな……って……」
彼女は兄の血で両手を染め上げ、泣き叫びながらも必死になって身体を揺すっていた。
バーミリオン兄はフランデルクの攻撃が炸裂する前に、ギリギリのタイミングで槍を盾にしてあれを防いでいたから、おそらく致命傷には至っていないと思う。
ただあの出血だ。相当な深手を負ってしまったに違いない。このまま長時間放っておいたら命に関わるかもしれない。
「くそっ。なんなんだよっ。あんなもの、どうしろって言うんだよっ」
僕は吠えながらも、絶望的な戦いへと飛び込んでいった。
「傷つけることはできなくてもっ。衝撃与えることぐらいだったらできるはずだっ」
既に戦える人間は僕だけになってしまった。
あんなの、到底勝てると思えなかったけど、時間稼ぎぐらいだったらできるかもしれない。
そう思って、入口近くの壁際でうずくまっていたルードたちへ止めの一撃を食らわせようとしていたフランデルク目がけて、跳び蹴りを食らわせていた。
さすがにこの一撃は予期できなかったようで、奴は思いっ切り通路の向こう側へと吹っ飛んでいった。
――これでいい。
ザーレントの遺産や負傷したみんなから奴を引き剥がして、あるいは研究塔の外へと追い出せたなら、あとはアルメリッサが真の意味で完全復活するのを待てば、すべてが終わるはずだ。
装置も停止し、世界の破滅も防ぎ、力を取り戻したかつての女王の力でフランデルクを打倒してもらえれば、すべてが丸く収まる。
たとえそのせいで、僕の命が尽きることになったとしても。
僕は通路の奥で爆発的な精霊力を周囲に放出し始めたフランデルクへと特攻する前に、左手側の壁際で戦っていたオルファリアたちを見た。
狂声を上げて黒い瘴気を放出しているアルメリッサ本体と、一定の距離を保って対峙しているオルファリアたち。
背中から虹色に光り輝く半透明の翼を現出させたオルファリアが、祈るような格好となって真っ白な光を全身から迸らせていた。
そんな彼女の左右を固めるように、アーリとカャトがぴったりとくっつき立っている。
アーリも身体を光らせ、オルファリアの力を強化しているようだった。
カャトは自分たちを覆い尽くすように気流を発生させて、数フェラーム先の宙空に舞っていた森の女王から発せられる瘴気をすべて弾き飛ばし、崩落した塔の壁から外へと追い出していた。
ピューリも炎の壁でアルメリッサ本体を囲み、彼女が身体にまとっている強大な精霊力をそぎ落とそうとしていた。
小猿たちはそんな彼らを癒やし続け、ベネッサは万が一のときに備えて彼らを護衛し続けていた。
そんなオルファリアたちのがんばりのおかげか、アルメリッサ本体から生じる精霊力の息吹が大分、薄れていっているような気がした。
(……千年の永き眠りの果てに訪れた未来は、安息の一時ではありませんでした……。ですがあなた……私はそれでも……)
アルメリッサのか細い声が聞こえてきたような気がする。
白い靄のような姿のアルメリッサの思念体は、それだけを呟き、す~っと、炎に包まれている自分の身体の方へと進んでいった。
僕はそれだけを確認してから、ニヤッと笑い、フランデルク目がけて突っ込んでいった。
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