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5.運命の最終試験




 翌日。

 僕たちは朝早くから雪深い庭の中にいた。

 気温は多分、氷点下を下回っているだろう。

 厚着しているけれど、先程から震えが止まらない。


「それじゃ、始めるわよ」

「はいっ」


 今外に出ているのは僕と姉ちゃんだけでなく、じいちゃんもいた。

 じいちゃんは長椅子に座って様子を窺うようにしている。これまでもずっと気にかけてくれていたから、心配で見に来てくれたんだと思う。


「じゃ、まず、いつも通りやるわよ。い~い? 精霊神術は理屈で覚えるのではなくて、感覚で操るもの。本当は精霊力の変換手順とかあるけど、人間にはそれを覚えることはできないから、私たちがやるやり方で覚えること。精霊力を自身が思い描く姿に変えるの。今回は私がリルの中の精霊力を操作して組み替えるから、それを必死になって追いかけなさい。要領がわかったら、あとはそれを真似して自分で組み替えるの」

「わかった。時間もないし、早速お願い」


 タイムリミットは日没まで。それを過ぎたら僕はもう……。


「じゃ、行くわよ」


 ファー姉ちゃんはそう言って、僕の背後に身体をぴったりと張り付けるようにしてきた。必然的に、姉ちゃんの柔らかい感触が背中いっぱいに広がっていく。

 続けて姉ちゃんは、後ろから僕の両手と自身の両手を組み合わせるように手を繋いできた。


 指と指が絡まり合い、そこから身体の中に、文字通り熱い脈動が流れ込んでくる。

 全身の血潮がうねり狂うような不快な感覚に支配され始めた。

 両手の指先や足のつま先から頭頂に向かって、次第に激流のように精霊力が流れていく。


 目をつむり、懸命になっておぞましい感覚に耐える僕の脳裏に、ある映像が浮かび上がってきた。

 一面、炎の海。

 煉獄の炎がすべてを焼き尽くしてしまいそうな勢いで、渦を巻いて火柱と化す。

 爆音が轟き、大気も地面も空もすべてが燃やし尽くされていく。あるのはただ、赤と橙色の光を放つ業炎だけだった。

 そして、そう認識した瞬間、僕は強烈な悪寒に耐え切れなくなって、あっさり意識を失った。


 ――どれくらいの時が経ったのかわからないけど、目を覚ましたら、家の中にいた。


 どうやら、ソファーに座った姉ちゃんに膝枕してもらっていたらしい。


「うう……」


 全身の倦怠感を堪えながら上半身を起こそうとしたけど、それを姉ちゃんが許してくれなかった。

 僕の頭を撫でながら、右手で僕の脇腹を包むようにして、険しい表情を浮かべて見下ろしていた。


「やっぱり、人間では無理よ。これ以上やったら、あなたの身体がどうなってしまうかわからないわ」


 まるで自分が人間じゃないみたいな言い方をして、顔や表情とは裏腹に、相変わらず愛おしそうに左手で頭を撫でてくれている。

 しかし、ここで止めるわけにはいかなかった。諦めたらそこですべてが終わってしまう。


「ファー姉ちゃん。頼むよ。もう一度。もう一度だけでいいから。それでダメだったら諦めるから……」


 下からじっと見つめる僕に、姉ちゃんはしばらく無表情で見つめ返してきていたけれど、


「……わかったわ。どの道、今のあなたの身体を考慮したら、あと一回しか試せないしね」


 そう言って、姉ちゃんは僕を解放して、二人して再び外へと出てきた。

 空は晴れていたけど、既に太陽が中天に差しかかっている。どうやら相当な時間、僕は気絶していたらしい。


 再度僕は目をつむり、姉ちゃんと手を繋ぎながら、体内の精霊力が動き続けていく感覚を二人で共有した。姉ちゃんが言うには、僕には炎の適正があるから、その一点だけに特化して精霊力の変換を行う訓練をするのだとか。


 ある意味、皮肉な話だった。僕は近い将来、悲劇を迎えるかもしれないあの子を助けたいという情熱だけに支えられてここまで来たのだから。そして、情熱といって思い浮かぶのはなんといっても炎だった。

 その思いが炎という形を取ったのかもしれない。


 ――助ける……助ける助けるたすけるタスケルっ。


 姉ちゃんに操られてうねり狂っている僕の精霊力が、頭の中で一つの形を形成していった。温かな、だけれどとても熱い龍のような姿をした細長い炎だった。


 真っ赤に燃えさかる紅蓮の世界を、そいつはひたすら前へ前へ駆け抜けていく。

 僕はそれを必死になって追いかけた。意識を集中して龍の動きを追い続けた。


 身体中から灼熱の業火が吹き荒れ、うねり狂う炎の龍が爆発的なまでの熱量を伴って巨大化していく。

 一瞬の気の緩みが命取りになりそうだった。

 絶望にも似た虚脱感が僕の意識を根こそぎ奪っていこうとする。


 苦しい。止めてしまいたい。今すぐ逃げ出したい。

 そんな負の感情が僕の心を激しく揺さぶった。

 だけど!


 ――諦めるわけにはいかないんだよっ。


 無意識のうちに出た絶叫に反応するように、更なる爆発的な火焔が真っ赤な世界を荒れ狂った。

 形成されていた炎の龍がかつてないほどの巨龍となり、一直線に紅蓮の空を駆け巡っていく。

 その先に、やがて小さな真白き光が見えてきた。とても冷たくて、だけれど救いを求めているかのような水色の光。


 そう認識した瞬間、僕の身体の中で何かが弾け飛んでいた。

 かつてないほどの苦痛と怖気で一瞬にして意識を喪失してしまいそうになる。


 だけど、ギリギリのところで踏ん張った。こんなところでつまずいてなんかいられない。僕は、すべての困難をはねのけて、ひたすら前へ進まなければいけないんだからっ。


 ――ぅおおおおおおぉぉ~!


 襲い来る闇と燃えさかる炎すべてを吹っ飛ばす勢いで、心の中で絶叫した。

 その刹那、僕の脳裏に浮かんでいた闇と炎のイメージすべてが消し飛び、一気に現実へと引き戻されていた。

 目の前に広がっていたのは先程までの真っ赤な煉獄の世界ではなく、真白き現実世界の雪景色だった。そして――


「バカな……龍じゃとっ……」


 左手側の庵の方から、聞いたこともないようなじいちゃんの上げた(うな)り声が聞こえてきた。


「まさか……本当にやったというの……?」


 茫然自失といった姉ちゃんの声が背後から聞こえてきた。

 そんな中、僕の瞳に映っていた光景。


「炎龍……さっき見た光景……もしかしてあれ、本当に僕がやったの……?」


 空高くへと飛翔していく龍のような姿の火流。火の玉でもなく火柱でもなく、文字通り、龍のような形状をした炎の帯が空へと昇り、バァ~ンと弾け飛んだ。

 僕はただ、感動もなくそれをひたすら見続けた。




◇◆◇




 結局のところ、あの炎を自分が出したのかどうかまったく理解できずに、それから数日が過ぎ去ろうとしていた。

 姉ちゃんが言うには、あれは僕の精霊力を使って姉ちゃん本人が放ったわけではないとのことだった。


 精霊力の流れに意識を集中し過ぎていて、目の前の光景を見ているようで見ていなかったし、そもそも目をつむっていたから、炎が放たれたその瞬間を僕は見ていない。


 しかし、確実に僕の右手から放たれたものらしかった。あのとき、姉ちゃんは精霊力の流れが爆発的な波長に変化したのを感じ取って、咄嗟に右手を上へとかざしたらしい。

 その瞬間、繋いだ僕と姉ちゃんの右手から一気に魔法が放たれ、炎龍と名づけられた火炎が飛翔していったとのことだった。


 にわかには信じられなかったけど、それでも、おそらく人類史上初めて成し遂げた偉業を前に、僕は時間を追うごとに否応なく興奮が増していった。

 そんな日常が過ぎていき、更に魔法の訓練をし続けていたのだけれど、


「こらっ。リヒターやっ。どこに打っておるかっ」


 庭で魔法の修練をしていたら、滅多に怒らないじいちゃんに怒られた。

 まぁ当然だよね。屋根の雪下ろしで積み上げられた雪山目がけて魔法ぶっ放そうとしたのに、なぜか方向が狂って、玄関前で呑気にくつろいでいたじいちゃんに向かって炎龍が飛んでいってしまったのだから。


 激突する寸前でじいちゃんが繰り出した風魔法によって、僕のしょぼい魔法は簡単に打ち消されてしまったから大事には至らなかったんだけど。


 ――そう。僕はあの一件以来、姉ちゃんの補助なしでも魔法を放てるようになっていたのである。


 ただし、威力はしょぼい。あのときは僕が精霊力の流れを理解しやすいように、身体中から力をかき集めていたらしく、それであんなにも威力が高くなったらしい。


 そんなわけで、あのときはたまたま高火力になっただけで、初心者の僕が意識して操れる精霊力などたかが知れていた。それに、もし仮に高火力の火炎を放てたとしても、大量に精霊力を消耗してしまうから、命に関わってくるのだとか。


「本当は体内の精霊力だけでなく、大気や大地などに宿っている精霊力を使って、魔法を放てればよかったのだけれどね」


 姉ちゃんによると、さすがにただの人間ではそこまでやるのは不可能とのことだった。実際、僕が感じられる精霊力は体内に宿っているもののみだったし。

 ただそれでも、精霊力は修行によって高めていくことも可能らしいから、この辺は今後の課題かな。


「よしっ。やってやるぞ! 僕は一流の魔剣士になって、すべての悪党を蹴散らしてやるんだっ」


 一人気合いを入れて、更に魔法だけでなく剣術の腕にも磨きをかけていくのだった。


 ――そして一月後。僕は十七歳になった。

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