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リ・グランデロ戦記 ~悠久王国の英雄譚~  作者: 鳴神衣織
第七章 廃城での死闘

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47.廃城の闇夜に嗤う漆黒の狂人




 完全に夜の帳が下り、辺り一帯は星も月もない深淵の闇だけに支配されていた。


 大地の鳴動はあのあとすぐ止み、虹色に輝いていた空も通常の色合いに戻ったけど、僕の心に打ち込まれた楔は一向に抜ける気配がなかった。


 あの異変がもしフランデルクに起因していたとしたら、すべてが手遅れとなってしまう。そうでなかったとしても、別の意味で恐ろしい結末が待っているような気がして仕方なかった。


 魔の領域の異変に端を発した今回の騒動。その原因のすべてにアルメリッサが起動したかもしれない古代遺産が絡んでいたとしたら。


 もしかしたら、先程の鳴動は何かを暗示する破滅の胎動だったのかもしれない。すぐ目前に差し迫ったこの森全体を脅かすほどの何か。

 もし本当にそうであったなら、ほとんど猶予は残されていないかもしれない。


 そう感じた僕たちは、揺れが収まり次第、すぐさま湖まで東進し、そのまま大地が剥き出しになっている開けた場所を、ひたすら北東方向へと突き進んでいった。


 廃城までどれくらいの距離があるかわからなかったけど、多分もう時間との勝負になっているだろうからと、小休止を挟む以外動きを止めることはなかった。


 幸い、僕たちには地下で手に入れた精霊結晶石がある。

 あれから精霊力を抽出すれば、オルファリアやラッツィたちが癒やしの魔法で身体の疲れを回復させてくれる。

 なので多少無理してでも進むことができた。


 そうして、ようやく廃城へと辿り着いたときには、すっかり夜になってしまったというわけだ。


「暗闇でよく見えないが、これがあの城か。近くで見ると、やはり城なだけあってでかいな」


 かつて起こった戦争によるものか、それとも長い歳月を森と一緒に過ごしてきたことによる風化が原因か。ザーレントの居城はところどころ瓦解していた。


 真っ暗闇だったけど、夜光幻虫がそこら中に舞っていたのと、城の中が何やら青白く発光しているような感じだったので、薄らとだけど輪郭だけは拝めた。


 廃村遺跡から見えた天にそびえる尖塔のような、どこか刺々しい建物が寄せ集まってできた城。


 僕たちの後方数百フェラーム先には、波打つ巨大な湖がある。

 周囲を樹林に囲まれた古城の向こう側には、山脈のような岩山が東南東へと続いている。

 そんな場所に建てられていた。


「どうやら周囲に人影はなさそうだな」


 樹林の間の茂みに隠れながら城周辺の様子を窺っていた僕たち。


「そうみたいですね」


 僕は右隣にいたアーシュバイツさんに相づちを打った。

 ここから数十フェラーム行った先には、かつて城門が設けられていたであろう巨大な入口がすべて解放された状態で口を開けていた。内部に潜入するのにまったく障害のない状態。


「行こう、みんな」


 僕は覚悟を決め、そう宣言した。


「先陣は俺が務める。奴と最も因縁のある相手は俺だからな」

「はい。お願いします」


 立ち上がったアーシュバイツさんにそう応じたのが合図となった。

 物凄い速さで駆け入っていくリヒトの騎士団長。そのあとに続くようにルードも地響き立てて疾走した。

 立ち上がった残りの僕たちも互いに顔を見合わせ、ほぼ同時に走り始めた。

 そうして内部へと飛び込んだとき、僕は戦慄に生唾を飲み込んでしまうのだった。


「お前は……! フランデルク! まさか……こんな下層にいるだなんて!」


 入ってすぐのホールみたいな朽ち果てただだっ広い空間。

 城内部の壁という壁すべてが地下道の壁と同じように、ちりばめられた星々のような仄かな光を放っていた。

 そんな大ホール中央に奴はいたのである。僕たちに背中を向けるような形で、天を仰ぎ見ながら。


「くそっ。てことは、さっきの揺れはあいつの仕業じゃなかったってことかっ……? だとしたら、考えられるのは最悪の筋書き(シナリオ)……」


 本当であれば、あいつはもっと上層にいるはずだった。その上で僕たちの包囲を切り抜け、研究塔まで潜入して遺産を暴走させるというのが本来のあらましだった。

 既に歴史が大きく変わってきてしまっているから、こういうこともあるかもしれないけど、さすがに予想外過ぎて心の準備ができていなかった。しかも、あの揺れがあいつの仕業じゃないとなると、考えられるとしたらアルメリッサが起動した遺産絡み。


「最悪だ……」


 既に武器を構えて臨戦態勢を取っていたアーシュバイツさんとルードの後方で呆然としていると、遙か前方に佇む大男が野太い声を発した。


「……ほう? これはこれは。誰かと思えば、あのときの小僧どもではないか。それに……くく。よもや生きていようとはな、リヒトの犬めが」


 ゆっくり振り返って嘲笑う狂人。奴はあれだけ大規模な爆炎に包まれていたというのに、火傷一つすらしていなかった。

 ボサボサの灰色の長髪も皺の深い顔も元のまま。唯一違うとすれば、身に付けていたマントがなくなっていることぐらいか。

 それから察するに、あいつは何か強力な自己再生能力まで持っているということなのかもしれない。


「ようやく見つけたぞ、フランデルク! なぜ貴様がこんなところにいるのかなどという愚かな質問はせん! 我が祖国をその汚らわしい私利私欲によって踏み荒らし、挙げ句の果てには我が部下、友や国民(くにたみ)の多くを害したその罪! 今こそ償わせてやるぞっ」


「あ……? 罪だと? ハッ。何を言うかと思えばバカバカしい。よいか、リヒトの犬めが。この世はすべて弱肉強食の上で成り立っておるのだ! 強者がすべてを支配し、弱者は地に這いつくばって自ら餌食となる。それが自然の摂理というものだ! わかるか? 小童どもめがっ」

「黙れっ。貴様の戯れ言など聞き飽きたわっ。害悪しか生まぬ悪鬼など、この世に必要ない!」


 アーシュバイツさんはそこまで言い、一、二フェラーム(約一~三メートル)後方で成り行きを見守っていた僕を一瞥した。


「リル! すまないが、奴の討伐、付き合ってもらうぞ!」

「はい! わかってます! 最初からそのつもりでしたからっ」


 目の前で長剣や大剣を構えるアーシュバイツさんとルードの後ろに控えたまま、僕は腰の長剣を引っこ抜いた。

 柄頭と鍔が宝剣と見紛うばかりの絢爛豪華な彫り物が施された一本の剣。僕は剣身を包み込んでいたボロ布を勢いよく剥ぎ取り、それを放り投げた。

 そんな僕を一瞥したフランデルクの表情が一変した。


「それは……いったい何を持っておる、小僧!」


 どうやらあいつも、このエルオールの剣が秘める尋常ならざる力に気が付いたらしい。明らかに驚愕に顔面を染め上げていた。

 両手で握りしめたエルオールの剣の剣身が、仄かに揺らめく光を発しながら闇色に輝いている。凄まじい精霊力の息吹が身体の奥底へと流れ込むような感覚に意識が持っていかれそうになり、冷や汗流しながら僕は口の端を吊り上げ笑った。


「あんたに教えることなんか何もないさっ」


 嘲笑する僕のその声が合図となった。


「ルードディアス! 突っ込むぞ!」

「わかってるっ。俺たちで奴の隙を作り出すぞ!」


 白銀の騎士団長と無骨な大男は互いに叫びながら、物凄い速さでフランデルクへと肉薄していった。すぐさま二人の振り下ろした剣が斬撃となって、漆黒の狂人へと炸裂する。


「下等生物どもめがっ。この俺に逆らうかっ」


 巨漢は叫びながら光り輝く光球を現出させると、それをルードたちへと放り投げた。しかし、二人はそれを見切っていたかのようにあっさりとかわした。

 地面に激突し様に闇夜を切り裂く鮮やかな閃光となって爆発した光球などものともせず、第二、第三の斬撃を繰り出す。たちまちのうちに乱戦となった。

 それを黙って見守っていた僕は首だけを後ろに巡らせて、背後にいるオルファリアたちに鋭く声をかけた。


「オルファリア、カャト、アーリ! 頼みがある!」

「なんでしょうか?」

「僕の鞄の中に入ってる精霊結晶石の精霊力って、僕に注ぎ込むことはできるっ?」


 そう問いかけながら荷物を下ろした僕の言葉が理解できなかったのか、オルファリアが一瞬ぽかんとしたけど、すぐさま声を荒らげ全否定してきた。


「無茶です! そんなこと、できるはずがありません! いくら精霊神術を使えるリルとは言え、あの精霊力は、人間には高密度過ぎて負荷に耐えきれません! 私たち幻生獣ですら、あれを体内に取り込むのは大変な作業なんですからっ」

「くそっ、やっぱりダメか……」


 ここまで来る道中、オルファリアたちは結晶石内の精霊力を自身に取り込んで、それを癒やしの力として僕たちに行使してくれていた。だから、もしかしたら大丈夫なんじゃないかと思ったけど、やっぱり難しいらしい。

 もし僕が考えていた通り、体内に大量の精霊力を蓄積できるんであれば、強力な炎龍を放出できるんじゃないかと思ったんだけど、考えが甘かったようだ。


「仕方がない――アーリ!」

「はいです!」

「僕の肉体を強化することってできる? 限界まですべての身体機能を底上げして欲しいんだけど」

「はいなのです! やってみるのです!」


 そう言って、アーリは僕の腰にしがみつくと、ぱぁっと赤黒い光を全身から放ち始めた。その瞬間、身体が焼けるような強烈な痛みに襲われた。

 身体中の筋肉という筋肉が一気に膨れ上がっていくような気がした。燃えるように血がたぎり、どうしようもないくらいに感情が高ぶってくる。


「これは……! なんだこれは! 力が漲ってくる! やばいくらいに何も恐怖を感じないよっ」


 しかも、十数フェラーム先で、先程まで高速戦闘を繰り広げていて捉えるのがやっとだった三人の動きが、いきなり遅くなったような気がした。


「これなら……あいつを倒せるかもしれない……!」


 この森に来るまでの十九年間、ずっとこの瞬間のために肉体改造や剣術訓練をし続けてきたけど、それでも僕の能力はルードの足下にも及ばなかった。唯一あの人を凌駕する力と言えば魔法だけど、それすらフランデルクには届かなかった。


 しかし、今は違う。オルファリアたちが作ってくれたエルオールの剣を手にしている。アーリが肉体を強化し、戦闘能力を底上げしてくれた。

 今ならこの力とこの剣、そして、僕の中に眠る精霊神術の力を駆使すれば必ず倒せるはずだ。


「リル兄ちゃん! おいらは何すればいいのっ?」

「カャトはオルファリアとアーリを守ってくれ――ベネッサ。みんなのこと、頼みます!」

「わかったわ。こっちの心配は一切いらないから思い切りやってきなさい」

「はいっ」


 僕は返事をしたあと、振り返らずにオルファリアに声をかけた。


「オルファリアっ。行ってくるよ……!」


 アーリの身体強化のおかげで緊張すら何も感じなかった。

 僕はオルファリアの返事を待たずに腰を低くし、一気に駆け抜けていった。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

とても励みとなりますので、【面白い、続きが気になる】と思ってくださったら是非、『ブクマ登録』や『★★★★★』付けなどしていただけるとありがたいです。

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