49.厄介な兄妹
まさしくちん入者としか思えない二人の登場に、僕はげっそりしながらもオルファリアに肩を貸してもらいながら立ち上がった。
その間にもラッツィたちが僕の傷を癒やし続けてくれている。
突然の招かれざる客に、僕たちだけでなくフランデルクも気を削がれたようで、眉間に皺を寄せたままバーミリオン兄妹へと振り返った。
「なんだ、貴様らは? どこから湧いた、ウジ虫どもめが」
目を細める狂人にバーミリオン兄が不愉快そうに顔を歪めた。
「はぁ!? ウジ虫だと、てめぇっ。初対面のお前にそんなこと言われる筋合いはねぇぞっ。ていうか、そういうお前こそ何もんだっ。貴様は人間なのか!? てめぇのその頭の上にあるもんはなんなんだよっ」
長い金髪を後頭部の上でひとまとめにした長身男は、片手に持った長槍を両手に持ち替えると、穂先をフランデルクに向けた。
フランデルクは殺気立つ青年を見て嘲笑う。
「貴様のようなゴミ以下の虫けらに答える義理はない! そこの小僧どももろとも、霞すら残さず消し飛ばしてくれるわっ」
漆黒の狂人は叫ぶなり、新たに現出させた光球をバーミリオン兄妹目がけてぶっ放していた。
「きゃぁ~~!」
「どわぁぁ~~! てめぇっ、いきなり何しやがる!」
次から次へと繰り出される攻撃になすすべもなく、ギリギリのタイミングで左右前後へとタコ踊りするように逃げ続ける二人。
そんな彼らを見て、我に返ったようにアーシュバイツさんが叫んだ。
「リル! 俺たちが時間を稼ぐ! その間になんとか立て直せっ」
「これ以上戦闘が長引けばこちらが不利だっ。なんとしてでも次であいつを落とせ!」
アーシュバイツさんとルードは二人同時に最後の攻防を繰り広げ始めた。
「ちぃっ、雑魚どもがっ。ちょこまかとっ」
二人の攻撃でバーミリオン兄妹への攻撃が止み、再び主戦場がホールの中央へと移った。
フランデルクは頭上に形成していた巨大な光球を二つに分裂させて、左右から切り結んでくるアーシュバイツさんとルード目がけて飛ばすも当たらず、石床に当たって大爆発を起こした。
その衝撃で二人は足下をすくわれそうになるも、かろうじて耐え、ひたすら攻撃し続けていった。
「オルファリア……」
「はい」
「多分、あいつを倒せるかどうかは次の一撃にかかってると思う。だから頼む。僕の身体を治癒させるのと同時に、精霊結晶石の力を僕の中に注いでくれないか?」
じっと見つめる僕にオルファリアは驚いたような顔をした。
「リル、それは……」
「わかってる。僕の身体じゃ耐えられないって言いたいんでしょ? だけど、こう考えてみてくれないかな。あの結晶石の中の力は君たちであれば取り込んで精霊力に変換できるんでしょ? それが結構な負荷になることも承知だけど、その力を使って僕を癒やし、自分が本来身体の中に持っていた精霊力を使わずにすんだ。それってさ、つまり、君たちを媒介にして間接的に僕の中に結晶石の力を流し込んでいるってことでしょ? だったら、癒やしのための精霊力だけじゃなくて、蓄積のための精霊力として限界まで僕の中に注げないかな?」
優しく、微かに微笑みながら言う僕に、オルファリアはしばらく瞳を曇らせていたけど、最後は溜息を吐いた。
「……わかりました。確かにそれならば可能かもしれません。ですが、私たちは高密度の精霊力を少しだけ引き出して、それを体内で分解して通常の精霊力へと変換しています。ですので、時間もかかりますし、一歩間違えたら密度の高いまま、リルの身体の中に流れていってしまうかも知れません。本当に危険な行為ですが、それでもよろしいですか?」
「構わない。だから、頼むよ」
「……わかりました」
彼女はそう応じて、僕を再び床に座らせると、足下に落ちていた精霊結晶石を左手に、右手を僕の肩へとあてがって、一気に力を解放した。
それまでフランデルクの様子を窺っていたカャトとアーリも僕に振り返り、カャトが右手でオルファリアの身体に触れ、左手はアーリと手を繋ぐ格好となった。そして、アーリは僕の足に手を乗せる。
瞬間、僕の身体の中に強烈な力が雪崩れ込んできた。普段、血の巡りなど肌で感じることなんかできないのに、血管の一本一本、細胞一つ一つに、猛り狂ったような血流の脈動を感じた。
全身が灼熱にたぎり、焼け爛れてしまいそうな感覚すら覚え、思わず苦鳴が漏れた。だけど、そのすべてを耐え抜いて見せると、心の中で絶叫した。
視界すべてが真っ白く光り輝いて何も見えなくなる。
そうしてすべてが終わったとき、僕の身体からはすべての傷が消え去っていた。
「これは……」
全身を覆い揺らめく青白い光。
僕だけに見えているのか、それとも普通の人間にも見えているのかよくわからないけど、膨れ上がった筋肉と、まったく重力を感じさせないような身体。
まるで別人に生まれ変わってしまったかのような気さえした。
「リル……」
疲れたような表情を浮かべるオルファリアに僕は、
「ありがとう」
そう感謝の言葉を投げ、彼女の頭を撫でながら立ち上がった。
そんなところへ、
「きゃっ~~♥ 私の王子様……!」
かしましい兄妹が駆け寄ってきた。
「お、おいっ、お前ら! いったい何がどうなってるのか説明してくれないか!?」
キャッキャしながら近寄ってくる金髪少女とは対照的に、長身の男の方は酷く困惑したような、青ざめた表情を浮かべていた。
そんな二人があと少しで僕たちへと最接近するという段になって、
「動くなっ。それ以上近寄ったら、命の保証はできないわよ?」
勇ましいベネッサの声が金髪兄妹の動きを絡め取っていた。
「ちょ、ちょっとっ。そんな物騒なもの、こっち向けないでよね! 危ないじゃないの!」
「そ、そうだぞっ。何度も言うが、俺たちは敵じゃないんだってばっ」
僕たちを背後に庇うように剣を構えて立ち塞がった女傑に、やはり対照的な反応を見せる兄妹。片や牙剥き出しにしながら威嚇し、片や身体を仰け反らせて大慌てとなる。
僕はオルファリアたちを背後に隠すようにしながら、エルオールの剣を構えようとしてそれに気が付いた。
「そうか……さっきの攻撃で……」
周囲を見渡すと、少し離れたところで死闘を繰り広げているフランデルクたちと僕たちとの丁度中間辺りに、真っ黒い剣が転がっていた。
僕は軽く舌打ちしながらも、ずっと愛用してきたもう一本の剣を腰から引き抜き、ベネッサの隣に並んだ。
「おい、お前ら。僕たちは今忙しいんだ。さっさとどっかに行ってくれないか? そうしたら、お前らを殺すような真似はしない」
「こ、殺すだと!? だから、ちょっと待てってばっ。殺すとか、本当に物騒だな、あんたはっ。ちっとは俺たちの話を聞いてくれよっ」
「そ、そうよっ。ていうか、兄貴のことはどうでもいいから、私とだけは仲良くして欲しいのっ」
そううっとり顔で僕に迫ってくる金髪少女のディアナ。
「だから近づくなって言ってるでしょ!?」
この状況にベネッサもどうしていいか困ってしまっているようで、眉間に皺を寄せながら、僕を一瞥してくる。
僕は思いっ切り溜息を吐いたあと、
「とにかくだっ。お前らはあのクソ野郎の仲間だっ。そんな奴、信用できるわけがないだろう!」
そう叫んで、剣を構えながら周囲に視線を送り、そこで初めて気が付いた。
「な……あいつ……シュバッソがいない!? おいっ、どういうことだっ。なんであいつはいないんだっ。お前らいったい何を企んでいる!? まさかとは思うけど、二手に分かれて隙を見て攻撃するつもりだったのか!?」
「はぁ!? そんなアホなこと、誰がするかよっ。だから、その辺も説明するから話聞けってぇのっ」
「そうよっ。あんな偏屈野郎とはもう、縁を切ってるんだからっ」
「縁を切ってるだって!? いったいどういうことなのか説明しろ!」
「だから、さっきから説明するって言ってんじゃねぇかっ。あんなバカとはもう付き合いきれねぇから、喧嘩して別れたたんだってばっ」
「はぁ?」
僕はもはや、こいつらが何を言ってるのか理解できなかった。
この三人組があんぽんたんなのは最初からわかっていたけど、まさかここまでややこしいことになってるとは思わなかった。
「本当にっ、意味がわからない!」
吐き捨てた僕は迷った。こいつらを叩き潰して戦闘不能にして、後顧の憂いを絶つか。それとも信じて無視し、フランデルクと決着をつけに行くか。
しかし、
「リルっ。何やってやがる!」
爆音とともに、怒声が轟いた。
焦ってそちら側を見ると、フランデルクが放出した光球を叩き割ったせいで、爆風に吹っ飛ばされそうになっているルードがいた。
アーシュバイツさんも、狂気の笑みを浮かべるフランデルクに剣撃を繰り出しているところだった。
「くそっ。こんなことしてる場合じゃないっ……。僕は……」
シュバッソ個人に対しては激しい憤りを感じてはいたけど、ぶっちゃけ、この兄妹にはそれほど執着心はなかった。だからもし、敵対してこないんであれば、無視してもいいかと思ったけど、その結果、オルファリアたちに危険が及んだらと思うと、即座に反応できなかった。
そんな優柔不断になりそうな僕の心を敏感に感じ取ったのか、
「リル」
オルファリアが僕の背中に手を当ててきた。
「兄ちゃん! おいらたちのことは心配いらないよっ。もしこいつらが悪さしようとしたら、ぶっ飛ばしてあげるからさっ」
「そうなのです! アーリがコテンパンにしてあげるのです!」
「ピュリ~!」
「キキっ」
カャトやアーリまで得意げな顔をして、にかっと笑った。ピューリはカャトの頭から顔を覗かせ、しきりに顔をこすっている。
小猿たちも足下で小躍りしていた。
僕はそんな彼らを見て、迷いを捨てた。
「おい、お前ら」
「な、なんだ?」
「もしもこれ以上、僕たちに喧嘩売るような真似したら、即刻叩き潰してやるからなっ」
「だからしねぇって言ってんだろうがよっ。本当に疑り深い奴だな! たくっ。だったら証明してやるよっ。俺たちが敵じゃねぇってことをよっ」
そう言って、長槍を肩に担いでニヤッと笑う金髪男。
「あ? いったい何する気だ?」
「決まってらぁな。あのわけわかんねぇ奴、お前らの敵かなんかなんだろ? だったら……」
そこまで言って、身を低くする。
「俺たちも加勢してやるよっ。そんでもって、すべて終わったら、そこのべっぴんさん! 名前教えてくれよっ」
そう叫んで駆けていった、フランデルク目がけて。
「あ……ちょっと、バカ兄貴! 何勝手なことしてんのよっ」
そう言いながらも、鉄鞭を手にした金髪少女はちらちらっと僕を見て、
「あなた……リルって名前なのね? 見た目通り、なんて可愛い名前なのかしらぁ」
「ほっとけよっ」
「うふ……うふふ……あたしも、助太刀するから、あとでたっぷりと私たち二人の将来について語り合いましょうね、朝までずっとっ」
彼女もそう言うと、うふふと妖しい笑みを浮かべたまま、フランデルクへと突っ込んでいってしまった。
僕は一瞬呆然としてしまったけど、すぐに頭を振って、急いであとを追いかけた。しかし、その足はすぐに止まることになる。
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