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リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
第七章 廃城での死闘

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50.怪物vs化け物




「おおっ? なんだこりゃ!?」


 フランデルクへと駆けていた金髪男が急に立ち止まった。

 バーミリオンはホール中央で何かを発見したようで、しゃがみ込むとそれを掴んでいた。


「うおぉっ……な、なんだこいつはっ。手がビリビリ痺れるんだがっ?」


 追い付いた奴の妹のディアナと僕は、バーミリオン同様足を止めるしかなかった。


「……それ、返してくれないか?」


 お宝でも見つけたように目をキラキラ輝かせて、手にした黒光りする長剣を眺めている長身の男。彼が拾ったのは、僕が戦闘中に落としたエルオールの剣に他ならなかった。

 もしあの剣がなくなってしまったら、おそらくもう、フランデルクを倒す術がなくなってしまう。

 次第に湧き上がってくる緊張感のせいで、自然と顔が強ばってきた。


「これ……ひょっとしてお前んのか?」

「あぁ。さっき戦ってるときに落としたんだ」

「へぇ……そうか。なんかあんたの顔立ちもいいとこの坊ちゃんみたいだし、相当高価な剣なんだろうな」


 そう言いながら、エルオールの剣と僕の顔を交互に見比べるようにする。蔑みのような嘲笑のような、そんなあまり気持ちのいい笑顔とは思えないような表情を浮かべていた。

 僕はただじっと手を伸ばしてそれに耐えていたけど、


「ちょっとバカ兄貴! あんた何してんのよっ。あたしの愛しい人が返してって言ってんだから、さっさと返しなさいよっ、バカ!」


 知らない間に兄の背後に回っていた金髪少女が、絶叫とともにバーミリオン兄の膝裏を蹴り飛ばしていた。


「いってぇっ。何しやがんだ、クソ野郎がっ」

「兄貴が悪いんでしょうがっ。とにかく返しなさいっ」


 体勢崩れた兄の背中を更に殴り飛ばして無理やり手にした剣を奪い取ると、彼女はニコニコしながらそれを僕に渡してきた。


「はい、リル。うふふ。初めての共同作業ね♥」

「はぁ!? 何が共同作業だよっ」


 僕は乱暴にエルオールの剣をもぎ取ると、愛用の剣を鞘に戻して、再び走り出した。その際、しっかりと床に転がっていた男の尻を踏んづけることを忘れない。


「いてぇっ。おいっ、何しやがるっ」

「きゃははっ。自業自得よっ」


 非難の声や実の兄貴をバカにするような笑い声が聞こえてきたけど、完全無視した。


「来たか、小僧!」


 三人の男たちが光の爆発やら剣閃を煌めかせる戦場へと再び戻ってきた僕に、フランデルクが愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。


 僕は自分が奴の障壁を破壊しようとしていることを悟られないようにするために、挨拶代わりの一撃を食らわした。

 大上段からの一閃に、奴が光球でそれを受け止めようとしたけど、僕の剣がそれに触れた瞬間、爆発することなくパックリと割れて、そのまま消し炭となった。


 フランデルクは何が起こったのか理解できないといった顔を浮かべた。そんな巨漢に、強力な精霊力の宿ったエルオールの剣が炸裂する。

 分厚い魔法障壁によってあっさりと僕の一撃は防がれてしまったけど、そもそもその攻撃で奴を仕留めようとなんて思っていない。


「二人ともっ。攻撃の手を緩めないでっ」

「言われなくとも!」

「さっきからやってるわっ」


 二人の男は叫ぶと同時に、すかさず重い一撃を走らせた。

 フランデルクの周囲で火花が飛び散る。


「ウジ虫どもがっ」


 僕たち三人が繰り出した剣撃が更に激しさを増した。フランデルクの左右後方からアーシュバイツさんとルードが重量級の一撃を何度も食らわせるたびに、障壁を破壊できないまでもフランデルクが身体の軸を左右前後にブレさせた。


 遅れて駆け付けたバーミリオン兄が僕の右側から鋭い突きを連打し、漆黒の狂人がもんどりうつ。


 更にそこへ、僕の左側に姿を現したディアナが、茨のついた鉄鞭を頭上から振り下ろした。さすがの怪物も光球で防ぐ余裕すらなさそうだった。


 しかし、僕が攻撃を繰り出すたびに障壁が弾けるような光が舞うため、さすがに焦ったらしく、奴は苦鳴を漏らしながら両手を天に掲げた。


「まずいっ。みんな、避難してっ」

「クソどもがぁぁぁぁっ。貴様ら全員、まとめて燃やし尽くしてくれるわっ」


 絶叫するや否や、奴の身体から全方位へと、これまでに見たことがないくらいの熱量を帯びた迅雷が炸裂していた。


「きゃぁぁ~~!」


 僕は逃げ遅れて硬直していたディアナを庇うように、彼女を抱きかかえたまま数フェラーム後方へと跳躍し、地面に転がった。

 ルード、アーシュバイツさん、バーミリオン兄の三人は、かろうじて逃げ切ったようだったけど、大気中に帯電している雷気に皮膚をやられ、身体中から煙を立ち上らせていた。


「リル……」

「避難してろ。あとは僕がなんとかする」


 すっかり恐怖で青ざめてしまったディアナにそれだけを言い捨て立ち上がると、未だに止まない雷撃の渦の中目がけて駆け始めた。


「無茶だっ、リル!」

「おいっ」


 アーシュバイツさんとルードが怒鳴ってきたけど、すべて無視した。無茶だからってここで怯んでいたら、僕たちに明日はない。

 僕は表情を消したまま、右手にエルオールの剣を構え、左手から炎龍を放出した。


「その手は食わんぞっ、小僧っ」


 炎によって一時的に雷撃が消失し、僕の前に道ができたけど、すぐさま消えてしまった。まるで海の中にできた道が、左右に分かれた水によって押し潰されるがごとく。だけど、僕の狙いはそこにはなかった。


「知ってるさっ。お前がただのもうろくした化け物じゃないってことぐらいなっ」


 叫び様、僕は左手だけでなく、剣を持った右手からも炎龍を放出して、フランデルク目がけて叩き付けていた。


「なんだとっ」


 愕然とし、一瞬、雷撃が弱まる。

 僕は武者震いしながらニヤッと笑うと、更に何度も何度も炎龍をぶっ放していた。

 僕の目の前に湧いた無数の炎が雷撃とぶつかり爆発する。

 オルファリアたちのおかげで、かつてないほどに精霊力が身体中に漲っている。何度炎龍をぶっ放してもまったく疲れることがなかった。


「小僧おぉぉぉ~~! 貴様はいったいなんなのだぁっ」

「僕はぁっ、ただの人間だっ……!」


 最後の力を振り絞って放出した極大の炎龍が、地獄へと続く真っ赤な道となってフランデルクへと一直線に飛んでいった。

 かつてないほどに凶悪な敵が繰り出してきた雷撃すべてを圧倒し、それらを丸呑みにしながら漆黒の狂人へと炸裂し爆発する。


 雷撃が消滅した大ホールには、爆風によって宙に投げ出される巨漢の姿があった。僕はそいつ目がけて跳躍し、宙を飛んだ。そのまま両手に握りしめたエルオールの剣を突き入れようとする。


 フランデルクはそれを防ごうと、胸前に小さな光球を現出させたけど、それで僕の一撃を防ぐことなんかできなかった。

 精霊力の塊であるエルオールの剣によって、刺し貫かれた光球がそのまま消滅した。


 ガ~ンっという衝撃のあと、氷を抉るようなざらついた感触が伝わってきた。

 そして、耳朶を貫くような金切り音が鳴ったあとで、パリ~ンという破砕音が鳴った。


「バカなっ……」


 驚愕に絶叫する灰髪鬼(フランデルク)

 何かを刺し貫くかのような鈍い手応えがエルオールの剣を通して伝播してきた――と認識した次の瞬間、周囲に大量の鮮血を撒き散らしながら、僕の剣が漆黒の狂人の胸中央を刺し貫いていた。


「がはっ…………き……さ……」


 剣が突き刺さったまま二人して床に着地したとき、口の端から血反吐を吐いてフランデルクが何か言おうとした。

 しかし、奴の口がそれ以上の言葉を紡ぐことはなかった。

 憎悪や嘲弄といった激情の嵐を醜悪な面に張り付けたまま、奴は動きを止めた。


 呪詛を吐き出そうとするかのようなおぞましい眼光。それが宿った瞳からは、急速に光が失せていった。

 もはや、奴から生命の息吹も禍々しい精霊力の波動も何も感じられなかった。


 ――こうして、最大の強敵だった狂人は息を引き取った。


「……やったか……!?」


 フランデルクの遺骸から剣を引き抜いた僕に、アーシュバイツさんが駆け寄ってきた。


「たくっ……ヒヤヒヤさせやがって」


 うんざりしたような顔をしたルードも近寄ってきた。


「うへぇ……マジ、なんなんだあいつは。それにあんたも……」

「や~~ん。やっぱ、かっこいいぃ」


 対照的な反応を見せるバーミリオン兄妹も近寄ってくる。


「リル~~!」


 オルファリアを始め、後方の壁で成り行きを見守っていた他のみんなも駆け寄ってきた。


「よかった……本当に……」


 彼女は僕のすぐ目の前まで来ると、水色の瞳に薄らと涙を浮かべて僕を見つめてきた。


「うん。ギリギリだったけど、オルファリアたちのおかげでなんとか倒せたよ……」


 疲れたようなほっとしたような、そんな反応を見せるみんなを見ているうちに、大事を成し遂げたんだという実感が徐々に強くなってきた。


 ――そうか……。やっと、僕は使命を果たせたんだな。


 よかったような、よくなかったような、よくわからない複雑な気持ちだった。


「……しかし、あんだけ凶悪な野郎でも、死んじまえばただの干からびた爺さんか。ホント、皮肉なもんだぜ」


 溜息交じりに上がったルードの声が気になって振り返った僕は、仰向けに倒れているフランデルクを見下ろして愕然となった。


 あれだけ筋骨隆々の巨漢だった男の面影は、どこにも見当たらなかった。

 胸の中央が派手に割れているやたらでかい漆黒の鎧の中にいたのは、百歳を過ぎているんじゃないかと思えるくらいの、骨と皮しか残っていないような老人だった。


 しかも、首元から覗いている頭は顔半分が鎧の中に隠れてしまっているような有様。背丈だけでなく、腕も一回り縮んでいて、やはりガリガリだった。頭髪もすべて抜け落ちてしまっている。


「これが本来の姿だったってことか? それとも……」


 ぼそっと呟いた僕の声に、


「……おそらく、精霊神術を吸収し過ぎた上に、精霊力まで大量に失ってしまったのが原因だと思います。もしかしたら、本来であれば、この方はとうの昔に亡くなっていたのかもしれませんね……。精霊神術を取り込んだおかげで、寿命を引き延ばせていただけなのかもしれません……」


 僕の横に並んだオルファリアが、表情を曇らせながらそう答えた。

 僕は沈んだ彼女のその姿を見ていられなくて、そっと肩に手を置いた。


「オルファリア。君はあまり見ない方がいい」


 しかし、彼女は首を横に振った。


「……いえ。この方を傷つける力を生み出したのは私です。私はリルと戦うと誓いました。そして、この方を排除するお手伝いをしたのですから、最後までそれを見届ける義務があります」

「オルファリア……」

「本当はこの方を手厚く葬って差し上げたいのですが……」


 さすがに凶悪な犯罪者だということは理解しているのか。彼女はただ俯くだけだった。


「いろいろあったが、とりあえずまぁ、これですべて一件落着ってわけだな」

「そうだな。あとはザーレントだかアルメリッサだかが残した太古の遺産がどうなって――」


 そう締めくくるように言ったルードに応じるように、アーシュバイツさんがそこまで言ったときだった。


「なっ……」

「きゃぁぁ~~! なんなのよっ、この揺れはっ」

「ま、まずいぞ!? こんなおんぼろな城、簡単に崩れて生き埋めになっちまうんじゃねぇのか!?」


 ルードやバーミリオン兄妹が叫ぶ中、軋むような音を立てて古城全体が激しく揺れ始めた。

 いや、多分、これは城だけじゃない。この揺れは……。


「くそっ。これはあのときと同じだっ。地下から出てきたときに起こった鳴動とっ」


 僕たちは立っていられなくなり、床にしゃがみ込みながら城の出入口から外に視線を投げた。

 薄気味悪いぐらいに闇色の空が虹色に輝いていた。

 吐き気を催すような耳鳴りまで響いてくる。


「なんなんだっ。いったいいつまで続くんだよっ」


 バーミリオン兄が妹の上に覆い被さるように守りながら、そう叫んだときだった。


(ついに始まってしまう……)


 何かが頭の中で呟いたような気がした。


(終末の時……禍しき紫空(しくう)……すべてを狂わせ……無に帰する)


 澄んだ声色で囁くようにそう呟く女の声。


「誰だっ」


 鋭い叫びを上げる僕の声に応えるかのように、廃城上層へと続く階段付近に、薄らと白い靄のようなものが浮かび上がってきた。

 それは、始めはただ揺らめいているだけだったけど、次第に細長く人のような形を象っていく。そして、それが完全に人間の姿となったとき、僕は息を飲んだ。


「お前は……!」


 誰かがそう叫んだ。

 宙空に浮かんだそれは、す~っと、滑るように僕たちの数フェラーム前方へと移動してくる。

 僕は長大な翼を広げたそいつの顔を視界に入れ、愕然と呟いた。


「あなたは……アルメリッサ……なのか……?」


 目の前で揺らめく白い影。それは紛れもなく、廃村遺跡で目にした、あのアルメリッサの石像を実像にしたかのような姿だった。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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