51.古より来る白い影
(我が名はアルメリッサ・ローファール。あなた方にはこう名乗った方がわかりやすいかもしれませんね――アルメリッサ・エルギ・ザーレントと)
あれほど酷かった揺れも、徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。
城のあちこちから埃が降ってきたり、壁や天井の一部が剥がれ落ちたりしてくる中、僕たちは突然現れた白い影に全員が警戒して身構えていた。
そんな数フェラーム離れて固まっていた僕たちへと、背中の翼を折り畳んだ彼女が肉声ではなく、そう、脳に直接響くような声音で語りかけてきたのである。
古代レオ・グラファルド語ではなく、現在広く使われている汎用言語のレオグラード語で。
「アルメリッサだと……? てことは、あんたは……まさか……」
ルードが呟くようにそう声を発して絶句した。
両肩や胸元、腹や股間辺りだけを金属鎧っぽい形状のもので補強した、ドレスアーマー風の衣装を身にまとっている、白い影でできたアルメリッサが軽く頷いた。
(如何にも。あなた方がずっとこの森で調べていた、かつては森の女王とまで呼ばれていた存在。その思念体のようなものです)
相変わらず静かに告げる彼女。僕たちは騒然となった。
ただでさえ、古の時代に死んだはずのアルメリッサが今こうして僕たちの目の前にその姿をさらけ出したのだ。
それだけでも驚嘆に値するというのに、その上、よくわからない白い靄状の姿となって突然現れるだなんて。
「いったい、どういうことだ? 思念体って、何がどうなってるんだよ……?」
「まさか……幽霊ってこと!?」
アルメリッサの言葉が理解できず首を傾げた僕のあとに続き、ディアナが悲鳴のような声を上げた。
アルメリッサはそんな彼女に一瞥をくれたけど、白い亡霊みたいな古の女王が口を開く前に、オルファリアが静かに僕の横へと進み出てきた。
「……あなた様は……本当にあの、アルメリッサ様なのですか? 私のご先祖様の」
何かを期待するような、それでいてもの悲しげなよくわからない表情を浮かべる彼女に、
(えぇ。厳密に言うと、あなたと直接血の繋がりはありませんが、紛れもなく、私は古き世代のナフリマルフィス族であり、あなたが知るアルメリッサ本人です)
アルメリッサの思念体は無表情にそう答えた。それに対して、今度はルードが口を開く。
「俺にはいまいち何が起こってんのかよくわからねぇが、もし仮にあんたが本当にあの森の女王とやらだったとして、なんで大昔に死んだはずのあんたが、今になってそんな姿で現れたんだ? それにまるで、俺たちがこの森で何してたのか、知ってたみてぇな口ぶりだが?」
眉間に皺を寄せる彼の言葉に、アーシュバイツさんが驚いたような声を発した。
「まさか……以前オルファリアが言っていたが、あなたがナフリマルフィスであるならば、今になって蘇ったということなのか?」
愕然と固まってしまう彼のあとを継ぐように、オルファリアが口を開いた。
「……私たちナフリマルフィスは、一度目の死を迎えたあと、女神の力携え蘇る。もしかしてアルメリッサ様、そういうことなのですか?」
しかし、古の亡霊は軽く首を横に振り、自虐的ともとれる笑みを浮かべる。
(私は、その問いに対する明確な答えを持ち合わせておりません。なぜなら、気が付いたときには既に、この姿となって存在していましたので。ですので、なぜこんなことになってしまったのかも含めて、まるで理解していません。どれほど前からこの姿だったのか、いつ目を覚ましたのかも何もわかっていません。ですが、森の中を彷徨い歩き、空からこの森の行く末を見守っていたことだけは、朧気ながらに覚えています。そうして、つい先日、あなた方を発見したのです)
そこまで言って、彼女はどこか遠くを見るような目をした。
(本当ならば、私は一切あなた方人間たちに接触するつもりはありませんでした。ですが、この森、この世界に危機が迫っていることを知ってしまいました。このままではいずれ、まずいことになってしまう。ですからあなた方の本質を見極めたのち、この森、この世界の未来を託そうと考えました。そんな折、あの恐ろしく危険な男がこの城の中へと侵入する姿を目撃してしまったのです。幸い、それすらあなた方は食い止めてくれた。これは信用するに足る器だとそう判断しました。ですからこうして、あなた方の目の前に姿を見せることにしたのです)
そう厳かに語るアルメリッサを、僕はまっすぐ見据えた。
「つまり、フランデルクの野望を阻止した僕たちであれば、この森で起こっている異変を食い止められると、そう判断されたということですか?」
(はい。そして、事は急を要するほどに、大変危険な状態となっております。ですのでどうか、私の話を聞いていただけませんか?)
悲しげな瞳で訴えかけてくる彼女に、僕は後ろを振り返って一同を見渡した。個人差はあれど、皆、難しい顔をしながらも肯定の意を示してくれた。
再び僕はアルメリッサへと向き直ると、軽く頷く。
「あなたに頼まれなくても、僕たちは最初からこの森を救うつもりでした。ですので、知っていることすべてを話してください」
真摯にそう答える僕に、森の女王はなんとも言えない顔をすると、
(ありがとうございます。そう言っていただけて、本当に心強いです)
そう声を発し、軽く会釈してから、彼女はかつてこの森で何が起こったのか、とうとうと話し始めた。
(かつて――古の時代、私は大きな過ちを犯しました。あなた方もご存じの通り、かつて起こった七政王との戦争により、私は愛する夫に先立たれてしまい、あまりの悲しみに心を打ち砕かれ、正気を失いかけてしまったのです。そのため、決して蘇ることなどないとわかっていたにもかかわらず、あの人が残したセデフとセディア、精霊力吸収機構を駆使して、この森に漂うありとあらゆる精霊力をかき集めようとしました。いけないことと知りつつ、戦争によって散っていった多くの死者たちの残留精霊力すら利用し、あの人を蘇らせようとしたのです。ですが、結果はご存じの通り。古代の叡智をもってしても、一度死んだ人間を蘇らせることなどできなかったのです)
そこまで言って、瞳を閉じる彼女。
僕の記憶の中に彼女が復活したという事実はない。だけど、幻生獣の身でありながら人を愛し、ともに生きる道を選んだような人だ。
おそらく、種族の壁や体裁、その他諸々といった多くの壁があったことだろう。
そんなとてつもない障害すら乗り越え結ばれた二人なのだ。
病気で亡くなった場合でも気が狂ってしまうかもしれないのに、悪意ある人間たちによって殺されてしまったとあっては、正気を失っても仕方なかっただろう。
(あのときのことを思い出すと、今でも慟哭の念に胸が押し潰されそうになります。正気を失っていましたが、なぜか、あのときの記憶が普通に残っているからです。ですが、それ以上にあってはならない事態を、私はそのあと、引き起こしてしまったのです。大きな過ちを――)
彼女はそこで一度言葉を切って、僕たち全員を見渡すようにした。
僕たちは口を挟まず、彼女の次の言葉をじっと待った。そして、語られた事実に愕然とするのであった。
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