48.死闘、無双乱舞する悪鬼
「フランデルクッ」
激しい攻防を繰り広げていた漆黒の男を始め、アーシュバイツさんとルードの二人。
彼らが斬撃を繰り出す中、空気を切り裂きながら肉薄した僕は、両手に握りしめたエルオールの剣を思い切り振り下ろした。
「なっ……」
限界まで肉体強化された僕の動きはフランデルクたち三人と同等か、それ以上の速度と強靭さを秘めていた。
動きをまったく予想できなかったらしい漆黒の男は、巨大な光球でルードたちの相手をしながら、かっと目を見開いた。
僕の繰り出した一撃ががら空きとなった胸元へと炸裂したからだ。
あいにく、フランデルクの全身には目に見えない障壁が張られていたから、僕の攻撃はまったく届かなかったけど。
それでも、精霊力の塊とも言うべき黒光りしたエルオールの剣と障壁がぶつかり合ったとき、共鳴音のような脳髄に響く耳障りな音が鳴っていた。
剣刃が触れた箇所を中心に、廃村遺跡で見た虹色の波紋とは比べものにならないほどの強い光を放ちながら、障壁が激しく震えた。
僕の手に伝わってくる振動もかなり強く、如何に障壁との間に生じた干渉が激しかったかを物語っていた。
「これだったらっ……いけるかもしれない!」
「小童がっ。調子に乗るなっ」
フランデルクが天に向かって絶叫したとき、一瞬、周囲の空気がピリついたような気がした。
「リルっ。来るぞ!」
僕が攻撃に加わったことで、フランデルクの背面に回って攪乱役に回ってくれていた二人のうち、ルードが叫びながら後方へ退避した。
僕はそれが何を意図していたのか瞬時に判断し、大地を蹴って後方一回転しながら一時避難した。その瞬間、奴が繰り出すけたたましい爆雷が、奴を中心とした半径五フェラーム(約七メートル)ほどの巨大なドーム状となって天から降り注いできた。
バチ、バチバチと、埃が焼けるような匂いが立ち込める。
固い石床に炸裂した光り輝く雷撃が、奴の周りをドーナツ状に床を抉り取った。
木っ端微塵に粉砕された大理石のような床石が宙を舞い、それらが全方位へ礫となって飛び散る。
「ちぃっ」
僕と正反対の方位に逃れたアーシュバイツさんが大きく舌打ちした。
見るとルードも大剣を盾に使って礫から身を守っている。どうやら二人とも雷撃を浴びることはなかったようだ。
僕は一瞬だけ、城の出入口付近の壁を背にして成り行きを見守っていたオルファリアたちに、一瞥をくれた。
彼女は両手を胸に組んで、表情を強ばらせている。アーリはそんな彼女の背後に隠れて、大きな瞳を見開き、顔だけ覗かせ様子を窺っていた。
カャトはオルファリアの横に立ち、何やら気流のようなものを自分たちの周囲に発生させて、飛んできた礫をすべて吹っ飛ばしている。
ベネッサはカャトが作った竜巻状の壁に守られながら、カャトとは逆側――城の出入口方向に立ち、剣を構えたまま周囲に気を配っていた。
小猿たちやピューリもそんな彼らの肩やら頭の上に乗っている。
あの様子なら、今のところ心配する必要はなさそうだ。
僕はそれだけを確認し、相変わらず飛び続けている礫を強化された筋肉や鎧、左腕の丸盾で弾き飛ばしながらニヤッと笑うと、左手を前方へと突き出した。
刹那、体内を流れる爆発的な精霊力が弾け飛ぶように一気に掌から外へと解放されていった。
「なんだと!?」
嘲笑いながら礫と雷撃を周囲に撒き散らしていたフランデルクが、明らかに動揺していた。
僕の左手から放たれた最大出力の炎龍が、文字通り、極太な龍の姿となって礫も雷撃もすべて飲み込みながら、漆黒の狂人へと炸裂したからだ。
僕と奴とを繋ぐ炎の回廊となった炎龍により、そこだけすべての障害が取り払われた。
僕は一気に距離を詰めた。障壁に守られているあいつにはさっき僕が放った炎龍では傷一つつけられなかっただろう。だけど、爆発炎上した際に発生した衝撃だけは、さすがのあいつでも相殺することなんかできない。
爆風に巻き込まれたフランデルクは後方へと吹っ飛び、大きく体勢を崩していた。
そのおかげで雷撃もすべて消滅し、避難していたルードとアーシュバイツさんが剣を手に詰め寄る。
「落ちろっ、フランデルク!」
「犯罪者がっ、地獄で悔い改めろや!」
叫びながら振り下ろされる長剣。
横薙ぎにフランデルクの胴体へと迫る重量級の大剣。
「クソどもがぁっ」
石床に腰をついていたフランデルクは絶叫しながらも、咄嗟に自身の全面へと光球を現出させた。しかし、十分な大きさになる前にアーシュバイツさんの長剣が頭部に、ルードの大剣が腹に炸裂していた。
頭痛すら感じさせる甲高い雑音が脳を震撼させた。二人の攻撃は障壁のせいで致命傷にはならなかったけど、フランデルクはきりもみしながら大ホールの壁目がけて吹っ飛んでいった。
大きな破砕音を上げながら、灰髪の狂人は天地逆さまな状態で壁に激突し、床へと落下する。
弾け飛んだ壁が崩落し、土砂となってその上に降り注いだ。
瓦礫の中から立ち上がろうとする巨漢に、僕はエルオールの剣を両手に持って疾く駆けた。
足場が悪くなってしまった凸凹の石床をひたすら駆けた。
あと三、あと二……一フェラーム。
そして奴との間に隔てるものが何もなくなり、ゼロ距離となったところで、
「フランデルクっ、これでも喰らえ!」
がら空きとなっていた胸部のど真ん中へと、エルオールの剣を突き入れた。しかし、
「小僧っ、調子に乗るなと言ったぞっ」
僕の攻撃が胸に吸い込まれるかどうかといった瞬間、いきなり小規模の雷撃が周囲に炸裂していた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
全身に焼かれるような、痺れるような痛みが襲ってきて、宙へと放り出されていた。
「リルっ」
誰かの鋭い叫び声が聞こえたような気がした。だけど、それが誰のものか確かめる前に、太陽のように力強く光り輝く強烈な爆発に巻き込まれて、数十フェラームは離れている大ホール反対側の壁へと叩き付けられてしまった。
「がはっ」
先程のフランデルク同様、壁が木っ端微塵に砕け散り、床に転落した僕の上へと大量に土砂が降り注いできた。
あっという間に生き埋めとなってしまった僕は、それでもまだ生きていた。
堆積物に埋もれ、血反吐を吐きながらも、それらを腕で懸命に払いのける。
身体中の力が入りにくい状態だったけど、それでもなんとか、這い出ることに成功していた。もし先程の攻撃が最大出力の一撃だったら。もしアーリに肉体強化してもらっていなかったら、多分僕は即死していただろう。
それぐらい、やはりあいつの攻撃は凄まじかった。
「リル~~!」
土砂から這い出て荒い息を吐いていた僕の元に、オルファリアたちが駆け寄ってきた。
「しっかりしてください!」
「兄ちゃん!」
「にぃに!」
オルファリアやカャト、アーリに取り囲まれながら、僕はかろうじて苦笑して見せた。
「はは……どじっちゃったよ……」
「しゃべらないでください! 今治しますから!」
そう叫んで、オルファリアが全身を光らせた。側にいた小猿のラッツィたちも首を傾げながら光り輝く。
僕はそんな彼女たちから与えられた癒やしの光によって、身体の傷も疲れも徐々に回復していった。しかし、相当酷い怪我を負っていたようで、すぐに完治することはなかった。
当然、そんな無防備な僕たちを見逃してくれるような敵ではない。
「ぐわぁぁ~~!」
「ちぃっ~~!」
知らない間に攻防を再開していたらしい、アーシュバイツさんとルードのものと思われる叫び声が耳朶を打った。
若干ぼうっとする頭でそちらを見やると、二人目がけて光球が飛び、それをかわし損なった彼らが剣で弾こうとして爆発し、そこから飛び退いていた。
フランデルクは手も足も出ない僕たちを一通り見渡しながら、天に向かって哄笑した。
「リヒトの犬どもよっ。見たかっ、我が神なる力を! 力なき下賎の者どもがいくら束になってあがこうが、この俺には傷一つつけることなどできんのだっ」
叫んだあと、奴はおぞましいほどに残虐な笑みを浮かべて僕を見た。
「金髪の小僧! そして、そこにいる幻生獣の家畜どもよっ。我が前に跪き、許しを請え! さすれば、俺が更なる力を得るための贄となることを認めてやろう! だがっ。あくまでも逆らうというのであれば容赦はしない。血肉の一片たりともこの世に残らぬように粉微塵にした上で、貴様らの力を我が物としてくれる。選べっ」
奴の頭上に火花を散らした巨大な光球が現出した。人の数倍はあろうかというほどの光の球。
その禍々しい輝きに照らされた奴の歪みきった笑みは、寒気すら覚えた。見る人が見たら、それだけで失神したかもしれない。
そんな畜生野郎が一歩一歩近寄ってくる。
「させるかっ」
アーシュバイツさんとルードがすかさず攻撃を再開するも、更に現出した小規模な光球がすべての攻撃を防いでいた。
「こっちにくるなぁ~~!」
「なぁ~~!」
「ピュリ!」
手を繋いだカャト、アーリ、ピューリが叫び、フランデルクの足下から天井目がけて爆炎が迸る。しかし、次の瞬間に生じた極大の雷撃によってすべてが雲散霧散してしまった。
「そんなっ」
呆然とするカャトの声が僕の胸の奥深くに突き刺さった。
必死になって治療してくれているオルファリアが、フランデルクの接近に気が付き、集中力を乱して癒やしの光が消滅する。背後を振り返った彼女の顔にも、恐怖の色が窺い知れた。
ベネッサが僕たちの前に立って、両手に持った二本の曲刀を交差するように身構えた。
「これ以上近づくな! 近づいたら容赦はしない!」
「ほう? 容赦しないとはまた剛毅な。女、貴様のような非力な輩に、この俺を止めることなどできはしないぞ?」
「やってみなければわからないわっ」
彼女はそう叫んで腰を低くし、今しも飛びかかろうと臨戦態勢に入った。
ルードとアーシュバイツさんもそれに応じて、一斉に飛びかかる仕草を見せる。しかし、事態は思わぬ方向へと流れていった。
「ちょ、ちょっとっ。なんなのよ、これっ」
突然、左手側から甲高い叫び声が木霊していた。
「おいおいおいおいっ……! なんだありゃ!? あいつは人間なのか? なんだあのでけぇ光の球はっ」
少女のものと思われる声のあとに続き、聞き知ったもう一つの男の声が発せられていた。
僕はそれが誰のものか瞬時に判断し、いろんな意味でうんざりしながら城の入口付近に視線を投げた。
「なんでこんなときに……現れるんだよ……」
僕の視線の先。そこには、一組の金髪男女が佇んでいた。
ディアナ・バーミリオンとチャーゼル・バーミリオン。
僕にとっては因縁の相手となる二人だった。
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