54.最終防衛機構
この城が建てられた当時であれば、さぞや絢爛豪華だったんだろうなと思わせるような、細かい意匠の凝らした大扉が目の前に現れていた。しかし、今僕たちの前にあるそれは、すっかり風化していて、すべての装飾がボロボロになっていた。
「ひょっとして、こいつも封印だかって奴がかかっているのか?」
呟くように聞いたルードに、アルメリッサが頷いた。
(はい。本来であれば、表の扉同様、防衛機構によって封印措置が施されていて、二つの制御盤を操作しないと開かないようになっています。ザーレントや私であれば、そのようなことをしなくても開けられるのですが、今現在の私はご覧の通り、ただの思念体ですので開けられません。ですが、おそらくこの扉の防衛機構は外の扉が破壊されてしまったことで、連動する形で故障していると思います)
「故障ねぇ……」
よくわからないといった風にルードが首を傾げつつも、自慢の怪力で扉を押し始めた。すると、アルメリッサが指摘した通り、ギギギと不快な音を立てて難なく扉が向こう側へと押し開かれていった。
制御の仕組みがどうなってるのかはよくわからないけど、どうやら本当に両方とも壊れていたらしい。
「よかったですね。これで先に進めそうです」
僕の真後ろにいたオルファリアがそう、声をかけてきた。
「だね。もう大分時間食っちゃってるし、早いところ研究塔に向かわないと、本当に間に合わなくなっちゃうからね」
「だな。俺には何が起こっているのかよくわからないが、ともかく、一刻も早くその研究塔とやらに向かおう」
僕に同意するように、アーシュバイツさんがそう応じた。
「んじゃ、とっとと行くとするか」
「そうだね」
僕たちはルードの言葉を合図にして、すぐさま開かれた扉の先へと足を踏み入れようとしたのだけれど、アルメリッサが鋭くそれを制した。
(皆さん、お待ちください。扉の防衛機構は故障していて意味を成しませんでしたが、それでもまだ、この城の防衛網は沈黙していません。それどころか、おそらく扉が開かれたことで侵入者を検知し、より一層活性化されてしまったと思います)
「は? 活性化ってどういうことだ?」
(……この先は大広間となっていますが、同時に更にその先にあるザーレントの居室や研究塔への門を守るための最終防衛機構が稼働しているのです。ですので、不用意に侵入したら、大変なことになります)
「マジか……」
ルードが呆れたように溜息を吐いた。
「アルメリッサ。その防衛機構ってなんなんだ? この先にはいったい、何が待ち構えているんだ?」
じっと見つめる僕に彼女が何か言おうとしたときだった。
突然、けたたましい地響きがしたかと思ったら、耳をつんざくような巨大な咆哮が扉の向こう側から響いてきた。
「な、なんなんだよっ。いったい、何が起こったんだ!?」
「これはっ……獣かっ?」
「ちぃっ」
鼓膜が破れそうになるだけでなく、心臓まで鷲掴みにされたかのような不快な感覚に、僕は全身の震えが止まらなくなってしまった。
見ると、ルードとアーシュバイツさんは顔をしかめながら片膝ついているだけの姿でなんとか堪えていたけど、他のみんなは両耳を押さえて、うずくまってしまっていた。
小さなカャトとアーリは身体を震わせながら身を縮ませ、それを懸命になってオルファリアが抱き寄せるようにしていた。
僕は一人立ち上がると、両頬をパチンと叩いてから意を決して、
「行こう、みんな!」
勇気を振り絞って前へと一歩踏み出した。
(くれぐれも気を付けてください。あれは、間違いなくこの森に存在する生物の中で、最強の部類に入る存在ですから)
僕の背に向かってアルメリッサがそう注意を促してきた。
相変わらず何か巨大な生物が地鳴りを立てているような微振動が伝わってきたけど、僕は遅れて立ち上がったルードやアーシュバイツさんとともに、隣の部屋へと足を踏み入れた。そして一斉に、僕たちはそれを視界に入れ、絶句してしまったのである。
巨大な大広間はこれまで通ってきた通路と同じように、壁も天井も床も仄かに青白く光っていた。
そんな一室の真正面の壁際に、そいつはいたのである。
翼を折り畳んだ漆黒の何かが。全身鱗に覆われた巨大なトカゲのような生き物。
「バカなっ……。あれは……まさか、竜なのか!?」
「竜だと? それって、神話に出てくるあれのことか……?」
あまりにも予想外な生物を視界に捉えてしまったせいで、思考が追い付かなかった。
そいつは鋭角に尖った頭に無数の角を生やし、太くて長大な尻尾を備えていた。頭から尾の先まで続く棘状のたてがみと、背中から生やした一対の巨大な翼。
その四足歩行の生き物は紛れもなく、神話の時代のみに生息し、現在はどこにも存在していないはずの竜種だった。
今の時代に広く知られている汎用神話には、僕たちがおとぎ話の中の存在として認知している竜族のことがいろいろ記されている。その中で一番有名なのが、次の一節だった。
『かつてこの世界には人類の他、神族と竜族が互いに手を取り合って平和に暮らしていた。しかし、その後、人類と神族の間に亀裂が入り、終わりなき争い事が始まった。このままでは世界が滅ぶと知り、それまで静観を決め込んでいた竜族が仲介を買って出たが、それで争いの芽が摘まれることはなかった』
汎用神話ではそうなっている。
そして、その戦争の果てに天変地異が巻き起こり、世界は三つに分断され、人類の前からは神族も竜族も姿を消してしまったのだという。
これが一般的に知られる世界創世神話の一端だった。
それなのに、そんなおとぎ話に出てくる竜族が目の前にいる。こんなバカなことがあっていいはずがなかった。
(かつて、古代王国時代にも竜は存在していませんでした。ですが、ザーレントは神話の時代に絶滅したと言われている竜族を模してあれを作り上げ、自身の居城を守るガーディアンに仕立て上げてしまったのです)
「作った? まさか竜種を人為的に生み出したって言うのかよっ? そんなムチャクチャなっ」
淡々としたアルメリッサの説明に、僕は呆れ果てて思わず吠えてしまった。
「くそっ。なんでそんなもんに城を守らせるんだよっ。僕たちはあんな奴と戦ってる暇なんかないっていうのにっ」
「つーか、勝てるのか? あんなデカブツ野郎相手に!」
「それ以前に、あんなのと戦って、この城は耐えられるのか!?」
悲鳴にも似た僕の叫びに続いてルードとアーシュバイツさんも声を荒らげたけど、そんな僕たちを待ってくれるほど、敵は甘くなかった。
「おいっ。臨戦態勢に入れっ。来るぞ!」
そうルードが叫び様に大剣を構えたときだった。
再び漆黒の竜が天に向かって咆哮したあと、背中の翼を大きく広げて突っ込んできた。
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